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認知症になる人はなぜ認知症になるのか…東大教授が解明する「アルツハイマー病の正体」とは

プレジデントオンライン / 2023年10月27日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ipopba

脳内で発生し、患者の人生を大きく変える病気「アルツハイマー型認知症」。最前線では研究が急激に進み、人類が認知症を克服する日が見えてきた。最新のアルツハイマー病研究と新薬事情について、10月27日(金)発売の「プレジデント」(2023年11月17日号)の特集「頭がよくなる『脳科学』大全」より、記事の一部をお届けします――。

■今年9月に日本でも承認されたレカネマブとは

「あなたがなりたくない病気は?」

そう問われて何が思い浮かぶだろう。

2021年に太陽生命保険が2472人を対象に行ったアンケートでは、がんと答えた人の28.7%を抑えて、認知症が42.2%と、大差で1位となった。それほどまで、認知症は怖い病気と考えられているのだ。しかし、医療の発達で、認知症に対する見え方も変わってきている。

23年9月25日、アルツハイマー型認知症の新薬「レカネマブ」が日本でも薬事承認された。従来からある認知症薬と違い、同薬は認知症が進行するメカニズムに直接作用する薬として注目されている。

アルツハイマー型認知症は、アミロイドβやタウと呼ばれるタンパク質が引き金となって発生する。原因となるそれらのタンパク質が、脳内に長い時間をかけて蓄積される課程で神経細胞が破壊され、やがて脳が萎縮し、記憶障害などの症状が現れる。

【図表】4大認知症の症状とは?

レカネマブの治験結果の検証作業に携わった東京大学大学院医学系研究科教授・岩坪威医師が解説する。

「1年6カ月に及ぶ治験の結果では、レカネマブを投与された人は認知症の原因となるアミロイドβの蓄積が約60%減少しました。また、投与していない人と比べて、認知症の進行が約27%抑えられました。期間に換算すると約7カ月の間、症状の進行を遅らせたということになります」

たった7カ月か、と感じるかもしれないが、これは決して侮れない数字だ。治験が行われた期間は1年6カ月だ。その結果が7カ月の進行抑制である。つまり、仮に倍の3年間、レカネマブを投与し続ければ1年2カ月間、さらに6年効果が続けば2年4カ月間、進行を抑制する可能性があるということだ。

ただ、レカネマブはすべての認知症患者に有効というわけではない。

「この薬は多数の原因がある認知症の60〜70%を占めるアルツハイマー病に対する薬です。アルツハイマー型以外の、例えばレビー小体型認知症などへの効果については確認されていません。また症状が進んでしまったアルツハイマー型認知症にも、効き目は期待できません」(岩坪医師、以下同)

レカネマブはあくまで、MCI(軽度認知障害)から、初期の認知症段階のアルツハイマー病患者の症状を遅らせる薬なのである。治験についても、その範囲で行われた。

【図表】認知症になるまでの流れ

また、有益な作用と、それに反する副作用があるのは、どんな薬についても同じだ。レカネマブにも、注意しなければならない副作用が確認されている。

「今回の治験に参加した898人(プラセボ群を除く)のうち、脳血管から血漿(けっしょう)が漏れたことによる脳浮腫(ふしゅ)が12.6%。小さな脳出血が17.3%(投与しない人で9%)に確認されています。また、亡くなった方が2人いらっしゃいます(レカネマブ投与後の1608例のうち)。薬の副作用が直接の死因かどうかは特定されていないようですが、これらの結果については今後も精査が必要でしょう」

■レカネマブ以降の新薬も研究が進んでいる

治療の対象者や効果は限定されるものの、レカネマブがこれまでにない薬であることに違いはない。

「従来あるアリセプトなどの認知症薬は、症状を少しの間改善する効果が期待できる『症状改善薬』です。一方レカネマブは、神経細胞を壊す原因となるアミロイドβが作られるシステムそのものを叩く『治療薬』と言えます」

既述のように、レカネマブはアルツハイマー型認知症に効果を発揮する薬だ。今のところ、それ以外の認知症に用いることはできない。つまり、投薬を始める前に、その患者がアルツハイマー型であることを確かめなければならない。

現在使われている検査方法は、特殊な薬剤を投与して診断する「アミロイドPET」や、腰椎から髄液を採取して、そこに含まれるアミロイドβの量を測定する「脳脊髄液検査」だ。

ただ、どちらも体への負担が大きく、検査にかかる料金も高額だ。

「島津製作所と国立研究開発法人国立長寿医療研究センターが共同で開発した『アミロイドMS』という方法もあります。数ccの血液を採取し、そこに含まれるアミロイドβの変化を測定することで、被験者の脳にアミロイドβが溜まっているか否かを推定することができます。ただ、血液診断のみで確定することは現段階では無理があり、先に挙げた確度の高い2つの検査のどちらかが必須になります」

そのアミロイドPETと脳脊髄液検査は今のところいずれも保険適用されていない。レカネマブが薬事承認され、保険適用待ちとなった今、測定方法の保険適用もセットで行わなければ意味がない。それも、今年の年末には答えが出ると言われている。

新しい治療薬として期待が高まるレカネマブだが、認知症治療薬の研究が終わったわけではない。「アメリカの製薬会社イーライリリーが開発した『ドナネマブ』はレカネマブと同じく、アミロイドβを取り除くメカニズムに作用する薬です」

同薬はレカネマブと同時期に治験が行われ、現在厚生労働省での承認申請中だ。24年中の承認を目指しているという。

「治験の結果によると、ドナネマブはアミロイドβを除去する効果がレカネマブより高く、認知症の進行速度を35%まで抑えました。また、固くかたまって集まったアミロイドβも除去できると期待されています」

ただ、その分副作用は強い。治験に参加した4分の1、つまりレカネマブの約2倍の割合で脳浮腫が確認された。

「同じくアメリカの製薬会社バイオジェンが開発した薬はタウタンパク質をターゲットにする核酸医薬です。開発番号『BIIB080』という薬ですが、外国で1年間にわたって行われた第1相臨床試験において、髄液中のタウを50%以上減らすことに成功と発表されました」

同薬は現在、第2相臨床試験の最中だ。

【図表】最新研究が生んだ認知症新治療薬

■認知症の原因を排出する新たなシステムを発見

脳内のリンパの流れをコントロールすることで、タウタンパク質を効率的に排出できるかもしれない。そんな研究も進行中だ。

「脳には大小たくさんの血管が通っています。栄養分や酸素を運んだり、老廃物を排出したりするのは血流によるところが大きいのですが、血管の外にもグリアリンパ系という流れがあることがわかってきています。中枢神経に存在するグリア細胞と呼ばれる細胞の一つが、神経細胞から水を出し入れする仕組みを持っているのです。これをアクアポリン4と呼びます。タウタンパク質は脳内の神経細胞からアクアポリン4の作用で脳脊髄液に流れ出し、頸部(首)のリンパ節を通って頭蓋骨の外に排出されるのです」

アミロイドβは10年以上のスパンで脳内に蓄積する。これが引き金となってタウタンパク質が糸くずのように集まり、やがて病変が出現する。タウタンパク質を効率的に排出することができれば、神経細胞の損傷を防ぎ、アルツハイマー病に至る過程を断ち切ることができるかもしれない。

【図表】最新研究でわかった認知症の原因となる物質の排出方法

「ただ、これまで紹介したどの薬、方法を使っても、いったん認知症になってしまった脳を元通りにすることはできません。壊れてしまった神経細胞を元に戻すことはできないのです。いかに発症を遅らせるか。そのための研究はこれからも続きます」

寿命よりも発症を遅らせる。つまり、生きている間は認知症にならない未来がいつか来るのかもしれない。

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岩坪 威(いわつぼ・たけし)
東京大学大学院医学系研究科神経病理学分野教授
東京大学大学院医学系研究科神経病理学分野教授。アルツハイマー病・認知症研究の第一人者。1984年東京大学医学部卒業。2020年に国立精神・神経医療研究センター神経研究所所長に。同年から日本認知症学会の理事長を務めている。

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(東京大学大学院医学系研究科神経病理学分野教授 岩坪 威 文=末並俊司)

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