日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか…アマゾン急成長の理由は「トヨタのカイゼン」という不都合な真実
プレジデントオンライン / 2023年11月9日 9時15分
※本稿は、岩尾俊兵『日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■日本発の「Kaizen」で生産性が34%向上
アマゾン創業者ジェフ・ベゾスは、2010年の株主総会において、「Kaizen」という言葉を使って、株主に対してプレゼンをおこなった。
アマゾンが取り組んできた努力はカイゼンという言葉で表現できること、今後はそれを地球規模に適用して環境問題に焦点をあてたカイゼンをおこないたいと述べたのである。
実際に、アマゾン米国本社にはKaizenプログラムという制度が現在でも設けられている。そこでは、QC七つ道具やQCストーリーなどカイゼンに利用できる手法が教育される。そして、実際に、従業員は継続的にサービス提供プロセスを合理化し、ムダを排除し、顧客満足と従業員満足を向上させるよう求められている。
アマゾン米国本社の従業員向けブログ「The Amazon Blog: Day One」によれば、2014年には、カイゼンのために725チーム・小集団が組織され、2300人がKaizenプログラムに参加した。その結果、ラスベガスの配送センターでは、返品プロセスや歩行のカイゼンなどによって、生産性が34%向上し、仕掛品・中間在庫が46%削減されたという。
■トヨタ生産方式が生産管理に導入されている
同じく2014年にラスベガスで開催された「AWS re: Invent conference」でベゾスが語った内容によれば、アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)の本質はトヨタ生産方式・リーン生産方式と同一であるという。このカンファレンスは、クラウド型サーバなどを提供するアマゾン・ウェブ・サービス利用業者向けの講演会である。
なお、2020年現在、アマゾン・ウェブ・サービスは、急速に成長しつつも長らく赤字続きだったアマゾンに莫大な利益をもたらしており、今ではアマゾンの基幹事業となっている。
こうした事例を挙げるまでもなく、ベゾスが日本の経営技術、特にカイゼンから学んでいることは有名だ。この点は、アメリカの生産管理系のコンサルティング・ファームではよく取り上げられる。
ジェフ・ベゾス自身も、アメリカの生産管理系コンサルティング・ファームとの対談やインタビューなどに応じているほか、近年アメリカの研究者などが提唱し発達してきている「Kaizen event」や「Kaizen project」といったコンセプトを使用し始めているほどだ。
アメリカの企業家、コンサルタント、学界が相互に影響しあいながら、カイゼンを取り入れ始めているのである。
■ヨタ生産方式はアマゾンの商品ページにも
これ以外に、マッキンゼー・アンド・カンパニー社が発行する雑誌『McKinseyQuarterly』誌に寄せられた、元アマゾン社オペレーション管理責任者マーク・オネットーのインタビュー記事「When Toyota met e-commerce: Lean at Amazon(トヨタとeコマースが出会うとき:アマゾンにおけるリーン生産方式)」も参考になる。
この記事によれば、アマゾンでは、倉庫作業や物流の効率化のためにカイゼンがおこなわれているほか、アマゾンのシステムの中にもカイゼンを支えるアンドン・システムを導入しているというのである。
なお、アンドンとは、生産ラインに問題があった場合に、ランプ等で異常を周囲に伝える日本語由来(行灯、行燈)の経営技術である。場合によっては現場の作業リーダーがラインを止めて、その場で問題を解決することもある。アンドンは、トヨタ生産方式の構成要素の一つで、海外であれば工場長にしか認められない「ラインを止める権限」を現場に委譲しているという特徴がある。
これをサイトに導入するというのは次のようなことだ。
まず、アマゾンのサイトの中にある商品ページを、いつでも切り離せるように適度な大きさで独立するように設計しコーディングしておく。そして、商品ページに何か不具合があるとエンジニアが気づくと、すぐにそのページを切り離して非公開にする。
同時に、問題が生じたことをそのエンジニアが社内に向けて周知するのである。そして、チームでの問題解決を即座におこない、問題がなくなった時点で、切り離していたページを復活させる。
■この状況はとても矛盾していないか
このように、GAFAMの一翼をになうアマゾンは、日本のカイゼンを取り入れながら着実に成果を生みだし続けている。
その一方で、日本の産官学は、カイゼンという日本発の経営技術を急速に捨て去りつつある。日本企業はカイゼンに注力するよりも、アメリカからやってきた「○○イノベーション」や「デジタル○○」式のコンセプトを追い求める傾向にあるのだ。
日本の政界・官界も、カイゼンといった古臭い言葉をいまさら白書などで取り上げずにアメリカ発コンセプトに追随している。そして、日本の学界でも、カイゼンの研究という分野は縮小する一方だ。カイゼンの研究も、今ではアメリカが主流になりつつあり、カイゼンをめぐるコンセプト化がおこなわれつつある。
これは、ある種、非常に矛盾した状況である。
日本の産官学は、アメリカに追いつかんとして、積極的にアメリカ発の経営コンセプトを受け入れてきている。アメリカで良いとされたものを必死で取り入れてきたわけだ。また、「日本からなぜアマゾンやグーグル、フェイスブック、アップルといったイノベーターが生まれないのか」と問われることも多かった。
■日本は自らの強みを自らの手で捨てている
その一方で、日本の産官学が目標にしているイノベーターであるアマゾンの創業者が注目するカイゼンは、見なかったことにしているのである。GAFAMを目指していて、GAFAMの取り組みを取り入れようとするのに、その中で日本由来のものは軽視する。これが矛盾でなくて何だろうか。
もちろん、カイゼンの有用性をきちんと把握した上で「わが社はすでに十分に取り組んでいる」と判断するならばよいだろう。
だが、むしろその反対に、日本の産官学は自らの強みを自らの手で捨てている様子さえある。
カイゼンについての研究は、2010年以降、世界中で爆発的に増加してきている。
バージニア工科大学のエイリーン・ファン・エイキン教授らによれば、アメリカに加えてイギリス、スウェーデン、インドといった国を中心にカイゼン活動の研究は盛り上がりを見せ続けているという。そして、カイゼンの研究はこれまでは事例を基にしたお手本の提示といったものが多かったが、統計的・実証的な手法を用いてカイゼンの成功要因を抽出する研究が、近年になってようやく学術誌に掲載されだしたとしている。
■経営学分野の論文で引用数が多い
海外では、1990年代以降、カイゼンについての研究を発表するための専門誌まで登場している。
「アジャイル生産」の分野で世界最多の引用数を誇る生産管理研究の権威、カリフォルニア州立大学ベイカーズフィールド校のアンガッパ・グナセカラン教授が編集長を務める『Benchmarking』誌のほか、『The TQM Journal』誌、『International Journal of Lean Six Sigma』誌、『Total Quality Management & BusinessExcellence』誌などが、カイゼンそのものやカイゼン手法の応用などの研究を取り扱っている。
学術研究の価値を引用数で判断すべきではないが、一例としてこれらの雑誌からの平均引用数(インパクト・ファクターやサイト・スコアなどと呼ばれる)は2~3、多数引用される論文がどれだけあるかを示すhインデックスは55を超える(55回以上引用される論文が55本以上ある)。経営学分野では比較的高い数値である。
これに対して、日本におけるカイゼンの研究は少なくとも社会科学的な視点からはかなり少ない。
たとえば、組織学会が発行する『組織科学』誌に収録された「改善活動」がタイトルまたはキーワードに入っている論文の数をみてみる。なお、組織学会は、日本経営学会と並んで、経営学分野で最大規模の学術団体である。
結果は、国立情報学研究所のデータベースに収録されている1968年から現在までの半世紀以上の間に、カイゼンに関する論文は3本しか掲載されていない。同じく『日本経営学会誌』においても、同データベースに収録されている1997年から現在までのすべての論文のうち、同じく3本のみがカイゼンに関するものである。
■カイゼンの研究は日本で軽んじられてきた
それどころか、諸外国において研究の隆盛がみられる2010年以降となると、2誌を合わせても、筆者による論文1本だけしか掲載されていない。比較として「オープン・イノベーション」についてみてみると、2010年以降、6本の論文が『組織科学』誌に、2本が『日本経営学会誌』に掲載されている。
もちろん、これだけをもって、日本においてカイゼン研究が下火になっていると断言はできない。なぜならば、学術誌への掲載が少ないというのは、その領域の研究が衰退しているという原因以外に、「論文掲載におけるバイアス(これに近い概念として出版バイアスというものもある)」もあるからだ。これは、研究者の数や研究活動の活発度自体は変わらないが、論文を掲載してくれなくなっている可能性を指す。
だが、研究自体が下火にせよ、カイゼン研究にこうしたバイアスがかかっているにせよ、日本において「カイゼンは、日本の経営学界的には、それほど重要な研究対象ではない」と思われていることは確かである。
ここからは多分に筆者の主観にもとづいた議論であるが、日本においてカイゼンの研究をしているというと「本流ではない」という扱いを受けることが多い。
■日本の産官学にもまだ挽回のチャンスはある
再度アメリカの話に戻ると、アメリカではカイゼン研究の専門誌が立て続けに刊行されるようになったほか、総合雑誌においてもカイゼン研究が存在感を増しつつある。
たとえば、エイキン教授にくわえて、最近では、マサチューセッツ工科大学のウィルジアーナ・グローバー准教授やテキサス工科大学のジェニファー・ファリス准教授などが『International Journal of Operations & Production Management』誌や『International Journal of Production Economics』誌などでカイゼンをコンセプトにまとめながら、この分野をけん引している。
彼女らはカイゼンを「Kaizen event」や「Kaizen project」「Continuous improvement project」などといった概念でとらえなおしている。
その上で、彼女らは、カイゼンを製造業だけでなくサービス業などさまざまな業種に応用し、そこには共通の成功法則があるとした。もちろん、日本においてはサービス業などの分野でもカイゼンがおこなわれているというのは当然のことだ。当然すぎてそれをコンセプトにしようとした人がいなかったともいえる。
ただし彼女らは、カイゼンに対して、いまだに前述の三つ以上の呼称をバラバラに用いている。ここからも分かるように、彼女らにしても、統一的な確固たるコンセプトにまとめられてはいない状況なのである。
だからこそ、今ならばまだ日本の産官学にも挽回のチャンスはある。
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慶應義塾大学商学部准教授
1989年、佐賀県有田町生まれ。父の事業失敗のあおりを受け高校進学を断念、中卒で単身上京、陸上自衛隊、肉体労働等に従事した後、高卒認定試験(旧・大検)を経て、慶應義塾大学商学部を卒業。東京大学大学院経済学研究科マネジメント専攻博士課程を修了し、東京大学史上初の博士(経営学)を授与される。大学在学中に医療用ITおよび経営学習ボードゲーム分野で起業、明治学院大学経済学部専任講師、東京大学大学院情報理工学系研究科客員研究員、慶應義塾大学商学部専任講師を経て現職。専門はビジネスモデル・イノベーション、オペレーションズ・マネジメント、経営科学。著書に『イノベーションを生む“改善”』(有斐閣)、『日本“式”経営の逆襲』(日本経済新聞出版)、『13歳からの経営の教科書』(KADOKAWA)がある。
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(慶應義塾大学商学部准教授 岩尾 俊兵)
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