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ユダヤ批判は絶対に許せない立場だが…アラブ系移民の「反イスラエルデモ」に手を焼くドイツの苦悩

プレジデントオンライン / 2023年11月7日 9時15分

イスラエルのネタニヤフ首相(右)との首脳会談を終え、共同記者会見に臨むドイツのショルツ首相=2023年10月17日、イスラエル・テルアビブ - 写真=dpa/時事通信フォト

■イスラエルのガザ攻撃をめぐり、世論は真っ二つに

10月20日のドイツ。ZDFポリットバロメーター(公営第2テレビの世論調査)の、「イスラエルがガザ地区へ地上攻勢を仕掛けるのは正しいか」という質問に対し、39%の回答者が「正しい」、41%が「正しくない」、20%が「わからない」と答えた。ドイツ人の意見は真っ二つに割れている。ガザ地区での地上戦となれば、双方に多大な人的損害が出ることは確実であるからだ。

パレスチナのハマスがイスラエルに奇襲をかけたのは10月7日の朝。予想だにしなかった事態と、次々に報道されるハマスの残虐行為に、ドイツ国民は一瞬、金縛りにあったようになった。その日のうちにイスラエル軍は、ガザ地区に報復攻撃を開始し、その後のドイツ世論は、ただちにイスラエル支援一色となった。

ところが、それと同時進行で、ドイツ国内に暮らすアラブ系の移民・難民の一部が自然発生的に街に繰り出し、あちこちであたかもお祭りのように、ハマスによるイスラエル襲撃を祝い始めた。その煮えたぎるようなユダヤ憎悪を目の当たりにしたドイツ人は、再び金縛り状態となった。いったい私たちは長年かかってどんな人たちを招き入れてしまったのかと。

■集会所に火炎瓶、落書きなどの嫌がらせ

ドイツでは戦後70余年、反ユダヤにつながりそうな主張は、いかなるものもタブーだった。その流れでショルツ首相は今回も、「われわれドイツ人は反セミティズム(反ユダヤ主義)は断固、許さない」と、お決まりの台詞を吐いたが、アラブ系の人たちの熱狂は鎮まらなかった。彼らがパレスチナ支援という名目であちこちで繰り広げているデモは、どう見ても反ユダヤの祝祭であることは間違いなかった。

想定外の事態に慌てたシュタインマイヤー大統領は、「ユダヤ人とユダヤの施設を全力で守る」と宣言。シナゴーグなどユダヤ関係の警備が強化されたが、わざわざユダヤ人保護の徹底を強調しなければならないこと自体が、すでに尋常ではない。

しかも、この頃には、シナゴーグに火炎瓶が投げ入れられたり、ユダヤ人の住宅に落書きがされたりと、数百件もの嫌がらせや威嚇行動が報告されており、ユダヤ系の家庭ではテロを恐れ、子供を学校に送り出すことを控える状況となっていた。

ドイツ政府は、もちろん反ユダヤデモは禁じたが、しかし、暴発が防ぎきれたわけではない。特にベルリンのノイケルンという地域では、デモは再々エスカレートし、18日の夜には、器物破損、放火、警官隊への攻撃などで拘束された暴徒が174人。警官隊にも65人もの負傷者が出たというから、ドイツの首都は由々しき事態となっていたわけだ。

■ヒトラーが絶対悪なら、イスラエルは絶対善?

すると、今度はそれを見たドイツ人が憤り、ユダヤ人への連帯を示さねばと、イスラエルの国旗を掲げて、やはり街に繰り出し始めた。22日には、ベルリンのブランデンブルク門の前の広場で、反ユダヤ主義を糾弾する集会が大々的に開催された。その数、警察発表で1万人、主催者発表は2.5万人。映像を見る限り、ドイツ人が圧倒的に多く、モットーは「反テロ、反憎悪、反セミティズム」だった。

ドイツとイスラエルの関係は、いうまでもなく複雑だ。ホロコーストという原罪を背負ったドイツ人は、ヒトラーを絶対悪と定めたが、そのために、ユダヤ人とイスラエルはおのずと絶対善のような位置付けとなった。反セミティズムはもちろん禁止で、ホロコーストの否定は刑法で罰せられる。

それどころか、「強制収容所は言われているほど酷くなかったのではないか」と言っただけでも、ホロコーストを相対化した廉(かど)で告発される可能性が高い。ドイツでは、ホロコーストに関する罪だけは時効もない。

また、ヒトラーに関する研究はほとんどなされず、なされてもその内容を一般の人々が知ることはほぼなかった。ヒトラー絶対悪の原則を少しでも毀損(きそん)するような論文を発表すれば、反ユダヤ主義の烙印(らくいん)を押されて集中砲火を浴びるだろうし、そもそも発表する機会もなかった。要するにドイツでは、異端になる覚悟がなければ、ヒトラー研究はできなかった。

■イスラエル批判はドイツでご法度だが…

さらに学校では、日本人の贖罪(しょくざい)意識など吹き飛ぶほど徹底的に、ヒトラー絶対悪とホロコーストの罪を教え込んだ。そして、政治家も、政治生命を絶ちたくなければ、イスラエル批判は御法度だった。

ただ、戦後ずっとこうして反省と懺悔を重ね、平身低頭に徹してきた結果、ドイツ人は20世紀末ごろにはすっかり世界での信用を取り戻し、真面目で誠実な国民という評判さえ手にした。つまり、贖罪は彼らにとって、いわば成功モデルでもあった。

ところが、である。70余年、そこまで念入りにユダヤ人との連帯を心がけてきたというのに、ハマスが発信したガザ地区の悲惨な映像がテレビやSNSにどんどん流れ込んでくると、ドイツ人の心にたちまちパレスチナ人道支援のスイッチが入った。

つまり、これによりドイツでは、①イスラエル支援、②アラブ系住民の反ユダヤ主義に対する抗議、そして新たに③パレスチナ人道支援と、世論が三つ巴となってしまった。だからこそ冒頭に述べた通り、イスラエルの地上作戦をめぐっても、国民の意見は完全に分裂していたわけだ。

■ユダヤとの連帯とアラブとの共存を両立できるのか

ただ、問題は複雑だ。例えばパレスチナ人道支援についていうなら、ドイツ人はガザ地区の人たちへの同情の念に駆られて支援を望んだに過ぎないが、ガザにミサイルを撃ち込み、ライフラインを破壊し、何千ものパレスチナ人の命を奪い、苦しめているのはイスラエルだったから、これは禁断のイスラエル非難と微妙につながりかねない。つまり、従来のドイツ人の行動から見れば、脱線である。

ガザ市、被占領パレスチナ地域
写真=iStock.com/rrodrickbeiler
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/rrodrickbeiler

ユダヤとの連帯とアラブとの共存という二律背反のバランスをいかにしてとるか。それは言い換えれば、イスラエルとの連帯という“国家理念”と、反ユダヤ主義を隠そうともしなくなったアラブ系住民との間で、政治家が綱渡りをしているにも等しかった。

実はドイツはイスラム過激派の資金集めの重要な基地であり、過激派分子が多く潜んでいることは昔から知られている。だから、アラブ系住民を下手に抑えつけると、イスラムテロを誘発してしまう危険を否定できない。ちなみに、9.11の時、ワールドトレードセンターに突っ込んだパイロットらも、犯行前はハンブルクで暮らしていたと言われる。

■内心はパレスチナ人に同情的な人が多い

こういう問題を抱えていたのは、もちろん、ドイツ政府だけではない。フランスにも多くのアラブ系の住民がおり、マクロン大統領が12日、親イスラエルのデモを認め、親パレスチナのデモの禁止に踏み切ったことで、不穏な状況が続いていた。

さらに難しいのは、ドイツ国民の心情だ。彼らがイスラエルの占領政策をどう思っているかというと、実は、パレスチナに同情的な人たちが非常に多い。それは左派の政治家の間でも同じなのだ。

ドイツ人のパレスチナ贔屓には歴史がある。70年代、PLO(パレスチナ解放機構)やPFLP(パレスチナ解放人民戦線)といった組織がパレスチナ解放を目指し、世界のあちこちでテロを起こしていた頃、日本赤軍と同様、ドイツ赤軍もその運動に共鳴し、自らもテロに手を染めた。

そして、当時の国民の間には、それにこっそりエールを送っている人が少なからずいたといわれる。彼らにしてみれば、イスラエルが勝手にパレスチナの地に国を建て、パレスチナ人をガザに押し込めているのはけしからんことだった。それは、ホロコーストの懺悔とは別の次元の話であり、おそらく今もそれほど変わっていないと思われる。

■「2国家共存」は永遠に機能しない可能性が高い

さて、今後のパレスチナ問題である。すべての事象には複数の側面があり、どこから見るかでその様相がまったく変わってくるが、パレスチナ問題はその最たるものだ。

パレスチナ側の主張と、イスラエル側の主張は、どちらかが間違っているわけでも、明らかに嘘をついているわけでもないが、接点となりうるものが何一つとしてなかった。これまで唯一の解決法とされてきた「2国家共存」は、結局、30年たっても機能せず、この調子では、おそらく永遠に機能しない可能性が高い。

実はイスラエルは、10月7日の朝、ハマスのテロリストたちが急襲時に衣服に付けていたボディカメラの映像を、複数入手している。しかし、そこに映っていた蛮行のあまりの酷さに、イスラエル政府はそれを一般公開できず、ジャーナリストにのみ公開した。それを見たドイツ系のイスラエル人記者の話では、海千山千の同僚たちが、皆、ショックで言葉を失ったという。

ただ、映像がなければニュースバリューはゼロなので、それについてはあまり報道もされない。その代わりに世界に出回っているのは、ガザ地区におけるイスラエルの“戦争犯罪”ばかりだ。情報戦ではハマスが完全に勝っている。そして、多くのメディアはそのハマスの映像を流しながら、「第3次世界大戦」にまで言及し、「停戦の必要」を説きつつ視聴者の恐怖を煽(あお)っている。

■日本のメディアは平和ボケしているのか

ところで、私の読んだ日本の論評の中で、群を抜いてお粗末だったのは朝日新聞の社説。10月20日付デジタル版のそれは、ガザの病院へのロケット弾の着弾を取り上げていたが、どう見てもガザ側の発表の丸写し。ただ、攻撃者がイスラエルでなかった可能性は認識していたらしく、「実行者がだれであれ」との釈明付きだ。

「実行者がだれであれ、病院への攻撃は国際人道法に違反する重大な戦争犯罪で、決して許されない。ただちに停戦し、第三者による独立調査が尽くされねばならない」とか、「ハマスが民間人を含む200人以上の人質をとっていることも看過できない」とか……、「え? それで?」と言いたくなる。

人質は「ただちに解放しなければならない」って、すべてその通りだけれど、それが簡単にいかないから、皆、苦労しているのだ。国際面ではないとはいえ、内容の薄っぺらさには力が抜けた。

タイトルは、「ガザ病院爆発 停戦し真相究明尽くせ」と、いやに偉そうだが、内容はまさに中学生の作文と言ったら、おそらく中学生も怒るだろう。これは平和ボケのせいなのか?

今日は、結論があさってのほうに行ってしまった。

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川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ)
作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)、『左傾化するSDGs先進国ドイツで今、何が起こっているか』(ビジネス社)がある。

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(作家 川口 マーン 惠美)

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