なぜギャンブルをする人はタバコをよく吸うのか…「自分だけは大丈夫」と信じてしまう人間の悲しい習性
プレジデントオンライン / 2023年11月1日 10時15分
※本稿は、竹林正樹『心のゾウを動かす方法』(扶桑社)の一部を再編集したものです。
■知識人でも「やめられない」ことがあった
日本が高度成長期の頃、「わかっちゃいるけど、やめられない」というフレーズが流行りました。これは人間の習性を的確に言い表しており、私の大好きな言葉です。野口英世は留学費用の大半を芸者遊びに使ってしまい、福沢諭吉も酒をやめられず、最後は「ビールは酒ではない」という言い訳までして、ビールを飲み続けました。日本を代表する知識人でも、わかっちゃいたけどやめられなかったことがあったようです。
時は流れ、社会も経済も大きく変わり、科学技術も大きく進歩しました。しかし、私たちは今でも正しいことを頭ではわかっているのに、なかなかその通りの行動ができません。人の本質はそんなに変わらないようです。
「玄関で靴を脱ぎっぱなしにする」「医療現場では特定の職員ばかりが残業をする」「消毒液を置いてあるのにほとんどの人が使わない」……。玄関では靴をそろえたほうが気分良く、医療従事者の残業が続くと医療事故に繋がり、手を消毒しないと感染症のリスクが高まることは、誰もが知っています。
■人の直感は象のように制御が難しい
注意喚起の放送や張り紙をしても、あまり効果が見られません。個別に説得しようとすると、時間がかかる上に、喧嘩になることもあります。「違反したら罰金」とするにも、合意形成してルールを作るのに時間がかかりますし、違反者がいないかを見張るのも大変で、違反した人とトラブルになるかもしれません。人の行動を変えるというのは、実に難しいものです。
私も以前は親切心で周りの人に苦言を呈したら、相手が激怒することがあったので、「放っておくのが本人のため」と思っていたら、手遅れになることもありました。私はどうしてよいか途方に暮れ、もはや人付き合いを避けたほうがよいとさえ思ったこともありました。
しかし、米国の大学院で行動経済学と出合い、「人の直感は象のように大きくパワフルだが面倒くさがり屋な面があり、制御が難しい」ということを知った時から、私のコミュニケーションのあり方は大きく変わりました。
■望ましい行動へと促す「ナッジ」
私たちが野生の象と接しようとする時は、事前に象の習性を調べ、実際にその象の行動をよく観察して、入念に準備してから少しずつ近づきます。そうしないと、象が大暴れしてしまうからです。でも、象のような存在であるはずの「直感」に接する時は、あまり考えずに無防備なまま駆け寄っていきます。これでは相手の直感が大暴れしても仕方がないです。
行動経済学は、直感を象に見立て、象とどう付き合っていけばよいのかを教えてくれます。世界の研究から、象(直感)は、時間帯によって話の受け止め方が変わり、話の最初と最後の印象を強く持つことが明らかになってきました。このような象の習性を知ると、人との接し方も見えてきます。
行動経済学の研究が進み、わかっていてもやめられない行動の背景にある共通の習性が解明されてきました。この習性をうまく制御したり刺激したりして、望ましい行動へと促す方法が「ナッジ」です。
■言葉よりもデザインのほうが効果アリ
ナッジは「そっと後押しする」「ひじで軽くつつく」という意味の英語で、提唱者のリチャード・セーラー教授はノーベル賞を受賞しました。身近にナッジが使われる場所に、男子トイレの小便器に貼られたマトがあります。小便器はどうしても一定割合で汚す人がいます。足元が汚れている小便器があると、次に使う人も離れて用を足そうとするので、ますます汚れやすくなるという、負のスパイラルが生じます。「トイレをきれいに」と書いてもあまり効果はありません。
ここで、小便器に「マト」のシールが貼ってあると、自然にそこを狙いたくなり、結果としてトイレはきれいになります。私たちは説得的な言葉よりも、直感(象)に訴えるデザインを見た時のほうが自発的に行動するようです。
さて、さきほど紹介した野口英世や福沢諭吉は、象使いの力が強い、立派な人であることは疑いようがありませんが、それでも象をうまく制御しきれなかったようです。
なぜ偉人たちは誘惑に勝てなかったのかは、厳密にはわかりません。しかし、象の習性からある程度推測できます。野口英世は現在バイアスの影響で、誘惑に衝動的に飛びついたかもしれず、福沢諭吉の「ビールは酒ではない」のエピソードは、認知的不協和から脱却するために象が作り出した解決策だったと考えられます。
■なぜ命を削ってまでタバコを吸い続けるのか
経済学の観点から、最も不思議で興味深い行動は、「喫煙」です。市販されている商品で「通常の使い方をすると死亡リスクが高まります」とパッケージに書かれているのは、タバコだけです。もし、電気カミソリに「説明書通りの使い方をすると、大ケガをします」と書かれていたら、誰も買わないでしょう。
また、喫煙者の約6割が喫煙を「やめたい」、もしくは「本数を減らしたい」と考えています(※1)。本人はやめたいと思いながら、高い金を払い、命を削ってまで吸い続ける。この矛盾した行動の背景には、確かにニコチン依存症の特性によるところも大きいです。しかし、象の習性を知ることで、禁煙の成功率が高まると期待されます。
Q 禁煙を邪魔する習性は何でしょうか?
禁煙を邪魔する習性のうち、特に知っておきたいものとして、現在バイアス、楽観性バイアス、同調バイアスを紹介します。なお、以下のものはあくまでも「集団としてとらえた時の傾向」であり、実際にはそうではない人もいます。しかし、全体の傾向がどうなっているのかを把握することは大切です。
■喫煙者は現在バイアスと楽観性バイアスが強め
1)現在バイアス
象は目の前にある誘惑を我慢するのを面倒くさがり、目の前のことに反応する習性(現在バイアス)があり、喫煙者は現在バイアスが強い傾向が見られます(※2)。私たちはテレビや漫画の影響もあり、「タバコを吸う人は落ち着いている」というイメージを持つこともありますが、実際には多くの喫煙者は衝動的でせっかちなのです。
2)楽観性バイアス
喫煙者は物事を楽観視する習性があります。例えばY氏は自分の生活習慣病リスクを40%、Z氏は10%だと見積もったとします。ここで2人に「あなたたちの世代の生活習慣病リスクは平均30%」と伝え、その上で再度自身の生活習慣病リスクを見積もってもらったところ、Y氏はリスクを31%へと平均値に近づけましたが、Z氏は14%と少ししか上げませんでした(※3)。
Z氏のように「自分は例外」と考える習性(楽観性バイアス)が働くと、禁煙する気が起きにくいものです。また、楽観性バイアスが強いと、「このくらい大丈夫だろう」とリスクに対しておおらかになり、ギャンブルのようなリスク愛好的行動に繋がりやすくなるケースも見られます。喫煙者がギャンブルを好むことは日本の研究でも報告されています(※4)。
■「百害あって一利なし」は最悪の禁煙指導
3)同調バイアス
象は周りの人と同じ行動をしたくなる習性があります。例えば学生時代に喫煙者に囲まれたP氏は、非喫煙者だらけのサークルに入っていたQ氏よりも喫煙者になる可能性が高くなります。「皆が吸っているから吸っている」「タバコ部屋から1人だけ抜けづらい」と同調バイアスが強まると、禁煙意志があっても禁煙が難しくなります。
次の問いをご覧ください。
喫煙者の習性を把握していないと、つい正論ばかり言いたくなりますが、象は正論を言われるのが嫌いです。S氏は喫煙者を不快にする一言を言ってしまいました。百害あることは、タバコのパッケージに書いてあるので、皆知っています。「一利なし」は、喫煙者の価値観を全否定です。喫煙者は「リラックスできる」「おいしい」「コミュニケーションツールになる」といったメリットを感じています。
それにもかかわらずS氏のように「あなたのしていることは全て無意味です」と一刀両断するような指導を受けると、象は大暴れしたくなります。この指導こそが、百害あって一利なしです。
■「腹が立ったのでタバコを吸う」人が多い
T氏の指導もあまり好ましくありません。現在バイアスが強い象には、20年後のことを言われても響きません。楽観性バイアスの強い象に「肺がんになる」と言っても、「いや、私はならない」と受け取りやすいです。
そして象は頭ごなしの正論を言われるのが嫌いです。「不快感を覚えると、リスクに対しておおらかになる(※5)」というハーバード大学の研究が示すように、「ズバリ言われて悔しいから、禁煙してやる」となるよりも、「腹が立ったので、タバコ部屋に行く」となる確率のほうがずっと高いのです。
象の習性がエビデンスを通じて明らかになってきています。私は、エビデンスを軽視した指導が行われているのを見ると、象に対するリスペクトが足りないと感じ、悲しくなります。禁煙できない喫煙者を非難する前に、まずは象を暴れさせる禁煙指導をしていないか、振り返ってみてはいかがでしょうか?
■自分の都合の良いストーリーに騙されない
「喫煙は百害あって一利なし」といった指導は今でも続いています。ある自治体の保健師に「どうしてこのような指導をするのですか?」と単刀直入に聞いたところ、返ってきた答えは「粘り強くこの指導をした結果、禁煙した人を見てきたから」でした。これはもっともらしい説明ですが、指導に効果があったとは言い切れません。歳を重ねるにつれ、健康上の問題も増え、喫煙率が下がります。
65歳で禁煙した人を見た保健師の象は「私が長年、喫煙は百害あって一利なしと口を酸っぱくして言い続けてきたから!」という成功経験のエピソードとして認識します。これはその保健師にとっては美談ですが、「見せかけの効果」である可能性が含まれています。むしろ、この指導をしなければ、相手はストレスを感じずに済み、もっと早くに禁煙に成功したかもしれません。
大昔、嵐が続いて川が氾濫しそうになった時、川に生贄(いけにえ)を投げ入れたら、雨が止んだ状況を考えてください。生贄を投げた後に雨が止んだのは事実ですが、生贄を投げた「から」雨が止んだわけではありません。
私たちは生贄制度を廃止する賢明さを身に着けました。でも、今でも私たちの心の象は、見たものを自分の都合の良いストーリーに仕立てる習性が残っているようです。私たちは十分賢くなったはずです。自分自身の習性を制御して、意味のない指導はもう終わりにしたいものです。
※1 厚生労働省.令和元年国民健康・栄養調査報告 第3部 生活習慣調査の結果.
※2 Lawless L, Drichoutis AC, Nayga RM. Time preferences and health behaviour: a review. Agricultural and Food Economics. 2013;1:1-19.
※3 阿部修士.より良い意思決定の実現に向けて:脳とこころの傾向と対策.日本健康教育学会誌.2018;26(4):404-410.
※4 Ida T, Goto R. Interdependency among addictive behaviours and time/risk preferences: Discrete choice model analysis of smoking, drinking, and gambling. Journal of Economic Psychology. 2009;30(4):608-621.
※5 Ferrer R, Klein W, Lerner J, Reyna V, Keltner D. Emotions and health decision making. Behavioral economics and public health. 2016:101-132.
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青森大学客員教授
青森県生まれ。立教大学経済学部卒業後、University of Phoenix大学院にてMBAを取得。青森県立保健大学大学院博士課程修了(博士〈健康科学〉)。行動経済学を用いた公衆衛生を研究。政府の日本版ナッジ・ユニット有識者委員などを通じて行政や企業のナッジ戦略を支援。軽妙な津軽弁で年間200回以上の講演を行っている。TEDxGlobisUで「心の中のゾウと仲良くなると、人は動く」は80万回以上再生。著書に『心のゾウを動かす方法』(扶桑社)がある。
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(青森大学客員教授 竹林 正樹)
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