現代人は慢性的に酸素不足に陥っている…医師が指摘するマスク習慣で定着した"口呼吸"の知られざるリスク
プレジデントオンライン / 2023年11月3日 11時15分
※本稿は、小林弘幸『自律神経のなかで最も大切な迷走神経の整え方』(フォレスト出版)の一部を再編集したものです。
■ヘルシーな生活の要「迷走神経」を整える呼吸法
呼吸はどのようにして迷走神経を整えるのでしょうか。その方法をお伝えする前に、胸を張った姿勢で、両手の指先を鎖骨の下に置いてみてください。
大きく深い呼吸をすると、皮膚が盛り上がるのを指先に感じるはずです。肺が大きく膨らんで、周辺の筋肉を動かしているからです。肺は、鎖骨の奥にある「肺尖(はいせん)」から肋骨の下にある「肺底(はいてい)」まであり、胸の大部分を占める臓器です。♡
あなたは、普段からこの大きな肺をしっかり使って、呼吸をしているでしょうか。
鎖骨のあたりが盛り上がるほど深い呼吸をしているでしょうか。呼吸の重要性を、アニメ『鬼滅の刃』で、主人公・炭治郞が鬼と対峙(たいじ)し、技を繰り出す前に行なう「全集中の呼吸」で考えてみましょう。
この「全集中の呼吸」は作中で、『体の隅々の細胞まで酸素が行き渡るよう、長い呼吸を意識しろ。体の自然治癒力を高め、精神の安定化と活性化をもたらす』あるいは、『血の中にたくさん、たくさん空気を取り込んで、血がびっくりしたとき、骨と筋肉が慌(あわ)てて熱くなって強くなる』という説明がなされていました。
健康とは「一つ一つの細胞にどれだけ質の良い血液を送ることができるか」と、つねづね語っているわたしにとって、この「全集中の呼吸」の考え方は、とても理にかなっていると言えます。
日ごろ、わたしたちは呼吸を意識することなく過ごしているので、その重要性を忘れてしまいがちです。生きていくためにはエネルギーが絶対に必要ですが、そこには、呼吸が重要なはたらきをしていることを知らない人も少なくありません。
人や動物は、食べ物から栄養を吸収しなければ生きていけません。食べ物は唾液や消化液によって分解され、吸収されやすいブドウ糖などの栄養に変わり、腸で血液のなかに取り込まれています。
しかし、栄養を吸収するだけではエネルギーにはなりません。呼吸によって取り入れた酸素と栄養が結びつくことによって、はじめて生きるためのエネルギーを生み出しているからです。
わたしたちは、1分間に12〜20回、呼吸をしています。一日では2万〜2万5000回も息を吸ったり吐いたりしています。呼吸は、酸素と栄養を結びつけて、全身に血液を行き渡らせるという重要なはたらきだけでなく、心を落ちつかせるというはたらきもあります。
これは、呼吸が自律神経と深く関係しているからです。鎖骨あたりが盛り上がるように肺全体を意識して使った呼吸で自律神経が整います。もっと言えば、ゆったりとした深い呼吸で、迷走神経が刺激され、心も体も整っていくのです。
■呼吸は自分の意識でコントロールできる
それでは、迷走神経を整えるためにはどんな呼吸を意識したら良いのでしょうか。本題に入る前に、呼吸と自律神経の関係から詳しくお伝えしていきましょう。
呼吸は、脈拍や消化・吸収と同じように、自律神経が調整しています。「呼吸するぞ」と意識しなくてもわたしたちは息をしています。寝ているときでも呼吸が止まることはありません。
自分の意識とは関係なく心臓が動いているのと同じように、就寝中でも自律神経がコントロールをして、肺をしっかり動かしているからです。
ただし、呼吸だけは、脈拍や消化・吸収と違うところがあります。たとえば「食べ物の消化を早くして」と思っても、腸の活動が活発になることはありません。脈が速いからといって「ゆっくりにして」と願っても、それはできない相談です。
でも、呼吸は、意識を向けるだけでスピードや深さをコントロールすることができます。つまり、呼吸は人の意識で変えられる、ということです。わたしたちは、緊張するような場面でよく深呼吸をしますよね。意識的に深い呼吸をすると、落ちつきを取り戻すことができるからです。
そう、わたしたちは自律神経に支配されているはずの呼吸を自分の意志で調整しているのです。しかも、深呼吸をすることによって「心が整う」ことを、身をもって実感しています。
では、なぜ深呼吸をすると「心が整う」のでしょうか。
■「深呼吸」と「心が整う」のメカニズム
この仕組みは、毛細血管の流れを思い浮かべるとわかりやすいでしょう。毛細血管の血液量を計ることができる機械で調べたところ、呼吸を止めた瞬間に毛細血管に血液が流れにくくなることがわかっています。
反対に、呼吸を再開すると毛細血管に血液がよく流れることもわかりました。つまり、緊張したときに深呼吸をすると心が落ちつくのは、毛細血管の血液量が増加するからです。
ゆったりとした深い呼吸をすることで迷走神経が刺激されます。その結果、血管が開いて毛細血管まで血がよく流れていきます。血流が良くなると筋肉が緩んだ状態になるので、体はリラックスします。これが深呼吸をすると心が落ちつく理由です。
このように、わたしたちは知らず知らずのうちに、自律神経の支配下にある呼吸を上手にコントロールして、自律神経を整えています。
ところが、ストレスの多い現代社会では、速くて浅い呼吸が習慣化している人が圧倒的に多くなっています。
それだけではありません。わたしたちに備わっている「心が整う」手段である、ゆったりとした深い呼吸をすることさえ、忘れてしまっているかのようです。禅の世界では、呼吸は「する」のではなく「させていただく」という感覚でいることが重要だと言われています。
ストレスが多く、心と体を乱すさまざまな要素にあふれている時代を生きているからこそ、「させていただく」という気持ちで呼吸を意識することを大事にしたいものです。
■現代人は呼吸が浅く、速くなりすぎている
「息をつめる」という言葉があります。人は、細かい作業をするときに息を止める傾向があります。繊細な作業をするときには、呼吸による些細(ささい)な体の動きさえ邪魔になるからです。
今を生きる人たちは、つねに「息をつめる」状態であると言っても過言ではありません。ストレスや不安によって、呼吸を忘れたかのように毎日を過ごしているようなものです。
とくに現代人が呼吸が浅く速くなっているのは、交感神経が過剰にはたらいているからです。自律神経のシーソーが交感神経に大きく傾いていると、呼吸は浅くなり、そして速くなります。
もしも1分間で20回を超える呼吸をしているのなら、交感神経が上がりすぎているシグナル。車で言えば、ブレーキが壊れているのに気づかずに、つねにアクセル全開で走っているようなものです。
また、猫背が増えたことも、速くて浅い呼吸が習慣化した要因の一つです。朝起きてから寝る直前までスマホを覗(のぞ)き込んでいる。職場では長時間のデスクワークをして、家に帰ったらソファに体を預けっぱなし。そんな悪い姿勢を続けていると、確実に頭が前に傾き、背中が丸くなります。
呼吸をするときの空気が流れる気管(気道)は、ストローと同じです。頭が前に傾き、首をくの字に曲げている時間が長いと、気管が圧迫されて呼吸が浅くなります。曲がるストローのようにジャバラがついていれば違いますが、気管には、そのような機能はありません。
くわえて、背中が丸まっていると「胸郭(きょうかく)」の動かせる範囲が狭くなります。胸郭は、心臓や肺を守るために肋骨や胸椎によってできている「じょうぶなカゴ」のようなもの。呼吸に合わせて胸郭は柔軟に膨らんだりしぼんだりします。猫背の姿勢を続けていると、胸郭が圧迫されて、しっかり膨らんだりしぼんだりできません。
ちなみに、迷走神経は、脳の「延髄」からスタートして、首を通って、内臓に枝分かれしています。首が前に傾き、背中が丸まっていたら、迷走神経という「情報の道」もスムーズに通れなくなってしまうのは歴然です。
さらに、頭が前に傾いている猫背のままでは、首の太い血管が圧迫されて脳だけでなく全身の血流が悪くなってしまいます。胃腸がつねに押さえつけられ、はたらきも弱まります。その結果、自律神経のバランスがさらに乱れ、免疫力も低下し、さまざまな病気を招いてしまうのです。
■マスク習慣によって生じた口呼吸による健康被害
忘れてはいけないのが、コロナ禍によるマスク習慣が、呼吸の質の低下を招いてしまったことです。マスクをしていると、鼻と口が覆われているため呼吸に負荷がかかります。そのため、気がつかないうちに浅い呼吸になってしまいます。
しかも、普段であれば、ゆったりとした深い呼吸をしてバランスをとったりしますが、マスクが口に張り付くのでこれがなかなかできません。深呼吸がはばかられるように思った人も多かったことでしょう。
マスク習慣によって呼吸が浅くなることで、鼻呼吸ではなく、口呼吸をする人が増えたことも大きな問題です。鼻呼吸によって送り込まれた空気は、脳をクールダウンさせる、車でたとえるとエンジンを冷やすラジエーターのようなはたらきがあることが知られています。肺に冷たい空気がそのまま入り込まないように、鼻の中で温度調節を行なってくれています。
また、鼻の粘膜は体の防衛システムの最前線です。鼻呼吸をしていれば、空気中に含まれる細菌やウイルスをキャッチして、きれいな空気だけを肺に送り届けることができます。
ところが、口だけで呼吸をするようになると、脳を冷却することもできません。肺に冷たい空気がそのまま流れ込みます。そして、その空気にはウイルスや細菌が含まれたままです。このように鼻呼吸は、口呼吸では得られない大きな健康メリットがあります。
鼻の奥にある副鼻腔(ふくびくう)では、一酸化窒素がたくさん作られており、鼻呼吸をすると酸素と一緒に一酸化窒素も肺に運ばれます。一酸化窒素には、血管をしなやかにするはたらきがありますが、なによりも、肺のなかで血液が酸素を取り込む量を増やしてくれる作用があります。
ところが、長期的なマスク習慣によって呼吸の質が低下しました。その結果、現代人は慢性的に酸素不足に陥っていると言えるでしょう。ということは、自律神経、そして迷走神経のはたらきやバランスにも悪影響を及ぼしています。
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順天堂大学医学部教授
1960年、埼玉県生まれ。順天堂大学医学部卒業後、同大学大学院医学研究科修了。ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、トリニティ大学付属小児研究センター、アイルランド国立小児病院外科での勤務を経て、順天堂大学医学部小児外科講師・助教授などを歴任。自律神経研究の第一人者として、トップアスリートやアーティスト、文化人のコンディショニング、パフォーマンス向上指導にも携わる。順天堂大学に日本初の便秘外来を開設した“腸のスペシャリスト”としても有名。近著に『結局、自律神経がすべて解決してくれる』(アスコム)、『名医が実践! 心と体の免疫力を高める最強習慣』『腸内環境と自律神経を整えれば病気知らず 免疫力が10割』(ともにプレジデント社)『眠れなくなるほど面白い 図解 自律神経の話』(日本文芸社)。新型コロナウイルス感染症への適切な対応をサポートするために、感染・重症化リスクを判定する検査をエムスリー社と開発。
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(順天堂大学医学部教授 小林 弘幸)
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