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社内の男女格差を公表したら、むしろ「うちの会社が好き」が増えた…メルカリの「D&I」から学べること

プレジデントオンライン / 2023年11月7日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/hyejin kang

2023年9月、メルカリが社員の賃金における「男女格差」を公表し、注目を集めている。平均賃金に37.5%の差があり、このうち同じ職種・等級で分析しても男女間で7%もの「説明できない格差」があったことが分かったという。男女間賃金格差にまつわる一連のプロジェクトをリードしたメルカリの趙愛子さんに話を聞いた――。

※本稿は、TBSラジオ「文化系トークラジオLife」の番外編ポッドキャスト「働き者ラジオ」の第18回「男女賃金の『説明できない格差』」と第19回「『ロマン』と『ソロバン』」を再編集したものです。

■同じ職種・等級でも女性のほうが7%安かった

【山本ぽてと(フリーライター)】先日話題になったメルカリが男女間の賃金格差を公表したニュースを見ましたか?

【工藤郁子(大阪大学 社会技術共創研究センター 招聘(しょうへい)教員)】平均賃金に男女で37.5%の差があって、女性社員の収入は男性の約6割だという数字が、見出しになっていましたね。

【山本】「女性が役職についていないから、男女賃金に格差が生まれるんだ」という内容なのかなぁと予想しながら記事を読んでいたのですが、どうもそれだけじゃないらしい。興味深いと思ったのは、同じ職種・等級で分析してみても実は男女で7%も差があったことです。

【工藤】その差について、メルカリでは90%以上が中途採用で、報酬オファーが前職の給与を考慮した金額になることが影響しているという分析でしたね。「女性のほうが賃金が低いという社会的な構造があり、そこを断ち切ることができていなかった」と。これを「説明できない格差」(unexplained pay gap)と呼んでいました。

メルカリの報告書「Impact Report」P43より
図版1:メルカリの報告書「Impact Report」P43より

【山本】男女ジェンダークオータ制、つまりまずは女性を一定数入れようとするアクションの話は、最近よく言及される話です。ですがこの「説明できない格差」は同じ職種・等級でも起こっているからこそ「説明できない」のだなと感じましたね。このあたりの話、もう少し掘り下げてみたいです。

というわけで、今回はメルカリでダイバーシティ&インクルージョン(D&I)を担当されている趙愛子(ちょう あいこ)さんをお呼びしました。

【趙愛子(メルカリ I&D Team Manager)】よろしくお願いします。

【工藤】メルカリの調査で判明した「説明できない格差」と、社内で実際に行ったペイギャップの是正アクション、その後社員の方からどのような反応があったかについて、いろいろとお話を伺っていきたいと思います。

■転職したときのオファー年収から格差が発生

【山本】まず日本全体の男女賃金格差は、男性労働者の給与水準を100としたときに、女性労働者は75.2の割合であると言われています。

【工藤】そんな男女間の賃金格差を解消するための取り組みとして、2022年に女性活躍推進法が改正され、「男女間賃金格差の開示」が企業の義務となりました。メルカリさんの開示アクションもその流れの中で行ったものですよね。趙さん、メルカリさんの男女間賃金格差はどうなっていますか?

【趙】メルカリでは平均賃金に男女で37.5%の格差がありました。要因ごとの数値は開示していないのですが、ギャップの要因を大きく分けると、客観的に説明ができる要因と、説明できない要因とに分けられました。

メルカリでD&Iを担当する趙愛子さん
撮影=山本ぽてと
メルカリでD&Iを担当する趙愛子さん - 撮影=山本ぽてと

これは両方の要因を見極めるのが大事で、なぜかと言えば、要因によって打つ手が違ってきますよね。

まず説明出来る要因は主に二つあります。まずはグレード(等級)の分布の差です。平たく言うと、グレードが上がるほど、男性比率が高まることがわかりました。二つ目に職種の差です。メルカリでは職種ごとに賃金が違いますので、賃金の高い職種に男性が多かった。

【工藤】ここまでが「説明できる」要因ですね。

【趙】はい。ですが同じ職種、同じグレードでも約7%の賃金格差があることがわかりました。これは「説明できない」要因です。

なぜこうなっているのか。検証したところ、入社時のオファー年収の差であることがわかりました。メルカリは中途採用が多く、95%を占めるのですが、入社時点のオファー年収自体のギャップが、男女で約9%あることがわかりました。

■メルカリは開示義務以上のデータを分析・公表

【工藤】法律で決められた開示義務は、

・男性労働者の平均賃金に対する、女性労働者の平均賃金を割合(パーセント)で示す
・全労働者・正規雇用労働者・非正規雇用労働者の区分で公表すること

の2点です。

そこからさらに、メルカリさんは、重回帰分析という統計手法を使って、同じ役割・等級・職種の間に格差が生じていないか調べている。これが「説明できない」要因の分析へとつながっていきます。

ここまで詳しく分析するのは、日本企業ではまだ珍しいと思います。データサイエンスの専門家の方からも高い評価を受けていたように思いました。なぜこのような取り組みをしようと思ったのでしょう。

■国際監査では「同一労働同一賃金」が重視されている

【趙】きっかけは、去年ジェンダー平等に関する国際監査の「EDGE Assess」を受けたことです。その監査プロセスの中では、「ペイ・エクイティ」が重視されていました。

【工藤】ペイ・エクイティとは同一労働同一賃金のようなものでしょうか。

【趙】そうですね。欧米では男女格差の議論をするときに「ペイ・エクイティ」が重視されています。調査では、同じ役割や等級での格差を調べます。そこでEDGEから提供されたペイギャップの分析ツールが、重回帰分析をもとにしたものでした。

日本政府の男女賃金格差の情報開示義務で求められたのは、男性と女性の賃金格差の割合を出すことでした。ですが、この監査の経験があったので、割合を出すだけでは、ペイ・エクイティの調査をしたことにならないのではないかと考えました。日本と欧米との賃金格差の定義の違いや、メルカリとしてどうアプローチすべきかを検討して、議論の結果、両面から分析してみようとなったのが今回の経緯ですね。

実際にやってみたら全体平均で、説明できない賃金格差が約7%あることはわりとすぐ分かりました。

■どうやって「説明できない格差」を縮めたのか

【工藤】分析結果に基づいて、即座に報酬調整を行い、7%から2.5%にまで格差を縮めたことも驚きです。どのような体制やチームで進めていったのでしょうか。

【趙】賃金格差の開示義務が2023年に始まることが決まったのですが、国内には分析やアクションの先行事例がありません。全部が手探りだったというのが、実際のところですね。

私たちのいるD&Iのチームがプロジェクトを組織して、そこにHRから、評価報酬チームと、データサイエンスの専門家たちがいるアナリティクスチームとが集まりプロジェクトをつくりました。

【工藤】データサイエンスの専門家がいるんですね。それは心強い。

【趙】苦労話を挙げればキリがないですが、例えばデータ分析の担当者が途中で退職してしまったり、結果的には社内から他の統計の専門性を持った方が異動してなんとか間に合ったのですが、綱渡りの連続ではありました。

■格差改善に向け、経営陣の動きは早かった

【山本】社内での反対や反感はなかったですか。特に男女間で説明できない賃金格差があることを公表することは、政府の開示義務を超えた取り組みで、やぶ蛇なのではないかとか……。

【工藤】確かに「バッシングされちゃうんじゃないか」とか。会社の“偉い人”は心配するかも。

【趙】反感はなかったです。でもこの話には、第1章と第2章があるんですよ。第1章としては、ペイギャップの現状を経営陣に共有し、報酬調整の合意を取りに行く。第2章としては社員にこの結果をどう伝えていくのかを考える。

まず第1章の経営陣の意思決定については、想定以上に早かったので、プロジェクトを先導した立場からするといろいろアピールしたいところですね(笑)。でも何よりも、メルカリがもともと持っているポリシーがあったから、意思決定が早かったんだと思っています。

私たちには、属性にかかわらず、競争力のある人に良い報酬を支払うというポリシーがあります。これが、メルカリが人的資本について持っているひとつの考え方です。そのポリシーに沿って意思決定が行われたとも言えます。

とはいえ、最初に7%という数字を経営会議で見せたときには、さまざまな反応がありました。

【工藤】さまざまとは?

【趙】それは男性・女性ということによって生まれている差ですよね。うちの会社のポリシーからすると、絶対に許容できない7%という数字です。「フェアな報酬制度と運用を行っている」という自負があるだけに、いろんな解釈がありました。例えば、「7%って大きいのか? 小さいのか?」とか。

【工藤】自負があるからこそ、「なんでこんな結果がでちゃったの」って防衛機制が働く。他にもいろんな理由があるんじゃないかって思っちゃう。それが役員の皆さんとかからも出てきたと。

男性と女性の間の不平等を表すイメージ
写真=iStock.com/Thapana Onphalai
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Thapana Onphalai

■フェアに給料を出すこと自体が投資である

【趙】ですが2回目にはこのギャップを埋めるための是正措置の合意ができた。私としては、当然7%アップするための予算も計算しましたし、経営目線に立てば「これだけ予算があったら他のところに成長投資したい」と考えるのではないかと思っていました。

ですが、そこはギャップを是正するための「掛け捨て」のコストのような感覚ではなく、フェアに給料を出すこと自体が投資であるという考えがあったようです。この話を後で聞いて痺れましたね。

【山本】痺れますね~。

【趙】自社のポリシーに沿っただけという話ではあるんですが。

【工藤】でも綺麗ごとで経営はできない。そこであえて、フェアは大事だというミッションに誠実であろうとするのはいい経営判断ですね。

【趙】それはそう思いましたね。

■大炎上するどころか、社員は「メルカリ最高」

【工藤】第2章では社員の皆さんに説明するというターンに入られたと。

【趙】想定していない反応が男性からも女性からもありましたね。そもそも男女賃金格差については開示義務になったので、9月の人的資本開示で発表することは決まっていました。

ですが、この話を社外にいきなり出すのではなく、まずは社内にしっかり伝える必要があります。「私たちの会社には7%の説明できないギャップがあったので、女性に対して是正のアクションをします」と。それをどうやって伝えようかと。

【工藤】丁寧に伝えていかないと、「私が今まで受けてきた評価はアンフェアだったの?」という話になるかもしれない。

【趙】それに話自体が、ジェンダーと報酬の話で……。

【工藤】大炎上しそう(笑)。炎上×炎上みたいな。

【趙】そうなんですよ。だから経営リーダーから、月イチの全社集会で発表することをお願いしました。「それがメルカリらしいね」との、承諾を得ました。全社集会でトップから、データ分析の結果と、是正アクションをすることについて発表し、その場で質疑応答を行いました。

社員からの反応は想定以上のものでした。その時のSlackの反応を一部紹介すると、「ジェンダーペイギャップに気づいたのすごいし、変わろうとしているのもすげえ」とか「女性の給料が上がるとかそういう話ではなくて、日本全体で抱えていて、明示的なのに誰も触ってこなかったであろうことを明確にして、開示して施策に落とし込んで実行する、メルカリ最高だと思いました」みたいな。

■「前職からの格差をどうするか」は今後の課題

【工藤】社内のロイヤリティ(会社への愛着)が急上昇している。

【趙】もちろん疑問の声も上がりました。例えば、この賃金格差は前職給与を参考にしているところから生まれているギャップですよね。メルカリが新しく生み出したギャップではないとも考えられる。どこまで企業として責任を負うべきなのか? といった問題提起があったり。あと前職給与を参考にせずに、オファー年収って本当に出せるのか? といった今後の運用に関する疑問も上がりました。

私たちが一番気にしていたのは、男性からの反応でしたが「フェアな取り組みに賛同します」と表明される方が多かったです。中には、「自社のこのような取り組みを誇りに思う。ありがとう」というメッセージをわざわざくれる男性社員もいました。

一方で、この話って、不満やもやもやが表面化しづらいとも思うんです。男性が不満を口にするのも難しいし、もしかしたら女性だって言いづらいかもしれない。社員からの声をすべて把握しきれていないとは思っています。

■フェアな取り組みで男性の満足度も上がった

【趙】ただ、今回の評価報酬プロセスに対するサーベイをしたところ、男性も女性も全体の満足度は上がっていたんですよ。自分が対象かどうかに関わらず、フェアな取り組みに対してみんなの満足度が上がるんだというのは、ひとつ発見でしたね。

【山本】おっしゃるように、男性からは不満があったとしても、言いづらいかもしれませんね。でもフェアな取り組みによって、女性だけではなく、全体の満足度が上がるのは面白い。

【趙】私も予想していなかった反応でしたね。D&Iの取り組みをしていると「結局どっちも幸せになってないんじゃないか」と感じてしまうシーンが多いんですよ。女性管理職を増やそうとアクションしても、その女性が「自分がいいパフォーマンスをできなかったら、D&I自体を否定することになるのでは」と自分自身にすごくプレッシャーをかけてしまったり。男性は男性で不満を持っている。でも今回は両方の満足度が上がることになって、すごく嬉しい経験だと思いました。

チームワークと人事管理の概念
写真=iStock.com/tadamichi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tadamichi

■客観的な指標があれば、難しい議論も進められる

【工藤】最後に、ほかの企業に対するアドバイスや成功の秘訣(ひけつ)、失敗から学んだことなどあればご紹介いただきたいです。

【趙】アドバイスというのはおこがましいくらい、日々悩みながら仕事をしています。企業の中でD&Iを進めて行く際に大切なのは、「ロマン」と「ソロバン」なのではないかと私は思っています。理想の「ロマン」も大事だし、数字の「ソロバン」も大事。理念の話も大切で、私自身も勉強する日々ですが、同時にそれを実現するアクションの際には数字の話も出来た方がいい。

ペイギャップに限らず、この手の議論を女性である私がリードする難しさがあると思っているんです。当事者性の扱い方が難しいと言いますか、原動力としては必要なんですけれども、それが必ずしもそのままマジョリティに受け入れられるわけではないことも感じています。

ですが今回のペイギャップ是正の取り組みは、報酬データという客観的な指標を真ん中に置いたからこそ、議論がスムーズに進んだのだと思います。実際に役員に提案した資料も、データでコミュニケーションをすることを意識しました。それができるのが、報酬という素材のいいところだと思います。客観的データを出すことのパワフルさを感じました。

「ロマン」で旗印を掲げながら、「ソロバン」を弾きながらアクションしていく。とはいえ、その両立はとても難しいとも感じています。どちらかに偏っているなと思ったら、反対の方向に重心を置きにいったりと、今も探り探りやっていますね。

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山本 ぽてと(やまもと・ぽてと)
フリーライター
1991年沖縄県生まれ。早稲田大学を卒業後、株式会社シノドスに入社。退社後、フリーライターとして活動中。

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工藤 郁子(くどう・ふみこ)
大阪大学 社会技術共創研究センター 招聘教員
専門は情報法政策。共著に『AIと憲法』、『ロボット・AIと法』などがある。人事データ保護法制に関しては、パーソナルデータ+α研究会「プロファイリングに関する最終提言」に参画したほか、論文に「プロファイリングに関する自主的規律導入支援の実践」、共著論文に「採用におけるプロファイリング・サービスの倫理的課題」などがある。

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趙 愛子(ちょう・あいこ)
メルカリI&D Team Manager
東京藝術大学卒業後、テレビ局報道記者を4年、外資系医療機器メーカーでの営業を3年務め、株式会社リクルートに入社。営業、HR、働き方変革推進などに12年従事した後、約2年のジョブレス期間を経て、2021年5月にメルカリに入社。Talent Management Team立ち上げ後、2022年8月より現職であるI&D Team Managerに着任。

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(フリーライター 山本 ぽてと、大阪大学 社会技術共創研究センター 招聘教員 工藤 郁子、メルカリI&D Team Manager 趙 愛子)

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