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「増税メガネ」の破壊力は「アベノマスク」なみ…来秋まで「岸田首相の電撃辞任」に備えておくべき理由

プレジデントオンライン / 2023年11月7日 14時15分

記者会見で、自身が「増税メガネ」と呼ばれていることについて答える岸田文雄首相=2023年11月2日午後、首相官邸 - 写真=時事通信フォト

岸田政権の支持率下落が止まらない。ジャーナリストの鮫島浩さんは「1人4万円の定額減税などを打ち出しているが、安倍元首相の『10万円の一律給付』に比べて、せこい、遅い、わかりにくい、不公平という批判を受けている。来年秋の自民党総裁選までは続きそうだが、その前に電撃辞任する可能性も捨てきれない」という――。

■起死回生の減税が完全に裏目に出た

異例ずくめの所得税減税である。首相が「増税メガネ」という不名誉なあだ名を嫌って減税を打ち上げたことも、その減税が国民から総スカンを喰らって内閣支持率を押し下げたことも、前代未聞だ。

物価高が加速する中で断行した9月の内閣改造・自民党役員人事は不発に終わり内閣支持率は下落した。ネット上では岸田文雄首相を「増税メガネ」と揶揄する言説が左右双方から飛び交い、トレンド入りした。

首相自身が昨年末に防衛力強化の財源を確保する「防衛増税」(所得税、法人税、たばこ税)を表明したことや、財界から消費税増税を求める声が相次いだことから、岸田首相には増税イメージがすっかり定着していたのである。

岸田首相が起死回生の人気回復策として執着したのが所得税減税だった。

これが不人気に拍車をかけた。所得税減税を柱とする経済対策の骨格が固まった時点でANNが行った世論調査で、内閣支持率は政権発足以降最低の26.9%に急落。所得税減税を「評価しない」と答えた人は56%にのぼり、その理由として41%の人が「政権の人気取りだと思うから」と答えた。

自らの増税イメージを払拭するための減税、つまるところ「岸田首相による岸田首相のための減税」であることを世論は見透かしている。何をやっても嫌われるのが今の岸田首相だ。

自民党政権が左右双方からここまで見放されたのは、支持率が一桁まで落ち込んだ森喜朗首相や総選挙で大敗して自民党を下野させた麻生太郎首相以来だろう。

■せこい、遅い、わかりにくい、不公平

所得税減税の中身も国民の怒りを燃え上がらせた。

まずは、せこい。減税実施は1年限り。しかもひとり4万円の定額減税だ。安倍政権がコロナ対策で現金10万円を全員に一律給付した特別定額給付金と比べて見劣りする感は否めない。

次に、遅い。減税が実施されるのは来年夏。国民は日々の物価高騰に直面している。半年以上も先の減税などあてにできない。安倍晋三首相が10万円の一律給付を記者会見で表明した2カ月後に給付率が5割を超えたのと雲泥の差だ。

そして、わかりにくい。納税額は所得や家族構成などによって千差万別。我が家がいくら減税されるのか、すぐに理解できる人のほうが少ないだろう。そもそも防衛財源を大幅に増やすために所得税の増税を表明しながら、物価高対策で減税を行うというのは支離滅裂だ。ひとり10万円の一律給付は簡潔明瞭だった。

最後に、不公平感が強い。住民税非課税世帯には7万円が給付される。働く人は納税額が4万円減るだけなのに、働いていない人は7万円を受け取れる。しかも非課税世帯の8割近くが60歳以上の高齢世帯だ。物価高に加えて社会保障費の負担が重くのしかかる現役世代が不公平感を募らせたのは無理もない。世代間対立を煽る結果となった。

■増税メガネと呼ばれたくはないだけ

所得税減税を柱とする経済対策の規模は17兆円を超え、一般会計の歳出追加額は13.1兆円にのぼる。コロナ禍の「現金10万円の一律給付」に要した予算は12.9兆円。ほぼ同額だ。今回の経済対策に盛り込まれた所得税減税や企業減税などをやめれば「現金10万円の一律給付」の財源は十分に確保できる。

国民が納得する金額を、わかりやすく、平等に配ることは、今すぐに実現可能なのだ。

それなのに、なぜ、現金一律給付ではなく、減税なのか――。野党は国会でここに照準を絞って追及しているが、野党でなくても当然に浮かぶ疑問である。その答えは、首相自身が認めなくても、明白だ。「増税メガネと呼ばれたくはない」だけである。

首相のあだ名で思い出すのは「アベノマスク」だ。コロナ禍の行動制限で国民の不満が鬱積するなか、安倍首相は現金一律給付に加えて、一世帯に2枚の布マスク(アベノマスク)2億8700万枚の配布に踏み切った。

ところが、不織布マスクに比べて感染予防効果が疑問視されたうえ、全体の3割が配布されず保管費用がかさんだこともあり、「天下の愚策」として批判が噴出。異次元の金融緩和政策「アベノミクス」をもじって「アベノマスク」と揶揄されたのである。内閣支持率は落ち込み、安倍首相は体調不良を理由に退陣したのだった。

新型コロナウイルス感染症対策本部(第25回)に臨む安倍首相(当時)
新型コロナウイルス感染症対策本部(第25回)に臨む安倍首相(当時)(写真=内閣官房内閣広報室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

■「アベノマスク」に匹敵する破壊力

安倍政権は衆参選挙に6連勝し、憲政史上最長の7年8カ月続いた。森友学園事件をはじめ「モリカケサクラ」と呼ばれた権力私物化スキャンダルや財務省による公文書改竄、国論を二分した安保法制、二度の消費税増税といった逆風を次々にかわしてきたが、コロナ禍は乗り切れなかったのである。

なかでも「アベノマスク」の汚名は安倍首相を追い詰めたに違いない。やや小さすぎる印象の布マスクを頑なに着用し続ける安倍首相の姿が私の脳裏には焼き付いている。

岸田首相の「増税メガネ」は「アベノマスク」に匹敵する破壊力を持っている。

岸田首相にとってメガネは自慢だった。色違いの同じメガネを数点買うほどのメガネ好きとして知られ、外相時代の2015年には「日本メガネベストドレッサー賞」を受賞してご満悦だった。ブルガリやカルティエ、グッチなど高級ブランドが並ぶ東京・渋谷の老舗眼鏡店に若い時から通い、首相就任後もしばしばメガネの修理に訪れている。

安倍氏は生前、「同期一番の男前は岸田文雄、一番頭がいいのは茂木敏充、そして性格が良いのが安倍晋三」と笑いを誘ったが、岸田首相にとって「男前」は政治家として重要なセールスポイントであり、メガネはオシャレのキーアイテムだった。

■「増税メガネ」は政治を動かした

このあだ名を最初につけた人の意図は知る由もないが、ご自慢のメガネを揶揄されたのだから、野党やマスコミの「お行儀の良い追及」を遥かにしのぐダメージを岸田首相に与えたに違いない。首相は国会審議で「どんなふうに呼ばれても構わない」と平静を装ったが、自民党内からは「増税メガネを異常に気にしている」との声が相次いでいる。

日本維新の会の衆院選候補予定者が「増税メガネ」を批判するチラシを作成したことがテレビで報道され、「品性に欠ける」「メガネ着用者への差別」と批判されて「多くの方に不快な思いをさせ、軽率だった」と謝罪した。維新の音喜多駿政調会長も「(増税メガネを)軽い気持ちで使用してきた」として岸田首相に直接謝罪した。これを契機にマスコミにも「増税メガネ」の使用を躊躇する気配が漂っている。

だが、私は最高権力者が愛用する「メガネ」を揶揄して批判することは、政治風刺の文化として許されると思う。メガネ着用者は極めて多く、ファッションとしても定着していることを踏まえると、この政治風刺を差別一般として抑え込むことは権力批判を萎縮させるマイナス効果のほうが大きいのではないだろうか。

岸田首相が就任以降、「聞く力」「丁寧な説明」を連呼しながら防衛増税をいきなり打ち上げ、中小零細にとっては事実上の増税となるインボイス制度を強行するなど強権政治を推し進め、それに対する野党やマスコミの政権批判が迫力を欠くなかで、大衆が最高権力者に対抗する数少ない手段として「増税メガネ」の政治風刺ほど効果を発揮したものはない。

この汚名が世間に広まることがなければ、所得税減税が実現することもなかっただろう。「増税メガネ」は政治を動かしたのだ。

■上から目線、自民党内でも孤立無援に

岸田首相は臨時国会の審議で、自民党の萩生田光一政調会長から「所得税も住民税も支払っていない国民に対してどうするのか」と問われ、「より困っている方に的確に給付を与える」と口を滑らせ、あわてて「給付を支給する」と言い直す場面があった。

ネット上では「上から目線」に批判が噴出したが、首相は「減税も給付もするというのに、なぜ国民に歓迎されないのか」と苛立っているとの見方が自民党内には広がっている。首相と国民の距離は開く一方だ。

岸田首相は9月の内閣改造人事で主流派の茂木幹事長の交代を画策した。麻生太郎副総裁に猛反対されて土壇場で断念したものの、麻生・茂木両氏ら主流派には首相への疑念が残った。一方、菅義偉前首相や二階俊博元幹事長ら非主流派は人事で干され、怒り心頭である。

最大派閥・安倍派は会長職を争う5人衆(萩生田政調会長、西村康稔経産相、松野博一官房長官、世耕弘成参院幹事長、高木毅国会対策委員長)は全員留任したため、中堅・若手にポストが回らず不満が募る。

■頼れるのは最側近の木原・前官房副長官だけ…

最後の砦の岸田派も穏やかではない。ナンバー2の林芳正氏は親中派であることが米国のバイデン政権に疎まれ、9月の人事で外相を外された。さらに首相の従兄弟である宮沢洋一税調会長も、首相が独断専行的に所得税減税を進めたことに不満を募らせている。

岸田首相が耳を傾けるのは、最側近の木原誠二幹事長代理(前官房副長官)だけだ。英語が堪能な木原氏は米国のエマニュエル駐日大使と毎週のように接触し、バイデン政権の意向を岸田首相に伝えてきた。岸田首相にとって、菅氏や茂木氏らライバルが影響力を残す外務省を介さずに米国の意向を受け取る貴重な窓口なのである。

木原氏の妻が元夫の不審死事件の重要参考人として警視庁に事情聴取されながら捜査が不自然な形で打ち切られた疑惑に世論の批判が高まった後も、木原氏を要職にとどめたのは、木原氏なしでは政権運営が立ち行かなくなるからだ。岸田首相は9月の人事構想も木原氏とふたりで練り上げた。そして今回の所得税減税を木原氏の強い進言を受け入れたものと言われている。

いまや木原氏を除いて岸田首相を全力で支える勢力は自民党内にない。首相は党内で完全孤立の状態に陥ったのだ。

自由民主党本部
写真=iStock.com/oasis2me
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/oasis2me

■岸田首相の再選は「かなり困難」

それでも内閣支持率が堅調ならば、ただちに「岸田おろし」が起きることはなかろう。しかし人気回復策の減税カードを切っても支持率は続落。ウクライナに続いてイスラエル・パレスチナ問題でもバイデン政権への追従外交の実態が露呈したいま、今年春のキーウ電撃訪問やゼレンスキー大統領が来日した広島サミットで支持率を急回復させた「首脳外交マジック」の再現も難しそうである。内政でも外交でも手詰まりなのだ。

来年秋の自民党総裁選まで支持率が再浮上する気配はなく、総裁選前に解散総選挙を断行するのは難しいとの見方が自民党内では強まっている。再来年は夏に参院選が控え、秋に衆院の任期満了を迎える。来年秋は「選挙の顔」を決める総裁選になることは確実だ。

支持率低迷にあえぐ岸田首相が再選を果たすのはかなり困難になってきた。衆院任期満了を目前に総裁選不出馬に追い込まれた菅前首相と同じ道をたどる展開が十分に予想される。

他方、自民党内にポスト岸田の有力候補は見当たらず、ただちに「岸田おろし」が動き出すエネルギーは乏しい。茂木氏は岸田首相が総裁選に出馬する場合は支持すると表明しており、岸田勇退をじっと待つ戦略だ。

河野太郎デジタル相はマイナンバーカード問題で失速した。安倍派は5人衆が牽制しあい、総裁候補を絞り込めない。岸田政権が国民の支持を失って低迷したまま、来年秋までダラダラ続くシナリオが現時点では最も有力だ。

NATO首脳会合及び各国との首脳会談。ウクライナ支援に関する共同宣言発出式典でスピーチする岸田首相
NATO首脳会合及び各国との首脳会談。ウクライナ支援に関する共同宣言発出式典でスピーチする岸田首相(写真=内閣官房内閣広報室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

■政権を放り出す急展開にも備えておくべきだ

ウクライナやパレスチナを巡る国際情勢は激しく動き、国内では物価高が止まらず貧富の格差が拡大して国民生活は危機に直面している。岸田首相は孤立感を深めながら政権トップに居座り、国民から総スカンを喰らっている状況だ。これで「国難」を乗り切ることができるのか。

最近の岸田首相で気になるのは、カメラの前で「不敵な笑み」を浮かべる場面が増えたことだ。ライバル不在で「岸田おろし」は起きないという強気からか、それとも四面楚歌(そか)で追い詰められていることを覆い隠すために余裕綽々の表情を必死に取り繕っているのか。

「男前」を何よりも重視する岸田首相である。何かの拍子にあっけなく政権を放り出す急展開にも備えておくべきだろう。

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鮫島 浩(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト
1994年京都大学を卒業し朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝らを担当。政治部や特別報道部でデスクを歴任。数多くの調査報道を指揮し、福島原発の「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。2021年5月に49歳で新聞社を退社し、ウェブメディア『SAMEJIMA TIMES』創刊。2022年5月、福島原発事故「吉田調書報道」取り消し事件で巨大新聞社中枢が崩壊する過程を克明に描いた『朝日新聞政治部』(講談社)を上梓。YouTubeで政治解説も配信している。

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(ジャーナリスト 鮫島 浩)

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