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かつて「世界シェア5割」を誇った日本の半導体は、なぜ台湾・韓国に後れをとるようになったのか

プレジデントオンライン / 2023年10月23日 9時15分

世界的半導体メーカーの台湾積体電路製造(TSMC)の熊本工場(左)、ソニーセミコンダクタマニュファクチャリング株式会社の熊本テクノロジーセンター(右)、東京エレクトロン九州株式会社(奥)(=2023年9月20日、熊本県菊池郡菊陽町) - 写真=時事通信フォト

■世界有数の技術が日本で量産される

ここへきて、半導体の受託製造(ファウンドリー)最大手、台湾積体電路製造(TSMC)の熊本第2工場の計画が明らかになり始めた。報道によると、同社は第2工場で回路の線幅が6ナノメートル(ナノメートルは10億分の1メートル)のロジック半導体の製造を目指す。国内で先進半導体の製造が可能になると、そのインパクトはわが国の半導体関連業界に大きな影響を与えることになりそうだ。

世界の半導体業界では、二極分化とも呼べる現象が鮮明化している。“チャットGPT”や人工知能(AI)の学習に欠かせない、高度な画像処理半導体(GPU)の生産に関しては旺盛な需要を見込むことができる一方、汎用性の高い半導体に関しては需要の戻りが鈍い。

今後、より高性能のGPUなど最新チップの需要は増加し、価格も上昇するだろう。供給のかなりの部分がTSMCに依存している。現在、6ナノメートルの製造ラインはGPUの供給にも欠かせない。一方、主に車載用の半導体など汎用型のチップの需要は大きくは盛り上がらず価格も高まりづらいだろう。

そうした展開が予想される中、米国も欧州委員会も経済と安全保障体制を強化するために、最先端に近い半導体工場の誘致を急ぐ。わが国は、新しい産業を育成し経済の実力を高めるために、米欧に引けを取らない産業政策を立案、実行すべき時を迎えた。

■世界シェアの50%以上を持っていた日本

2021年6月に経済産業省が公表した資料『半導体戦略(概略)』によると、わが国のロジック半導体の生産能力は回路線幅40ナノメートルで止まった。今後、国内の半導体メーカーが高精度の半導体生産を手掛ける計画はあるものの、現時点で国内の半導体メーカーが40ナノメートルよりも細い回路線幅のチップを製造することは難しいとみられる。

資料には国内の主なロジック半導体工場の製造能力が掲載された。ルネサスエレクトロニクスの那珂工場(茨城県ひたちなか市、1985年から操業)の製造レベルは、回路線幅40ナノメートルだ。同社の熊本川尻工場(1969年から操業)の製造能力は130ナノメートルだ。台湾のUMCの三重工場(もとは富士通の工場、1984年から操業)も40ナノメートルだ。

現在のTSMCの製造能力に比べ、製造能力にはかなりの差がある。背景として、1990年代以降、わが国の電機メーカーは世界的な競争力を失った。1988年の時点では、世界の半導体産業における日本のシェアは50.3%だった。その後日米半導体摩擦やバブル崩壊の影響もあり、電機メーカーは半導体の精密度の上昇や国際分業にうまく対応できなかった。

■半導体の小型化が遅れた原因

スマートフォンの急速な普及への対応も遅れた。大手電機メーカーの業績は悪化し、チップの製造技術向上に必要な、巨額の設備投資を負担することは困難になった。2012年2月には、エルピーダメモリ(当時)が破綻した。

半導体に代わって、これまで自動車産業が日本経済を支えてきた。特に、ハイブリッド自動車(HV)の開発は大きかった。HVの普及などによってマイコン、パワー半導体、画像処理センサなど、車載用の半導体需要は拡大した。自動車は、スマートフォンやタブレット型のPCよりもサイズが大きい。半導体の小型化、消費電力性能の向上の必要性は高まりづらかったともいえる。

ただ、国内の半導体産業の変化は勢いづいている。熊本県に建設している第1工場において、TSMC、ソニーおよびデンソーは回路線幅12~28ナノメートルのロジック半導体を製造する予定だ。2024年末までの稼働を目指す。投資総額は1.2兆円程度だ。

TSMCは第2工場で回路線幅6ナノメートルのロジック半導体の製造も目指す。投資総額は約2兆円、経済産業省は最大9000億円の支援を検討しているという。それはわが国の産業競争力にかなりの影響を与えるだろう。

■世界の半導体需要はスマホ→人工知能へ

足許、世界の半導体産業界では二極分化が鮮明だ。最先端のロジック半導体の製造に関して、旺盛な需要を背景にTSMCはモメンタムを発揮している。一方、汎用性の高い製品群の割合が相対的に高い、韓国サムスン電子などは苦戦を強いられている。

これまでTSMCは微細化を推進し、アップル、エヌビディアなどが設計したスマホや人工知能向けのチップの受託製造契約を獲得した。TSMCはスマホ向けのチップ需要を取り込んだ。

ただ、スマホ需要が拡大し続けることは考えづらい。2023年4~6月期まで8四半期連続で世界のスマホ出荷台数は減少した。リーマンショック後の世界経済のデジタル化、それによる経済成長を牽引したスマホ需要は飽和したといえる。

2022年12月、TSMCは回路線幅3ナノメートルのチップの製造を開始した。ほぼ同じタイミングで人工知能の利用も急増した。そのペースは想定を上回るとの見方も多い。AIの深層学習などに用いられるGPUの開発でエヌビディアはAMDなどに先行した。TSMCはエヌビディアのGPU、“H100”、最新の“B100”の製造を担う。

■「TSMCとそれ以外」の差が鮮明に

より高性能なGPUは、AIの性能向上に欠かせない。それは、経済全体への波及効果や効率化の向上に結びつく可能性が高い。世界全体でGPUの争奪戦が起きた。中東地域ではサウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)が、エヌビディアのGPUをより多く購入しようとするなど、企業だけでなく国家も巻き込んだ争奪戦が繰り広げられている。

需要の急増に対し、現在GPUの供給は十分ではない。エヌビディアは、新製品投入スピードを引き上げようとしているようだ。AIの利用増、それに伴う経済成長の実現に、TSMCの果たす役割も高まる。当面、GPUの需要は増加し、価格も上昇するだろう。

韓国のサムスン電子はTSMCとの製造技術の差を縮めるべく、韓国国内や米国などで大規模な設備投資を実行した。わが国にも研究拠点を設けるようだ。

ただ、サムスン電子は、相対的に汎用性の高いDRAMなどメモリ半導体を得意とする。回路線幅3ナノメートルのロジック半導体の量産を始めはしたが、良品の割合を増やすことは難しいようだ。最新のAIにかかせないGPUに関してTSMCとそれ以外の半導体メーカーの実力の差が拡大する可能性は高い。

半導体の製造ライン
写真=iStock.com/SweetBunFactory
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SweetBunFactory

■政府はこの機を逃してはならない

TSMCによる回路線幅6ナノメートルのチップ製造をきっかけに、わが国政府は国の政策として半導体関連産業の成長を強力に支援すべきだ。今後、世界全体で、汎用型から最先端まで、ありとあらゆる分野で半導体の重要性は高まる。戦略物資としての半導体の生産能力の強化は、わが国の国力に直結する。

先端の半導体工場を1つ建設するために2兆円、あるいはそれを上回る資金が必要になる。民間企業が巨額な設備投資のリスクを負担し続けることは難しい。経済安全保障体制に直結する半導体を民間任せにすることも必ずしも適切ではないだろう。

経済産業省は、2023年度の補正補予算案にて計3兆3550億円を要求したようだ。政府に期待したいのは、裾野の広い半導体産業全体の底上げを目指すことだ。わが国には、超高精度の半導体製造装置や検査装置、超高純度の半導体関連部材の分野で、世界的に高い製造技術を持つ企業が多い。

■産業政策の敗北を二度と繰り返さないために

それがあるからこそ、わが国でTSMCは先端分野のチップ製造を目指す。製造装置や関連部材メーカーの製造技術向上をサポートすることによって、最先端、次世代のチップ製造拠点を国内に誘致する可能性は高まる。それはより多くの直接投資の誘致や、回路線幅2ナノメートルのチップ製造を目指すラピダスの成長実現に寄与するだろう。

台湾問題の地政学リスクの懸念などを背景に、台湾から日米欧などへ、これまで以上に半導体の製造拠点の地理的分散は加速するだろう。政府は、民間企業のリスクテイク、製造技術の向上を補助金や税制面から支援し、産業競争力の向上につなげなければならない。人材供給のために、半導体など教育体制の拡充も待ったなしだ。

わが国の産業政策を振り返ると、自動車に続く成長分野として航空機の育成に取り組んだ。しかし、“MRJ(三菱リージョナルジェット)”と呼ばれた航空機プロジェクトは失敗した。先行きは楽観できないが、政府は米欧に引けを取らない半導体産業支援策を取りまとめ、迅速に実行すべきだ。それは中長期的なわが国経済の成長に大きく影響するだろう。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)

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