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なぜバンクシーの作品のほとんどがパレスチナにあるのか…正体不明の覆面美術家が作品に込めたメッセージ

プレジデントオンライン / 2023年11月4日 15時15分

出典=『常識やぶりの天才たちが作った美術道』

イギリスを拠点とする素性不明のアーティスト「バンクシー」はなぜ人気なのか。現代美術作家のパピヨン本田さんは「作品の高いクオリティとそこに込められた社会批判のメッセージを多くの人が支持したからだ。彼はアーティストでありつつ、社会を変えようと活動するアクティビストといえる」という――。

※本稿は、パピヨン本田『常識やぶりの天才たちが作った美術道』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■なぜバンクシーの作品は有名になったのか

世界中にスプレーでグラフィティ(落書き)・アートを描く、正体不明の美術家がバンクシー! 彼は紛争地帯や社会問題の渦中にある場所に赴いて作品を描きます。

彼の作品に込められたメッセージはわかりやすく、作風はキャッチーでアイコニックだったので、見つけた人たちが写真を撮ってSNSに投稿し、彼のメッセージはさらに世界中に広がっていきます。

■「おかしいのは社会か? 作家か?」

ここでは、美術の力で社会を変えようとしたバンクシーという作家をご紹介します。

現代美術は近年になるにつれ、美術を用いたあらゆる方法で、直接的な社会へのアプローチを試み始めるようになりました。

美術は、戦争・貧困・教育・人権・自然保護など、社会的なメッセージとの結び付きを強めていくのです。

作家たちは時に街を荒らし、見る人を驚かせ、あらゆる方法で世の注目を集めながら社会の是非を問いました。「おかしいのは社会か? 作家か?」これを読んでいるあなたも、ぜひ考えてみてください。

■ルールや法から逸脱した作家

バンクシーはアーティストでありつつ、社会を変えようと活動するアクティビストです。

彼の作品は実際の紛争地帯に残された政治的なメッセージの強いものだったため、社会運動のための作品とも評されました。このような作家のことを、アーティストとアクティビストをもじって、「アーティビスト」と呼びます。

彼は美術を通じて社会的なメッセージを発信しようとしました。彼の手法は「グラフィティ・アート」と呼ばれる、路上にスプレーで落書きをするストリート・アートの1つです。

「グラフィティ」は日本語にすると「落書き」と訳されるものです。

ここで、「路上にスプレーで落書きするなんて犯罪だ! 社会に迷惑をかけるんじゃない!」と言いたくなる人もいるでしょう。路上に勝手にスプレーを塗布するグラフィティ・アートは、ほとんどが器物損壊や不法侵入となる犯罪です。バンクシーの作品も非合法なうえに、そのほとんどが皮肉を交えた社会批判です。

■グラフィティ・アート界でも異端

さらにバンクシーは美術界からは扱いづらい立ち位置にいます。なぜかと言うと、彼は美術的評価よりも世の中にメッセージを届けることを優先した作家だったからです。彼の使う「ステンシル」という手法は、美術的評価が低い手法でした。ですが、路上で素早くかつクオリティの高い作品を描くためには最適の手法だったのです。

彼の使った「ステンシル」という技法は、あらかじめ文字や絵などをくり抜いた型を使い、そこにスプレーを吹きかけたりして転写するものです。素早く目的の造形を描けるものの、ステンシルは「転写」の技法なので、一から描くべしとされていたグラフィティ・アート界からは異端だったのです。

世間に対して反抗的な人というのは、セクシーな魅力がただようものですよね。さらに、彼はいまだ正体を明かしていない、素性不明の覆面アーティストでもあります。謎めいたかっこよさと相まって、バンクシーの人気はどんどん高まりました。たとえ世が決めたルールや法から外れていたり、美術界に認められたりしなくとも、実際に人々の心をつかんだ作家は絶大な影響力を持つのです。バンクシーはこの影響力を利用して、社会的なメッセージを発信している作家です。

バンクシーのスゴイところ
自身の人気すらも利用して、さらには美術的評価を得ることよりも人々にメッセージを届けることを優先して作品を描きました。彼の作品を見ようと思った人は、社会問題の渦中へ赴き、現実を目のあたりにすることになります。

■評価よりもメッセージを伝える方が大事

バンクシーは2023年9月現在もいまだに正体不明の覆面作家なので、彼の生い立ちについては不明ですが、彼は社会的なメッセージを発して有名になる前から、イギリスのグラフィティ・アーティストとして名が知られていました。それは、「ステンシル」という技法を使っていたことにあります。

ステンシルは、先ほどもご紹介したように、絵の形にくり抜いた型紙を用意してそれを壁に貼り、スプレーを吹き付けることによって短時間でクオリティの高い絵を作ることができる技法です。グラフィティは犯罪なので、警察や建物の住民に見つからないように素早く描く必要がありました。素早く時間をかけずに描くのでクオリティの高い絵を描くのは難しく、見つかれば落書きとしてすぐに消されていたのです。そこでバンクシーは、短時間でクオリティの高い絵を残すためにステンシルの技法をとったと言われています。ステンシルを使った彼の落書きはクオリティが高いものでした。アパートに描かれた彼の落書きがあまりによくできていたので、住民投票で残すことが決まったことがあったくらいでした。

ですが、当時グラフィティの世界ではステンシルを使うことは御法度でした。「グラフィティはフリーハンドで描くもので、ステンシルで描くのはダサい!」とされていたのです。

ステンシルを使うことでグラフィティ界からのけ者にされることすらありました。ステンシルを使い始めたバンクシーはグラフィティの世界からは無視されるようになりますが、メッセージ性の強い作品で世の中からの注目を集めるようになります。バンクシーは当時のグラフィティ界からの評価をあまり気にしていなかったようで、それよりも自分のメッセージを伝えることを優先したのでした。

■なぜパレスチナに作品が多いのか

彼のイメージを決定づけた作品は、パレスチナの分離壁に描かれたグラフィティのシリーズでした。有名な「花束を投げる男」シリーズ(2003年~)は、手榴弾の代わりに花束を投げるテロリストを描き、平和を訴えるものです。

バンクシーの「花束を投げる人」(ヨルダン川西岸ベツレヘム)=2015年12月16日
写真=AFP/時事通信フォト
バンクシーの「花束を投げる人」(ヨルダン川西岸ベツレヘム)=2015年12月16日 - 写真=AFP/時事通信フォト

この作品が描かれている分離壁は、対立を続けるイスラエルとパレスチナとの間に作られた巨大なコンクリート壁です。冷戦時代のベルリンの壁のように、両者の断絶の象徴となっています。壁を作り始めたのはイスラエル側でしたが、パレスチナの領土に食い込む形で建設したため領土の侵攻として火種となりました。国際法にも違反していると国連からも非難されていますが、イスラエルは今も壁の建設を続けています。

バンクシーはイスラエルの武力行使によるパレスチナ分離壁の問題に憤り、広く世に知らせるべきだと考えました。当時は世界的にはこの問題にあまり関心が持たれていなかったのです。彼はパレスチナを訪れて、分離壁や街の壁にグラフィティを描きます。彼のグラフィティのほとんどはパレスチナにあると言われているくらい、彼は多くの作品を残しました。

■「世界一眺めの悪いホテル」から見える景色

彼はパレスチナ分離壁の真正面にあるベツレヘムに「世界一眺めの悪いホテル」と呼ばれる《The Walled Off Hotel》(2017年)をオープンします。これは窓からの景色が分離壁で完全に遮断されているホテルです。実際に泊まることができ、彼の作品も見ることができます。美術ファンがバンクシーのホテルに泊まりたいがためにパレスチナを訪れると、分離壁の問題について考えることになります。

人々の意識を変えるための作品をあの手この手で作るのがバンクシーです。

日本でバンクシーが広く知られるようになったのは、東京オリンピック前の2019年に、東京で、バンクシーが描いたのではないかというネズミの絵が見つかったことがきっかけでした。小さなネズミの絵でしたが、もし本当にバンクシーの作品なら1000万円以上の価値があると大騒ぎになったのでした。

■日本で描かれたネズミの意味

パピヨン本田『常識やぶりの天才たちが作った美術道』(KADOKAWA)
パピヨン本田『常識やぶりの天才たちが作った美術道』(KADOKAWA)

壁が切り取られて都庁で展示されるまでになって、ニュースでも取り上げられたので、日本で美術を知らない人にもバンクシーが知られるようになりました。このとき描かれた傘を差すネズミは、公害などが問題になった地域に多く描かれている彼のトレードマーク的な作品です。

ドブネズミすら傘を差すという皮肉めいた絵なのですが、東京のネズミが描かれたのが3月11日の直後と言われているので、原発事故での放射能の問題を揶揄しているのではないかと言われています。

彼の作品はいまや価値が上がりすぎて、メッセージよりも彼の作品の値段などのほうに話題が行きがちです。しかし、活動家としてメッセージを発信するアーティビストとして有名なのがバンクシーです。そういう目で彼の作品を見てみると、また違った発見があるかもしれません。

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パピヨン本田(パピヨンホンダ)
現代美術作家
1995年生まれ。2021年5月に彗星のごとくTwitterに現れ、またたく間に人気を得る。美術史に残る出来事や、アーティストの日常の顔、展覧会やギャラリー事情まで、美術業界のあるあるネタを描く。主なSNS連載シリーズに、『美術のビジュえもん』『パピヨンと本田』など。芸術やカルチャー情報を扱うWebメディアCINRAで『美術のトラちゃん』を連載中。

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(現代美術作家 パピヨン本田)

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