日本の公安警察の「尾行・監視」は世界トップレベル…FBI捜査官も舌を巻いた「スパイ防止活動」のリアル
プレジデントオンライン / 2023年11月24日 9時15分
※本稿は、勝丸円覚『諜・無法地帯 暗躍するスパイたち』(実業之日本社)の一部を再編集したものです。
■警察のなかに公安が存在しているメリット
日本は犯罪の少ない国としてよく知られている。ところがその一方で、世界有数の「スパイ天国」でもある。スパイ天国といわれると、防諜(ぼうちょう)活動が機能していないのではないかと思う人もいるかもしれないが、実はそうではない。日本にスパイが入ってきた場合に、公安警察や公安調査庁ではどんな防諜活動をしているのだろうか。
公安警察は法執行機関なので、捜査が可能だ。捜査関係事項照会ができるので、対象者の情報を調べることができる。これは秘密でもなんでもないが、捜査関係事項照会という協力要請によって、行政機関や企業から、さまざまな社会生活の情報が得られるようになっている。捜査の一環として調べられることは少なくない。それが国外から来たスパイを監視するのにも役立つ。警察のなかに公安が存在しているメリットはこういうところにある。
アメリカでは、シギント(SIGINT=電波や通信を傍受する情報活動)を担うNSA(国家安全保障局)が世界中でデジタル通信や大手電子メールサービスに対して大規模なデジタル盗聴・監視活動をしていた。これは元CIAの内部告発者であるエドワード・スノーデンによって暴露されている。スノーデンによれば、その監視システムは日本にも提供されたという話もあった。だが日本では、公安警察なら捜査関係事項照会で強力な情報収集ができる。そう考えれば、日本にはNSAが誇る監視システムは、もしかしたら必要すらないかもしれない。
■公安調査庁は公安警察より使える金額が多い
海外で使われるドローンや位置情報の発信機は、日本では迷惑防止条例など法的な縛りがあるので、公安警察であっても公には使うことが許されていない。
一方で、公安調査庁は法執行機関ではない。1952年に制定された破壊活動防止法に規定する「暴力主義的破壊活動」を行った団体の調査を行っている。そうした団体に対しては、立入検査や監視はできる。公安警察よりも任務は緩いが、使える金額は多い。なぜそれがわかるかというと、実は、公安警察と公安調査庁の情報活動で、情報提供者が被っている場合があり、そうすると公安調査庁がどのくらいの金額を情報源に提供しているのかが見えてくるのである。ちなみに、公安調査庁は強制捜査ができないので、金を使いながら活動せざるを得ないのも仕方がないと私は思う。
では防衛省・自衛隊にある情報本部はどうか。防衛省は基本的に、街中での情報収集活動はしていない。その点では、外務省の国際情報統括官組織も国内外ともにほとんど活動はしない。
■宅配業者や水道工事の人に変装する捜査員も…
日本の公安警察や公安調査庁は名前や肩書を変えたり、正体を明らかにせず秘匿捜査を行うことはある。ある時、捜査でこちらの正体をどうしても隠す必要があった際に、捜査対象から疑われないよう、会社を一つ作ってしまったケースもあった。きちんと登記もして登記簿を調べられても疑われないように、本当に会社を設立するのである。会社のホームページも設置し、電話がかかってきても電話番がいる。そういう形で、架空の会社を使って捜査を行うことはある。
逆に、海外のドラマやドキュメンタリーでも目にすることがある完全な潜入捜査は、日本ではしていない。監視対象の組織にメンバーとして潜り込む捜査だ。例えば、私がロシアスパイを追いかけていた際に、自分の動きがバレないような秘匿捜査はする。スパイが立ち入りそうな場所にずっと滞在して、自然な形で監視をするのである。
私は実際に、街で「看板持ち」をして監視を行ったこともあるし、駅の近くにある釣り堀の前で早朝に開店を待っているような素振りでクーラーボックスに座り、「釣り人」を装ってスパイの動きを見ていたことがある。それ以外にも、バーテンダーを装ってグラスから対象者の指紋を採取したり、ドラマでも見るような宅配業者や水道工事の人に変装をする捜査員もいる。
![荷物を届ける宅配業者](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/a/1200wm/img_0a6395008bd9a753475de350a1a825a1286864.jpg)
■世界的にも評価が高い日本の公安警察の実力
だがそれは、どこかの組織に深く潜入して内部を調べる捜査とは違う。昔はしていたと思うが、費用対効果や危険性を考えるとあまり効果的ではない。それならば、組織の中に協力者を作って使うほうが、危機が迫った時に止めるという選択肢もとれることは先に述べた通りだ。
あまり知られていないが、日本の公安警察の実力は、世界的にも評価が高い。実際に、日本の公安警察が世界でもレベルが高いことを示すエピソードがある。2011年に、FBIの捜査官が公安でスパイについての講義をした際に、日本の公安側からお礼として、2000年に摘発された元海上自衛隊三佐の事件の捜査方法を紹介したことがある。
この事件では、三佐が機密情報を在日ロシア大使館駐在武官でGRU(軍参謀本部情報総局)のスパイだったビクトル・ボガチョンコフに提供していた。自衛隊員は逮捕され、ボガチョンコフは今の成田空港から民間機で堂々と帰国した。
■FBIが驚愕した公安の尾行・監視技術
FBIの捜査官に、このスパイ事件の公開できる捜査資料を見せて解説した。地道な捜査の積み重ねと、逮捕現場となったレストランを特定して店内の客をほぼすべて私服警察官にしていたことを伝えると、FBI捜査員は日本の尾行技術や監視技術に舌を巻いていた。
![防衛研究所勤務で海上自衛隊3佐が在日ロシア大使館駐在武官のV.Yボガチョンコフ・ロシア海軍大佐と密会していたバーの席=2000年9月8日](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/d/1200wm/img_fdf072056c007129f2b9a4fd0edea85a408922.jpg)
日本の公安が捜査能力を高めることができたのには、皮肉にも、日本にスパイ防止法がないことがしたともいえなくはない。なぜなら、スパイ行為そのものを摘発できないので、現行犯として情報受け渡し現場を押さえる必要がある。それゆえに、必然的に尾行や監視の技術が、磨かれてきた。公安では通常5~6人以上で尾行するが、チームワークも世界に誇れるものがあると自負している。
他国と違って対外情報機関もなく、スパイ防止法もない日本だが、工夫をしながら日々スパイと対峙(たいじ)しているのである。とはいえ、スパイ防止法があれば、それをベースにさらにレベルの高い防諜活動が可能になるはずだ。
■警視庁の国際テロデータがネットに流出
外事警察は、2010年に苦い失態を経験している。同年11月から神奈川県横浜市でAPEC(アジア太平洋経済協力)会議が開催されたのだが、実はその直前に、前代未聞といえる警視庁の情報事案が発生した。
警視庁公安部外事三課が作成したと思われる国際テロ関連のデータが、インターネット上に流出したのである。それらのデータを、警察内部の職員が記録媒体に不正にコピーをして持ち出したと考えられている。データが流出してから約1カ月の間に、実に1万台以上のパソコンにダウンロードされたと報じられた。流出したのは、公安警察が情報活動で蓄積してきた日本に暮らす中東系の外国人のプロファイルだった。
これは、絶対にあってはならない事件だ。内部の捜査情報が大量に流出した事実は、日本のインテリジェンス史にも残る大事件だといえよう。しかも、個人情報も漏れているので、大変な人権問題にも発展。結局、個人情報を公開されてしまった在日のイスラム教徒たちが損害賠償を求める訴訟を行い、最高裁は2016年、原告に9000万円の損害賠償の支払いを命じている。しかも、この捜査情報は第三書館から出版までされたのである。ただその後すぐに、掲載されていた個人から出版差し止めの申し立てがなされ、東京地裁に認められた。
■中東系の大使に会うたびに怒鳴られた
この事案によって、現場にいた私のような警官も大変な思いをした。漏れている情報があまりにも細かく、公安が監視している人たちの個人情報のみならず、大使館の銀行口座や、モスク視察の状況、関係者の自宅の住所や電話番号まで含まれていたからだ。
![勝丸円覚『諜・無法地帯 暗躍するスパイたち』(実業之日本社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/0/1200wm/img_e0770f959744ac728ab4d45b0e121eea168340.jpg)
私は当時、アフリカ某国から帰国して、150カ国以上ある在日大使館のリエゾン兼セキュリティアドバイザーをしていた。こつこつとセキュリティブリーフィングをしながら、大使たちとも良好な関係を築き始めた直後にこのニュースが広く報じられたため、中東系の大使に会うたびに「いったいどうなってるんだ!」と怒鳴られた。
事件が表面化して1カ月ほど経った時のことだ。仲のよかった中東のR国やT国の大使が、パーティで顔を合わせると私を手招きして「あの問題について説明しに来い」と言った。その後数カ月間、どこに行っても同じような扱いを受けた。さらに私自身が大使などから聞いた話を公安部のデータベースにまとめているのではないかとの疑念も出ていたので、「大使館で私が見聞きしたことは捜査部門に知らせていない」と繰り返し説明をすることになった。
■日本の警察もセキュリティ対策が求められる
この事件は世界でも報じられ、日本の情報機関のデータ管理は大丈夫なのかと問題にもなった。そこで、警視庁公安部は、独自のLANを構築するなどの対応策を取ることになった。
こうした日本の情報機関の失態は、他国からの信用を失うことに直結する可能性がある。各国の大使館や情報機関に、日本の公安警察と情報交換したらその情報が漏洩してしまう可能性があると思われてしまう可能性があるからだ。そうなると、今後は一切、誰も情報を共有してくれなくなるだろう。
最近では、インテリジェンス界隈もデジタル化が進んでいるので、データと情報管理が重要視されている。日本の警察も、2022年には警察庁にサイバー警察局を設置したが、まだまだ民間のハッカーレベルには達していないので、もっと早くセキュリティ対策とそのための意思決定をしていく必要がある。
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元公安警察
1990年代半ばに警視庁に入庁し、2000年代はじめから公安・外事分野での経験を積んだ。数年前に退職し、現在は国内外でセキュリティコンサルタントとして活動している。TBS系日曜劇場「VIVANT」では公安監修を務めている。著書に、『警視庁公安部外事課』(光文社)がある。
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(元公安警察 勝丸 円覚)
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