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韓国人を「人間のクズ」と罵倒する…金正恩の妹が「世界で最も危険な女」と呼ばれているワケ

プレジデントオンライン / 2023年10月23日 13時15分

全国非常防疫総括会議で討論する朝鮮労働党の金与正副部長=2022年8月10日、北朝鮮・平壌 - 写真=朝鮮通信/時事通信フォト

■北朝鮮の統治の歴史で「女性指導者」は異色

北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)総書記の妹、金与正(キム・ヨジョン)氏の存在感が日増しに高まっている。朝鮮労働党中央委員会の宣伝扇動部副部長を務め、国家の正式な序列は上から40位ほどだ。

だが、金兄弟の末っ子として金正恩氏から寵愛を受け、約束された地位をほしいままにする。さらに、行く手を阻む者は米大統領であろうと口汚く罵り、気に食わなければ身内の処刑も厭わない残忍な性格で、北朝鮮の高官らを震え上がらせている。実質的に金正恩氏に次ぐ北朝鮮のナンバー2の地位を占めており、豪紙は「(政府高官など)名目上の上役さえ、みな彼女にひれ伏すのだ」と報じる。

米FOXニュースは、北朝鮮の専門家が「世界一危険な女」とみなしていると報道。北朝鮮の核兵器に関する権限を持っている可能性があり、その強大な権力が懸念材料になっていると指摘する。加えて金与正氏は北朝鮮の次期指導者と目されており、彼女の力と影響力がさらに増してゆく懸念があるという。

およそ75年間におよぶ金一族による統治の歴史の中でも、異色の存在だ。米CNNは、家父長制の色濃い北朝鮮の政治環境において、金一族として初めての有力な女性指導者になったと論じている。

■「若く、写真映えし、賢く、辛辣」

2018年に韓国で開かれた平昌冬季オリンピックでは、開会式への出席で初めて韓国を訪れて注目を集めた。以来、北朝鮮のスポークスパーソンとしての役回りを遂行。南北関係を含む重要な課題に舌鋒(ぜっぽう)鋭い発言を行ってきた。

CNNは、現在の金与正氏は「若く、写真映えし、賢く、辛辣(しんらつ)」であり、幼少期の「かわいいお姫様」から「中世の残忍な絶対王政のような、時に口汚い指導者」へ変化したと述べている。

オリンピック開会式ではタイトな黒のスーツを着こなす姿が話題になり、韓国では「かわいい」との評判さえ立った。だがその本性は対極にある。北朝鮮が失態を犯し国際社会から嘲笑の的となるたび、あるいは批判を浴びるたびに、切れ味鋭い弁舌で批判者を返り討ちにするのが彼女のスタイルだ。

昨年6月5日、北朝鮮が計8発の弾道ミサイルを打ち上げた。打ち上げは失敗に終わり、日米韓の3カ国は即座に北朝鮮を非難する声明を発表した。

これに対し、金与正氏は激しく反発した。カナダ民放最大手のCTVによる与正氏は、アメリカを「犯罪組織の一員のような」偽善者だと手厳しく批判している。北朝鮮の偵察衛星の打ち上げ失敗を揶揄する一方、アメリカ自身は偵察衛星などで北朝鮮を監視していると主張。さらに、「略奪者にも似たその異常な思考から生じる、陳腐で訳のわからない妄言を放っているのです」と過激な表現を用いて反発した。

■ミサイルの打ち上げ失敗に悪口で対抗

同年12月18日のミサイル発射後も、不手際を隠すかのような罵倒が目立った。北朝鮮は「偵察衛星開発の重要な最終段階の試験」を行うとして、計2発の中距離弾道ミサイルを発射している。

北朝鮮はこの“偵察衛星”から撮影したとするソウルと仁川地域の画像を公開した。だが、解像度があまりに低かったため、韓国の専門家からは偵察衛星としての能力を疑問視する声が相次いだ。米外交専門誌のディプロマットによると、さらには目的のソウル以外の地域を誤って撮影したとの見方や、ほかの方法で撮影した画像を衛星によるものとして公開したとの推論まで出る始末だった。

韓国の報道機関が一斉に報じた懐疑論に、金与正氏は悪言で応じた。

「昨日、専門家と呼ばれる人たちが、競うように言葉を繰り出していたようです。いつものことですが、まるでおしゃべりなスズメのようでした」
「いわゆる専門家と呼ばれる人たちは、私たちが与えるニュースがなければ何も言えないようです。彼らがきちんとした給料をもらえているか、私としては心配です」
「いわゆる専門家たちは、他人の欠点を見つけることにあまりに熱心であるため、そのような無意味な言葉を発するしかないのです」

“偵察衛星”の解像度の低さについては、「わずか830秒の1ショットのために、誰が高価な高解像度カメラを搭載し、テストするのですか?」と弁明。国際的な嘲笑を浴びたことに対し、いら立ちをにじませた。

■まるで秘書のように振る舞うが…ささやかれる次期指導者論

金与正氏は2011年に初めて公の場に姿を現した。2018年には平昌冬季オリンピックに続き、韓国・文在寅大統領(当時)との首脳会談にも同行している。最近では、プーチン大統領との首脳会談のためにロシアに同行。両首脳の会談に先立ち、金正恩氏と連れ立ってボストチヌイ宇宙基地を訪れている。

宇宙基地では金正恩氏が「初の宇宙の制覇者を生んだロシアの栄光は不滅だ」とロシアを担ぎ上げるメッセージをしたためた。メッセージの執筆中、膝を軽く折り秘書のように付き添う金与正氏の姿は、一見穏やかにも見える。

2018年2月10日、文在寅大統領が青瓦台で、金正恩総書記の妹・金与正氏、金永南北朝鮮最高人民会議議長と会談
2018年2月10日、文在寅大統領が青瓦台で、金正恩総書記の妹・金与正氏、金永南北朝鮮最高人民会議議長と会談(写真=Kim Jinseok/KOGL/Wikimedia Commons)

だが、その姿はまやかしにすぎない。東アジア研究者であり北朝鮮情勢を20年間研究している米タフツ大学の韓国の李晟允(イ・ソンユン)教授は、今年6月刊行の書籍『The Sister: North Korea's Kim Yo Jong』において、金与正氏を「世界一危険な女性」と指摘している。

李氏の見解を報じるFOXニュースによると、彼女が北朝鮮の次期指導者になる可能性すらあるという。金正恩氏のまだ幼い子供たちが元首に就くまでのあいだ、実権を握る流れは現実的だと見ている。

■韓国大統領に「極めて単純で幼稚」と言い放つ

諸外国に対する金与正氏の無作法な言動は、北朝鮮の将来にとって吉と出るのだろうか。救いの手を差し伸べる者に対しても、時に切れ味鋭い言葉を投げつける。

新型コロナのパンデミックの際、北朝鮮にはほとんどワクチンもなく、国民生活の困窮が懸念された。2022年8月、見かねて支援を申し出た韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領を、金与正氏は「単純」と評し、「口を閉じるべきです」とはねつけた。支援と引き換えに核軍縮を要請したことで、金与正氏の怒りに火を付けたようだ。

英テレグラフ紙が朝鮮中央通信の報道内容を伝えたところによると、金与正氏は、核軍縮と引き換えの経済支援提案を「愚かな行為」と猛烈に批判。「口をつぐんでいた方が、彼のイメージにとって幾分ましだったのではないでしょうか」と述べている。

さらに声明を通じ、「北朝鮮が武器プログラムと引き換えに援助を受け入れると考えるのは、極めて単純で幼稚です」と主張。「運命を、(韓国で人気のスイーツの)コーンケーキと交換する者などいない」とも付け加えた。

これに対し韓国統一省は、「強い遺憾の意」を表明。北朝鮮が核兵器の製造を続行する意志があることの表れだと指摘している。

北朝鮮情勢を報じる英NKニュースによると、金与正氏は尹大統領を「世間知らずの子供」と断定。コロナ禍の支援策については「吐き気を催す」「愚かなもの」だと述べ、「尹錫悦を人間として憎む」とまで加えた。

金与正氏は隣国・韓国について、特別な憎しみの感情を持っているようだ。ニューヨーク・タイムズ紙が2020年に報じたところによると、反・北朝鮮ビラを撒いた韓国の活動家たちを指し、「人間のクズ」「雑種犬」と罵倒した。ニューヨークタイムズ紙は金正恩氏と比較し、「彼は獰猛だ。彼女はさらに獰猛だ」と評している。

■与正氏は「悪い警官」を演じているだけなのか

一連の強烈な発言の裏には、金正恩氏のイメージを守り、さらには北朝鮮の立場を強化する目的が隠されている。

2021年にはソウルとの合同軍事演習に臨んだアメリカに対し、「悪臭を撒き散らすな」と警告した。英BBCは、このように彼女が強い発言で諸外国に対応している理由は、宣伝部の主要幹部としての役割を果たし、兄である金正恩のイメージを守ることにあると説く。

ニューヨーク・タイムズ紙は金与正氏の悪辣(あくらつ)な態度を、北朝鮮の外交戦略の一部であり、心理操作ないしは陽動作戦の一環であると読み解いている。北朝鮮は過去何十年ものあいだ、意図して好戦的な態度を示してきた。その後に姿勢をわずかに後退させることで、あたかも譲歩を行ったかのように見せかける手法が多用されている。同紙記事は「これは心理操作と陽動作戦の一部であり、平壌の外交の常套手段である」と断じる。

また、金正恩氏と対を成し、「良い警官と悪い警官」を演じているとも同紙は分析している。「良い警官と悪い警官」はもともと取り調べで使われたとされる一種の心理テクニックで、容疑者は理不尽な取り調べを受けることで、その後現れた"良い警官"を演じる警官に心を許しやすくなる。

暴言を吐く金与正氏が「悪い警官」役を果たすことで、金正恩氏が引き立ち、政権のイメージを向上しているとの分析だ。もっとも同紙は、北朝鮮には「悪い警官と、さらに悪い警官」がいるにすぎない、とも皮肉る。

■本当に演じているだけなのか

だが、果たして彼女は本当に悪い警官を「演じて」いるのだろうか。その残忍さは本性から来るものであると、幼い頃の逸話が示唆している。

テレグラフ紙によると、金与正氏は幼少期に、父親のお気に入りだったバンドのボーカルを遊び相手としてあてがわれていた。だが、当時わずか8歳か9歳だった金与正氏の一声で、この女性は解雇された。気に入らない相手であれば権力でねじ伏せる癖は、この頃から現れていたようだ。

また、同じ頃、当時16歳ほどだった兄の金正哲氏がある女性に恋心を抱き、一目見ようと女性専用の映画館に潜り込んだ。7つも年下の金与正氏だが、女性専用施設に足を運んだ兄に激怒。映画館から力ずくで引きずり出したという。金与正氏の気の強さを物語るエピソードだ。

2018年2月11日、韓国・ソウルの国立劇場で行われた北朝鮮の三池淵管弦楽団の公演で、拍手する金与正氏
2018年2月11日、韓国・ソウルの国立劇場で行われた北朝鮮の三池淵管弦楽団の公演で、拍手する金与正氏(写真=Kim Jinseok/KOGL/Wikimedia Commons)

■北朝鮮高官たちは「血に飢えた悪魔」と呼んでいる

荒々しい性格は、現在も金正恩氏の取り巻きたちを震え上がらせている。オーストラリアン・フィナンシャル・レビュー紙は、ただ単に「自分の神経を逆なでする」というだけの理由で、金与正氏が政府高官の処刑をたびたび行っていると報じている。その残酷さから金与正氏は、「血に飢えた悪魔」「悪魔のような女」と密かに呼ばれ、忌み嫌われているとのことだ。

彼女の正式な地位は朝鮮労働党の中央委員会副部長にすぎないが、組織上の上役でさえ彼女を恐れているという。記事は「政府のヒエラルキーのトップ40に位置するが、それにもかかわらず、彼女の兄一人を除いて、名目上の上司はみな彼女にひれ伏すのだ」と述べている。

■権力の階段を2年で駆け上がった

暴走する権力を止める者は、もはや北朝鮮にはいないのかもしれない。過去数年間で、彼女の地位は急激に上昇した。

ニューヨーク・タイムズ紙は2020年、金与正氏がそれ以前の2年間で政治的地位を駆け上ったと報じている。北朝鮮の政治権力中枢である組織指導部の部長に任命され、韓国政策を担当する統一戦線部の責任者になった。その後降格しているものの、北朝鮮における女性としては異例の実権を握る。

政権内部で幅を利かせる金与正氏だが、各国にとっても危険な存在だ。FOXニュースは、金与正氏が核兵器に関する権限を持つ可能性が高いとの見方を取り上げている。

彼女は公の場に初めて姿を現して以来、兄の金正恩と北朝鮮を代表する形で、少なくとも40回、声明文を発表している。北朝鮮領内にある南北共同連絡事務所の爆破(2020年6月)を命じたのも彼女だ。北朝鮮研究者の李教授はFOXニュースに対し、こうした行動は、彼女が核の権限を持つ可能性があることを示唆するものである、と解説している。

■「金正恩より獰猛」な毒舌すぎる妹の将来は…

なかでも連絡事務所の爆破は、単独での爆破指令という形で自身の地位の高さを誇示した。調査分析会社の英ベリスク・メープルクロフトでアジア・リスク分析部門責任者を務めるミハ・フリベルニク氏は、米CNBCに対し、兄の金正恩氏が爆破指令に関わらなかった点で注目に値すると述べている。金与正氏に対南攻撃の指揮を一任することで、体制内での彼女の地位向上の布石を打った可能性があるという。

ニューヨーク・タイムズ紙は、金与正氏の指導力拡大は北朝鮮にとって、合理的な戦略であるとみる。金正恩氏はまだ36歳であり、その子供たちは後継者になるには若すぎる。現在、唯一の後継者候補とみられるのが金与正氏だ。そこで北朝鮮は、金与正氏の指導力強化を急いでいるのだ、とニューヨーク・タイムズ紙は分析している。

李教授はCNNの取材に対し、金与正氏自身が指導者の地位に就くことも考えられると述べている。「慣例では、権力は兄弟姉妹(の金与正氏)ではなく、金正恩の子どもの誰かに移るはずです。しかし、金与正は、最高指導者の妹として大胆に自己主張をしており、この点で特異性があります。彼女の将来はどうなるのか? 彼女が最高指導者の座に就くことはあるのか? 明確な答えはありませんが、しかし、まったく無理な話でもありません」と見通しを語った。

韓国国内からさえ「かわいい」の声が飛び出す金与正氏だが、欧米メディアはその本質を「金正恩よりも獰猛」であり、「世界一危険な女」と危険視している。諸外国を見下し過激な言動を続ける彼女の動向から目が離せない。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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