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「英語で何をしたいか」によって学び方は変わる…シンプルかつ最強の学習理論「転移適切性処理説」をご存じか

プレジデントオンライン / 2023年10月26日 13時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/anyaberkut

英語を効率よく習得するにはどうすればいいのか。立教大学異文化コミュニケーション学部の中田達也教授は「あなたが英語でやりたいことに応じて、学習方法は変わる。リスニング力を伸ばしたいならリスニング学習、スピーキング力を伸ばしたいならスピーキング学習がいい。転移適切性処理説によれば、英語の聞き流しをいくらやっても、スピーキングの上達はほとんど望めない」という――。

※本稿は、中田達也『最新の第二言語習得研究に基づく 究極の英語学習法』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■コミュニケーション偏重の英語教育は正しいか

英語学習法には様々なものがありますが、「意味重視の学習」(meaning-focused learning)と「言語重視の学習」(language-focused learning)の2つに大きく分けられます。

意味重視の学習とは、英語の本を読んだり、英会話をしたり、洋画を観たりして、文脈から自然に英語を習得することを指します。一方で、言語重視の学習とは、単語集で英単語を暗記したり、文法書で英文法を学んだりして、英語自体について意識的に学ぶ活動です。意味重視の学習では、英語を使ってどのようなメッセージが伝達されるかという意味内容に焦点があるのに対して、言語重視の学習では英語そのもの(単語や文法)に焦点があります。

口頭コミュニケーションを重視する近年の英語教育では、言語重視の学習は「機械的で役に立たない」と軽視され、意味重視学習が奨励されることが多いようです。しかし、言語重視の学習は本当に役に立たないのでしょうか?

■言語重視学習は意味重視学習より7倍効率的

イスラエル・ハイファ大学のバティア・ラウファー氏は、アラビア語を母語とする高校生(16歳)を意味重視学習と言語重視学習に割り当て、英単語がどのくらい学習されるかを調べました。

意味重視グループの学習者は、“Children and TV Watching”と題された英文テキスト(211語)を、辞書を引きながら読みました。テキストでは、学習対象となった10の英単語が用いられていました。言語重視グループでは、学習対象となった10の英単語のリストが与えられ、辞書で意味を調べることが求められました。その後、穴埋め問題で英単語の練習をしました。

2週間後に事後テストで学習成果を測定したところ、言語重視学習の方が意味重視学習よりも約7倍高い点数に結びついていました。この研究は、穴埋め問題を解くという機械的な言語重視の学習が、読解による意味重視の学習よりもはるかに効果的であることを示唆しています。

この結果を元に、ラウファー氏は「ほとんどの語彙(ごい)が読解により自然に習得される」という定説に疑問を呈しています。日本の大学生を対象に筆者が行った研究でも、言語重視学習は意味重視学習よりも約4~30倍も効果的であることが示されています。

■ただし言語重視学習では使いこなし方が身につかない

言語重視学習は、効率の良い学習法です。とはいえ、言語重視学習には、学んだ知識が実際のコミュニケーションでも使用できるとは限らないという欠点があります。

例えば、「develop=発達させる、伸ばす」と暗記していると、「私は自分自身を向上させたい」と言おうとして、I want to develop myself.と言ってしまうかもしれません。しかし、developはdevelop listening skills(リスニング力を伸ばす)やdevelop the ability(能力を伸ばす)といった用法はありますが、「自分自身を伸ばす」という意味ではふつう使わず、I want to improve myself.と言う方が自然です(『日本人のエイゴ言い間違い!』アルク)。

文脈から切り離して英語を学ぶ言語重視の学習では、単語の和訳や文法ルールは覚えられても、それらを実際にどのように使うかまでは十分に身につかないことが多いのです。

意味重視学習の利点・欠点は、言語重視学習の裏返しです。つまり、意味重視学習を通して習得された知識は実際のコミュニケーションで使用しやすいという利点がある一方で、習得に時間がかかり効率が悪いという欠点があります。

意味重視学習と言語重視学習はそれぞれ一長一短であるため、両者を組み合わせることが理想的です。例えば、単語集で学習したことがある単語に、読書をしている際に出会うことで、その単語を実際にどのように使えば良いか、理解を深められます。これは、言語重視学習(単語集による学習)の欠点を、意味重視学習(読書)により補っているといえます。

同様に、読書中に出てきた文法事項を参考書で調べ、ドリルで練習することで、記憶への定着度が高まるでしょう。これは、意味重視学習(読書)の欠点を、言語重視学習(参考書・ドリル)で補っているといえます。

■文法もコミュニケーションもどちらも大切

英語学習に関しては、「文法や単語の学習ばかりしているから、日本人は英語ができるようにならない。コミュニケーションを通して自然に英語を習得すべきだ」という意見があるかと思えば、「中学・高校でコミュニケーションを重視して文法や単語をおろそかにするから、日本人の英語力はどんどん落ちている。文法や単語をきちんと学習して、基礎固めをすることが必要だ」と主張する人もいます。まったく逆のことを言っていて議論がかみ合っていない印象を受けますが、言語重視学習と意味重視学習の両方が欠かせないという点では、実はどちらの主張にも一理あるといえます。

英語を学習する上では、言語重視学習と意味重視学習それぞれの特徴を理解した上で、両者をバランスよく組み合わせましょう。

■「聞き流すだけで英語が話せる」は専門的には怪しい

「自然に英語を身につける」といえば、「聞き流すだけで英語が話せる」ことを宣伝文句にした英語教材が、以前流行していました。某有名プロゴルファーを広告に起用していたため、記憶にある方も多いかもしれません(この教材は2021年に販売を終了し、現在はAmazonのAudibleで聴くことができます)。

この教材に限らず、「聞き流すだけで英語が話せる」という主張をたまに耳にしますが、これは本当でしょうか? これまでの研究によると、「聞き流すだけで英語が話せる」という主張は怪しいと言わざるをえません。

■学習形式とテストの形式が近いほど点数は上がる

その理由の1つは、「転移適切性処理説」(transfer appropriate processing theory)です。転移適切性処理説とは、学習の形式とテストの形式が近ければ近いほど、テストでのパフォーマンスが良くなる、という現象を指します。例えば、「和訳練習」と「英訳練習」の効果を比較するとします。和訳練習とは、「apple→りんご」のように、英単語を見てその和訳を思い出すことです。一方で、英訳練習とは、「りんご→apple」のように、和訳を見てそれに対応する英単語を思い出すことです。

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和訳練習:英単語を見て、その和訳を思い出す。
例)apple→りんご

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英訳練習:和訳を見て、それに対応する英単語を思い出す。
例)りんご→apple

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■リスニング学習はスピーキング力向上には非効率

和訳練習と英訳練習では、どちらの方が効果的でしょうか? その答えは、「どのように学習効果を測定するか」によって変わります。具体的には、以下のようになります。

和訳テスト:和訳練習>英訳練習
英訳テスト:和訳練習<英訳練習

つまり、和訳テストで学習効果を測定すると、和訳練習の方が英訳練習よりも高い得点に結びつきます。学習の形式(和訳)とテストの形式(和訳)が一致しているからです。一方で、英訳テストで学習効果を測定すると、英訳練習の方が和訳練習よりも効果的です。英訳テストと一致する学習形式は、和訳練習ではなく英訳練習だからです。

転移適切性処理説をふまえると、「聞き流すだけで英語が話せる」という主張は疑わしいと言わざるをえません。転移適切性処理説によると、リスニング力をつける最も効果的な方法はリスニング練習をすることで、スピーキング力をつける最も効果的な方法はスピーキング練習をすることです。リスニング学習の効果がスピーキング力に波及する(=転移する)こともあるかもしれませんが、その程度はあまり高くありません。

ヘッドフォンを着けた女性
写真=iStock.com/fizkes
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/fizkes

■英語で何ができるようになりたいかで学習方法は変わる

転移適切性処理説は非常にシンプルですが、英語学習に関して多くの示唆を与えてくれる、とても強力な理論です。例えば、筆者の専門分野は外国語の語彙習得であるため、「英単語を覚える最も良い方法は何ですか?」とよく聞かれます。その答えは、「英単語のどのような知識を覚えたいかによる」となります。

中田達也『最新の第二言語習得研究に基づく 究極の英語学習法』(KADOKAWA)
中田達也『最新の第二言語習得研究に基づく 究極の英語学習法』(KADOKAWA)

例えば、英単語のスペリングを身につけたいのであれば、スペリングに注意を払って何回も書く練習が必要ですし、英単語の発音を身につけたいのであれば、発音を何回も聞いたり実際に発音したりする練習が必要でしょう。

さらに、英単語をスピーキングで使う能力を高めたいのであれば、学習した単語を実際にスピーキングで使う練習が必要で、英単語をライティングで使う能力を高めたいのであれば、学習した単語を使って英作文するのが効果的でしょう。

同じように、「英語を習得する最も良い方法は何ですか?」という質問の答えは、「英語のどのような知識・技能を身につけたいかによる」となります。日常会話を聞き取る能力を高めたいのであれば、日常会話を聞き取る練習が必要ですし、学術的な内容について読み書きする能力を高めたいのであれば、学術的な内容について読み書きする練習が欠かせません。

■理解できない内容を聞き流しても雑音にしかならない

「聞き流すだけで英語が話せる」という主張が怪しい理由は、他にもあります。それは、意味のわからないものを聞いても意味がないということです。例えば、英語のインプットがいくら重要だといっても、アルファベットを習いたての中学生にBBCの英語ニュースを聞かせる人はいないでしょう。ニュースで用いられている単語や文法は中学生には難しすぎるため、雑音にしかならないからです。

英語を学習する上で、たくさんのインプットが必要なことは事実ですが、それは「理解できるインプット」(comprehensible input)である必要があります。

もし、インプット中に理解できない単語や文法事項があるのであれば、「文脈から推測する」「理解できるまで、何度も繰り返し聞く」「スクリプトや和訳で内容を確認する」などして、理解できない箇所を理解できる箇所に変えていく必要があります。あるいは、知らない単語や文法事項がほとんど含まれておらず、一度聞いただけで内容が理解できるものを聞くのも良いでしょう。

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中田 達也(なかた・たつや)
立教大学教授
東京大学大学院修士課程修了後、ヴィクトリア大学ウェリントンにて博士号(応用言語学取得)。立教大学異文化コミュニケーション学部・異文化コミュニケーション研究科教授。著書に『英語は決まり文句が8割 今日から役立つ「定型表現」学習法』(講談社)、『英単語学習の科学』(研究社)などがある。

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(立教大学教授 中田 達也)

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