ブラジル在住の75歳が日本のビルの警備員になれる…アンドロイドの第一人者が描くアバターの「未来予想図」
プレジデントオンライン / 2023年10月23日 10時15分
※本稿は、石黒浩『アバターと共生する未来社会』(集英社)の一部を再編集したものです。
■中性的な外見を用いた「安全な世界旅行」
アバター共生社会では、たとえばこんな未来が現実のものになる。いくつかのケースに分けて考えてみよう。
①未来の学校の先生――40歳女性
ハワイ在住の彼女は、ある日の午前には自宅リビングから高性能アバターに入り、バルセロナのティビダボの丘を旅行している。サマータイムなのでハワイとバルセロナの時差は11時間。スペインの夜景を楽しみながら、彼女は現地の人と言葉を交わす。
女性が生身の身体でひとりで夜間に出歩くことには、身の危険が伴う。それゆえ行動が慎重にならざるをえない。だがこのアバターは女性らしさを排除した中性的な外見をしており、また、現地のガイドがアバターのそばに付き添ってくれているため、安心して街並みを楽しむことができる。アバターを通しての旅が大変気に入った彼女は、友人を誘っていつか実際に生身で旅行してみたいと思う。
昼食は、地元の大学に通っていたころからの男友達と近所のカフェで――ただし、モニター越しに。持病があってキャンパスに来ていなかったその友人とは、生身で会ったことはまだなく、お互い長年使っているCGアバターしか知らない。だが顔も知らず、直接会わないからこそ言いやすい話題もあり、気安い関係が続いている。
教師である彼女の姉は歌手であり、彼女は自分も歌手になりたかった。その想いの名残から、彼女はCGアバターではディーバ(歌姫)のような外見を用いている。アバターは自らの理想を投影し、ある意味では生まれ変わり願望を満たすことができるものでもある。
■実際はカジュアルな服装でも「スーツ姿」に映る
午後は、自分の生身の姿をベースにしたアバターを用いて、自宅の仕事部屋から教師の仕事に遠隔で従事する。実空間の教室に教師型のロボットが置かれてリアルで受講している生徒がいる場合もあるものの、今日はリモートでディスプレイ越しに受講している人しかいない。実際の彼女はカジュアルな服装だが、教師としての立場にふさわしいスーツ姿が、受講者たちのモニターには映し出される。
彼女は中等・高等教育課程の数学と物理を教えており、生徒・学生は世界中にいる。勤め先の学校のカリキュラムに沿った定型的な学習内容はアバターが8割ほど自動で行い、彼女は主に個別対応が必要な部分に遠隔操作で入って対応する。その際にもモラルコンピューティング機能によって発言内容や言い回しが自動修正され、常に丁寧な対応が行われる。
彼女は専門的なことを語る際、やや早口になってしまうクセがある。ゆえにこうした補助機能が受講者の役に立っている。また、スピーカーの話し方や身振り手振りに関しても補正表示機能があり、受講者には説得力のある姿が映し出される。
■「永遠の若さ」を得ることができる
仕事を終えた彼女は、夕食をとりながら自宅リビングにて幼少期からの親友とAR(拡張現実)機能を搭載したテレプレゼンス(遠隔地の相手とその場で同じ空間を共有して対面しているような臨場感を提供する技術)端末を使って時間を過ごす。互いによく知った関係なので生身の身体を投影しあっているが、背景はふたりの想い出の空間をAR技術によってそれぞれの部屋に再現している。
彼女は午前中に高性能アバターで旅行した土地で撮影した3Dデータを親友に共有し、次の長期休暇にリアルでいっしょに行く旅行の候補地として提案する。
ただ中学時代の同窓会イベントでは、みなが当時作成した自分の移し姿である等身大アバターに入って再会をすることもある。中年の大人が中学生のときの外見に戻って過ごすのだ。このように、アバターはある意味では永遠の若さを可能にするものでもある。
■ブラジルにいながら日本の警備員として働ける
②未来のセキュリティガード――75歳男性
ブラジルに夫婦で住む高齢者。
彼の仕事は時差を利用して、ブラジルの日中、日本の深夜にビルや地域の警備をすることだ。自宅近くにある事務所から、多数のアバターを数人の同僚と共に操作する。アバター警備員は化学物質や放射性物質で汚染された場所やきわめて狭い場所、高所など、人間が容易には入り込めないところにまで配置が可能だ。彼は以前、火器で武装したアバターを用いた強盗と警備中に遭遇したことがあり、今日も油断せずに見回りを行う。
![サイボーグの兵士と近未来的な街の通路](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/c/1200wm/img_0cac0371bafc51d7d1a36cdbcfe84092441814.jpg)
生身の身体の能力が衰えても、アバターを使った仕事は可能だ。肉体労働もそうだし、知的労働もそうだ。アメリカなどの国では、20世紀から年齢による採用の差別が違法とされてきた。とはいえ雇用してみて実際に務まらなければ解雇された。
アバターが普及することで、日本のような年齢差別が激しい国ですら「定年」という概念が希薄化していったのだ。能力がある人たちはアバターのおかげで見た目、実年齢に左右されずに働けるようになった。若くて優秀な人は早く認められるようになり、一方で、アバターが老いによる衰えを軽減するがゆえに、特定の人物がリーダーとして君臨できる期間も延び、従来以上に長期政権が続く組織も生まれた。
「世代交代」はある部分では促進され、ある部分では起きにくくなったのだ。警備員として働く75歳の彼も、まだまだアクティブだ。
明け方に仕事が終わると家に戻り、夫婦で夕食をとる。
夕食後(日本の午前中)はそのまま、日本の自然豊かな観光地のガイドとして、ブラジルからアバターで世界各国からの旅行者をアテンドするボランティアに参加する。彼にとってはこれが週に一度の楽しみになっている。
20世紀初頭に日本からブラジルへと移民した日系ブラジル人家系に生まれた彼は、自身のルーツを知るために40歳で日本語と日本文化を勉強し始め、いくつかの資格を取得した。60歳前後からその知識を活かしてリモートで日本で働いたり、ボランティアをしたりしている。
■生身の人間より上手にプレゼンを行える
……いかがだろうか。
①と②は現在の技術を基に考えた未来予想であり、アバターの多様な見かけを使い分けることで可能になる活動や、時差を利用することで地理的制約を超えることが可能になることを示したものだ。
なお、①で言及した、アバターに抑揚の利いた身体表現を行わせるノウハウはすでに存在する。人間の生身の身体では、トレーニングを積まないとジェスチャーを伴いながら上手にプレゼンすることは難しい。ところがアバターにプログラムを書けば、自分自身が生身でするよりもはるかにゆたかに視線や身体の動きを使ってプレゼンできる。
プレゼン用の身体の使い方を訓練されていない人であれば、プロの所作を基にプログラミングしてジェミノイドなどのアバターにやらせたほうがよほどうまく観客に伝えられるのである。
また、アバターを用いて匿名・偽名で働いたほうが、労働者(操作者)の安全を確保できる。たとえば②で挙げたような警備員や、警察などの仕事では、時に危険なことも起きる。だがアバターなら万が一破壊されても本人の安全を保証できる。
実際には警備用のアバターロボットは人間以上に屈強に設計するはずだから、簡単に壊れることはないだろうが、近未来においては犯罪者側が銃火器で武装したアバターを用いないとも言えないため、なおさらアバター警備のほうが望ましいだろう。
■アバター技術で実現しようとしている9つの目標
さて、このようなアバター技術が可能にする未来への実現に向けて、日本では国家予算を使った大型プロジェクトが進行している。
僕は、2020年度に始まった、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)のムーンショット型研究開発事業(ムーンショット20)にプロジェクトマネージャーとして参画している。これは日本発の破壊的イノベーションの創出を目指し、従来技術の延長にはない、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発(ムーンショット)を推進する国の大型研究プログラムである。ここでは2050年まで(7番目のみ2040年まで)の達成を目指す、9つの目標が掲げられている。
2.超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現
3.AIとロボットの共進化により、自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現
4.地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現
5.未利用の生物機能等のフル活用により、地球規模でムリ・ムダのない持続的な食料供給産業を創出
6.経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現
7.主要な疾患を予防・克服し100歳まで健康不安なく人生を楽しむためのサステイナブルな医療・介護システムを実現
8.激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会を実現
9.こころの安らぎや活力を増大することで、精神的に豊かで躍動的な社会を実現
■身体、脳、空間、時間の制約から解放される
このうち1番目はまさにアバター共生社会が目指すものだ。
ムーンショットの目標1は、僕と株式会社ARAYAの金井良太代表、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科の南澤孝太教授の3人がプロジェクトマネージャーとして目下取り組んでいる。このプロジェクトでは、より詳しく言えば、
・いつでもどこでも仕事や学習ができ、通勤通学は最小限にして、自由な時間が十分に取れるようになる
このふたつの実現を目指している。これらを具体化すると、冒頭の①②で掲げた40歳の女性や75歳の男性のイメージのようなものになる。この目標が意図するところを解説してみよう。
![石黒浩『アバターと共生する未来社会』(集英社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/0/1200wm/img_50ef054e0b58727239fd28989cf6c512158815.jpg)
日本では少子高齢化が進み、労働力不足が懸念される。こうした状況下では、すでにフルタイムで働いている人たちに加え、介護や育児をする必要がある人や高齢者などの、さまざまな背景や価値観を持つ人々が、自らのライフスタイルに応じて、さまざまな活動に参画できるようにすること――言いかえれば人間が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現することが、必要不可欠である。
そしてその社会の実現のために、ロボットやAI関連の一連の技術を活用し、人の身体的能力、認知能力および知覚能力を拡張するサイバネティック・アバター(人工知能技術と融合してより発展したアバター)技術を、未来の社会通念を予測しながら研究開発していく。これがムーンショットの目標だ。
一言で言えば「誰もが自在に活躍できるアバター共生社会の実現」である。
■同時並行で複数のアバターを「自在」に操る未来
2050年にはテクノロジーの力で今日以上に人間の能力が拡張され、人々の生活様式が劇的に変わる。誰もが複数のアバターを自在に遠隔操作し、現場に行かなくても多様な仕事、教育、医療、社会活動に参画できる。
ここで言う「自在」とは、アバターが操作者の意図を汲み取りながら、思い通りに活動できる状態を意味する。ひとりの人間が複数のアバターを利用するには、アバターが自律的にタスクをこなす機能を持つ必要がある。そうでなければ、人間は一体のアバターに張り付いてずっと操作していなければならなくなり、生産性向上の度合いは限定的になる。だからアバターを半自律的に活用し、時にはひとりの人間が並行して複数体のアバターを操作する。
①の教師の例で挙げたように、決まり切った動きやプレゼンに関しては自動で行い、細かく複雑な動作が必要なときや定型的ではない質問に答えるときには、人間が中に入って行う、といったように。このときアバターは操作者の意図を無視して自律的に活動するのではなく、操作者の意図を汲んで自律的に活動する。狙った通りに遠隔操作ができ、また、意図した通りに自律的に動いてくれる――これを指して「自在」と呼んでいる。
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大阪大学大学院基礎工学研究科教授
1963年、滋賀県生まれ。ロポット工学者。大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻(栄誉教授)、ATR石黒浩特別研究所客員所長(ATRフェロー)。遠隔操作ロボットや知能ロボットの研究開発に従事。人間酷似型ロボット(アンドロイド)研究の第一人者。2011年、大阪文化賞受賞。2015年、文部科学大臣表彰受賞およびシェイク・ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム知識賞受賞。2020年、立石賞受賞。著書多数。
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(大阪大学大学院基礎工学研究科教授 石黒 浩)
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