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「違和感を感じる」「犯罪を犯す」は避けるべきか…校閲記者も悩む"重ね言葉"

プレジデントオンライン / 2023年10月30日 13時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AndreyPopov

新聞などで使われている日本語表現にも、微妙な表現がある。「違和感を感じる」や「犯罪を犯す」などはそのまま使っていいのか。毎日新聞校閲センターがまとめた書籍『校閲記者も迷う日本語表現』(毎日新聞出版)から一部を紹介しよう――。(第1回)

■「違和感を感じる」に違和感はあるか

【質問】
「違和感を感じる」という表現に違和感はありますか?

【回答】
違和感はない……16.4%
話し言葉ならよいが、書き言葉だと違和感あり……42.1%
話し言葉でも書き言葉でも違和感あり……41.4%

書き言葉に関していえば8割以上が「違和感あり」と回答しました。「感」の重なりが気になるという人が予想以上に多いという結果となりました。機械的に「違和感がある」もしくは「違和感を覚える」にするというルールを作ってしまえば楽かもしれません。しかし簡単にはその措置に踏み切れない理由を並べてみましょう。

明鏡国語辞典3版には「『違和感を感じる』は、重言だが広く使う」とあります。明鏡には「重言のいろいろ」というコーナーがありますが、「違和感を感じる」は「『不適切な重言』ではないもの」という区分に入っています。重言であることは認めるけれども、表現としてはおかしくないという立場です。

三省堂国語辞典8版では「『違和感を感じる』は重言とされるが、『快感を感じる』など、同様の言い方は昔からふつうに使われる。『違和感を覚える』とする方法もあるが、意味は同じ」と説明しています。

2021年11月に開催された日本新聞協会の新聞用語懇談会でも同様の意見が出ました。「罪悪感を感じる」「危機感が感じられない」といった表現でも「感」は重なっているのにあまり問題とされず、「違和感を感じる」だけがやり玉に挙げられている▽「感じる」と「覚える」で意味が変わるわけではない以上、「違和感を覚える」に直すのは小手先のその場しのぎに過ぎない――。

■文章では避けるほうがよさそう

どうでしょう。「違和感を感じる」は全て「違和感を覚える」「違和感がある」に直してしまえ、というのはためらわれませんか。「理屈ではそうだとしても、やっぱりくどい」という人もいるでしょう。実際にアンケートでは多くの人がそう感じていますし、新聞・通信社の中には「違和感を感じる」を使わないようにしているという社も一定数あります。

文化庁の文化審議会国語分科会が2021年に出した報告「新しい『公用文作成の要領』に向けて」の中でも、「違和感を感じる」は「違和感を覚える、違和感がある」に直すように例示しています。ただしこれは「冗長さを避ける」という項目の中で、「むやみに用いないようにする」と説明されているものです。誤った表現ではないけれども、冗長であるため公用文にはなじまないというわけです。

公用文に限らず、他人に見せる文章で「違和感を感じる」を使うと「冗長だな、洗練された文章ではないな」と思われてしまうかもしれません。新聞の読者になるべく違和感を与えないことを目指す校閲記者としては、今回のアンケートも踏まえ、「違和感を感じる」は基本的に避けたほうがよさそうです。ただし「これは誤用だ! 使ってはいけない!」とは断定しない。それくらいのスタンスが妥当ではないかと感じます。

頭を抱えているビジネスマン
写真=iStock.com/mapo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mapo

■言い換えにくい「犯罪を犯す」

【質問】
「犯罪を犯す」という書き方、どうしましょう?

【回答】
「犯」がダブるので「罪を犯す」にすべきだ……49.5%
「犯」がダブるので「犯罪をする」にすべきだ……5.1%
「歌を歌う」と同じで問題ない……45.5%

「『犯』がダブるので『罪を犯す』にすべきだ」と「『歌を歌う』と同じで問題ない」でほぼ二分という結果になりました。思ったよりも容認派が多かったという印象です。言い換えがしにくい、という事情があるのかもしれません。「犯罪をする」とはあまり聞かないし、「罪を犯す」はなんかちょっと違う気がする――と思った人が多かったのではないでしょうか。もっとも、「犯罪を行う」などと選択肢を増やしておけば「問題ない」の率は多少減ったかもしれません。

毎日新聞用語集の1992年版では「犯罪を犯す→罪を犯す」と直すことになっていました。この規定は、次の1996年版でなくなっています。やはり機械的に直すことに抵抗があったのでしょう。

とはいえ、用語集になくなったというのは「どんどん使いなさい」ということではありません。最近も、記者から「犯罪を犯す」は使っていいのか、「罪を犯す」と直していいのかと相談されました。「犯罪を犯す」「罪を犯す」ともに、使用へのためらいが感じられました。

■「骨を骨折する」は不適切かどうか

そもそも「罪」と「犯罪」はどう違うのでしょう。「罪」を新潮現代国語辞典2版はまず「してはならない行為・行動」と定義します。そのうえで「犯罪」「悪い行為に対する責任」などの細かい意味を加えた上で「牢屋(ろうや)にいれられる事だけが罪ぢやないんだ」という太宰治『人間失格』の例を挙げます。罪のほうが犯罪より広い概念と理解できます。

では「犯罪を犯す」でいいのか。明鏡国語辞典3版の「重言のいろいろ」では、「『~ヲ』に〈動作・作用の結果に生じたもの〉がくる、結果目的語の適切な用法であるもの」という分類に、「歌を歌う」などと並べて「犯罪を犯す」も挙げており、「犯罪を犯す」を「適切」とする立場です。実際、「犯罪」の項にも「犯罪を犯す」という用例を示しています。

言語学者、山田敏弘さんの『その一言が余計です。 日本語の「正しさ」を問う』(ちくま新書、2013年)には「さまざまな重言」という項があります。「犯罪を犯す」はありませんが、次のリストが示されていますので不適切と思われるかどうか考えてみてください。

(1)馬から落馬する。
(2)足の骨を骨折する。
(3)彼の言ったことに違和感を感じた。
(4)山中教授がノーベル賞を受賞した。
(5)まず最初に、……。また、次に、……。そして、最後に、……。
(6)自動車から排出される排気ガス量を測定する。
(7)子どもたちが、小学校から下校する。

■冗長さの問題

著者の山田さんは「答え」を示しません。その代わりにこう記します。「『違和感』と『感じる』には、同じ発音の同じ漢字が使われていますから、奇異に感じる人も少なくないでしょう」

山田さんは続けます。「しかし、これとて、最近さまざまな『ことば咎(とが)め』の類書に書いてあったから変だと思っているにすぎないのではないでしょうか。なぜならば、同じように『賞』を二回含む(4)に、違和感を持つなどということは稀(まれ)だからです」「ここから、同じ読みの漢字だからだめということではなく、気にしているからだめということがわかります」

確かに、日本語の「正しさ」からではなく「だめという人がいる」から直すという場合は少なくない気がします。

新聞の場合、「スペースが限られるから、なくても済む語は省く」ということが重言を避ける理屈づけとされることが多いようです。ただその根拠も、ウェブ向けの記事が大量になってきた現在では揺らいでいると言えるかもしれません。しかし、字数制限が緩やかになっても冗長な文章は避けるべきだというのは不動の心得でしょう。

■「不自然かどうか」で判断を

問題は、何が冗長かです。単に「ダブりだから」「だめという人がいるから」――ではなく、「通じやすいか」「不自然でないか」を軸に判断すべきだと思います。「字のダブりが気になるなら『犯罪をおかす』と一方を仮名にすればいい」という意見もあります。確かに「抱きかかえる」「日にち」など、ダブり感をなくす対処が好まれる語は少なくありませんが、「おかす」の仮名表記は一般的ではないように思われます。

さて、ある原稿で「犯罪を犯した疑い」という文言について聞かれた際、「決して間違いではありませんが、『犯罪の疑い』でいいのでは」と答え、その通りに直りました。許容範囲の重言なのかもしれませんが、対処のしようが全くないわけではないのです。

■「楽観視」の「視」は必要?

【質問】
きっとうまくいく、と明るい気持ちで先を見通すのは……。

【回答】
楽観視する……31.7%
楽観する……47.5%
いずれも言う……20.9%

「楽観する」が「楽観視する」を上回りましたが、両方を使うという人を含めると「楽観視する」を許容する人が過半数に達しました。日本新聞協会の「新聞用語集」では「楽観視」を重複表現と見なし、「楽観(する)」と直すよう促しています。毎日新聞用語集も同様です。

ただし、近年は「楽観視」をとがめない新聞社や通信社もあり、一概に直すべきものとしない考え方が強くなってきているようです。口頭語としては、かなり前から使われている言葉です。国会会議録検索システムによると、「楽観視」の最初の例は1949年、第5回の衆議院本会議。「国内の不況は、この農業の金融恐慌から起ることを、政府はあまりにも楽観視いたしておるとしか考えられません」(竹山祐太郎衆議院議員)という発言が見られます。

「楽観視」は話し言葉では、少なくとも戦後すぐには、国会のような改まった場においても使われていたことが分かります。

毎日新聞校閲センターが『校閲記者も迷う日本語表現』(毎日新聞出版)
毎日新聞校閲センター『校閲記者も迷う日本語表現』(毎日新聞出版)

重複表現と考えない新聞・通信社の見解は「慣用表現として定着した」「使用例が多い」といったものです。しかし、「楽観する」と言うことができる以上、「楽観視」とする必要がない、という考え方も有力です。似た言い回しに「客観視する」がありますが、こちらは「客観する」として使われることがごく少ないので、同列に論じることはできないでしょう。

アンケートの結果を踏まえても「楽観する」が多数派ですし、基本的な立場としては、従来通り「楽観視する」は退けたいと考えます。ただ、口頭語としての使用実態を考えると、地の文でなく、発言の中で出てきた場合にも必ず直すかどうかは迷うところです。

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毎日新聞校閲センター(まいにちしんぶんこうえつせんたー)
毎日新聞東京本社に東京グループ、大阪本社に大阪グループがあり、計80人余りが在籍している。紙面やサイトの記事について、字句だけでなく事実関係も調べて誤りを正す仕事が校閲。日々の校閲作業の傍ら、2011年にツイッターアカウントを、2012年にはサイト「毎日ことば」を開設し、使い方に悩む言葉など、校閲記者の視点で発信する。サイトは2023年1月に「毎日ことばplus」としてリニューアル。会員向けに有名校正者や辞書編集者らの寄稿を載せたりイベントを開催したりし、自ら制作した動画「校閲力講座」入門編をリリースするなど新たな取り組みを始めた。著書に『新聞に見る日本語の大疑問』(東京書籍)、『読めば読むほど』(同)、『校閲記者の目 あらゆるミスを見逃さないプロの技術』(毎日新聞出版)、『校閲至極』(同)、『校閲記者も迷う日本語表現』(同)。

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(毎日新聞校閲センター)

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