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41歳で遺伝子にスイッチが入って人生がガラリと変化…岡田武史元サッカー日本代表監督が始めた意外な事業

プレジデントオンライン / 2023年10月30日 11時16分

岡田武史さん(撮影=市来朋久)

昨今の教育界のキーワードは「探究的な学び」。生徒自ら課題を設定し、情報を収集して、整理・分析し、まとめて表現する学習活動だ。親世代にはなかった新しい“学び方”だが、家で親にできることは何なのか。探究型の教育の第一人者、花まる学習会の高濱正伸さんと、来年開校のFC今治高等学校で学園長を務める元サッカー日本代表監督の岡田武史さんが語り合った――。(後編/全2回)

※本稿は、『プレジデントFamily2023秋号』の一部を再編集したものです。

■野外体験で生きる力を伸ばしたい

(前編から続く)

【岡田】僕は41歳の時、ウズベキスタン戦(1997年のサッカー・フランスワールドカップ最終予選)でいきなり日本代表の監督になったんです。それまではコーチで、監督なんてやったことがなかったのでものすごいプレッシャーを感じましたし、何よりサッカーファンはじめ関係者の間でも、「岡田で大丈夫なのか」という声が大きかった。当時は電話帳に電話番号が載っていたので、家に脅迫電話がガンガンかかってきて、自宅の前にパトカーが24時間待機しているというとんでもない状況でウズベキスタン戦を戦ったんです(結果は1対1のドロー)。

その後、マレーシアのジョホールバルでイランとの最終戦があったのですが、かみさんに「俺、明日のイラン戦に負けたら日本に帰れない」と話しているうちに、いや、明日突然、名将になれと言われてもなれないよな、今の自分を100%出すことしかできないよな、それで負けたら「国民のみなさん、申し訳ございません」と謝るしかない。そもそも俺を監督にしたのは日本サッカー協会の会長だから負けても俺のせいじゃないよなって、本気でそう思ったんです。その瞬間から、怖いものがなくなって、完全に開き直ることができました(結果は3対2で勝利し、日本代表初の本選出場を果たす)。

ちょうどその時期に筑波大学の村上和雄先生(分子生物学者)にお会いして、「遺伝子にスイッチが入る」という話を伺う機会があったのです。「人間の遺伝子には百科事典3200冊分の情報が入っているけれど、そのほとんどは普段は眠っている。何らかの刺激を受けることでスイッチが入り、大きな力を発揮することができる」という話です。まさに、僕は41歳にして遺伝子にスイッチが入って、そこからガラリと人生が変わり始めたんです。

監督時代のそんな経験もあって、FC今治(来年4月に愛媛県の今治市で開校するFC今治高等学校。岡田さんは学園長に就任)では、「しまなみ野外学校」という事業もしています。

【高濱】何歳ぐらいが対象ですか。

【岡田】小学生から大人まで年齢別にいくつかのプログラムを用意しています。日帰りのもありますし、3〜10日程度のキャンプもあります。われわれ日本人は一生懸命になって、便利で快適で安全な社会をつくってきたわけですけれど、こんなに守られていていいのかなという思いが僕にはあるんです。こんなに守られた状態で、いったいいつ遺伝子にスイッチが入るのかと。

【高濱】まったく同感です。

■これからの時代を生き抜くために若者に必要なもの

【岡田】今までで一番リスキーだったのは、5周年記念イベントで行った「海遍路/山遍路」という20泊21日の野外体験活動です。高校生と大学生の7人のメンバーが320kmを移動するんです。今治からテントを担いで徒歩で香川県まで行って、そこからシーカヤックで本州に渡り、本州から無人島伝いに今治まで戻ってくるというとんでもないプロジェクトです。

高濱正伸さん
高濱正伸さん(撮影=市来朋久)

僕は環境問題にも40年ぐらい取り組んでいるのですが、もはや「地球環境は閾値(いきち)を超えたな」という感覚があります。昨今の日本は、外気温が40℃を超えることもある。もう元には戻れないけれど、かといって解決のためのモデルもない。

じゃあ、こんな時代を生き抜いていくために、若者に何が必要かといったら、主体性、適応力、過酷な環境に対する心身両面のタフネス、そして各々(おのおの)の違いを認めながらコミュニティーをつくり上げていく力だと思うんです。それには、野外体験活動が一番いいんですよ。

【高濱】僕の場合、どちらかというと「思考力」への関心から野外体験に入っていったんです。誰にも浮かばないアイデアがパッと浮かぶ力、言語化して説得し周りを巻き込んでいく力、そういう力は野外体験の遊びの中でこそ育まれるんじゃないかと思ったんです。で

も、それってかなりハイレベルな話で、そもそも人間力がえらく落ちているんですね。友達をつくれないとか、人を口説けないとか、実際、引きこもりもものすごく増えている。

だから花まる学習会の野外活動は、友達と一緒の申し込みはナシなんです。まったく知らない人たちと野外体験で寝泊まりして、新しい友達をつくる。小学校の低学年が対象なので、最初は「ママ、ママ」って言うわけですが、2泊3泊するうちに自力で人間関係をつくれるようになっていきますね。

【岡田】人間力の話が出ましたが、東日本大震災の時に、野外体験をやっている僕の仲間が翌日から支援に入ったんです。その時、4日間、完全に孤立していた村があって、食糧やら水やらを持って入っていったら、現地の人たちは自力で山から水を引いて火をおこして、海の幸、山の幸で宴会して風呂まで入っていたって。これこそ生きる力ですよ。地方にはまだそういうたくましさと知恵が残っているんです。

【高濱】すごいですね。まさにそういう時に出てくる力こそ、探究で培われたものなんですよ。子供に選ばせ決めさせて親は口を出さないで!

【岡田】先ほど主体性が大切だと言いましたけれど、子供の主体性って、放っておかないと絶対に培われませんよね。

僕はなんとか子供を3人育てましたが、自分の子供にはサッカーは教えられないと思いました。他人の子だったら、うまくいったら「おお、いいぞ、よしよし」、失敗したら「ああ、残念だったね」なんて言えますけれど、自分の子供だと、「なんで、できないんだよ!」なんて怒鳴ってしまう。

親は「こうあるべきだ」という自分の価値観をわが子にはぶつけてしまうから、なかなか放っておくことが難しいんです。

■岡田武史「FC今治高校は生徒を“待つ”んだ」

【高濱】低学年までに自己肯定感を高めておくことが必須ですね。高学年になるとコンプレックスだとかいろいろ出てきて難しくなるから。まだ心も脳も柔軟な時期に、世界って楽しい、遊ぶのって面白い、やればできるじゃん、っていう体験をさせてやりたい。それには、家と母親が大事だと思うんです。外で嫌な目に遭っても家に帰って「お母さーん」って言えば受け止めてもらえる環境。失敗しても認めてもらえる愛ですよ。無条件に「そのままの君がかわいい」と抱きしめられる愛。消しゴムのカスを集めているわが子もいとおしいと思えるのが愛なんです。

親は教育法なんかを仕入れてきて、「ほかの子はできるんだから」と一生懸命、型にはめようとするわけですが、子供が一番大切にしなければならないのは、岡田さんがリフティングを1回余計にできて嬉しかったというような原初的な体験なんです。その延長線上に好きなことをとことんやり抜く探究的な人生はあるわけだから、むしろ親は子供がそれを見失わないようにしてやらなくちゃいけない。

【岡田】僕がFC今治高校の先生たちに言っているのは、「うちは待つんだ」ということ。やる気がないように見える子ややりたいことがない子がいたら、待つと。手は差し伸べるけれども、こちらからやらせることはしない。それでもやりたいことが出てこなかったら、「どうしたいの?」と聞いてやってくれと。それでもまだ何も出てこなかったら、選択肢を提示して好きな科目、好きなやり方を選ばせてやってくれと。やらされているうちは、何事も身につかないからです。

岡田武史さん
撮影=市来朋久

【高濱】やらされていることは面白くないですもんね。選ばせる、自分で決めさせるってすごく大切なことだと思います。

たとえば小学生に3冊の本を見せて、「どの本を読む?」って1冊選ばせるんです。そうすると、まだ読んでもいないのに、その本をちょっと好きになるんですよ。自分で選ぶと好きになってしまう。少し難しい言い方をすると、選んだ本に対して心が固着するんです。

そして、固着することがやり抜くということにつながっていく。

ですから、先ほど言った「深めていく心の構え」をつくるには、親がいいと思ったことをやらせようとするのではなく、子供に選ばせる、子供に決めさせることがすごく大切ですね。小さい頃は、泥団子を作りたいと言ったら、一日中、泥団子を作らせておけばいいんです。

ただし、高学年以上になったら、家の外で憧れの大人や先輩に出会うことが必要だと思います。じゃあ、どうしたら出会えるのか、運もありますが、日本には部活という場があるんですね。部活の地域移行が話題になっていますが、別に教師がやらなくても、部活の必要性は絶対的にあると僕は思いますね。

【岡田】僕も学校では部活のサッカーしかやっていませんでしたね。こういう練習をしたらうまくなるんじゃないかとか、強い学校の練習をみんなで覗きに行ったりとか……。

【高濱】まさに、部活ってプロジェクトなんですよ。自分でサッカーをやるって決めたわけだし、たとえ補欠になったってサッカーをやめたくなければやり抜くわけだし、先輩やら同期やらの人間関係が悪化したらどうやって回復するかを自分で考えなければならない。モヤモヤや葛藤だらけというところが、人間力を磨くうえで一番いいんです。尊敬できる先輩や生涯の恩師に出会える場でもある。

部活は自分で選んで、自分で決めてやることだからこそいい。そこが、すごく重要なポイントだと思います。そして、たくさん失敗させることですよ。自分で決めたことなら、失敗してもそこから多くを学びます。まさにそれが探究ですから。

『プレジデントFamily2023秋号』(プレジデント社)
『プレジデントFamily2023秋号』(プレジデント社)

【岡田】部活に入ったら、親は口を出さない、というのも大事ですね。指導者や仲間に任せて、放っておけばいい。僕は忙しくて家にほとんどいなかったから、むしろそれが良かったのかもしれません。その分、かみさんが苦労したのかもしれませんが(笑)。

【高濱】少子化で子供の数が減って、親が子供に構いすぎてしまう。僕は父親だけでなく、母親も外とのつながりをどんどん増やしていくべきだと思います。「○○さん、子供に構いすぎよ。子供なんて放っておけば勝手に育つのよ」なんて言ってくれる人を、周囲にたくさんつくるべきなんですよ。

【岡田】そう言われても放っておけないのがまた、親でもあるんですけれどね(笑)。

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高濱 正伸(たかはま・まさのぶ)
花まる学習会代表
東京大学卒、同大学院修士課程修了後、1993年、「メシが食える大人に育てる」という理念のもと、「作文」「読書」「思考力」「野外体験」を主軸にすえた学習塾「花まる学習会」を設立。1995年には、小学校4年生から中学3年生を対象とした進学塾「スクールFC」を設立。全国に生徒数は増え続け、近年は音楽教室「アノネ音楽教室」、スポーツ教室「はなスポ」、囲碁教室や英語教室など全国で多岐にわたる教室を展開している。算数オリンピック委員会の作問委員や日本棋院理事も務める。

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岡田 武史(おかだ・たけし)
今治.夢スポーツ代表取締役会長、FC今治高等学校学園長
1956年、大阪府生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、古河電気工業(日本サッカーリーグ)で活躍。ユース代表、ユニバーシアード代表、日本代表にも選抜される。現役引退後は、ドイツへのコーチ留学を経てクラブチームのコーチ、コンサドーレ札幌、横浜F・マリノス、日本代表の監督を歴任し、現在に至る。

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(花まる学習会代表 高濱 正伸、今治.夢スポーツ代表取締役会長、FC今治高等学校学園長 岡田 武史 構成=山田清機)

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