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「血圧が200以上でも血管は破れない」そんなデマを信じてはいけない…高血圧を放置する高すぎるリスク

プレジデントオンライン / 2023年11月13日 13時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SARINYAPINNGAM

年をとると高血圧になることが多い。あまりに患者数が多いため、また治療しなくてもいいという情報もあるため、放置している人もいる。しかし、内科医の名取宏さんは「脳出血や心筋梗塞のリスクがある高血圧は放置すべきではない」という――。

■血圧が高いとよくない理由

健康について話すとき、血圧はよく話題にあがります。高血圧の患者数が多いため、血糖値やコレステロール値と比べて気軽に測定できるためでしょう。ただ、高血圧とはどういうことなのか、なぜ高血圧がいけないのかまでは、あまりよく知られていないようです。

高血圧とは、血管にかかる圧力「血圧」が高いこと。より正確には「動脈血圧」が高いことです。血管には、血液を心臓から体のすみずみまで運ぶ動脈と、血液を体から心臓に戻す静脈とがあります。病気によっては静脈圧が問題になることもありますが、単に血圧といったときは動脈血圧のことを指します。全身に血液を送るため心臓は1分間に何十回と縮んだり広がったります。心臓が縮む(収縮する)と血圧が上がり、血管が広がる(拡張する)と血圧は下がります。心臓から血液が送られるたびに血圧は上がったり下がったりし、高いほうの血圧を「収縮期血圧」、低いほうの血圧を「拡張期血圧」といいます。

そして高血圧は、心疾患をはじめとした病気をもたらします。なぜ心疾患をもたらすのかを簡単に説明すると、血管に高い圧力がかかる状態が長く続くと徐々にダメージが蓄積して硬くなります。そして硬くなった血管は、詰まったり破れやすくなったりするため。高血圧による代表的な心疾患は、心臓に酸素を供給する冠動脈が詰まって起きる「心筋梗塞」です。動脈は全身にありますから、高血圧は心疾患だけでなく、脳血管疾患や腎障害や眼底出血など、さまざまな病気のリスクを高めます。

■ルーズベルト元大統領と高血圧

さて、高血圧がよくないと明確に証明されたのは、第2次世界大戦後のことです。第2次世界大戦当時のアメリカ合衆国大統領のフランクリン・ルーズベルトは脳出血で亡くなる数年前から180mmHgを超える高血圧で、死亡直前の血圧は300mmHgを超えていましたが、血圧を下げる治療はほとんど行われていませんでした。大国の大統領ですら、高血圧は治療されずに放置されていたのです。

当時でも、心疾患患者に高血圧が多いことは気づかれていましたが、それだけでは高血圧が心疾患の原因だとは限りません。逆に心疾患が高血圧の原因――つまり心臓が悪いからこそ心臓が頑張って全身に血圧を送ろうとしていて血圧が高くなっているのかもしれないからです。

高血圧が心疾患の原因であることを証明するには、研究開始時点では心疾患がない人をたくさん集めて長期間追跡調査する必要があります。第2次世界大戦後の1950年代になって、血圧が高い人はそうではない人と比べて心疾患を発症しやすいことが示されました(※1)。その後、1960年代になると、高血圧に対する降圧治療の効果が実証され始めました。高血圧患者をランダムに2つのグループに分け、一方のグループに降圧薬を投与し、もう一方のグループを対照群として比較したところ、降圧薬を内服した群のほうが死亡や血管系疾患の発症が少なかったのです(※2)

※1 The Framingham Heart Study and the epidemiology of cardiovascular disease: a historical perspective
※2 Effects of treatment on morbidity in hypertension. Results in patients with diastolic blood pressures averaging 115 through 129 mm Hg

■高血圧に対する標準治療とは

高血圧の多くは症状がありません。それまでの医学は痛みなどの症状が起きてから治療するのが普通でしたが、症状がないうちから治療することで将来の大きな病気を予防するという考え方が生まれました。高血圧だけでなく、糖尿病や脂質異常症といった無症状の状態に対する治療が一般的になる契機となったのです。現在までに多くの研究が行われ、こうした病気についてさまざまなことがわかってきました。研究の進歩によって多くの人が心疾患や脳血管疾患にかからずに済んだことでしょう。

高血圧に対する標準治療は、まずは生活習慣の改善です。具体的には減塩を中心とした食事療法、運動、アルコール制限、適正体重の維持、禁煙などです。これらの個別の対策は単体では効果は小さいですが、組み合わせることでそれなりの成果が期待できますし、高血圧だけではなく他の疾患の予防にもなります。すでに降圧薬を飲んでいる人でも、これらの生活習慣の改善は有用です。

しかし、生活習慣改善を完璧に行うのは難しいですし、どんなに生活習慣改善を頑張っても血圧が下がらない人もいます。生活習慣改善だけで十分な降圧が得られなかったり、医師が速やかに降圧したほうがいいと判断したときには降圧薬が処方されることに。かくいう私自身も40歳以降に血圧が高くなり、10年以上も降圧薬を内服しています。降圧薬の種類はさまざまで、特徴に応じて使い分けます。詳しいことは主治医と相談してみてください。

公園でランニング中の男性
写真=iStock.com/west
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/west

■迷信やデマが多いので要注意

ところで高血圧については、さまざまな迷信やデマが飛び交っているので注意が必要です。たまに「医者は金儲けのために安易に降圧薬を処方している」という声を聞きますが、多くの医師は薬に頼らず生活習慣の改善によって血圧を下げてほしいと願っています。しかも、薬を処方しても医師の儲けにはなりません。「降圧薬を飲み始めると一生飲み続けなければならない」という誤解もみられますが、食事療法や肥満解消がきっかけで血圧が下がり、降圧薬を減量または中止できる例もあります。

こうしたデマを広めるのは一般の人とは限りません。医師が書いた「今は血圧が200mmHg以上でもまず血管が破れることはない」「私自身が血圧200mmHgを数年間放っておいたが平気だった」などといった記事は、間違っているだけでなく危険なのにもかかわらず大人気です。血圧が高くて心配な読者が安心できるためでしょう。また、正常血圧についての誤解もよく見かけます。血圧は年齢とともに上昇するため、収縮期血圧の正常値が「年齢+90」とされていた時代がありました。この基準だと、60歳の正常収縮期血圧は150mmHg、80歳では170mmHgです。高すぎますね。その後、高齢者も降圧治療をしたほうが予後がよいという複数の研究結果を反映し、正常値は現在のように改定されました。

■臨床医は常に知識を更新すべき

2019年の日本の高血圧治療ガイドラインでは、75歳未満の降圧目標値は130/80mmHg、75歳以上の高齢者は140/90mmHgです。降圧目標値は、年齢だけでなく、糖尿病や慢性腎臓病といった他のリスク因子の有無によっても異なります。高血圧治療ガイドラインは全文がインターネットで公開されていますので、興味がある方はぜひ検索して読んでみてください。

患者さんの健康と命を預かる臨床医は、常に知識を更新し続けなければなりません。1999年時点ですでに「年齢に定数を加えた数字を正常値とする古い知識に基づいて考えることはもはや許されない」と指摘されています(※3)。それなのに、2023年の現在も特に根拠を示さず、「年齢+90という昔の収縮期血圧の基準は当たっていると思います」と主張する医師もいます。過半数を超える高齢者が高血圧と診断されることが、現基準に対する疑問になっているようです。

しかし、例えば今の小学生の7割以上が近視だからといって、近視の診断基準がおかしいと言えるでしょうか。もちろん、言えませんね。診断基準をより狭くして、視力がすごく悪い人だけを近視だと診断して他を正常とするより、遠くのものが見えにくくて困っている子供全員を支援したほうがいいでしょう。それと同様に臨床医は患者さんが他の同年代の人と比較して血圧か高いかどうかより、どんな治療を行えば将来の病気を予防できるかを検討します。

※3 The paradigm has shifted, to systolic blood pressure

血圧計と降圧薬
写真=iStock.com/Zbynek Pospisil
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Zbynek Pospisil

■ガイドラインだけが全てではない

しかも、臨床の現場では、ガイドラインにおける降圧目標値だけで治療方針を決めることはありません。高血圧の標準治療において、高齢者に対する治療方針は、若年層とは異なります。若い患者さんは、今後の人生を考えると厳格な降圧治療から得られる利益が大きいもの。一方、高齢の患者さんは治療から得られる利益が相対的に小さく、副作用も出やすいためです。

降圧剤の副作用で腎機能が低下したり、立ちくらみが起こったりする場合は、無理に血圧を下げないようにします。患者さんの価値観も大事です。少しでも将来の心疾患リスクを下げたい患者さんもいれば、将来のリスクを重視するよりもあまり薬を飲みたくないという患者さんもいます。

そもそも臨床試験に参加できるような「元気な高齢者」に対する降圧治療の有用性は確認されていますが、高齢者がみな元気とは限りません。筋力低下や認知症などといった身体的機能や認知機能の低下がある高齢者に対する降圧治療の有用性については十分なエビデンスがないのです。いくつかの観察研究によると、身体機能や認知機能が低下した高齢者の場合、高血圧の治療を受けているほうが死亡率が高いことが示されています(※4)。臨床医は血圧を治療しているのではなく患者さんを治療しているので、個別の事情を考慮して治療方針を変えるのが普通です。

※4 Hypertension Management in Older and Frail Older Patients

■高血圧治療に関する情報の見極め方

現在でも、高血圧は脳出血の主要なリスク因子の一つです。たまたま放置していても平気だった事例だけを取り上げて、高血圧の危険性を否定することはできません。インターネット上の記事や一般書の医療情報は玉石混交です。間違った医療情報を真に受けて高血圧を放置すると、脳出血や心筋梗塞を起こして後遺症が残ったり、命を失ったりするかもしれません。

こうして医師の言うことがそれぞれに違っていると、患者さんは混乱すると思います。ですが、表現の自由がありますから、医学的に誤った情報を述べることを強制的に禁止することはできないのです。メディアでは「正しいけれどもわかりにくい情報」よりも、「間違っていても単純でわかりやすい情報」のほうがより注目を浴びやすく、専門家の99%が同意しかねる意見であっても、一般の人たちに広く支持されてしまうことがあります。

情報の真偽に関しては、現段階では残念ながら、患者さん側で判断していただくしかないのが現状です。判断の助けとなる一つの目安として、学会のコンセンサスに反対しておきながら、学会や医学誌ではなく一般書でしか自説を主張しない人は、専門家からは相手にされない主張しかできないと推測していただくといいと思います。

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名取 宏(なとり・ひろむ)
内科医
医学部を卒業後、大学病院勤務、大学院などを経て、現在は福岡県の市中病院に勤務。診療のかたわら、インターネット上で医療・健康情報の見極め方を発信している。ハンドルネームは、NATROM(なとろむ)。著書に『新装版「ニセ医学」に騙されないために』『最善の健康法』(ともに内外出版社)、共著書に『今日から使える薬局栄養指導Q&A』(金芳堂)がある。

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(内科医 名取 宏)

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