「子供を藤井聡太八冠のように育てるヒント発見」カギは紙の新聞・辞書、深夜特急、新幹線、母親の受け流し術
プレジデントオンライン / 2023年11月8日 11時15分
※本稿は、桑原晃弥『藤井聡太の名言』(ぱる出版)の一部を再編集したものです。
■紙の新聞・辞書、司馬遼太郎、沢木耕太郎を読む小学生
藤井聡太の名言
毎日、新聞に目を通しています。自分の目に見えるものだけだと、どうしても狭い世界になってしまうので、新聞を読むというのは、長年続いている習慣です。
(『考えて、考えて、考える』丹羽宇一郎・藤井聡太著、講談社)
プロ棋士となった藤井聡太が連勝を続け、インタビューを受ける機会が増えるにつれ、注目されたことの一つが「豊富な語彙(ごい)力」でした。
11連勝した際には「望外の結果」と語り、20連勝の際には「自分の実力からすると僥倖(ぎょうこう)としか言いようがない」と語って記者たちを驚かせています。
通算50勝を達成した際には、「一局一局指してきたのが、節目(せつもく)の数字となりました」と、「ふしめ」ではなく「せつもく」という言い方をしています。「ふしめ」が人生や物事の大きな区切りを意味するのに対し、棋士として長く戦い続ける藤井にとって50勝は区切りというよりは通過点ということで、あえて「せつもく」という言い方をしたのでしょう。
こうした言葉を中学生の藤井が使いこなすことに世間は驚き感心します。藤井に語彙力をもたらしたのは子ども時代からの読書や新聞でした。好きな作家は司馬遼太郎やノンフィクション作家の沢木耕太郎なども好んでおり、『竜馬がゆく』や『深夜特急』を小学生の頃に読んでいたというから驚きです。
本に関しては「一度本を開いたら最後まで読んでしまうことのほうが多かった。読み終えてみたら、思ったより時間が経っているみたいなことはよくありました」とここでも将棋と同様の圧倒的な集中力を発揮しています。
「本を読むことで、普段の生活をしているだけでは見えない世界、景色を見ることができる、そういう体験が面白かった」とも話していますが、同様に小学校4年生の頃から本格的に読み始めたという新聞に関しても、「自分の身の回りだけじゃなく、世の中でどういう変化が起きているのかを知っておきたい」という思いから毎日、新聞に目を通しているといいます。
今の時代、必要な情報はネットで手に入るからと、本や新聞を読まない人も増えていますが、藤井自身は「ネットだと、知りたい情報は手に入りますけど、ピンポイントになってしまう」からと本や新聞、さらにはあえて紙の辞書を使うこともあります。特に新聞や紙の辞書は関心のあるところを読み、調べている時に、周辺の情報や言葉も目に入ることで視野を広げる一助となっているようです。
但し、自分に関する情報だけは決して読もうとはしないというところに独特のこだわりがあるようです。そして独特の語彙力への注目に関しては、「そういうところからでも少しでも将棋に興味を持ってもらえればうれしいです」と前向きに捉えています。
★ワンポイント 専門バカになるな、幅広い視野を持て。
■母親が大事にした聡太の新幹線での「ひとり時間」
藤井聡太の名言
(原動力は)やはり、『将棋が好き』ということだと思います。幼い頃からずっと好きで自然にやってきた感じです。将棋を指したくないとか、駒に触れたくないなどと思ったことはないです。
(『考えて、考えて、考える』丹羽宇一郎・藤井聡太著、講談社)
藤井聡太は5歳で将棋を始め、以来、数々の史上最年少記録を更新し、今や8冠を獲得と、若くして将棋界のトップに立ったわけですが、なぜこれほどの短期間でこれほどの偉業を成し遂げることができたのでしょうか。
「その原動力は何だと思いますか」と聞かれ、こう答えています。
「やはり、『将棋が好き』ということだと思います。幼い頃からずっと好きで自然にやってきた感じです。将棋を指したくないとか、駒に触れたくないなどと思ったことはないです」
![駒が並べられた将棋盤](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/3/1200wm/img_53d197da61e0b66c1b538c022a2805cf264465.jpg)
ずっと将棋が好きでいられた理由の一つとして挙げているのが、「家族の接し方に救われた」
というものです。こう話しています。
「対局で負けた時も、母は『なんで負けたの?』と言うことはなく、普段通りに淡々と接してくれました。母に限らず家族が、結果を受け流してくれたことは自分にとって良かったです。(結果は)本人が一番気にしていますから」
将棋というのは引き分けがなく、勝つか負けるかのどちらかしかありません。しかも、チームではなく一人で戦うだけに、勝つも負けるも自分次第となります。天候などの運や偶然にも影響されにくいと言われています。
藤井は10歳の時から地元・愛知から大阪の奨励会まで新幹線で通う生活を送っています。中学からは1人で通っていますが、それまでは母親が付き添っています。将棋会館は付き添いは三階より上に入ることはできず、母親は藤井の対局が終わるまで二階のベンチで待つだけでした。
奨励会時代、藤井は連敗を喫し、大泣きしたこともありますが、藤井によると、母親は対局で負けた時も、「なんで負けたの?」と言うことはありませんでした。スポーツでも勉強でも子どもに付きそう親はたくさんいますが、その結果に一喜一憂し、勝てば喜ぶものの、負ければ「どうしてダメだったんだ?」「なぜあのチャンスを逃した?」などと質問攻めにする親も少なくありません。
一方、藤井の母親は新幹線に乗っている時の藤井の「ひとり時間」を大切にして決して邪魔をしなかったといいます。勝っても負けてもそれを自分一人で引き受けてこそ強くなることができます。藤井は親や監督、コーチに叱られながら無理やりやるのではなく、自分が好きな将棋を自分で考え工夫しながら研究することで強くなっています。その原動力は何より「将棋が好き」だったのです。
★ワンポイント 「好き」こそが上達し強くなっていくための最大の原動力。
■「自分はこんなもんじゃない」などと言い訳をしない
藤井聡太の名言
『自分の力は出し切れた』、あるいは『出しきれなかった』などと言われる方もいますが、そのとき出たものが実力の一つだとも思います。
(『考えて、考えて、考える』丹羽宇一郎・藤井聡太著、講談社)
『俺はまだ本気出してないだけ』という青野春秋さんによる漫画があります。2013年には堤真一さん主演で映画化もされています、主人公大黒シズオは15年勤めた会社を40歳で突然退社、漫画家になることを決意します。
父親からは顔を見るたびに説教され、幼馴染(おさななじみ)からは心配され、娘からも突き放され気味というダメ親父ですが、タイトルも示す通りシズオと周囲の人々の交流を描いたコメディー映画です。
何より笑ってしまうのがタイトルです。人生が思うに任せない時、あるいは試合などで思うような結果が出ない時、「俺が本気を出せばもっとできる」とか、「俺はこんなもんじゃないはずだ」などとつい言い訳をしてしまうことはないでしょうか。そこにあるのは「俺の実力」はもっと上で、実力さえ出せれば仕事も人生もうまくいくし、試合などにも勝てるという一種の負け惜しみです。
藤井聡太は「実力」というのは、集合体のようなもので、平均値以上の実力が出ることもあれば、平均値以下の実力しか出ないこともあると考えています。こう話しています。
「『自分の力は出し切れた』、あるいは『出しきれなかった』などと言われる方もいますが、そのとき出たものが実力の1つだとも思います。多少変動することがあっても、実力とは、その集合体のようにも思います」
![桑原晃弥『藤井聡太の名言』(ぱる出版)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/5/1200wm/img_759dc2d6965c516a2af0e4adb02e5b62296509.jpg)
つまり、実力には幅があり、上限に近い実力が発揮できる時もあれば、下限に近い実力しか出ないこともあります。それを人によっては「実力以上の力が出た」とか、「実力を出し切れなかった」と云うこともありますが、どちらも含めて、その時に出たものが「実力」だというのが藤井の考え方です。
奨励会二段の時、10月から始まる三段リーグへの挑戦を目指していた藤井ですが、直前の敗北により翌年の4月からの挑戦となります。三段リーグの最終日、二局目は勝利していますが、一局目は負けています、「プレッシャーがあったせいでしょうか」と質問された藤井は「いえいえ、自分の実力不足です」と言い切っています。
なかには極度の緊張やプレッシャーで実力が出しきれなかったと言う人もいるかもしれませんが、藤井は「ここで勝たなければ」という結果を意識したことも含め、それも実力だと捉えています。勝つことも負けることも含めてすべてが実力であり、そう考えてこそ実力を高めるべく努力できるのです。
★ワンポイント 良い結果、悪い結果を含めて「実力」と考える。
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経済・経営ジャーナリスト
1956年、広島県生まれ。経済・経営ジャーナリスト。慶應義塾大学卒。業界紙記者などを経てフリージャーナリストとして独立。トヨタ式の普及で有名な若松義人氏の会社の顧問として、トヨタ式の実践現場や、大野耐一氏直系のトヨタマンを幅広く取材、トヨタ式の書籍やテキストなどの制作を主導した。著書に、『スティーブ・ジョブズ名語録』(PHP研究所)、『ウォーレン・バフェットの「仕事と人生を豊かにする8つの哲学」』『トヨタ式5W1H思考』(以上、KADOKAWA)などがある。
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(経済・経営ジャーナリスト 桑原 晃弥)
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