日本連合による「EV世界一」はあり得る…トヨタ×出光の「全固体電池」が世界標準を穫るために必要なこと
プレジデントオンライン / 2023年11月6日 8時15分
■2社で全固体電池の本格量産に乗り出す
「自動車産業とエネルギー産業が連携し、日本発のイノベーションを実現する」
「日本の国際競争力を高めるスキーム」
トヨタの佐藤恒治社長は、トヨタと出光興産が実用化に向け協業して取り組む全固体電池について、10月12日の両社の共同会見で語った。
この協業により、2027年~28年には全固体電池を実用化させ、トヨタが発売する電気自動車(EV)に搭載する。その後、両社は電池の本格量産を実現させていく考えだ。
ポイントは、これまで全固体電池の量産を阻んでいた硫化物の安全性や耐久性について、トヨタと出光が一定の解決策を提示した点だ。両社が共同開発した新技術を紹介する前に、まずは全固体電池の仕組みについて説明したい。
EVを車両としてだけ捉えるなら、心臓部はモーターではなくリチウムイオン電池である。現在、EVに搭載されているリチウムイオン電池の電解質はみな液体だ。電池内部に可燃性の電解液(リチウム塩・有機溶媒)が封入されている。
液体の電解質を固体としたものが、全固体電池である。電池の仕組み自体は、液系リチウムイオン電池も全固体電池も同じ。酸化還元反応を利用して、化学エネルギーを電気エネルギーに変換するものだ。
■燃えることはまずないが、有害ガスが課題だった
全固体電池が実現できるならば、液系リチウムイオン電池と比べて電気をたくさん貯められEVの航続距離を飛躍的にのばせ、しかも高出力。短時間での充電が可能となり、発火の危険性は低い。さらには、小型軽量なので車両性能を向上させる一方、車体デザインの自由度が増し、極寒地や灼熱(しゃくねつ)の砂漠地帯でも電池の性能は変わらないなどなど、多くのメリットが強調されている。
ただ、一つ心配だったのは、今回の全固体電池の電解質に、硫化物を使用することに対する安全性についてである。
硫化物を搭載した車両が市街地をはじめ公道を走行していく。硫化物固体電解質は、液系リチウムイオン電池の有機溶媒のような火災事故を引き起こすことはまずない。その代わりに、車両の事故時に大気と触れただけで人体に影響を与える硫化系ガスが発生してしまう可能性がある。硫化水素(H2S)、二酸化硫黄(SO2)、二硫化炭素(CS2)、硫化カルボニル(COS)などである。
特に、事故時に雨が降っていた場合、危険度は高くなる。密閉空間であるトンネル内で事故が発生した場合も、硫化系ガスが充満してしまうなど深刻な事態を招く恐れがある。
車両事故以前に、工場で硫化物を扱う量産においても徹底した安全管理は求められる。
硫化物固体電解質は出光が量産し、同電解質や電極などを組み付けた完成形の全固体電池については、トヨタの本社工場が量産を担っていく計画だ。
■硫化水素は「ゼロにはできないが…」
10月12日のトヨタと出光の共同会見で、筆者は硫化物を電解質の材料とする全固体電池の安全性について質問をした。
これに対し、トヨタの海田啓司先行開発センター長は次のように答えた。
「材料、電池アッセンブリー(組み立て)、電池システム、車体と、4重の安全システムのメドはついている。全固体電池も(同電池搭載の)EVも、安全なものをお客様に届けていく」
出光の中本肇専務は次のように答えた。
「材料そのものは、硫化水素の発生を抑える設計を組み入れている。ゼロにはできないが、できる限り(硫化系ガス発生を)抑えていく」
両者とも「技術の詳細は申し上げられない」とした上での発言である。
![10月26日~11月5日の日程で開催された「JAPAN MOBILITY SHOW 2023」のトヨタの展示ブース](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/5/1200wm/img_a56f64740ec1399184b565fe4f26e9d7409955.jpg)
電池パックは気密が徹底して保たれているので、よほど大きな事故でない限りパックは壊れないだろう。だが、事故をはじめあらゆる事象に対して、硫化物固体電解質が大気に触れるのを完全に防げるかといえば、それは不可能だ。ゼロにはできない。
渋谷のスクランブル交差点といった多くの人が集まる場所で降雨時に発生した衝突事故、あるいは首都高トンネル内での車両事故……。想定される最悪の環境下において発生する硫化系ガスが、人体に影響を与えない閾値を考慮した電池セルの設計は必須となる。
■火災事故を起こしたテスラは、なぜ売れたのか
一方、テスラは液系リチウムイオン電池でEVの量産を進めてきた。2013年には、テスラ初の量産EVである高級セダン「モデルS」が、5週間で3件の火災事故を起こし、米道路交通安全局(NHTSA)が調査する事態に陥った。
相次ぐ火災事故から、“火の元”であるリチウムイオン電池を供給するパナソニックの経営にも、延焼する(悪い影響を与える)と予想された。が、7万ドルから10万ドルもするモデルSは、その後も売れ続けて、先行していた日産「リーフ」の販売台数を抜き去ったばかりか、EV市場そのものを拡大させていった。
液系リチウムイオン電池搭載のEVで発生する火災事故を、米国の社会がある程度受容した結果だったろう。モデルSは富裕層の一部にとっての、「成功の証」となる車であり、いわばステータスシンボルだった。当時試乗してみたが、現実に走りは力強かった。
本来は、想定できる火災事故を事前に説明するのが、リスクコミュニケーションのあるべき姿だったろう。しかし、商品力が火災リスクを上回っていった。ちなみにリーフは「環境意識の強い人」に向けて商品化されたのに対し、モデルSは富裕層向けだった。金余りの時代から、急に富裕層になった人数は膨らんでいた。
■液体と固体、どちらが安全なのか?
あれから10年が経過したが、現在もテスラ車に限らず液系リチウムイオン電池搭載のEVによる火災事故は発生し続けている。車両事故によってではなく、走行中に熱を帯びた電池が燃えてしまうケースもあるから、社会受容性は揺らいでいくのかもしれない。EV大国となった中国でも、火災事故は起きている。
液体電解質は一度火がつくと消火作業は難しく、大量の水を必要とする。
全固体電池を搭載した車両が事故を起こし硫化系ガスが漏れたとしても、ガスの発生速度は比較的緩やか、と言われる。液系リチウムイオン電池で起こる連鎖的で消化が困難な車両火災と比較して、どちらが安全なのか。
既存技術との比較も、リスクコミュニケーションにおいては、正しい数値を交えてトヨタは説明するべきだろう。打ち出し方はポイントにもなるはずだ。
そもそも固体電解質を使う全固体電池には、電解質が固体であるゆえの問題を抱えていた。具体的には活物質(電極)と固体電解質との界面(境界)が離れてしまう点だった。長期間、充放電を繰り返して使うと固体が割れてしまうケースも招いた。
■トヨタと出光の共同技術が生きる
液系リチウムイオン電池では、リチウムイオン(陽イオン)が電解液のなかを移動しながら、正極と負極とを行き来して、充放電が繰り返される。正極は三元系(コバルト、ニッケル、マンガン)やリン酸鉄などのリチウム酸化物、負極は主にグラファイトを使う。充放電により電極内部にリチウムイオンは入り込み、離れていく。これに伴い電極は膨張と収縮とを繰り返すのである。
電解質が液体なら流動性があるため、膨張・収縮する電極との界面は常に保たれる。
電解質が固体の場合、繰り返される電極の膨張・収縮に対応して界面を保つことが難しくなり、電池としての機能の安定性を欠いてしまう。長期にわたって充放電を繰り返すと、電極と電解質の間に亀裂が発生してしまったり、電解質が割れてしまったりして、電池が使いものにならなくなるといった耐久性にも問題があった。また、固体材料によってはイオンの移動での抵抗値は高くなり、思うような出力を見出せないケースもあった。
こうした課題に対し、一定のブレークスルーを果たしたのが、トヨタと出光が開発を進める硫化物固体電解質だ。柔らかく他の材料と密着しやすいのが特徴という。固体でありながら、電極の膨張・収縮に対応できて界面を保てる、と見込まれている。
![トヨタが展示したコンセプトカー](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/c/1200wm/img_3c3aadc58a80f1f1d5e7a196fbb7c02f397319.jpg)
■液系以上の高レベルな生産工場が必要
また、硫化物はイオン伝導性が高いことは以前からわかっていた。問題は硫化物を使用することの安全性だったが、トヨタも出光も安全性を確保できるある程度のメドを得ているようだ。
前述したが、実用化までには高い安全性を担保した電池セル設計はもちろん、どんな衝撃にも耐えられる密封を徹底させた電池パックの作り込みも求められる。
量産工場では、液系リチウムイオン電池のドライ(乾燥)ルームよりも、格段上の高レベルなドライ環境は必要になる。水分を徹底して排除し、工場稼働後も厳格な湿度管理をしていかなければならない。
このため建設費は膨らみ、どうしても製品のコストアップにつながってしまう。が、まずは安全確保を優先せざるを得ない。
出光は2001年から、トヨタは2006年から全固体電池開発に取り組み、2013年以降両社は「一緒に(開発の)課題解決に取り組んできた」(佐藤社長)。出光は90年代には、石油製品をつくるための脱硫工程で得られる硫黄成分の有用性を追っていたそうだ。
![トヨタが展示したコンセプトカー](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/8/1200wm/img_48181f47878794a25670d03efa178e51409858.jpg)
■日本が開発、量産した技術だが…
そもそも充放電を繰り返し使える二次電池の代表であるリチウムイオン電池は、日本発の技術である。1980年代半ばに旭化成の吉野彰氏が基礎開発し、91年にソニーが世界に先駆けて量産に成功した。リチウムイオン電池がなければ、EVもスマホも世の中にはなかった。吉野氏はノーベル賞を受賞している。
ところが、日本発のこの技術は、他国に追い抜かれてしまった。電池だけではない、日本がかつて世界を牽引していた先端技術が相次いで負けている。半導体や液晶、やはり日本発技術の有機ELなどもあるが、何よりEVが先頭集団から脱落してしまっているのは痛手である。
自動車業界関係者からはこんな声が聞かれる。
「EV開発の主戦場は、いまや二次電池ではなく、世界的には自動運転にある。単体としての車から、交通システムの中のEVという位置づけにシフトしているから。特に、自動運転を進化させるソフトウエアを走らせるための半導体の設計技術がいまは最重要」(外国人アナリスト)
「EVを本格量産した経験のないトヨタが、果たして(電池もEVも)量産できるのか。新型電池には多くの知見が必要」(自動車メーカー幹部)
■モノづくり大国復活に日本企業が必要なこと
それでも、トヨタは30年のEV世界販売台数を350万台とする計画を、すでに掲げている。さらに申せば、2017年秋に開催された「東京モーターショー2017」にて、トヨタのディディエ・ルロワ副社長(当時)は全固体電池について「2020年代前半に実用化を目指す」と発言していた。全固体電池の量産化をどうしても実現させる必要に、トヨタは迫られている。
![トヨタは2030年のEV世界販売台数を350万台とする計画を発表している](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/1/1200wm/img_2157fd89599b94b81230cd54b7038bcb410053.jpg)
日本のモノづくりが負けた理由は複数あるが、一つあげるなら、世界トップレベルに立ったことで生まれた「慢心」あるいは「気の緩み」があったためだろう。「ジャパン・アズ・No.1」などと外からもてはやされ、いい気になってしまった。そして役に立たない過去の成功体験を捨てられなかった。
日本企業には、「足し算」はあっても「引き算」はあまり考えられない。これまで自動車産業に勝利をもたらしたガソリンエンジンのサプライチェーンを、これから先も簡単には捨てられないだろう。とくに新技術の実用化となると、サプライチェーンを含め社会がその安全性を受け入れるかがカギになる。
■全固体電池が切り札になるか
特に重要になるのはリスクコミュニケーションだ。今回の全固体電池の場合なら、トヨタはそのメリットだけではなくて起こりうるリスクについても、できる限り広く、正確かつ丁寧に発信する必要がある。一方的にではなく、受け手の関係者と双方向にである。
大企業の常識は世間の常識と乖離(かいり)することもあるから、自分本位に考えないことは大切。利害関係者、あるいは関係者の設定などでも、慎重さは求められよう。
リスクコミュニケーションでは、平等性も求められ、特に否定する人や反対派とのコミュニケーションを決して欠いてはいけない。
ガソリンエンジンでの輝かしい成功体験を捨てて、トヨタは新しい次元の技術をつくり上げられるのか。
いずれにせよ、今回の全固体電池は「モノづくり大国日本」を再興していくための、現在における切り札的な存在だ。「協業で得た技術を世界の標準にしていく。日本の技術を世界に示す」(木藤俊一・出光興産社長)ことができたなら。
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ジャーナリスト
1958年、群馬県生まれ。明治大学経営学部卒業。東京タイムズ記者を経て、1992年フリーとして独立。現在、雑誌や新聞、ウェブで取材執筆活動をおこなう。著書に『日本のビールは世界一うまい!』(筑摩書房)、『キリンを作った男』(プレジデント社)、『移民解禁』(毎日新聞出版)、『EVウォーズ』『アサヒビール30年目の逆襲』『サントリー対キリン』『ビール15年戦争』『ビール最終戦争』『人事と出世の方程式』(日本経済新聞出版社)、『究極にうまいクラフトビールをつくる』(新潮社)、『国産エコ技術の突破力!』(技術評論社)、『敗れざるサラリーマンたち』(講談社)、『一身上の都合』(SBクリエイティブ)、『現場力』(PHP研究所)などがある。
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(ジャーナリスト 永井 隆)
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