一億円貯めても幸せになれない人は、なぜ幸せになれないのか?
プレジデントオンライン / 2023年10月27日 10時15分
■お金が増える喜びにいずれ慣れる
お金はないより、あったほうがいいのは確かです。お金によって、心配事を減らすことができるからです。ただ、お金の量に比例して幸せになるかといえば、それはありません。「限界効用逓減の法則」によって、お金が増えても、満足度はそれほど上がらないからです。
限界効用とは、「モノやサービスが1単位増えたときに得られる効用」を意味します。これが逓減することで、お金の保有量が増加するにつれて、その効用は徐々に減っていきます。
貯蓄が10万円だった人がいきなり100万円を手にすれば、大きな幸せを感じるはずです。ところが、1億円を持っている人の資産が1億100万円になっても気づきもしないでしょう。どんなよいことも、最初は大きなインパクトがあって幸福度が上がりますが、何度も繰り返していくうちに慣れてしまい、幸せを感じる度合いも少なくなっていきます。
なぜ、幸せや満足度が減ってしまうのか。それは結局、生物の目的が「生き残って子孫を残すこと」だからです。満足しているときは、それ以上頑張ろうとは思いません。だから狡猾な進化は、一瞬の満足は与えても、ずっと満足しないように私たちの脳を設計しました。常に頑張って、自分の遺伝子を最大化するように強いられているのです。
お金に余裕があるほうが幸せなのは、貧しいとさまざまな場面で選択コストがかかるからです。財布に1000円しかないときに、スーパーマーケットへ買い物に行くと、予算内で一体何が買えるのか計算しなければなりません。財布に3万円入っていれば、値札も見ずに欲しいものをカゴに入れて、さっさと精算して店を出ればいいだけです。ある程度のお金があれば、どれを選んでどれをあきらめるか頭を悩ませる必要がないので、そのぶん確実に幸福度が上がります。
ヒトの脳は内臓のなかでもっとも大きなエネルギーを消費する器官なので、できるだけ省エネするように進化してきました。頭を悩ませると脳のエネルギーを使うので、不快に感じ幸福度が下がります。逆に、面倒なことを考えなくても済むほうが幸福度は上がる仕組みになっています。
お金があれば将来の不安も解消します。銀行の残高が5000円しかないのに給料日まで10日あれば、誰だって不安になるでしょう。残高が100万円なら、家賃の支払いや子どもの給食費の心配をする必要はありません。不安も脳のエネルギーを消費するので、お金によって脳のリソースを省エネできれば幸福度は上がります。
実際のところ、幸せを感じるのに大金は必要ありません。日本の大学の調査では、年収ベースで800万円を超えると幸福度は大して上がらなくなります。これは1人あたりの金額なので、子どもがいる夫婦なら、世帯年収で1500万円程度でしょう。これくらいの収入があれば、世間一般で「幸せ」といわれていることはおおよそできます。都心のこぎれいなマンションに住んで、時には近所のビストロでおいしいものを食べ、年に1回か2回は海外旅行に行く。それをタワーマンションの最上階や、ミシュランの星付きレストランにアップグレードしても、幸福度はたいして上がらないでしょう。
![【図表】一定を超えると得られる幸せが減る「限界効用逓減の法則」](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/7/1200wm/img_97cbdd4ce7c4dcd0e3dcdc034bdec05d398235.jpg)
ますます複雑化する現代社会の最大の問題は、お金の制約よりも時間の制約です。高所得の人は一般に多忙なので、そもそもお金を使う時間がありません。その結果、ある程度の年収を超えると、ただ銀行口座の残高が増えるだけになります。
■評価されるものにお金と時間を使え
では、どうすればいいのでしょうか。まずは「幸せとは何か」を考え直してみる必要があります。そもそも「幸せ」という気持ちは、「嬉しい」「悲しい」などと同じく人間の感情の一つです。進化心理学では、こうした感情はすべて進化の過程でつくられてきたと考えます。生き延びて子どもをつくるのに有利だったからこそ、さまざまな感情を持つように進化したのです。
お金の歴史はたかだか2000〜3000年しかありません。それに対して、チンパンジーやボノボとの共通祖先から人類が分岐したのは500万年ほど前です。私たちが貨幣を使っている期間は、長い人類の歴史から見れば一瞬ですから、そもそも「お金があれば幸せになれる」ように脳は設計されていないのです。
だったらどうすれば幸せになれるかというと、それは「他者からの評判を得ること」しかありません。ヒトは徹底的に社会的な動物なので、共同体のなかで評価されれば幸福度が上がり、無視されれば殴られたり蹴られたりするのと同じような痛みを感じます。これが脳の基本設計です。
どれほどたくさんお金を持っていても、他者がそのことを知らなければ意味がありません。だからこそ、豪邸やスーパーカー、ブランドものなどで富を見せびらかす「顕示的消費行動」が起きます。高額な買い物の動画をSNSに投稿するインフルエンサーがいますが、これもお金の目的が贅沢ではなく、「いいね」によって社会的な評価を高めることなのをよく示しています。ただ最近は、トランプ前大統領のような成金趣味はバカにされるようになったので、顕示的消費もスマートにやらないと逆効果になるようですが。
幸せになるには他者から評価されることが大事だとすれば、自分が好きなこと・得意なことに人生の資源を投じるのがもっとも効果的です。
■「自分は何で評価されたら幸せを感じるのか」を知る
男性に多いパターンは、仕事でしか自己実現できないタイプでしょう。ひたすら働くことに時間資源を投入し、会社や社会から評価されることに幸せを感じます。そのかわり結婚には興味がなく、仮に結婚していても、妻や子どもには興味を示さないかもしれません。そんな男性が妻から「いくらなんでもひどすぎる」と離婚を切り出されても、「あっ、そうなの」という程度で、全く傷つかないでしょう。そのかわり仕事で大きな失敗をして挫折すると、人生が崩壊して鬱病になったりします。
一方で女性に多いのが、「家族がすべて」というタイプです。夫にさほど愛情がないと「子どもがすべて」となり、子どもをいい学校に入れるべくお受験に夢中になったりします。こうした女性がパートタイムの仕事をしていて、上司に「おまえみたいに仕事ができないやつは要らない。クビだ」と言われても、「あ、そうですか。別のとこを探すからいいです」と言うだけでしょう。しかし、溺愛していた子どもが反抗期で家出するようなことが起きると、みるみる心を病んでしまったりするのです。
これはいささかジェンダー・ステレオタイプな事例ですが、米国の精神科医はこうした患者を多数診療し、「一人ひとりに人生の資源を投入する主要な領域があり、それが崩壊したときに心を病み、自分のところにやってくる」と考えるようになりました。逆にいえば、人生で優先順位が低いものがどうなろうと、ほとんど影響はないのです。
とはいえ、「自分は何で評価されたら幸せを感じるのか」「そのために自分のリソースをどこに割くべきか」をわかっている人は多くありません。それは遺伝的な特徴と、これまでの人生の環境や経験によってつくられるのでしょう。それを見つけるためには、どうすればいいのでしょうか。
誰にでも当てはまる便利な処方箋はありませんが、私たちはみな自分を中心とした小さな世界で暮らしています。最近の小説や漫画を見ていても、半径30メートル以内で起こるようなドラマばかりです。これも進化の基本設計なので、職場や家族、恋人や友人など、まずは小さな空間で、自分が大切にするものは何なのかを考えてみるといいのではないでしょうか。
自分の評判を上げよう!
得意なことに資源投入!
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作家
2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎文庫)、『言ってはいけない』(新潮新書)、『バカと無知』(新潮新書)、『シンプルで合理的な人生設計』(ダイヤモンド社)など著書多数。
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(作家 橘 玲 構成=向山勇)
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