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じつは肛門がん、中咽頭がんの予防効果がある…「子宮頸がんワクチンは女性だけでいい」は大間違い

プレジデントオンライン / 2023年11月17日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Manjurul

東京都が男性のHPVワクチン接種への助成を検討しているという。小児科医の森戸やすみさんは「HPVワクチンは、さまざまな病気を防ぐことができる有用なワクチン。男女ともに助成が受けられ、接種率が上がることが望ましい」という――。

■東京都が男性の接種への助成を検討中

先日、東京都が男性のHPVワクチン接種費用の助成を検討しているというニュースが流れました。これが実現すれば、都道府県では初の試みになります。

でも、じつは一部の市区町村は、すでに男性のHPVワクチン接種に対して助成を行っています。例えば、東京都中野区は、今年8月から男性(小6〜高1)への全額助成を始めました。他にも北海道余市町・新庄津村、青森県平川市、山形県南陽市、埼玉県熊谷市、群馬県桐生市、千葉県いすみ市の7都道県の8市区町村が実施しており、国としても助成を検討しているとのことです。

HPVワクチンは、2013年から女性のみを対象に公費で全額がカバーされる「定期予防接種」になりました。性的に活発になる前の11〜16歳女性が対象で、標準的には13歳になる年度から予診票やお知らせの書類が届きます。

他の先進国では男女ともに定期接種になっている国もありますが、日本で男性が受けるには自費で1回1.5万〜4万円前後かかります。2〜3回接種する必要がありますから、高額ですね。だからこそ、男性への費用助成はとても喜ばしいことです。

■肛門がん・中咽頭がんの原因にもなる

そもそもHPVワクチンの「HPV」とは何でしょうか? HPVというのは「ヒトパピローマウイルス」の略称です。ヒトパピローマウイルスは、麻疹ウイルスや新型コロナウイルスなど見つかるだけで大変なウイルスとは違い、ありふれたウイルスです。気道に感染するウイルスとは違って、熱が出たり咳や鼻水が出たりもしません。自然に排除される、つまり体にとどまらず悪さをしないことも多いウイルスです。しかし、一部は持続的に感染し、体内で細胞を変化させて「子宮頚がん」などの病気の原因となります。

子宮頸がんは、子宮の入り口あたりにできるがんです。子宮がんの7割が子宮頚がんで、好発年齢である30代後半の女性には若い母親も多いことから「マザーキラー」とも呼ばれます。HPVに感染した人の10%の子宮頚部の細胞が変化し(異形成)、さらにその一部は子宮頸がんになります。日本では年間1万人が子宮頚がんを発症し、そのうち3000人が亡くなっているのです。「検診をすればワクチンはいらない」と言う人がいますが、検診では感染を防ぐことはできません。

そのほかHPVは、男性・女性ともに「肛門がん」「中咽頭がん」、キノコのような無数の突起ができ続けてしまう「尖圭(せんけい)コンジローマ」の原因になることも。HPVは粘膜の接触でうつるため、HPVに感染した状態で経膣分娩を行えば、お母さんの産道で赤ちゃんも感染する危険性があり、何度切除しても喉に腫瘍ができ続ける「若年性再発性呼吸器乳頭腫症」という病気になり、気道が塞がったり、ときに亡くなったりすることもあります。意外と恐ろしいウイルスですよね。

■風疹ワクチン同様に男女ともに接種を

以前、日本以外の国では男児もHPVワクチンを接種していることが話題になった際、Twitter(現X)で「子宮のない人に子宮頸がんワクチンを打つなんてナンセンスだ」という発言を見かけました。ヒトパピローマウイルスが子宮頚がんしか起こさないと誤解しているようでした。

実際には、前述のように子宮頚がん以外の病気の原因にもなります。また、人が集団で生活している現代社会では、互いに感染症を移し合うものです。ウイルスも細菌も、男女も幼若も問わずに生き物の間を渡っていきます。粘膜に接触するような機会があれば、誰でもHPVウイルスを媒介しかねません。HPVワクチンの接種対象を女性だけにしたのは、風疹ワクチンの接種開始時と同じ轍を踏んでしまっていると私は考えます。

以前、日本は当初のイギリスにならい、風疹ワクチンを女性にしか接種しませんでした。風疹は、まれに脳炎や血小板減少性紫斑病を起こすものの、重篤になることが少ない感染症です。ただし、妊娠中に風疹にかかると胎児が目や心臓、脳などに障害を負う「先天性風疹症候群」になるリスクがあるため、女性だけがワクチンをすればいいと考えられていました。しかし、どんなワクチンも感染を完全に防ぐことはできず、ウイルスが蔓延して接する機会が多いと、ワクチンを受けていても感染します。そのため日本では、男女とも1歳になったら風疹ワクチンを接種するアメリカ方式に変えたのです。

【図表】ワクチンを受けている人が多い集団(左)と受けていない人が多い集団(右)
左の図のようにワクチンを受けている人が多い集団では、受けていない一部の人も感染から守られます。右のようにワクチンを受けている人が少ない集団では、ワクチンを受けていても感染しやすくなることがあります。

■男性にとってもHPVワクチンは有益

さらにヨーロッパ、北アメリカ、サハラ以南のアフリカ、ラテンアメリカとカリブ海、オーストラリアとニュージーランド、東アジアと東南アジアから35カ国65件の論文のメタ解析によると、HPV感染リスクの高くない15歳以上の一般男性において、男性の3人に1人はたくさんあるHPVワクチン型のいずれかに感染していて、しかも5人に1人は高リスク型のHPVに感染していることがわかりました(※1)。肛門がんの約80〜90%にHPV感染が関与しているというデータがあったり、HPV感染による尖圭コンジローマを繰り返しているうちに陰茎がんに進行して切除術を受けざるを得ないというケースもあります(※2)

ですから、男性にとっても、HPVワクチンを接種することはパートナーや子どもだけでなく、自身を守ることにも繋がります。日本以外では、すでに国が助成して男女ともに公費でHPVワクチンを接種している国も50カ国あります。なお、男性のHPVワクチン接種率が高い国は、オーストラリア78.8%、イギリス77.5%、カナダ73.0%などです(※3)

HPVワクチンを男女ともに定期接種にするという世界的な流れには、こういった背景もあります。市区町村の助成が出る、あるいは定期接種になるということは、お子さんの病気を予防する選択肢が増える、ワクチンを受ける権利が得られるということです。ワクチン接種は義務ではありません。でも、お子さんの生涯にわたっての健康のために、ぜひ知っておいてくださいね。

※1 Global and regional estimates of genital human papillomavirus prevalence among men: a systematic review and meta-analysis
※2 Prevalence of human papillomavirus in oropharyngeal cancer: a multicenter study in Japan
※3 Medical Tribune 男性へのHPVワクチン、啓発のポイントは?|腎・泌尿器|がん

■副反応追跡調査の結果わかった安全性

一方、「子宮頸がんワクチンの積極的な勧奨の差し控えとその再開」について、まだ記憶に新しく、漠然とした不安を感じていたままの人もいるかもしれません。

HPVワクチンは、2013年4月1日に定期接種となった当時「子宮頚がんワクチン」と呼ばれていました。子宮頸がんワクチン接種後に長く続く痛みや運動障害などが報告され、6月14日の厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会、薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全対策調査会で、ワクチンの副反応の発生頻度や適切な情報提供が国民にできるようになるまで積極的にお知らせをして「受けましょう」と勧めることを差し控えることに決まりました。

しかし、その後の副反応追跡調査の結果は以下のようなものでした。

・副反応疑いの報告は、0.03%であった

・発症日や転帰がわかった人のうち、回復したのは89.1%

・未回復の人の症状は、多い順に頭痛、倦怠感、関節痛、接種部位以外の疼痛、筋肉痛、筋力低下

・同ワクチンの接種がない人にも同様の症状の人が同じくらいの頻度でいる、つまり子宮頸がんワクチンでその頻度は増えない

その結果、2022年4月から自治体から予診票などを送るHPVワクチンの積極的推奨が再開されました。

予防接種を受けている子供
写真=iStock.com/ELENA BESSONOVA
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ELENA BESSONOVA

■キャッチアップ接種も行われている

この間も日本以外の国ではHPVワクチンの接種率がこれほど下がらず、大勢の人が受けていましたし、現在でも行われています。そもそも2015年と2017年には、WHO(世界保健機構)が「HPVワクチンの安全性は優れている」との声明を発表しました。2018年には、国際的な非営利学術組織であるコクランが「HPVワクチンは子宮頚部前癌病変を予防し、重篤な有害事象を起こすリスクは増えない」と評価しました。それでも様子を見ていた日本政府、厚生労働省の対応は非常に遅かったのです。

そのため、WHOは「リスクは仮に存在したとしても小さく、長期間続くがん予防の利益を考慮すべき」として、日本を名指しして非難しました。厚生労働省はHPVワクチンの定期接種を中止はしなかったものの、実際の窓口である保健所に接種希望者が予診票を取りに行くと「国がすすめていないのにお子さんに受けさせるのですか?」と翻意させようとしたケースもあったようです。そういった経緯があるため、積極的勧奨の再開以降も接種率は期待されたほど戻っておらず、いまだ16%程度です。

ご自身やお子さんが接種対象者であったことを知らないまま、定期接種として無償でワクチンを受けられる期間を過ぎてしまった人もいます。2022年4月〜2025年3月までの3年間、キャッチアップ接種が行われています。平成9年度〜平成17年度に生まれた女性が対象で、接種のための書類が送付されていない人は、ぜひ保健所に問い合わせてみてくださいね。

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森戸 やすみ(もりと・やすみ)
小児科専門医
1971年、東京生まれ。一般小児科、NICU(新生児特定集中治療室)などを経て、現在は東京都内で開業。医療者と非医療者の架け橋となる記事や本を書いていきたいと思っている。『新装版 小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』『小児科医ママとパパのやさしい予防接種BOOK』など著書多数。

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(小児科専門医 森戸 やすみ 構成=小泉なつみ)

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