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なぜ毎年のように死者がでるのか…絶好の登山日和でも油断できない「秋の登山」の本当の怖さ

プレジデントオンライン / 2023年10月20日 13時15分

朝日岳(写真=Uraomote yamaneko/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)

10月7日、栃木県那須町の朝日岳の登山道付近で60~70歳代の男女4人の遺体が見つかった。ノンフィクションライターの羽根田治さんは「実は、ほぼ毎年のように秋の登山で遭難者が出ている。絶好の行楽シーズンだが、決して油断してはいけない」という――。

■朝日岳での男女4人遭難死はなぜ起こったのか

10月6日、那須連峰の朝日岳(1896メートル)で、60代の男性2人パーティのうちひとりが悪天候により行動不能に陥るという事態が発生した。

2人は5日に入山し、山中にある温泉宿に宿泊。翌日、朝日岳近くの稜線(りょうせん)上に差し掛かったところでひとりが低体温症を発症し、動けなくなってしまった。

この日は午前11時ごろから天候が急変。強風が吹き荒れ、雨や風で飛ばされた小石が舞う中、岩につかまりながら四つん這いになって行動していたという。

仲間の男性は助けを求めるため、携帯電話の電波が届く場所を探しながら移動した。その途中で男女3人パーティ(60~70代)が倒れているのに遭遇。声をかけたが返事はなく、そのまま下山を続けて救助を要請した。この3人パーティについては、別の登山者が先に遭遇しており、警察に一報を入れていた。

計4人の遭難者は、翌朝になって相次いで発見された。いずれも現場で死亡が確認された。死因は全員が低体温症だった。

■秋山登山の恐ろしさ

那須連峰は標高約2000メートルの山々が連なる中級山岳だが、地形的に北西の風が吹き抜けやすく、とくに冬場は“強風の山”としてもよく知られている。

事故が起きた6日は冬型の気圧配置となっていて、現場付近では風速20メートル以上の非常に強い風が吹く状況になっていたとみられる。また、現場に近い「那須ロープウェイ」によると、この日の最高気温は6.5度、最低気温は4.5度だったという。

一般的に10~11月は秋真っ盛りというイメージがあり、標高の高い山でも移動性高気圧に覆われているときは絶好の登山日和となる。平地では爽やかで過ごしやすい陽気だが、標高の高い山に上がれば気温はぐんと下がり、朝晩は氷点下まで冷え込むことも珍しくない。

平地と同じ感覚で山を訪れると、予想外の寒さに登山を楽しむどころではなくなってしまう。ましてひとたび天気が崩れれば、山は厳冬期なみの大荒れの状況となる。そんななかで起きたのが今回の事故だった。

標高の高い秋の山では秋と冬が瞬時に入れ替わり、登山には周到な準備と適切な判断が要求される。それを誤ってしまったことによる大きな遭難事故は過去に何度も起きている。

その典型的な例として、30年以上たった今も語り継がれているのが、北アルプス・立山で起きた中高年登山者の大量遭難事故である。

■難所はほとんどないコースで遭難

1989年10月8日の朝、40~60代の男女10人のグループが、北アルプス劔・立山連峰の玄関口となる室堂から立山に入山した。一行は毎年秋に定例山行を実施しており、この年は初日に立山三山を縦走して劔御前小舎に宿泊し、翌日は2班に分かれて行動したのち、雷鳥沢にある温泉宿で合流してゆっくり汗を流し、翌日帰路に就く予定であった。

ところが室堂から登山を開始してしばらくすると天候が急変した。早朝の時点では晴れ渡っていた空に雲がかかりはじめ、稜線に立つ一の越山荘に着くころには本格的な吹雪となっていた。それでも10人は登山を中止せず、そのまま先へと進んでしまう。

一ノ越山荘からこの日に泊まる剣御前小舎までは、標高3000メートル前後の稜線をたどる縦走コースで、標準的なコースタイムは約3時間30分。難所はほとんどなく、天気がよければほぼ問題なく歩ける行程である。

しかし、猛吹雪のなかでの行動となると、話はまったく違ってくる。間もなくして遅れる者や足に痙攣(けいれん)を起こす者、眩暈(めまい)を訴える者が出はじめた。ようやく行程の約半分まで来たときにはすでに午後4時30分になっており、ここでとうとう行動不能に陥る者が現れてしまった。

このためリーダー格の男性は救助を要請することを決め、2人のメンバーを伝令に送り出し、残る8人はその場で救助を待つことになった。

■8人全員が一挙に命を落とした

だが、伝令の2人は猛吹雪のためにルートを誤り、最寄りの山小屋へはたどりつけず、日没のため行動を打ち切らざるをえなくなった。山中で一夜を明かした2人は夜明け前から行動を再開したが、とうとう途中で力尽きて倒れてしまった。

そこにたまたま通りかかった登山者に発見され、間一髪のところで剣御前小舎に担ぎ込まれた。一方、吹き曝しの稜線上で救助の到着を待っていた8人は、全員が低体温症で命を落とした。

この事故から17年後の2006年、同じ北アルプスの白馬岳で、同様の事故が起きた。祖母谷温泉から清水尾根を経て白馬岳を目指したガイド登山の7人パーティ(男性ガイド1人、40~60代の女性参加者6人)が、やはり天候の急変により遭難してしまったのである。

一行が猛吹雪に見舞われたのは、目的地の山小屋までまだ2時間ほどかかる稜線上で、女性参加者が次々と倒れ、ガイドだけがどうにか山小屋にたどり着いて救助を要請したが、結局、4人が低体温症で死亡した。

吹雪の中、登山をする人
写真=iStock.com/VichoT
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/VichoT

事故当時、稜線で吹いた風は風速20メートルを超すものと思われ、まともに歩けないほどの猛吹雪だったという。稜線上の山小屋周辺では、翌朝にかけてなんと2メートル近い積雪を記録したという。

■2つの事故の共通点

2つの事故には共通していることがある。立山での事故は、大陸から強い高気圧が張り出すとともに、台風が日本の東海上に接近したことで一時的に冬型の気圧配置になったことによるものだった。

白馬岳での事故も、台風から変わった温帯低気圧が急速に発達しながら太平洋岸をゆっくり北上する一方、大陸には高気圧が南下してきて、やはり西高東低の気圧配置となっていた。

つまり、どちらも発達した低気圧の通過後に冬型の気圧配置となり、強い寒気が流れ込んできて、北日本や日本海側の高い山で猛吹雪になったというわけである。

この時期、平地ではいくら天気が悪くても真冬ほどの寒さになることはなく、標高の高い山で天気が崩れたときにどんな状況になるのか、登山の初心者にはイメージが湧きにくい。 

そういう意味では、夏山しか経験したことのない初心者にはちょっとハードルが高そうだ。そこそこ経験のある登山者でも、真冬並みの悪天候になることは理解しているかもしれないが、それが想像を超えた荒れ方になると、おそらく対処はできまい。

■装備不足からの低体温症

この2つのケースのように、激しい天候の急変はなくとも、悪天候や防寒対策の不備が原因と思われる遭難事故も毎年のように起きており、ときに死者も出ている。

2019年10月26日、福島県の野地温泉から安達太良山(1728メートル)に入山した高齢の夫婦が、低体温症により死亡するという事故が起きた。2人は宿泊を予定していた山小屋にたどり着かず、翌朝、山頂付近の登山道で倒れているのが見つかった。現場の状況から、風雨に打たれて体温が奪われ、ビバーク中に力尽きたものと見られている。

2021年10月23日、北アルプスの白馬乗鞍岳(2469メートル)では、50代の単独行男性から23日未明に「寒さで身動きが取れない」との救助要請が警察に入った。出動した救助隊員は山頂から約500メートル下の斜面で倒れている男性を発見し、死亡を確認した。現場周辺には30センチほどの積雪があったという。

2022年10月5日には、北海道の美瑛岳を下山中の男女3人パーティから「女性メンバーが低体温症で歩けなくなった。ヘリで救助してほしい」という救助要請が警察に入った。歩行不能の70代女性はヘリで救助され、ほかの2人は自力で下山した。

今年も同様の事故は起きている。10月5日、北アルプスの南岳(3033メートル)で2人パーティのうち70代女性が低体温症で行動不能となり、救助隊員によって山小屋に担ぎ込まれた。この日の北アルプスはほぼ全域で吹雪に見舞われていたという。

■「低温」「濡れ」「強風」に備える

この時期の登山を計画する際には、事前に天気予報をよくチェックし、悪化する予報が出ているときは、無理せず計画を中止・変更するのが賢明である。

また、天候の急変にも対処できるよう、冬山用の装備も必携だ。とくに多くの事故の直接的な死因となっている低体温症対策は、しっかりと行いたい。

低体温症というのは、産熱(体がつくり出す熱)と放熱(体外に放出される熱)のバランスが崩れ、適切な体温を維持できずに低下してしまった状態のことをいう。

発症すると、震え、判断力の低下、意識障害などの症状が現れ、重症化すると死に至ってしまう。

登山では「低温」「濡れ」「強風」の3つが低体温症を招く要因となるので、防寒・防風・濡れ対策が重要となる。もし低体温症の初期症状である震えが始まったら、速やかに低温環境から隔離し、高カロリーのものを摂取させ、保温と加温によって体温を低下させないようにする必要がある。

なお、アプローチにロープウェイなどを利用して容易に標高を稼げる高い山は、その手軽さから警戒心が薄れやすい。立山での中高年登山者の大量遭難事故が、まさにそうだった。

今の時期、くれぐれも油断してはいけない。

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羽根田 治(はねだ・おさむ)
ノンフィクションライター
1961年埼玉県生まれ。おもな著書に『ドキュメント 生還』『ドキュメント 道迷い遭難』『野外毒本』『人を襲うクマ』(以上、山と溪谷社)、『山の遭難――あなたの山登りは大丈夫か』(平凡社新書)、『山はおそろしい――必ず生きて帰る! 事故から学ぶ山岳遭難』(幻冬舎新書)などがある。

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(ノンフィクションライター 羽根田 治)

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