イスラム教徒というだけで彼女はレイプされた…現地の日本人が見た「世界で最も迫害された少数民族」の地獄
プレジデントオンライン / 2023年11月3日 9時15分
※本稿は、村田慎二郎『「国境なき医師団」の僕が世界一過酷な場所で見つけた命の次に大事なこと』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■「ふるさとに帰りたい」のだと思っていたが…
「もし明日、ミャンマーとバングラデシュとの国境が開いて自分のふるさとに帰れるとしたら、ミャンマーに帰りたいですか?」
国境なき医師団でボランティアとして働くロヒンギャの女性たちに、僕はそう聞いてみた。
「それは、当然です」と口々に言われるだろうと予想していた。ところが、彼女たちから出てきた言葉はまったく異なった。
「いいえ。私たちはむしろ、バングラデシュで死にます」
そのときの彼女たちの目――。その奥には、強い意志があるように見えた。
バングラデシュ南部のコックスバザールという町にある、世界最大の難民キャンプ。「世界でもっとも迫害された少数民族」といわれるロヒンギャの人たちが、90万人規模でそこでの避難生活を余儀なくされている。
ボランティアの彼女たちも、竹と防水シートでつくられた簡易シェルターが見渡す限り密集しているキャンプで暮らしている。周りはフェンスで囲われ、丘陵地を切り開いて一時的な措置でつくられた場所に、もう何年も閉じ込められている。
2022年の7月に訪れたが、キャンプの環境は悪い。高い気温と湿度のせいで、まるでサウナの中を歩いているようだった。
■750円分のワイロが払えずに、赤ちゃんを亡くした
他の人道援助団体の水と衛生面での支援は滞っており、下痢や疥癬(かいせん)と呼ばれる皮膚病がまん延している。キャンプ内の区画間での移動の自由はないので、ロヒンギャの人たちは自分が住む区画にある医療施設のみ利用できる。
だが、キャンプで大流行している疥癬やC型肝炎、糖尿病の薬を提供できるのは、国境なき医師団の病院だけ。そのため、遠回りをしてでも区画をなんとか越えてやってくる患者が病院には殺到していた。
そのキャンプでは、こんな悲劇も起こる。
ある晩、27歳の女性は何週間も具合が悪く国境なき医師団の病院で診(み)てもらおうと区画を越えるために検問所を通ろうとした。
ところが、その検問所の警察官に通るにはお金を払うよう要求される。ロヒンギャの人たちにキャンプ内で生計を立てる手段はほとんどない。
日本円にしてたったの300円が払えなかったその女性はあきらめて帰り、数日後に死亡した。
また、ある35歳の女性は妊娠していた。陣痛が激しくなり、国境なき医師団の病院を目指したが同じように検問所でひっかかった。
日本円で750円ほどのワイロを要求され、それが払えなかった彼女は、なんとその検問所で赤ちゃんを出産せざるをえなかった。そして残念ながら合併症を引きおこし、その赤ちゃんは数日後に死亡してしまう。
このような話は、あげたらきりがない。
■姪はレイプされ、村の男性は全員殺害された
ところがそんなキャンプに閉じ込められていながら、たとえふるさとのミャンマーに帰れることになっても、このキャンプの中で死ぬことを選ぶという。いったい、なぜか――。
それは、彼女たちが母国ミャンマーで受けてきた迫害の歴史と関係している。
ロヒンギャの人たちは、1960年代から何十年間も迫害されつづけてきた。1982年にはミャンマー人としての国籍が法律で奪われる。その10年後には、25万人以上がバングラデシュに脱出した。
![ロヒンギャの難民キャンプで過ごすイスラム教徒](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/1/1200wm/img_a14149a5ddc3d542d923ac64247b828e390893.jpg)
そしてなんといっても、2017年のミャンマー軍による大規模なロヒンギャ掃討作戦がひどかった。
彼女たちの話をまとめると、こうだ。
ある日、軍隊がロヒンギャの人たちの村にやってきた。
「村に反政府派のアラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)の兵士が潜んでいる」。住民はそう言われて村から出ていくように強制され、財産はすべて奪われた。
ボランティア女性のうちのひとりには結婚を控えていた姪がいたが、その姪は連行されレイプされた。救出しようとした母親と小さな子どももレイプされた。その村には200人近く男性がいたが、全員が殺害された。
彼女たちは約14日間かけてバングラデシュに逃げたが、食料は5日分ほどしかなく、川の水を飲みながら逃避行をした。ジャングルを移動しているときも銃声は聞こえ、何度も死体を見た。
■ミャンマーに戻るくらいなら、ここで死ぬ
イスラム教徒であるロヒンギャの人たちは、その数年前から5人以上で集まることすら禁止され、集団で祈ることもできなかった。
男性は家にいないとARSAに参加していると軍にうたがわれ、家にいると連れ出されて拷問された。夜は、電気やろうそくも使わずに夕食をとらなければいけないときもあったという。
そんな彼女たちが、ミャンマーからバングラデシュに向かって国境を越えたとき、とても安心したそうだ。
「生きていてよかった」と、はじめて「平和」というものを感じたというのだ。
だから、「もしバングラデシュとミャンマーの国境が開かれ、いまのミャンマーに戻ることが許されたら、そこに戻りたいか」という質問に対して、彼女たちは口々にこう言った。
「いいえ、むしろバングラデシュで死にます」
「私たちは自分たちの国を愛しています。もちろん、ふるさとに愛着があります。でもあそこでは、恐れずになにかを言う自由はありません」
「自分たちの土地や財産、祈りの権利、そして人間としての人権が戻ってこない限り、あの軍が政権をとった母国には帰れないのです」
ミャンマーにはまだ、離れ離れになった彼女たちの家族もいる。
本心は会いたいはずだ。彼女たちの悲痛な気持ちが、日本にいる僕たちに想像できるだろうか。
■大学どころか、中等教育も受けられない
キャンプでの一番の問題は、教育だという。
キャンプ内には、教育施設は寺子屋のようなものしかなく、対象は小学生のみ。90万人がキャンプにいても、中学、高校、大学などの教育を受けることができるロヒンギャの人たちは、ほとんどいない。
「子どもたちに教育を受けさせたい。だが、それができない」という親のストレス。
「勉強がしたい。でも、学校がない」という若い人たちの絶望感。
どちらも、日本のそれらとは比較にならない。
彼女たちは、同じ境遇のロヒンギャの人たちに人道援助を届けるために国境なき医師団でボランティアをしている。自分たちも難民なのに、だ。
それぞれが、トラウマになるほど苦しい経験をし、いまも未来が見えない過酷な日々を送っている。
それにもかかわらず、「生き抜くんだ」という強い意志と「逆境をはねのけよう」とする決意が、彼女たちの目や言葉の端々から伝わってきた。
同じような状況になったとき、彼女たちのように強くなれるだろうか―。彼女たちと話をしながら、僕は自問していた。
■彼らに比べたら、日本人はもっと自由に生きられるはず
実際には、そんなことはそのときになってみないとわからない。
だが、たとえいまの仕事や生活がどんなにつらくても、忘れてはいけないことがある。それは、僕たちはこの世界で圧倒的に恵まれた存在なんだということ。
![村田慎二郎『「国境なき医師団」の僕が世界一過酷な場所で見つけた命の次に大事なこと』(サンマーク出版)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/8/1200wm/img_d8466b10d7b5d9f93e5232618cd28a13339336.jpg)
だからこそ、日本のような国に生まれ育ち、夢を描かない、追いかけないというのは、モッタイナイ――そう思わないだろうか。世の中の常識や空気にとらわれず、自分の命をもっと自由に、思いきり大きく使ってみないか。
もちろん、家庭の事情や健康面などで自分のことを不運と感じている人もいるかもしれない。だが一般的に、僕たちが言っている「人生の危機」というのは、戦争や紛争の被害者の人たちからすると、それほど深刻なレベルにはないはずだ。
その危機の多くは、自分次第で乗り越えられるものではないだろうか。だからこそ、自分たちに与えられた「特権」に気づいてほしい。
そう。僕たちは、自分の命の使い方を自分で自由に決められるのだ。
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国境なき医師団 日本事務局長
静岡大学を卒業後、就職留年を経て、外資系IT企業での営業職に就職。2005年、国境なき医師団に参加。現地の医療活動を支える物資輸送や水の確保などを行うロジスティシャンや事務職であるアドミニストレーターとして経験を積む。2012年、派遣国の全プロジェクトを指揮する「活動責任者」に日本人で初めて任命される。援助活動に関する国レベルでの交渉などに従事する。以来のべ10年以上を派遣地で過ごし、特にシリア、南スーダン、イエメンなどの紛争地の活動が長い。2019年、ハーバード・ケネディスクールに留学し、行政学修士(Master in Public Administration=MPA)を取得。2020年、日本人初、国境なき医師団の事務局長に就任。NHK総合「クローズアップ現代」「ニュース 地球まるわかり」、日経新聞「私のリーダー論」などメディア出演多数。
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(国境なき医師団 日本事務局長 村田 慎二郎)
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