実はイスラエルとハマスの利害は一致している…陰惨な中東戦争が続いてしまうあまりに不条理な理由
プレジデントオンライン / 2023年11月14日 13時15分
※本稿は、山崎雅弘『新版 中東戦争前史』(朝日文庫)の一部を再編集したものです。
■戦争・紛争を抑止する「特効薬」はない
戦争や紛争は、なぜ起きるのか。なぜ、この世からなくならないのか。
戦史・紛争史研究家を名乗り、古今東西の様々な戦争や紛争を分析・解説する原稿を書く仕事を続けながら、常にそうした疑問を頭の片隅に置き続けてきた。
1945年の悲惨な敗戦以降、日本は在日米軍基地が集中する沖縄を除いて、戦争や紛争と深く関わらずに済むという恵まれた環境にあったが、子供の頃から戦争や紛争に興味を惹かれ、本や映画、プラモデル、机上でプレイするシミュレーション・ゲームなど、さまざまな形態でこのテーマに関わってきた。
そこで少しずつ学んだのは、戦争や紛争が起こる原因は多種多様であり、あらゆる戦争や紛争の発生を一律に抑止できるような「特効薬」的な解決法はなさそうだ、ということと、戦争や紛争を始めたり、戦時の意思決定を行う政治的・軍事的指導者の思考や行動様式には、いくつかの共通するパターンが見出せる場合があることだった。
■「人為的要因」に着目すれば「先送り」は可能?
一見すると、この二つは矛盾しているようにも感じられるが、それぞれが戦争や紛争の「異なる側面」を表しているので、切り離して考えることができる。
前者の「原因」とは指導者個人の力が及ばないような領域、例えば軍事力の不均衡や、長年にわたり未解決の領土問題、武力行使で得られる経済的利益などを含み、後者は指導者が作り出したり意図的に煽り立てたりできる領域、例えば人種間の不和や対立、宗教上の不寛容、過去に隣国や周辺国との間で発生した古い戦争や紛争の蒸し返しなどを含んでいる。
これらの要素の混ざり具合は、個々の戦争や紛争によって異なっており、それゆえ共通の解決法は見出しにくい。しかしその反面、後者の「人為的要因」に着目して政治的・軍事的指導者の語る言葉や行動を監視し、彼らが過去に繰り返された「争いの炎に油を注ぐパターン」へと国民を向かわせることを阻止できれば、自国が関わる新たな戦争や紛争の発生を、少なくとも「先送り」にすることは可能かもしれない。
■「ユダヤ人対アラブ人」は間違いではないが…
そのためには、政治的・軍事的指導者が提示する「自国と他国との対立の構図」を鵜呑みにせず、それとは異なる「隠された対立軸」の存在にも注意する必要がある。
一般的に、戦争や紛争は「A国対B国」や「C民族対D民族」「E教徒対F教徒」など、特定の属性を持つ集団と集団の対立図式で理解されることが多い。本書のテーマである中東戦争も、多くの場合「イスラエル対パレスチナ」や「ユダヤ人対アラブ人」「ユダヤ教徒対イスラム教徒」といった対立の構図で説明されてきた。
こうした認識は、実際に戦争や紛争で戦う双方の兵士/戦闘員にも共有されており、基本的には「間違い」であるとは言えない。本書でも、基本的にはこの種の構図を援用する形で、個別の対立や紛争、戦争を分析してきた。
しかし、終わりがないかのように続く中東戦争の歴史、特に21世紀に入ってからの対立を俯瞰(ふかん)すると、このような理解の仕方だけでは、うまく説明できない部分が残ってしまうことにも気付かされた。
■「敵」に見えても、実は利害が一致している
例えば、図表1は戦争や紛争の対立構造を図式化したものだが、上のシンプルな「A国対B国」の図式とは別に、双方の国内にいる「a集団」と「b集団」の間でも、意見の対立が存在する事実はあまり議論されない。
一見敵対しているかのように見える「A国のb集団」と「B国のb集団」が、実は「対立関係の常態化・恒久化」によって共に利益を得るという、一般的な理解では見落とされがちな側面を、この図は示している。
実際の中東問題に置き換えて説明すると、「イスラエルのネタニヤフ政権(A国のb集団)」と「パレスチナのハマス(B国のb集団)」は、形式的には敵対しており、理念の面でも決して相容れないという意味では「敵同士」に他ならないが、それと同時に「双方の対立関係」が常態化・恒久化することで、それぞれの国内での権力基盤をさらに盤石にできるという「利害の一致」が、いつしか生まれている。
■「平和」より「対立」が優先順位の上位に
彼らにとっては、相手側の「b集団」が自国を攻撃することは、自らの「強硬姿勢」を支持者にアピールする絶好のチャンスであり、政治的地位を強固にするための宣伝に利用できる「イベント(事件)」でもある。対立が続けば続くほど、自国内の「政敵」である宥和派の政治的発言力は低下し、強硬派の政治的発言力は増大する。
逆に、双方の「a集団」同士が国境を越えて連帯し、支持者を増やし、対立や衝突を引き起こすような暴力や挑発が途絶えれば、双方の「b集団」の政治的発言力は同時に低下してしまう。双方の「b集団」が平和を望んでいないとまでは言えないにせよ、交渉での譲歩を最低限に抑えて平和の到来を先送りにすることを厭わないという意味では、平和よりも対立や緊張の常態化・恒久化を優先順位の上位に置いている。
21世紀に入り、イスラエルとパレスチナの関係が悪化し続けている背景には、この図で示したような「双方のb集団の利害の一致」が存在しているようにも思える。
■ネタニヤフ政権もハマスも「国内に敵なし」
第二次世界大戦中のヒトラーによるホロコーストは「パレスチナのアラブ人の入れ知恵が原因」などという、歴史的な事実経過を無視した「妄言」を堂々と公言するネタニヤフの態度や、その手法ではガザ地区の平和は実現できないことをわかっていながら、イスラエル側に対する効果の薄い無差別攻撃を繰り返すハマスの行動は、紛争の解決には全く寄与しない一方で、対立関係の常態化・恒久化という効果は生みだしている。
そして、現時点ではネタニヤフ政権もハマスも、対立関係の常態化・恒久化によって、政治的な発言力をさらに強め、穏健派の政治力を削ぐことに成功している。
このような屈折した図式は、中東問題に限らず、古今東西の戦争や紛争でしばしば見られ、人々を戦争や紛争に駆り立てる前段階としての「国民間の反目や対立」を、特定の政治勢力や政治権力者が意図的に作り出すケースも少なくない。
■隣国の「反日勢力」が増大していくカラクリ
例えば、日本国内の一部に特定の隣国を敵視する集団がいて、その相手国の一部にも日本を敵視する「反日勢力」が存在する場合、罵倒や誹謗(ひぼう)の応酬でそれらの「b集団」同士の対立が深まれば深まるほど、互いに敵視しているはずの両者が、二国間関係の悪化という状況に「共通の利益」を見出すようになる。
相手国の少数派にすぎない「b集団」が、日本に対する敵意を露わにした攻撃的な言動を見せた時、日本の「b集団」は、そうした攻撃的言辞が「相手国の国民全体の総意」であるかのように話を膨らませ、多くの日本人に不快感と被害者意識を抱かせ、相手国に対する敵意の炎を燃やして、自分と一緒に相手国を憎む「仲間」を増やそうとする。
これによって何が生まれるかといえば、日本と相手国の対立関係の常態化・恒久化であり、非宥和的で好戦的な主張を叫ぶ政治家や政治集団の発言力の増大である。
■誰が煽っているのを見抜かなければいけない
そして、相手国との「和解と友好」を提唱する双方の「a集団」の発言力は、相対的に低下する。「敵との和解や友好を口にするお前は、わが国民の結束を内部から乱すことで敵側を利する、敵の手先だ」との論理で、激しく糾弾される。
二つの国の国民が、互いに「相手国民は自国を嫌っている・憎んでいる」と思い込み、不安や猜疑心、被害者意識をかき立てられて、攻撃的言辞の応酬に加わるようになれば、やがて両国の関係は戦争や紛争の前段階へと移行する。憎悪や敵意によって始まる戦争や紛争は、勃発が秒読み段階に入ってからでは誰にも止めることができない。
誰がそのような行動を誘発しているのか。相手国との関係悪化で政治的利益を得るのは誰なのか。平和を望むなら、見かけ上の「A国対B国」という単純な対立の図式に隠された、本当の「戦争や紛争を創り出す図式」を見抜き、それを無効化しなくてはならない。
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戦史・紛争史研究家
1967年大阪府生まれ。軍事面に加えて政治や民族、文化、宗教など、様々な角度から過去の戦争や紛争を分析・執筆。同様の手法で現代日本の政治問題を分析する原稿を、新聞、雑誌、ネット媒体に寄稿。著書に『[新版]中東戦争全史』『1937年の日本人』『中国共産党と人民解放軍』『「天皇機関説」事件』『歴史戦と思想戦』『沈黙の子どもたち』など多数。
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(戦史・紛争史研究家 山崎 雅弘)
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