これから大都市圏で血みどろの抗争が始まる…イオンとセブン&アイの「W過去最高益」を簡単に喜べない理由
プレジデントオンライン / 2023年10月19日 10時15分
■イオンもセブン&アイも過去最高の営業利益を記録
イオンが10月11日に発表した2023年の中間決算で、本業の儲けを示す営業利益が1176億円と過去最高を記録しました。主力である総合スーパー(GMS)事業も10年ぶりに黒字転換したということです。
ライバルであるセブン&アイ・ホールディングスもその翌日、同じく中間決算を発表し、営業利益が2411億円と過去最高だったと発表しました。セブンの決算が好調だった背景は国内および海外のコンビニ事業が全体をけん引したからです。
シンプルに見れば両社ともアフターコロナで客足が戻り、業績が過去最高で非常に良いという様子に見えるのですが、それぞれがそれぞれに課題を抱えています。簡単には喜べないうえに、どちらが勝ちとも言えない明暗があるという状況を記事にまとめたいと思います。
■イオンが「明」でセブン&アイが「暗」なのか
まず先に注目したいのがセブン&アイのスーパーストア事業です。
セブンが9月1日にそごう・西武を売却したことで、セブン&アイ陣営で株主から最も注目されているのがイトーヨーカ堂とヨークが合併したスーパーストア事業の未来でしょう。イオングループのスーパーストア事業(GMSとSMの合計)と上半期の業績を比較してみます。
するとスーパー同士の比較では、
■イオン 売上高3兆248億円、営業利益200億円
■セブン 売上高7290億円、営業利益44億円
という数字になります。
イオンのスーパー事業と比較してイトーヨーカドーなどの業容は4分の1以下にまで差が開いてしまいました。ホールディングスとしては相応の規模の経営資源をつぎ込んでおきながらも営業利益全体の2%にも満たない稼ぎしか生まないという点が、海外の物言う株主が不満を感じる点です。
単純にこの数字を見て「イオンとセブンの明暗」という観点ではセブン全体は「明」だがセブンのスーパー事業は「暗」だという報道のトーンが多かったと感じました。逆に言えばプライベートブランドが好調だったイオンがライバルと比較した競争で「明」だったという報道も多かったのです。
全体像としては間違ってはいないのですが、細部についてはそうとも言えない点があります。そのことを少し深掘りして説明したいと思います。
■セブン&アイのスーパーストア事業の営業利益は計画の倍近い数字
スーパーストアが収益の足を引っ張っているという株主からの批判を避けるために、セブン&アイは2023年9月にイトーヨーカ堂とヨークが合併した後も事業のさらなるスリム化を戦略として掲げています。もっと小さく、もっと高収益にという方向性です。
具体的には店舗数を減らし資産圧縮を進めたうえで、2025年度に自主アパレルから完全撤退することで、収益性の高い「食」にフォーカスしたスーパーへと変革していく戦略を掲げています。さらに投資家を安心させるためセブンはスーパーストア事業への投資はスーパーストア事業が生むキャッシュからしか再投資しないと強調しています。
実はセブンのスーパーストア事業の上期の業績は、期首の計画と比較すると売上高は▲0.4%ほど計画に未達でしたが、営業利益は期首の計画よりも倍近い数字をたたき出しています。そして規模で4倍以上離されたイオンのスーパー事業と比較しても売上高営業利益率ではそん色ないレベルに事業を磨き上げています。
■「IYマイレジ」を導入し始めたセブン&アイ
経済評論家の視点で興味深いのはセブンがセルフレジの進化に力を入れている点です。イトーヨーカドー アリオ北砂店に伺った際に目をひいたのですが、通常レジ、セルフレジ以外にIYマイレジというフルセルフレジが導入されていました。これはいくつかの店舗で先行して実験している試みです。一般的にスーパーではセルフレジに店員さんがひとりかふたり張り付いているケースが多いのですが、これをゼロにしようというのです。
IYマイレジでは消費者が買い物をしながらスマホアプリでバーコードを読み込んでいって、レジでは支払いするだけという仕組みです。買い物途中での明細がわかるという点では節約志向の消費者にとっても便利な取り組みです。
一般的に小売店ではレジに従業員の3割の時間が割かれます。ここを無くしていくことができれば生産性が大きくあがります。このフルセルフレジは2025年には全店導入の計画です。要するに、セブンではスーパーストア事業を縮小しながら同時に業界一収益性が高い事業へと持っていこうとしているのです。
実はこのイトーヨーカドーの戦略を確認したうえで、逆にイオンの決算資料を読み直すと気にかかる点が出てくるのです。本当にイオンのスーパー事業は「明」なのかという懸念です。
■「明」のニュースの細部に潜む「暗」の構造
イオンの決算では長年、スーパー事業が足を引っ張る状況が続いていました。イオン全体の収益構造としては金融事業、イオンモールの運営などの不動産事業、そしてドラッグストア事業が稼ぎ頭という状況だったのですが、ここでようやくスーパー事業が4本目の柱として200億円の営業利益を稼げるようになったというのが今回の決算の明るい話題でした。
中でも目を引いたのがPB商品のトップバリュが4893億円の売上をたたき出したことです。スーパー事業3兆円の売上に占めるPBの比率は単純計算で16%です。値上げラッシュの昨今、消費者がナショナルブランド商品からPB商品へと移行し始めている流れを品質の高いトップバリュでうまく刈り取った形です。
こうして日本最大のスーパーストア事業を営むイオンが、収益力を上げてきたというのは「明」に相当するニュースなのですが、実はその細部には「暗」とよぶべき構造が残っています。
■GMS事業よりもSM事業の方が収益率は高い
これは以前から指摘されてきた構造ですが、総合スーパーであるGMSよりもよりコンパクトなSM事業の方がイオン全体の中で収益率が高いのです。営業利益200億円のうち売上高の少ないSM事業が164億円とその大半を稼ぎ、売上高の多いGMSは36億円の利益しか稼いでいません。
これを指摘するとフェアな比較といえないかもしれませんが、SM事業を除いた数字で単純比較すればイオンのGMS事業は、大きさはイトーヨーカドーの2.3倍もあるのに営業利益はイトーヨーカドーよりも少ないとも言えるのです。
しかもGMS事業の中でも業績が大きく分かれています。実はイオンのGMS事業はコロナ禍で経営統合をし、スリム化で筋肉質になった地方スーパーが好調です。主要子会社のイオン九州、イオン北海道がイトーヨーカドーの3倍以上の利益率をたたき出している一方で、売上9016億円とグループ最大子会社のイオンリテールが▲45億円の営業赤字なのです。
■地方は儲かるが、大都市圏では儲けが薄い
イオンリテールによればこの苦境は、賃上げの影響が▲53億円、水道光熱費上昇の影響が▲14億円ということです。2023年の経済動向から言えば賃上げの影響が大きいのは明らかに大都市圏です。要するにイオン全体から見れば、地方は儲かるが首都圏、大都市圏は儲けが薄い、そして首都圏、大都市圏では食品スーパーは儲かるが総合スーパーは儲からないという構造がより明確になったのが今回の決算発表ではないでしょうか。
イトーヨーカドーの縮小高収益化戦略では店舗戦略は首都圏にフォーカスすると明言しています。イオンが首都圏に弱いからそこにフォーカスするのか、それともイトーヨーカドーが首都圏にフォーカスすることでますます首都圏が儲からなくなるのか、因果関係はこの後の2年間の決算発表ではっきりすることになるでしょう。
冒頭申し上げたように、報道のトーンではイオンとセブン、小売流通の2大巨頭が揃って増益という明るいニュースが流れています。ただその内訳を見ると、日本の小売業界ではもう一ステージ、大都市圏を戦場とした血みどろの抗争が繰り広げられることになりそうです。
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経営コンサルタント
1962年生まれ、愛知県出身。東京大卒。ボストン コンサルティング グループなどを経て、2003年に百年コンサルティングを創業。著書に『日本経済 予言の書 2020年代、不安な未来の読み解き方』など。
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(経営コンサルタント 鈴木 貴博)
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