「感染者が3000人台を突破」は何人のことなのか…校閲記者も悩む"数え方"の難問
プレジデントオンライン / 2023年10月31日 15時15分
■水道の蛇口はどう数えればいいか
【質問】
水道の蛇口、どう数えますか?
【回答】
「個」を使う……47.1%
「本」を使う……26.6%
どちらでも違和感はない……13.7%
形状により使い分ける……12.6%
「個」が優勢ですが、「本」派も「違和感がない」を含めると4割ほどでしょうか。「使い分け」派の中にも「本」を使う人がいると思うので、もっと多いのかもしれません。「どちらでもない」という選択肢を用意できなかったのが悔やまれますが……。
言語学者、飯田朝子さんの『数え方の辞典』(小学館、2004年)によると、蛇口の数え方は「本、口」とのこと。「個」は含まれていません。もちろん、一般的に物を数える時に使いやすい「個」が間違いということではありませんが、かなり衝撃的でした。そもそもが「蛇口」なので「口」は分かります。ではなぜ「本」なのか?
今回の質問のきっかけになった記事は、公園の水飲み場などで蛇口の盗難が相次いでいるというもので、蛇口を「3本」と数える表現がありました。水飲み場の細長いものと想像はできましたが、例えば学校の校庭の手洗い場にある蛇口でも「本」なのでしょうか。辞典には書かれているものの正直納得がいかず、同僚を何人かつかまえて相談してみました。
「盗むとなると、パイプの部分なのでは?」「台座にくっついていると、『個』という感じだけれど……」。明らかになったのは、どこまでを「蛇口」と捉えるかという認識の違いでした。
出題者はハンドル部分まで含めて蛇口と認識していましたが、構造を調べてみるとハンドル部分と水が出てくるパイプ部分は別物の様子。パイプ部を「蛇口」と捉えれば「本」で違和感はありません。
毎日新聞の用語集には「助数詞の基準」というページがありますが、ここには身の回りにあるものから、普段はあまり目にすることのない「大砲」(「門」で数えます)といったものの数え方まで載っています。残念ながら「蛇口」は載っていませんでしたが、眺めているだけでも新しい発見の多いページです。それにしても助数詞は難しい。
■「3000人台を突破」は何人なのか
【質問】
新型コロナウイルス感染者が「3000人台を突破」――これは何人になったということ?
【回答】
3000人超……34.0%
3001~3999人……19.9%
4000人以上……27.7%
上の複数に当てはまり、決められない……18.4%
「3000人台を突破」と言った場合、いったい何人になったことを指すのか。回答は割れました。「3000人超」と「3001~3999人」を合わせると半数を少し上回りますが、同時に「4000人以上」と「決められない」の合計も半数近くになります。「~台を突破」という言い方自体に分かりづらさがあると考えるべきでしょう。
「台」とはどういうことか。国語辞典では「数量の大体の範囲を示す語」(岩波国語辞典8版)のような説明が多いのですが、大辞林4版は具体的に、
と説明しています。「1000円台=1000~1999円」という幅のあるゾーンを表しているということです。質問文の例に即していえば「3000人台」とは「3000~3999人」を表していると言えるでしょう。
■幅のあるラインを突破?
「3000人台を突破」というのは、この幅のあるゾーンを「突破」することになるのではないでしょうか。「3000人超」の場合や、「3000人台」とほぼ重なる「3001~3999人」の範囲の場合には、「3000人台を突破した」とは言いにくいように思われます。
とはいえ、「~人台を突破」のような言い方をよく見るという人もいるかもしれません。「ある目標・数量を超えること」(大辞泉2版)という意味を持つ「突破」は数字と合わせて使われることが多いので、そのように感じるのかもしれません。ただし辞書の用例では「人口が一億人を突破する」「参加者は五万人を突破する」「一千万を突破した」など、「台」のような幅のある数字は見られません。あくまで一つの数字を挙げて、そのラインを超えることを「突破」と言っています。
もちろん世の中には細い線もあれば太い線もあるわけですから、「3000人台」のような太いラインの上に出ることを「3000人台を突破する」と言ってはいけないという理屈はありません。その場合は「3000人台を突破」イコール「4000人以上になること」を意味しますが、あまり釈然としません。なぜそんな幅の広いラインを想定しなければならないのか。そうした書き方よりは、「4000人台に乗せた」のような表現を選んだほうがよいようにも思います。
■「大台」を使った表現なら
ここまで述べたことは要するに、幅のある数字と「突破」という表現がかみ合わないということです。「突破」を使いたければ「3000人を突破」とすればよさそうですし、「台」を使いたければ「3000人台に達した」などの言い方をするのが穏当でしょう。
どうしても「突破」に加えて「台」の文字を使いたいならば「大台」を使った表現にすることも可能です。「大台」は、元は株式相場の用語で100円単位を指す言葉ですが、現在はもっぱら「金額・数量などで、大きな区切りや目安になる境目。『二兆円の大台を突破した予算』」(大辞泉2版)として使われます。この用例に倣えば「3000人の大台を突破した」も問題ないと言えるでしょう。
■「○倍高い」には違和感あり
【質問】
メタンの温室効果は二酸化炭素に比べ「25倍高い」――「 」の中、どう感じますか?
【回答】
違和感がある。「25倍だ」などとしたい……68.9%
違和感はない……31.1%
「n倍高い」という表現には違和感があると答えた人が約7割と多数を占めました。「AはBのn倍だ」とすれば十分で、「高い」は不要と捉える人が多いようです。「高い」「多い」「大きい」などの形容詞に数量を表す言葉が組み合わさり、「AはBよりnメートル高い」「n個多い」などと書かれる時、その数量はAとBの差を表します。
■誤りでなくても違和感はある
「nメートル」「n個」が単位を伴って一定の数量を表す一方、「n倍」は決まった数量ではなく、基準となる数に対して、同数・同量を何回か加えた数量を表します。AとBの差分(足し算・引き算)ではなく、かけ算をもとにした表現です。
「メタンの温室効果は二酸化炭素に比べ25倍高い」という質問文の例は、二酸化炭素の温室効果を1とした時に、メタンの温室効果が25であることを表していました。しかし「nメートル高い」などの言い方からの類推で、「二酸化炭素の温室効果を25倍した分だけ、メタンの温室効果が高い」、すなわち「二酸化炭素の1に対しメタンが26」と読むこともできてしまい、混乱したり、気持ち悪さを覚えたりする人もいるかもしれません。7割もの人が「違和感がある」と回答しており、誤りではなくとも「なんとなく変」な表現ではあるのでしょう。
毎日新聞の過去の記事や、インターネット上の電子図書館「青空文庫」などで確認できた用例では、「n倍高い」は「n倍だ」と同じ意味で使われています。違和感はあるものの、捉え方に迷うほどに紛らわしい場合は少なく、おおむね誤解なく受け入れられているようです。
■「○倍だ」で十分伝わる
ただ通常であれば「n倍」と表現した時点で、もとの数量よりも高い(多い、大きい)ことを表します(分野によっては「n分の1倍」や「マイナスn倍」などの言い方もあり、その場合は元の数より小さくもなりますが、ややこしくなるので新聞では一般的に見かけません)。「高い」と付け加えずとも、対比は伝わるのではないでしょうか。
質問文の例なら「メタンの温室効果は二酸化炭素の25倍だ」で意味は通じますし、メタンの温室効果が高いことを強調したければ「メタンの温室効果は高く、二酸化炭素の25倍だ」と補うのはいかがでしょう。多くの人に違和感が小さく、読みやすい表現を心がけたいものです。
■好ましくないことが「○日ぶり」…違和感ある?
【質問】
感染者数が「3日ぶりに」100人を上回った――こうした「ぶり」の使い方、どうですか?
【回答】
違和感がある……51.0%
違和感はない……49.0%
新型コロナウイルスの感染者数が増えているという好ましくないことに使う「ぶり」について、違和感がある人とない人がほぼ半々でした。時間の経過を表す「ぶり」を「好ましくないことには使わない」というのは、NHK放送文化研究所のサイトで2001年7月の記事(「~ぶり」の使い方や数え方は?)に記されています。
■「よくないことには使わない」説
神永暁さんも「日本語、どうでしょう?」の2013年6月の記事(「2年ぶりに出場」──前回の出場はいつ?)で触れています。
その上で、「好ましくないことにも使う」と明鏡国語辞典2版が注記していることに触れ、使い方が揺れていると指摘しています。
新明解国語辞典7版は時間を表す語につく「ぶり」の説明として、「(期待される)その事態が実現するまでに、予測される以上のそれだけの時間が経過することを表わす」と記しています。「期待される」ということは、つまり好ましい出来事について使うと示していることになるでしょう。
そのほかの多くの辞書の説明は「それだけの時間を経過して、再び同じ状態になることを表す」(大辞林4版)、「間にそれだけの時間がはいるようす」(三省堂国語辞典7版)といった具合に「ぶり」を使う時の「感情」には踏み込んでいません。それでも示されている用例は「期待感」が感じられるものがほとんどです。
「七日ぶり〈に/で〉救出された・五年ぶりの再会」(三省堂国語辞典7版)
「十年ぶりに日本の土を踏む」「しばらくぶりに映画を見た」(デジタル大辞泉)
■客観的な変化には使われる
これらを見ると実態として、期待されることに使われることが多いというのは確かに言えそうです。ただそれは、そもそも望まない出来事について「前の時からどれくらいたったか」ということを殊更に意識して表現したくなることが少ないからではないかとも感じられます。
「好ましくないことにも使う」という明鏡国語辞典2版が二つ例示するうちの一つ、「九年ぶりの大地震」も、あり得ない表現とは思いませんが、あえて実際にこういう使い方がされることはあまりないのではないかと感じます。一方で、もう一つの用例、「三年ぶりの低成長」のような言い方はよく見かけます。
1日ごとに集計される感染者数もそうですが、企業の決算や経済指標など、継続的にデータが示されるようなものごとの場合、「推移」に注目するのは自然なことです。そのため「3四半期ぶりの営業赤字(黒字)」「感染者数が3日ぶりに増加(減少)」というのは、「待ち望む」「期待する」ような感情を抜きにして、いずれも変化を客観的に示す表現として成り立つと考えられます。
■不自然でないか意識したい
また「ぶり」と同じように端的に経過した時間を示せる別の表現は、なかなか思いつきません。つまり、「ぶり」は期待感を込めて使うことも多いが、そういった感情を抜きにして使うこともできる、と言うべきなのではないでしょうか。前述したように多くの辞書が「感情」に明確に触れていないのも、いいことばかりに使うとは言い切れないから、と受け取れます。
報道の文章に慣れている校閲記者からすると、今回の例文の「ぶり」に半数の人が違和感ありとした結果は意外でした。しかし、一般に「ぶり」を使う場面で期待感が含まれることが多いということについては、なるほどと感じる部分があります。
今回の例文のような場合は不適切とまでは言えないと考えますが、気にする人が多いということからしても、「ぶり」を使う際は、不自然な感じが強い使い方になっていないか意識したほうがよいと思われます。
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毎日新聞東京本社に東京グループ、大阪本社に大阪グループがあり、計80人余りが在籍している。紙面やサイトの記事について、字句だけでなく事実関係も調べて誤りを正す仕事が校閲。日々の校閲作業の傍ら、2011年にツイッターアカウントを、2012年にはサイト「毎日ことば」を開設し、使い方に悩む言葉など、校閲記者の視点で発信する。サイトは2023年1月に「毎日ことばplus」としてリニューアル。会員向けに有名校正者や辞書編集者らの寄稿を載せたりイベントを開催したりし、自ら制作した動画「校閲力講座」入門編をリリースするなど新たな取り組みを始めた。著書に『新聞に見る日本語の大疑問』(東京書籍)、『読めば読むほど』(同)、『校閲記者の目 あらゆるミスを見逃さないプロの技術』(毎日新聞出版)、『校閲至極』(同)、『校閲記者も迷う日本語表現』(同)。
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(毎日新聞校閲センター)
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