「パレスティナとイスラエル、結局どっちが悪いの?」日本人が答えを出しにくい"世界の難問"を考える
プレジデントオンライン / 2023年10月28日 10時15分
■2000年前にバラバラになったユダヤ人
「パレスティナ紛争は、どっちが悪いの?」と聞かれて、明快に答えられる人は少ない。そこをあえて、世界史と外交についての知識を踏まえて、できるだけ単純に解説したい。
ユダヤ人はメソポタミアから「カナンの地」(現在のイスラエル、パレスティナ付近)に移住した。飢饉(ききん)のため一時的にエジプトに移った後、モーゼとともに帰還し、3000年ほど前に国を持ち、ペルシャ、プトレマイオス朝、ローマ帝国のもとで保護国のようになった。
イエス・キリストは、ローマ支配が強化されつつあった時代の人だ。ユダヤ人は紀元66年、と131年と二回にわたりローマに対して反乱を起こしたが鎮圧され、支配階級は追放された(135年から始まった離散をディアスポラという)。現地残留者は、ほとんどイスラム教に改宗してアラブ語を話すようになった(イエスの時代の人々は、ヘブライ語でなくアラム語を日常語としていた)。
世界に散ったユダヤ人は、スペインのイスラム王国などで活躍した(セファルディム)。ユダヤ教に改宗した他民族の人々もユダヤ人としての意識を持ち、それが東欧系のユダヤ人の主たる祖先である(アシュケナジム)。
■英国はイスラエルにもアラブにも国家設立を約束
その後、ユダヤ人は各地でしばしば弾圧を受け、1894年にフランスで起きたドレフュス事件(ユダヤ人の陸軍大尉がスパイ容疑で逮捕された冤罪(えんざい)事件)を機に、ユダヤ人独自の国を持とうとする「シオニズム運動」が始まった。
しかし、パレスティナはアラブ系住民の地になっていたため、ユダヤ国家の建設は非現実的だった。英国はウガンダを候補とし、シオニストの中にはこの案を受け入れる人もいたが、過激派はパレスティナにこだわり、独自に移住を始めた。
第1次世界大戦中、英国はパレスティナを含むアラブ地域を支配していた敵国オスマン帝国を揺さぶるため、パレスティナにユダヤ人国家をつくる約束をした(バルフォア宣言)。しかし、英国はこの宣言の前にアラブ人にもシリアやパレスティナを領土とする国家創立を約束し、さらにフランスとロシア帝国とは中東を分割する秘密協定を結ぶという「三枚舌外交」を展開していた。
■イスラエルが建国を宣言、難民はガザ地区へ
結局、オスマン帝国の領土はイギリスとフランスが山分けすることになり、英国の委任統治となったパレスティナでは、急増したユダヤ人がアラブ人の不在地主から土地を買い集めた。実際、ユダヤ人の人口比率は、1881年5%、1922年11%、1935年28%と増え続け、アラブ人が反発したが英国は弾圧した。一方、英国は移民も抑えようとしたが失敗に終わった。
第2次世界大戦後、過激なユダヤ人は、約束を破った英国も標的にしたテロを頻発させた。とくに、イルグンという組織による1946年のキング・デイビッド・ホテル爆破事件が有名だ。英国はテロに屈する形で撤退を決めた。
国連は1947年、ユダヤ人に肥沃(ひよく)な土地のほとんどを含むパレスティナ国土の77%を与える分割案を承認し、第1次中東戦争を経てイスラエルは1948年に建国を宣言した。すでにユダヤ人団体は、アラブ人不在地主から農地の24%を強引に買収してアラブ人の農民を追い出していたが、さらに独立後は農地のほとんどをパレスティナ人から取り上げた。
パレスティナ人のうち、50万人がヨルダン川西岸(ヨルダンが併合)とエジプト管理下のガザ地区に移り、彼らと、難民になった80万人の多くが反イスラエルの戦士となった。10万~18万人がイスラエル統治下に残ったが、ひどい差別と収奪にさらされることになった。
■30年前にパレスティナ暫定自治政府が成立
エジプトのナセル大統領は、イスラエルが中東問題全般でエジプトと敵対する英仏寄りだったため、反イスラエルの旗手となり、パレスティナ解放機構(PLO)の設立を助け、イスラエルを相手に第3次中東戦争をしかけた(1967年)。だが、大敗してエルサレム、ヨルダン川西岸、シナイ半島などがイスラエルに占領された。
中でもガザ地区では住民が一斉蜂起(インティファーダ)を繰り広げ、ハマスなどの武装抵抗勢力も増えていった。
PLOはヨルダンで1964年に結成され、70年にレバノン、82年にチュニジアに移り、1974年に国連総会のオブザーバー資格を得た。PLOのアラファト議長とイスラエルのラビン首相が1993年にオスロ合意を結び二国家共存で合意し、パレスティナ暫定自治政府が成立して、ガザ地区と聖地ベツレヘムを含むヨルダン川西岸に支配地域を持っている。
この和平合意で、パレスティナ問題は解決に向かうと思われたが、その後もイスラエルの右傾化やパレスティナの内部対立などが絡み、紛争は続いている。
■援助関係にあったイスラエルとハマスが衝突
イスラエルのネタニヤフ現首相は歴代首相のなかでも特に非宥和派で、ヨルダン川西岸に新しいユダヤ入植地を建設し、神殿の丘でのユダヤ教過激派の蛮行を許すなど、イスラエルとパレスティナの共存を拒否したがっている。
イスラム組織ハマスは元来、ガザの社会福祉団体だったが政治・軍事化し、21世紀初頭にテロを繰り返した。2006年の総選挙で大勝し、いったん政府を組織したものの、イスラエルやアメリカにより排除され、ガザ地区を実効支配下において穏健派のアッバスPLO議長の自治政府に対抗している。シーア派のイランと違いスンニ派だが、イランと協力関係にある。
なお、ハマスはイスラエルの援助で力を付け、PLO主流派(ファハタ)への対抗勢力として利用されているといわれてきたが、過激化したのでイスラエルは殲滅を狙っている。その中で発生したのが、10月7日のハマスの奇襲攻撃を発端とする軍事衝突だ。
■イスラエルがガザ地区を支配することは許されない
今回のハマスによるイスラエルへのテロ行為は、たとえネタニヤフ政権が不当であっても許されないのは当然だ。イスラエルに報復する権利もあるが、被害とバランスの取れたものであること、人道上の配慮が必須であることは大前提である。ガザ地区をイスラエルが支配することは、パレスティナの自治を含めた和平合意を否定することを意味するので絶対に避けるべきである。
本来は、他民族の土地に国を創るなど国際法上も許されるはずないが、欧米や当時のソ連までもが組んで、国連が土地をイスラエルに与え、1950年には国連加盟を認めたことで、イスラエルは国際法的な裏付けを得た。
また、1993年のオスロ合意でイスラエルとパレスティナの二国家共存で合意しており、イスラエル国家の国際法秩序における正統性の裏付けとなっているので、もともとおかしな話だが、現時点では、イスラエルの存在を国際法的に認めるしかない。
また、パレスティナも一筋縄ではないことが事態をややこしくしている。自治政府は民主的に選ばれたものでなく、多数派であるハマスはこれに同意していない(もっともハマスはイスラエル国家を認めてないが、すべての話し合いを拒否しているわけではない)。
■どうすれば二国家共存体制が構築できるか
現下の政治情勢で、イスラエルは二国家共存体制の構築に誠意がないし、アメリカも停戦を求めたり、ユダヤ入植地の拡大非難の国連決議に拒否権を発動したりと、和平に向けて非建設的だ。イスラエルが力を恃んで、さらに支配を拡大・強化することは許されない。
欧州諸国、とくにドイツは国内の極右勢力の伸長を抑えるために反ユダヤ主義否定を看板にして、パレスティナの人々の正当な権利主張を軽視している。
このまま歴史が推移したら、何十年後か何世紀後か知らないが、イスラエル国家が生き残れず、「第二のディアスポラ」が起きる可能性も相当に大きい。イスラムの人口比は世界的に拡大中だから時間はイスラムの味方だ。
望ましい未来は、イスラエルがパレスティナの人々の権利を侵害したことを認め、その被害を償う意思を明確にし、二国家共存体制を、パレスティナ人に有利な形で構築することである。
■白豪主義の過去を持つオーストラリアも変化
私はそれは、可能だと思う。最近、オーストラリアで、全国民の約4%を占める先住民の政治的権利を拡大するための計画について国民投票が行われた。先住民を憲法に明記し、政府に助言する先住民機関を創設する内容で、賛成派と反対派が議論を繰り広げた結果、反対多数で否決された。
この計画は逆差別だとか、先住民に拒否権を与えて国家統一を危うくするなどの懸念があったから否決されるのは当然だった。ただ、南アフリカのアパルトヘイトが廃止された後も、白豪主義の牙城として過去の反省がなかったオーストラリア人の考え方が、4半世紀ほどの短い期間に急速に変化したことは、歴史を知る者としては感慨深い。
オーストラリアでは先住民を絶滅寸前まで追い込み、子どもを親から奪って「文明人」として教育する事業が近年までされるなど、悪質性が際立っていた(逆にいうとオーストラリア人の反省を、一般的な先住民の権利拡大の模範例とするのは間違いだ)。
今回のハマス・イスラエル紛争に対する欧米の反応は、各国政府がイスラエル支持に傾きすぎという印象がある一方、パレスティナ人に対する不公平な対応を反省する動きが生まれているように見えるのはひとつの希望だ。
■日本が米英に追随しすぎるのは失敗のもと
日本は、ウクライナ問題でも同じだが、英米の走狗として動きすぎだ。たしかに、日米同盟などを外交防衛の基調にしている以上、欧米と同調する必要はある。
ただ、先頭に立つ必要はない。小泉純一郎政権はブッシュが怪しげなイラク戦争を始めることを真っ先に支持した。現在では否定的な評価が圧倒的であり、同じくブッシュ政権に寄り添いすぎたブレア元英国首相は強く糾弾されている。
最近、イスラエルを訪れたバイデン大統領も、「9.11後、米国は怒りに燃えた。正義を求めたが、過ちも犯した。イスラエルは慎重に行動の目標を明確にすべき」とした。湾岸戦争で軍事的貢献がないことで立場を失ったことの反省から、当時の小泉首相はまっさきにアメリカを支持して批判を回避した。得たものもあったが、世界が疑問を持った誤った戦争をけしかけて道義を失った。その過ちを繰り返すべきでない。
■ATMとしての役割で終わっていいのか
第2次世界大戦後を生きてきた人間にとって、パレスティナ問題は心の傷であるし、私にとってもそうだ。そこは、パレスティナ人の土地であり、イスラエルが行ったひどいテロを含む暴虐の限りをパレスティナ人が容認する必要はまったくない。
ユダヤ人が欧米社会で受けた苦難や、自らの国を持ちたい願望も理解できるし、優れた国づくりは中東において模範だが、それがパレスティナの人への暴虐を正当化するものではない。日本人がパレスティナの人々への後ろめたさを持たないとすればモラルに欠ける。
そして今、安倍晋三元首相が生きていたらと思う。安倍元首相は、イランやその友好勢力抜きでの中東和平などあり得ないことをよく理解していたし、トランプ大統領との信頼関係を背景に、アメリカの一部の人たちの抵抗を押し切ってイランを訪問し、大歓迎を受けた。ウクライナ問題に続き、パレスティナ問題でも安倍元首相のいない日本外交が、従来の現金自動支払機(ATM)として重宝がられるだけの存在に戻ってしまったことが残念だ。
また、安倍路線継承という自民党内や日本保守党を支持する自称保守派が、イスラエルや米国政界内ですらイスラエルの代理人的位置づけのエマニュエル大使べったりでイスラエル全面支持なのは評価できない。彼らは、日本人はGHQのWGIP(洗脳プログラム)から脱してないと言って批判しているにもかかわらず、実際に従米史観の走狗となっているのが自分たちだという自覚を持ったほうがよろしかろう。
イスラエルにもパレスティナにも直接的な利害関係を持たない日本は、欧米諸国とは異なる立場から問題解決にアプローチすることが可能だ。そのためにはまず、日本人がこのパレスティナ紛争の歴史的経緯を知ることが第一歩になる。
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徳島文理大学教授、評論家
1951年、滋賀県生まれ。東京大学法学部卒業。通商産業省(現経済産業省)入省。フランスの国立行政学院(ENA)留学。北西アジア課長(中国・韓国・インド担当)、大臣官房情報管理課長、国土庁長官官房参事官などを歴任後、現在、徳島文理大学教授、国士舘大学大学院客員教授を務め、作家、評論家としてテレビなどでも活躍中。著著に『令和太閤記 寧々の戦国日記』(ワニブックス、八幡衣代と共著)、『日本史が面白くなる47都道府県県庁所在地誕生の謎』(光文社知恵の森文庫)、『日本の総理大臣大全』(プレジデント社)、『日本の政治「解体新書」 世襲・反日・宗教・利権、与野党のアキレス腱』(小学館新書)など。
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(徳島文理大学教授、評論家 八幡 和郎)
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