「自分を捨てろ」「人を肩書きで判断しろ」…スタジオジブリ鈴木敏夫氏がそう強調した理由が今ではわかる
プレジデントオンライン / 2023年10月23日 8時15分
※本稿は、石井朋彦『新装版 自分を捨てる仕事術 鈴木敏夫が教えた「真似」と「整理整頓」のメソッド』(WAVE出版)の一部を再編集したものです。
■「書かないと5割忘れる。寝て起きると8割は忘れる」
「3年間、自分を捨てておれの真似をしろ」と言われても、はじめは途方に暮れるばかりでした。
「自分を捨てろ」と言われても、どうしたらいいかさっぱりわからない。結果、ひたすら毎日怒鳴られることになります。
何か言っても「違う」。
何かすると「そうではない」。
意味もわからないまま、とにかく怒られる。
会議室を確保し、席順を決め、議事録を取ることが、ぼくの最初の仕事でした。
「これから打ち合わせでは、席順、相手の肩書きや見た目、その場で話されたことをすべて、具体的・映像的に書き残しなさい。ノートとペンを手放さないこと。それを会議が終わったら読み返し、家に帰ったら寝る前に読み直して整理する。必ず寝る前にやること」
「人間は書かないと5割忘れる。寝て起きると8割は忘れる」
「人はね、打ち合わせの場では、地位とか、雰囲気とか、声の大きさとかで相手を判断しがちなんだ。でもそんなのは関係ない。偉い人が的外れなことを言うこともあるし、若い人がすごくいい意見を言っていることも多い。ノートを読み返すと、その場で何が大事だったのかが自(おの)ずと見えてくる」
■参加者の肩書き、席順、風貌まで細かく書く
鈴木さんの予定はいつも朝からいっぱいで、1日にアポイントメントが10件を超えることもざらでした。当時は無印良品のA4ノートを使っていたのですが、3日で1冊使いきってしまうようなペースでした。
ノートには、
日時
場所
参加者の名前と所属・肩書き
席の並び順
発言
参加者の風貌や話し方(身振り、手振りも)
を記録します。「○○会社△△部□□部長」といった肩書きの詳細を書くことも、重要な意味があります。
鈴木さんはこう断言しました。
「人を、肩書きで判断しろ」
普通は「人を、肩書きで判断してはいけない」じゃないか? 納得のいかない顔をしていると、いつもの上目づかいで続けます。
「君がいま思っているような意味じゃない。抽象的に相手を判断するな、ということ。君は好き嫌いが激しすぎる。自分が好きな人にはよくするけど、嫌いな人には徹底的に厳しい。でも、それって君の主観だろう」
主観で何が悪い。主観といってもフェアな主観だ。明らかに仕事をしていない人や、プロジェクトにおいてマイナスな人は、年齢や肩書きに関係なく、容赦なく切り捨てるべきだ。それが、ちゃんと仕事をしている人に対する最低限の礼儀だ。ぼくはそう信じていました。
■同世代の飲み会が「いちばんくだらない」
「そんなのは関係ないの。自分にとっていい人か、悪い人かっていうのはどうでもいい。大事なのは、相手が『どういう立場にいて、何ができる人なのか』ということなんだ。だから肩書きを見る。そして、その人と、これからどのような仕事ができるのかを客観的に判断する」
「よく、同世代で飲み会をやって、将来の夢を語っているのがいるでしょ。ああいうのがいちばんくだらない。決定権がない人間同士が愚痴を言っているだけ。おれは昔から、同世代とはほとんど仕事をしてこなかった。同世代とできる仕事なんてたかがしれてるんだよ!」
なるほど。たしかに、若いときは同じ世代で飲み会をして夢を語っていても、仕事には結びつかないことが多い。
もちろん、5年後、10年後におたがいが決定権のある立場になっていることもありますから、関係は長く続けたほうがいい。ですが、現時点では、名刺の肩書き――その人がいま、何ができる人で、自分が何を提供すれば化学反応が生まれるのか、ということこそ重要な情報なのです。
「人は肩書きじゃない」という理想主義にはなんの意味もないことを悟りました。
■なぜ会議では「席順が命」なのか
もともと単純バカなので、言われたとおりにやってみました。出社すると、その日の会議や打ち合わせに出席する人の名前をリスト化します。始まる30分前には会議室に行き、席順を決める。鈴木さんはせっかちで、開始15分前には席についてタバコをふかし始めるので、それまでに準備を終わらせなくてはいけません。
最初のころ、鈴木さんは会議の前に必ず、どこにだれが座るのか、席順をこまかく指示してくれました。
たとえば、その日の打ち合わせが、来訪者が企画を提案してくる場だったとします。議事録を取るぼくは鈴木さんの横に座ります。鈴木さんの正面に、先方の責任者が座るようにします。
でも、それだけではダメなのです。
鈴木さんと責任者だけが議論する場をつくってしまうと、新しい意見が生まれにくい。そこで、来訪者のなかで、鈴木さんが気に入りそうな若いスタッフ(明るくて、率直に意見を言いそうな人)を、鈴木さんの目線が届く場所に座らせます。
席順で重要なのは、「目線」です。自分の意見よりも、相手の意見を引き出したいときは、みんなの目線が自分にぶつからない席に身を置いたほうが、議論を俯瞰(ふかん)しやすい。議論に決着をつけたい場合は、決定権者の目線が、自分のほうへ向く位置に座ります。
■意見は言わず、ひたすら人の発言をメモしていたら…
すべては、議論が活性化するためです。席順を変えただけで議論の質ががらりと変わるのです。
会議が始まったら、各々の発言はもちろん、相手の身振り手振りやテンションまでもできるだけ正確にノートに取ります。何ページか進んだら、最初のページに戻って議論の始まりを見直します。
最初は、自分の意見を言いたくてウズウズしていたのですが、怒られるので考えないようにしました。「自分の意見は考えなくていい」わけですから、人の発言をメモすることに徹すればいい。驚くほど集中できます。
鈴木さんはたまに、ぼくのノートをのぞきます。そして、前の会話を思い出してまた議論に戻る。「さっきの、なんだっけ?」と問われれば、ノートを見せながら、すぐに答えることができます。
そんなことを何百回と繰り返しているうちに、自分がその場にいるだれよりも、議論の全体像を把握できていることに気づきました。
鳥肌が立ちました。
自分の意見ばかり考えていたときは、相手の意見に対しては「違う」としか思わない。若者の意見はスルーされがちなので、ますますムキになり、その場の空気を支配している人に相づちを打っていました。この相づちは「同意」ではなく、自分の存在をまわりにアピールしたいがためだけの相づちなので、議論においてはなんの意味もありません。
■「だれが言ったとか、どうでもいいじゃん」
では「君の意見は?」と問われたときはどうすればよいのか。これは簡単です。
それまで話されてきた議論のなかで、自分が「今回の議論に必要」と思った意見(赤丸で囲んだり、☆マークをつけたりしていました)を引き合いに、「○○さんがこうおっしゃいましたが、ぼくもその意見に近くて……」と切り出せばいいのです。
実は、鈴木さん自身がそうでした。
じっと相手の意見に耳を傾け、何がいちばん大切かを探している。ある程度方向性が見えたら、自分自身のアイデアと関連づけて話し始める。
しばらくして、気づきました。「おれの真似をしろ」と言った鈴木さんこそ、相手の意見を自分の意見として取り込む「真似の名人」だ、ということに。
鈴木さんは、ゼロから1を発想するタイプのアイデアマンではありません。みんなの意見やアイデアを総合的に判断し、もっとも優れたもの、その場に必要なものを、順列に組み立てます。
当初は、そこに反発していました。
「自分の意見」「オリジナリティーあふれるアイデア」を生み出すことがクリエイティブだと思い込んでいたぼくは、自分の意見を横取りされたかのような感覚になったのです。
鈴木さんは、ぼくが不満そうな顔をしていると、こう言いました。
「だれが言ったとか、どうでもいいじゃん」
■大きな仕事を成すのは「自我が極端に少ない人」
その場で何がもっとも重要なのか。
そもそも、みんなで集まって議論をする最大の目的は何か。それは、自分ひとりでは何日、何カ月かけても到達できないような発想が、みんなで言葉を交わし合いながら生まれること、その一点のみなのです。
鈴木さんが、どのようにしてこうした考え方を身につけたのかはわかりません。もしかすると、もともと自我というものが極端に少ない人だったのかもしれません。
以前のぼくは、強烈な個性と自分を確立している(ように見える)人のほうが仕事ができると考えていました。しかし、実は逆なのだ、と最近とみに感じます。
人の意見を取り入れ、流れに任せ、その場で求められている空気をつかむ才能を持っている人のほうが、ずっと大きな仕事を成すのではないか。
実際にぼくが見てきた大きなチャンスを得る人は、皆このタイプでした。
■目上、若い人、身内と枕詞を使い分けること
ひとつ注意したいことがあります。
相手の意見を、自分の意見と関連づけて話す際に、ただそのまま話すだけでは、「それ、自分がさっき言ったことじゃないか」という反発が生まれてしまいます。反発を避けるための枕詞が大切なのです。
相手が得意先や来客者の場合で、目上の方であれば、「さっき、○○さんがおっしゃったように」という枕詞をつけます。若い人のときは、「△△さんの意見は、とてもおもしろかった」と、切り出す。
身内の場合は、「□□はよく知っているけれど……」と、まず相手を立てる。このひと言を入れるか入れないかで、印象はまったく違ってきます。
相手の意見を自分の意見として取り込む瞬間こそ、もっとも「自分を捨てる」必要がある。そのアイデアや意見は、「あなたにもらったものなのだ」と表明することが大切なのです。
鈴木さんはいまもよく、「石井はよく知ってるけどさぁ」と言いながら、議論を活性化させます。その瞬間は、ぼくにとってとても心地よい瞬間です。たとえ鈴木さんの手の上で踊らされている、とわかっていても。
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アニメーション映画プロデューサー
鈴木敏夫プロデューサーに師事し、『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』『君たちはどう生きるか』等のプロデューサー補を担当。著書に『思い出の修理工場』(サンマーク出版)がある。
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(アニメーション映画プロデューサー 石井 朋彦)
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