「トランプを排除するアメリカ社会」は全体主義に近づいている…世界史講師がゾッとした"危機"の正体
プレジデントオンライン / 2023年10月25日 9時15分
※本稿は、茂木誠・松本誠一郎『“いまの世界”がわかる哲学&近現代史 プーチン、全体主義、保守主義』(マガジンハウス新書)の一部を再編集したものです。
■リバタリアニズムは全体主義への防波堤になるのか
【松本】ここまで、プーチン及びロシア人の思想背景と歴史についてお話ししてきました。第3回では、いま世界中に蔓延っている「全体主義」に対して私たちはどのような理論武装をしたらいいのか、その方向性を考えてみたいと思います。
「リバタリアニズム」という思想を補助線にしてみましょう。全体主義が、国家という名のもとに個人を抑圧する思想だとするなら、個人にとことん寄り添う思想のリバタリアニズムで対抗できるのではないでしょうか?
【茂木】リバタリアニズム(libertarianism)は、個人的な自由、経済的な自由の双方を重視する、自由主義上の思想・哲学です。ですから、リバタリアニズムは全体主義の最も対局にある思想です。
■全体主義の悪魔は「貧しい者を救う」と言って忍び寄る
【松本】リバタリアニズムは、もともと無政府主義から出てきました。歴史的には共産主義と軌を一にして出てきた思想ですが、やがて共産主義と決別しました。
その後、「資本主義の中でも無政府主義はできる」というところから、「資本主義リバタリアニズム」あるいは「資本主義・無政府主義」という考え方も出てきました。この資本主義+無政府主義の流れで、今、アメリカおよび世界のリバタリアニズムはおおかた統一されていると思います。資本主義を堅持しながら個人の自由も大切にするというリバタリアニズムは、全体主義の強力な防波堤のひとつになりうる。
【茂木】全体主義という悪魔は最初、「貧しい者を救う」「抑圧された者を救う」と言って忍び寄ってきます。そして「君たちを苦しめている敵がいるから、一緒に戦おう」と言い、徐々に洗脳する。これはソ連共産党もナチス・ドイツも同様です。
善意から共産党やナチスに入った人も大勢いた。つまり、「様々な個人の抱えている問題をなにか大きな力にすがって解決しよう」という心の持ちようが、実は全体主義の扉を開いてしまうのです。
■「がんばってもダメだった」人は全体主義に呼び戻される
【松本】これからの時代、私たちは個人として強さを持っていかなければいけない。力を持っていかなければいけない。その力というのは、全体主義が及ぼしていく力とはまったく違う力である。茂木先生は、個人が力を持つ社会というものをどのようにイメージされていますか?
【茂木】ここにまた、別の落とし穴があります。個々人が競争すると、勝ち負けつきます。「がんばってもダメだった」という人が必ず出てくるわけです。そういう人たちは、やはり全体主義という悪魔に呼び戻されていく。昨今のアメリカで暴れている人たちの多くがそうです。その根本には、貧しさや孤独があると思います。
![頭を抱える人](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/7/1200wm/img_e74b23c587c9ba91c0ac68aee814c141403864.jpg)
■「近所で挨拶するくらいのゆるい関係」が大切
【松本】1960年代末、1970年代から、「現代思想」あるいは「ポストモダン」と呼ばれる哲学がフランスを中心にして発生します。このポストモダンこそ、個人が全体主義にいかに絡め取られないようにするか、という問題を追い求めた哲学だったと考えています。
ポストモダンにおける社会システムの形はどういうものかというと、小さな集まりがあちこちにできて、個人もどちらに行くかわからない状態をいつも確保しておきながら社会が流動していく、というイメージです。このイメージが、「リゾーム」(異質なものが結びつく根茎を意味する概念)あるいは「マルチチュード」(多数性、群衆性などと訳される概念)と呼ばれたりしています。
【茂木】社会的にはこれが全体主義に対する一番の防波堤になると思います。個人で生きていけないのであれば、家族でも地域でも、なにか小さな仲間で助け合う。
【松本】自分のまわりの小さなコミュニティを大事にして、そしてその中ではできるだけ個の力が最大化される場面をつくっていこう、ということですね。そうなると、やはり友人選びは大切ですね(笑)。
【茂木】友人とまではいかなくとも、近所で挨拶するぐらいのゆるい関係をイメージすればいいと思います。1人で生きていこうという人が最近は多いようですが、身のまわりに顔なじみがあるていどいたほうが安心できます。そうしておけば、なにか困ったときに、少しは相談できるかもしれない。それがまったくない人というのは、本当につらいでしょうね。
■ドナルド・トランプのような人も社会には必要
【松本】全体主義を防ぐという議論においては、いわゆる「狂人」を社会から排除しない、という考えもあります。つまり、何を言い出すかわからない人、何をやり出すかわからない人を話し合いの場所に参加させる、ということです。
これは馬鹿なことを言っているようでいて、実はこれこそが、ポストモダンの要件だと思います。ポストモダンを代表する人物にジル・ドゥルーズがいますが、彼においても「精神分裂」ということが一つの社会モデルとして提案されています。一般的な考え方とは違う人が議論に加わる状況をつくり出すことが不可欠だ、という。
【茂木】僕の頭に浮かんだのは、ドナルド・トランプです。彼のような人も、社会には必要なのです。
【松本】アメリカ社会は今、トランプを排除しています。そして、日本人の多くが、それをなんとも思っていない。
![茂木誠・松本誠一郎『“いまの世界”がわかる哲学&近現代史 プーチン、全体主義、保守主義』(マガジンハウス新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/c/1200wm/img_4cedecfe44b014ddece2edb1b85058eb237017.jpg)
【茂木】リン・ウッドというトランプの弁護団長がいます。彼に対し、弁護士組合が「精神鑑定を受けろ」と言いだしたことがあります。「精神鑑定を受けなかったら除名する」というのです。これは共産党の常套手段です。反体制派を精神病院にぶち込む。アメリカでも始まってしまったと思い、ぞっとしました。
【松本】トランプは頭がおかしい、リン・ウッドも頭がおかしい。彼のサポーターも頭がおかしい。だから、彼らの発言はバンしてしまえ、と。
【茂木】これこそ、全体主義です。
【松本】2017年から2021年というのは、狂人のような人物がアメリカ大統領をした稀有な4年間だった。そしてそれを、アメリカ国民が潰した……。考えの違う存在を排除しない社会、を常に心がけなければいけませんね。
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予備校講師
東京都出身。駿台予備学校、ネット配信のN予備校で大学入試世界史を担当。東京大学など国公立系の講座を主に担当。世界史の受験参考書のほかに、一般書として、『超日本史』(KADOKAWA)、『「戦争と平和」の世界史』(TAC出版)、『バトルマンガで歴史が超わかる本』(飛鳥新社)、『「保守」って何?』(祥伝社)、『グローバリストの近現代史』(共著、ビジネス社)『ジオ・ヒストリア』(笠間書院)、『政治思想マトリックス』『日本思想史マトリックス』(PHP研究所)ほか多数。YouTube「もぎせかチャンネル」でも発信中。
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オンライン講師、YouTube「ゆめラジオ」チャンネル主宰
兵庫県出身。東京外国語大学フランス語科卒業。同大学院修了。Z会東大進学教室の英語講師として教壇に立ち、多くの塾生を有名大学に進学させる。現在は独立し、オンライン講師として中高生だけでなく、社会人をも対象とした授業を展開。分野も受験指導から英検対策、論文作成、企業プレゼン文書作成など多岐に亘る。2016年からYouTubeで「ゆめラジオ」チャンネルを主宰。政治や経済はもちろん哲学、宗教、文学、歴史、そして社会学を扱う。2023年9月現在、チャンネル登録者数1万6000人。Twitter、Instagramなどさまざまな媒体で発信中。
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(予備校講師 茂木 誠、オンライン講師、YouTube「ゆめラジオ」チャンネル主宰 松本 誠一郎)
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