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人が安らかに眠る霊園が惨劇続発の温床になっている…墓石で稼ぐ石材店が墓じまいで稼ぐ本末転倒な裏事情

プレジデントオンライン / 2023年10月26日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Wako Megumi

■今後も「住職殺し」の惨劇が続く可能性がある

東京都の寺で住職が殺害される事件が、発覚した。逮捕された容疑者は、寺に出入りしていた石材会社の幹部2人。霊園事業を巡る対立が原因とみられている。一部供述では石材店側が「宗教を問わない」販売を望んだのに対し、住職は「既存の仏教徒」に限定したと伝えられている。近年、寺と周辺産業に関わるトラブルは各地で起きているが、そこには多死社会における寺院と業者とのせめぎ合いの構図が見て取れる。

事件は今年7月に起きた。東京都にある寺の住職が、地下納骨堂で倒れ、死亡したのだ。納骨堂内には火がついた練炭が28個も置かれており、一酸化炭素中毒に陥ったとみられる。

また、境内の焼却炉には、ガソリンが入ったペットボトルが十数本置かれていた。現場には他殺を思わせる多数の物的証拠が残っており10月7日になって、寺に出入りしていた石材店「鵠祥堂」の代表取締役・齋藤竜太容疑者と、役員の青木淳子容疑者が逮捕された。

容疑者は納骨堂内で住職の殺害を果たせなかった場合、焼却炉を爆発させるつもりだったらしい。住職に対する極めて強い恨みと、殺意があったことが窺える。両者の間で何があったのか。

供述によれば、犯行の動機は「霊園の販売に関するトラブル」だったようだ。墓地区画の販売に関し「仏教徒限定」にこだわる住職と、「広く無宗教で集客」を目指したかった容疑者らとの間で対立が生じていた。一部報道では、当初契約で無宗教式での販売での合意がなされていたにもかかわらず、住職が契約者を「檀家」として取り込もうとし、トラブルが生じていたという。実は、こうした寺院と業者を巡るビジネス上のトラブルは、水面下ではかなり起きている。

本事件の背景を探るポイントはいくつかある。ひとつは、被害に遭った寺が「浄土宗系の単立寺院」であったことだ。つまり、儀式は浄土宗のやり方に準じるものの、宗門には所属しない独自運営の形態であった。

実は、単立寺院は近年、増加傾向にある。全国に7万6774カ寺ある寺院のうち、2789カ寺が単立寺院である(文化庁「宗教年鑑」2022年)。ちなみに2013年調査では、単立寺院は2660カ寺。この10年で129カ寺増えていることになる。 

■墓石で稼ぐ石材店が墓じまいで稼ぐ本末転倒

寺院はなぜ宗門を離脱して単立化を目指すかといえば、宗門の規約や同門寺院の目を気にせず、自由に寺院運営ができるようになるからだ。また、寺院収入に応じた宗門への上納金の義務もなくなる。

同寺の単立化の背景は不明だが、単立化は収支改善などを目的として、大規模に事業を展開したい寺院がしばしば取る手段ではある。他方で、単立寺院になれば、伝統に裏打ちされた宗派の後ろ盾がなくなるので、社会的な信用性が薄れたり、長期的には後継者の養成問題が生じたりする。

真宗大谷派(東本願寺)が運営・管理する東大谷墓地
写真=iStock.com/Sean Pavone
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Sean Pavone

もうひとつのポイントは、寺院と石材店(周辺産業)の関係性である。寺院と関係が密な業者はおもに4業種ある。墓石店、仏具店、法衣店、そして葬儀社だ。そのいずれの業界も、近年の葬送の希薄化、多様化などによって、概して厳しい経営状況にある。

特に墓石業界は、旧来型の家墓の新規建立が減少傾向にある。近年、人々の終活意識が高まったことで、コスト面や継承面で不安を感じた消費者が、先祖代々で継承していく家墓を敬遠しているのだ。高度成長期やバブル期までは、真鶴の小松石や高松の庵治石など、数百万円はくだらない国産の高級石が売れた時期であったが、近年は中国などの安価な輸入石材におされてきている。

墓石が売れない上に、最近では「墓じまい」ブームが高まっている。中には「墓じまい」をメインに手がけることで事業を継続するような、本末転倒な墓石店も少なくないのが実情だ。

さらに、都会の寺院では、永代供養型の納骨堂や樹木葬が主流になりつつある。また海洋散骨を選ぶ人も増加傾向にあり、石材そのものが使われなくなってきているのだ。

石材店の倒産も増えてきた。2019年10月には、関西で最大級の取り扱い霊園数を誇っていた丸長石材が大阪地裁に民事再生法適用を申請し、全事業を別会社に譲渡。さらに、今年に入っても茨城県の大塚石材工業が破産するなど、業界は冬の時代に入っているといえる。

■多死社会における寺院と業者のせめぎ合い

今回の事件では、境内に造成された樹木葬霊園が舞台であった。樹木葬では旧来型のように、大きな石材は必要としない。そのため、伝統的な墓石の加工・設置・販売の枠から離れ、樹木葬墓地のプロデュースと造成、販売にシフトしていたと考えられる。この霊園でも、ステンドグラスをはめ込んだプレート型の墓石で付加価値を高め、顧客を獲得したいと考えたようだ。全400区画ほどを、78万円〜148万円(年間管理費1万2000円)で販売していた。

同寺にとって樹木葬霊園を整備するメリットは、新規顧客の獲得のほか、檀家の墓じまいの受け皿ができる点などがある。

鵜飼秀徳『絶滅する「墓」:日本の知られざる弔い』(NHK出版新書)
鵜飼秀徳『絶滅する「墓」:日本の知られざる弔い』(NHK出版新書)

こうしてみれば、寺と鵠祥堂は、ウィンウィンの関係性であったように思える。しかし、一部報道によれば「樹木葬は割高であまり売れていなかった」などと伝えられている。

仮に販売不振なのであれば、容疑者の思惑のようにむしろ広く無宗教式の募集にしたほうが、メリットが大きいように思える。しかし、民間業者による霊園の一体開発の場合、売り上げの大部分は業者がもっていき、寺にはあまり入らないことが多い。

したがって、寺側は無宗教で儀式に参画しない「会員」を広く集めるよりも、むしろ熱心な檀家を増やして、葬儀や法事の執行を増やしたいと、考えるのは自然といえるだろう。

寺院と周辺産業がコラボした霊園事業は、枚挙にいとまがないし、トラブルもかなり生じている。のような惨劇が別の寺で起きても、まったく不思議ではないような状況である。

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鵜飼 秀徳(うかい・ひでのり)
浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『寺院消滅』(日経BP)、『仏教抹殺』(文春新書)近著に『仏教の大東亜戦争』(文春新書)、『お寺の日本地図 名刹古刹でめぐる47都道府県』(文春新書)。浄土宗正覚寺住職、大正大学招聘教授、佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事、(公財)全日本仏教会広報委員など。

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(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)

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