リニア工事とは無関係なのに「絶滅寸前の川魚を守れ」と難癖…またも意味不明な主張を繰り返す川勝知事の末路
プレジデントオンライン / 2023年11月8日 11時30分
■国の有識者会議の結論が出るのを妨害したい川勝知事
リニア南アルプストンネル静岡工区工事を巡る生態系への影響を議論する国の有識者会議が結論をまとめることに静岡県が猛反発している。11月1日にも「有識者会議の議論は不十分で、再度議論・検討を求める」とする意見書を国交省へ送りつけた。
1年以上にわたって議論してきた有識者会議の報告書案では、自然環境の大幅な変化などで当初の予測と異なる状況が生じることを踏まえ、特に不確実性の高いものは工事を進めながら、随時見直す管理手法を取ることが示された。
つまり、JR東海のリニア工事着工を容認した上で、JR東海がリニア工事を行いながら、生態系への影響を評価判断して対応することを認めている。
ところが、JR東海の工事着工を何としても阻止したい反リニアの川勝平太知事は、南アルプスの自然環境保全を盾に有識者会議の結論にケチを付けようと躍起だ。
意見書を提出したのも、当初から有識者会議の結論に不服を唱える魂胆だったこともわかる。
静岡県の意見書は、「生態系への影響をすべて事前予測しろ」とあまりにも無理なことを求めている。山岳トンネル工事では、自然環境保全を優先して、あらゆる予測を事前に想定することなどできない。リニア工事をやめろと言うのに等しい。
国の有識者会議の議論がまだ不十分だと厳重な抗議をした上で、いずれ再び、静岡県の生物多様性専門部会に議論を戻して、従来通りにJR東海に無理難題を突きつけるシナリオが今回の意見書から透けて見える。そうなれば、川勝知事の意向通りに、自然環境保全を名目にしてリニア工事着工を妨害できる。
ただ、南アルプスの現場と県専門部会の議論を承知していれば、この意見書は単なるデタラメであることがわかる。
■川勝知事は本当に南アルプスを愛しているのか
10月10日の定例会見で、川勝知事は、リニア工事で納得させなければならない自然環境保全の利害関係者を、当初、県を事務局とする団体「南アルプスを未来につなぐ会」と回答、その後、「南アルプスを愛する内外の人たち」という不特定多数の人たちにまで広げてしまった。
このことは、10月27日公開の記事「『リニア着工には山を愛する人たちの納得がいる』事実無根の難癖をつける川勝知事に県政を託していいのか」で詳しく紹介した。
だが、つなぐ会の理事であり南アルプスを愛する人の一人でもある川勝知事は、南アルプスの生態系保全を全く理解していない。それどころか、県生物多様性専門部会に一度も顔を出していない。
南アルプスを愛するとは一体どういうことか、また県専門部会の議論がどう行われていたのか、川勝知事には全くわからないのだ。
本稿では、現在議論されている南アルプスの生態系保全とは一体何なのか、静岡県の無責任な対応を紹介するとともに、今回の意見書のいい加減さをわかりやすく伝える。
■リニア工事をめぐる大井川のヤマトイワナ
リニア工事による自然環境への影響を議論する静岡県生物多様性専門部会(部会長:板井隆彦・静岡淡水魚研究会会長)は2019年1月の第1回会議から、沢枯れ、地下水位の部分的低下、水質の悪化などを想定して、川魚のヤマトイワナ(サケ目サケ科イワナ属)保全を最大のテーマに議論してきた。
ヤマトイワナは全長30センチ前後の日本固有種。全国に生息するが、大井川水系では近年生息数が激減し、県レッドデータブックには絶滅危惧種の中でも最も高いランク(絶滅危惧1A類)に指定されている。
ヤマトイワナが生息しなくなったのは、自然環境の変化だけでなく、ほとんどは人為的な理由が大きい。そしてその人為的な理由を作ってきたのは主に静岡県である。
JR東海は、静岡工区のリニアトンネル計画路線に沿って、工事の影響を及ぼすとされる16地点で魚類調査を行ったが、ヤマトイワナは一匹も発見されなかった。つまり、ヤマトイワナはすでに工事区間内には生息していない。
にもかかわらず、県専門部会では「リニア工事の影響からヤマトイワナを守れ」とJR東海に求めている。すでに生息していない川魚の保全対応を考えろというのはあまりにも無理な要求だ。
工事区間とヤマトイワナの生息域は違っており、これでは建設的な議論につながるはずもなかった。
■保護するどころか「食べろ」と推奨する静岡県
事業者のJR東海にヤマトイワナの保全を求める県自然保護課だが、どの流域にヤマトイワナが生息しているのかろくに調査もせず、全く把握してこなかった。ヤマトイワナは県の絶滅危惧種だが、法律、条例で保護保全する対象ではないからだ。
それどころか県水産課では、ヤマトイワナを漁業対象種として、渓流釣り人や地域の人たちなどで捕って食べることを勧めてきた。
そんな現状を無視した上で、県専門部会委員はJR東海に言い掛かりをつけ、空理空論をもてあそぶ会議を続けているのである。
■イワナ個体数を激減させた90年代のダム建設
リニアトンネルが貫通する南アルプスの大井川源流部には、東俣ダム、西俣ダムが1995年に建設された。
2つのダムは、現在、議論になっている田代ダムよりもさらに上流部に位置して、2つのダムの水は、中部電力の二軒小屋発電所で使われている。
30年以上前、東俣、西俣のダム計画に当たって、現在のような自然環境保全は重要視されなかった。
大井川源流部のヤマトイワナを調査研究した専門家は「西俣ダムが建設された当時、渇水期にダムからの水が切れてしまい、イワナが大量死していた」とヤマトイワナ減少の原因をダムの影響だと指摘した。
また、ヤマトイワナの宝庫とされる赤石沢でも2つのダムが建設された。
地元の静岡市井川地区で生まれ育ち、ヤマトイワナの生態研究を続けてきた元役場職員の岡本初生さんは「赤石沢のダム建設のために道路建設が行われ、大量の工事車両が入り、大量の土砂が流れ出した。その結果、周辺のイワナはほぼ全滅した。もし、イワナを守るのであれば、もともと崩壊しやすい南アルプス源流部にダムを施工すること自体誤りだった」と述べた。
当然、静岡県もダム建設におけるイワナへの影響を承知していた
■ヤマトイワナのための「水量増加」を求めなかった
東俣ダム、西俣ダムからの水を導水路を使って発電する二軒小屋発電所は、2019年3月末で水利権使用許可権限が切れた。期限切れを踏まえ更新申請した中部電力への許可はすぐに下りなかった。
2020年11月になって、ようやく国は、河川法に基づく知事意見を静岡県に求めた。
東俣ダム下流の河川維持流量は毎秒0.11m3、西俣ダムは0.12m3しかない。もともと、自然環境保全を想定しなかった河川維持流量であり、水生生物にはギリギリの水量と言える。
ダムからの河川維持流量を少しでも増やすことができれば、水生生物の生活環境を好転できる。そうなれば、ヤマトイワナの保全にもつながるのだ。
しかし、知事意見を求められた川勝知事は、この水利権更新に当たって、国へ河川維持流量の増加を求めることをしなかった。リニア工事で自然環境の保全をあれだけ訴えているのとは真逆の対応である。
水利権更新の担当は県自然保護課ではなく、県河川砂防管理課である。もともとヤマトイワナは漁業対象種であり、保護保全対象にはなっていない。だから、「ヤマトイワナを守るために水量を増やせ」という知事意見を出せるはずもなかった。
リニア問題の会議ではJR東海に「ヤマトイワナを守れ」と強く求めるが、実際には県は何らの対応もしないどころか、本音は「ヤマトイワナを食べよう」である。
■別のイワナ放流でヤマトイワナが壊滅
ヤマトイワナの減少は大井川上流部にある多数のダムによる影響だけではない。
大井川流域にある井川漁協は1970年代後半から、渓流釣り人を誘致するため、県水産課の補助金と指導で、養殖した大量のニッコウイワナを大井川上流部に放流した。
繁殖力の強いニッコウイワナは大井川で瞬く間に増えた。ニッコウイワナとヤマトイワナの交雑も進み、純粋のヤマトイワナはすみかを追われた。
井川漁協は2002年から、ヤマトイワナの養殖にも乗り出した。翌年には16万粒の受精卵を放流したが、結局、ヤマトイワナ養殖は非常に難しいことがわかり、事業を断念した。
つまり、大井川の主役となったニッコウイワナの繁殖力に勝てないのであり、ヤマトイワナを復活させるハードルは非常に高い。
リニア工事の影響を受けない流域にはヤマトイワナが生息している。川根本町の光岳周辺の「大井川原生自然環境保全地域」約11ヘクタールは、ヤマトイワナの聖域とされる。ただし、厳重な立入禁止区域であり、登山道などもなく、渓流釣りを含めて一般の人が入り込むことなどできない。
このような状況の中でもJR東海は県専門部会でヤマトイワナの「サンクチュアリー(保護区)」を設けることなどを提案し、川勝知事の「クレーム」に何とか対応しようとしている。
すべての事情を勘案すれば、結論はそこにしかなかった。
専門部会でヤマトイワナを取り上げるのであれば、そもそもなぜヤマトイワナが大井川上流部からいなくなったのかを最初に整理すべきだった。そうすれば県の責任がいかに大きいかがわかっただろう。
■妨害目的だけの意見書を5回も送り付ける静岡県
ところが、県専門部会は2022年3月になって、それまでの5委員に新たに4委員を加え、ヤマトイワナの議論を無理やり広げて、沢の水生生物など普通種などすべての保全を求める議論を始めた。
板井部会長は議論をまとめるのではなく、川勝知事のリニア妨害のシナリオに沿った会議運営に終始している。
新委員を加えた、10月20日までの3回の会議は、すべて国の有識者会議へどう対応するかが議題となった。
その結果、県はほぼ同じ内容の意見書をこれまで5回も国に送っている。
9月22日付意見書には突然、「鷲谷いづみ東大名誉教授」名の助言書類が添付された。県専門部会とは全く無関係である。
今回の意見書にも、鷲谷氏の助言のみが記されている。
そこには「工事の影響が及ぶ環境に生息・生育を依存している生物種のうち指標となる環境変化への脆弱性が高い絶滅危惧種や希少種など『環境保全上の重要種』として選択し、影響を事前に予測するべきである」という漠然とした内容しかなかった。
これでは鷲谷氏が県専門部会のヤマトイワナの議論を承知していないことがはっきりとわかる。大井川の事情を全く知らない、筋違いの助言でしかない。
どうして、県専門部会委員でもなく、いままで一度も会議に出席していない鷲谷氏の助言を、県は意見書に使ったのかをひと言も説明していない。
今回の意見書内容はデタラメである。
つまり、10月10日の川勝知事の会見と同様に、リニア妨害のデタラメだけが見えるお粗末な内容である。
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ジャーナリスト
ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。
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(ジャーナリスト 小林 一哉)
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