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「お前の娘はヴァージンだろ」と書かれた手紙が自宅に…公安警察が外国人スパイから受けた非道な嫌がらせ

プレジデントオンライン / 2023年11月27日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/nortonrsx

日本で活動するスパイの実態とはどのようなものか。元警視庁公安部外事課の勝丸円覚さんは「外国人スパイは、日本での活動を非常にやりやすいと感じている。スパイ防止法のような法律がないこともあるが、日本が世界有数の『スパイ天国』となっている理由のひとつに、日本人の国民性である『性善説』がある」という――。

※本稿は、勝丸円覚『諜・無法地帯 暗躍するスパイたち』(実業之日本社)の一部を再編集したものです。

■スパイが入国する際は申告制

スパイは本当に日本各地で活動している。スパイは基本的に、人目につかないように動き、隠密に仕事をする。これはあまり知られていないことだが、日本政府は、日本に暮らす外国人スパイの存在をある程度、把握している。

その理由は、国際的なインテリジェンスコミュニティ(諜報(ちょうほう)分野)には、通告のルール(外交儀礼)というものが存在するからだ。そのルールでは、日本に大使館などを置いて情報機関員を派遣している国々が余計なトラブルに巻き込まれないよう、日本に赴任している情報機関職員を外務省に伝えることになっている。外国人の情報機関員は、外交官の肩書で大使館に属しながらスパイ活動をすることが多い。

外務省の中でも、この情報の管理を担当しているのは「儀典官室」(プロトコール・オフィス)だけである。この儀典官室は、外交官の身分証明票を発行したり、取り消したりする部門。儀典長という局長に準ずる担当者など、この部門のほんの一部の人たちだけが、正式に日本に赴任しているスパイたちを把握している。その際に、スパイの顔写真も一緒に儀典官室に提供されている。

■ルールに応じてこなかった唯一の国

アメリカのCIA(中央情報局)やイギリスのMI6(SIS=秘密情報部)のような情報機関や、FBI(連邦捜査局)などの法執行機関から来ている外交官は名刺に詳細を記載しない、または、独特な記載をすることが多い。つまり、本当の肩書を隠して活動しているわけだが、外務省が彼らの素性に関する情報を漏らしては一大事なので、情報管理を徹底して行っている。外務省以外でこの情報を知ることができるのは、警察庁と、日本にある150カ国以上の大使館の連絡を担当する警視庁の担当部署だけだ。私はそこの班長だったので、それを知る立場にあった。

意外に思うかもしれないが、実はロシアですら、この通告を行っている。もちろん、逆に日本もロシア政府にロシア大使館や領事館にいる警察庁や公安調査庁の職員の名前や所属などを通告している。

実はこのルールに長く応じてこなかった唯一の国がある。中国だ。

■外交儀礼が「喧嘩」を最小限に収める

ところが、2018年に中国もその外交儀礼に従って外務省に情報機関員について通告するようになった。ただ日本に教えてくるということは、逆に日本にも、中国の日本大使館に所属している警察庁と法務省(公安調査庁や出入国在留管理庁など)の職員のことを通告するよう求めてくることを意味する。私が現職だった当時、中国大使館や領事館の誰が情報機関から来ていると申告されていなかったので驚きだ。もっとも、ここ最近では、中国は日本や欧米諸国と緊張関係にあるので、現在どうなっているのかはわからない。

中国の国旗
写真=iStock.com/Rawpixel
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Rawpixel

この外交儀礼は、世界各地で情報機関同士が取り決めているルールだ。こうした情報があるからこそ、例えば、カナダで2023年5月、中国・新疆ウイグル自治区での弾圧を批判した中国系の野党議員マイケル・チョン氏やその親族が中国の外交官から圧力をかけられたとして、カナダ政府がトロントにある中国の総領事館からスパイ1名を国外追放(ペルソナ・ノン・グラータ)にすることができた。この動きに反発した中国政府は、逆に、上海に駐在する情報機関員であるカナダ人外交官を国外追放処分にした。これはお互いに誰が情報機関の関係者であるのかを知っているからこそ、できることだ。

こうした揉め事が起きた場合、どちらかが情報機関員を国外追放したら、同じレベルの情報関係者を同じ数だけ追放すると決まっている。総領事館の人間が国外退去になれば、同じく総領事館の人を追放する。そうすることで、「喧嘩」を最小限に収めているのである。

■「インテリジェンス機関」が持つ2つの役割

世界の情報機関は、2つの役割を持っている。国外と国内の情報収集があり、それぞれの担当に分かれている。どちらもインテリジェンス(情報活動によって得られる知見)を扱うので、インテリジェンス機関と呼ばれることもある。

国外の担当者は、国外でさまざまな情報収集を行い、自分の国にとって有害な活動をする組織や個人を調査する。さらには、自国が有利になるような影響工作や世論操作、国によっては破壊・暗殺工作も行う。彼らは対外情報機関と呼ばれる。

一方で、国内の担当者は、国内に入ってくるスパイの情報を収集し、取り締まりをする「防諜(ぼうちょう)」活動を行う。日本では公安関係の組織が担うが、多くの国でも捜査権や逮捕権を持つ法執行機関である警察やその他の機関が主導的に行っている。

■外務省が把握できないスパイは大量にいる

外国から日本に来ている機関は、基本的に対外情報機関である。例えば、アメリカはCIA、イギリスはMI6、中国はMSS(国家安全部)だ。ロシアの場合は3つある情報機関、FSB(連邦保安庁)、SVR(対外情報庁)、GRU(軍参謀本部情報総局)からそれぞれスパイが日本に来ている。

これらの機関は、日本に送り込んでいるスパイを表面上は儀典官室に通告しているが、もちろんそうした情報機関関係者以外にもスパイは存在している。外務省への通告には架空の人物を登録するというような噓はないはずだが、本当は情報機関から来ているのに登録しないケースもあり得る。

例えば、Y国は軍属の外交官である駐在武官が日本に来ているが、武官室のなかには軍の情報機関員がいた。しかもこの情報機関の場合、外交官ではない事務技術職員という肩書で所属していることがあるので、外務省は把握しづらい。外交官ではないので外務省にも出身元を通告せずに、日本国内で情報活動をしているといっていい。彼らは日本に暮らすY国人らの動きに目を光らせ、Y国大使館に赴任している外交官や武官らの動向も監視しているといわれている。

外務省
写真=iStock.com/y-studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

■筆者が某国の大使から受けた依頼

情報機関員たちは、さらに日本国内でスパイ活動を行うための協力者をリクルートする。そうした協力者も、いわゆるスパイということになる。例えば、私が大使館の連絡担当だった時にこんな経験をした。

どこの国かは明らかにできないが、ある時、ヨーロッパの国の大使館に呼び出された。行ってみると、大使から「絶対にこの大使室の外には出ていないはずの情報が漏れていると、自国の情報機関から連絡があった。大使館のナンバー2にも知らせていない情報なのに、どこから外に漏れたのかがわからない」と、調査の協力依頼を受けたのである。

そこでいろいろと調べてみると、大使館に出入りしているS国人の大使館職員しかいないということになった。私は大使館のセキュリティアドバイザーでもあったので、警視庁の外事警察の中に存在する特命チームを動員してもらい、このS国人をマークした。監視すると、このS国人は連日、自分のアパートと大使館の間を往復する日々で、それ以外ではジムや買い物に行く程度の動きしか見せなかった。

■予想外の展開に、特命チームは撒かれてしまった

ところがある日、このS国人はいつもとは違う動きを見せた。「点検」である。点検とは、スパイや防諜担当者(スパイを取り締まる公安警察など)から尾行されていないかを確認する作業のことを指す。点検によって尾行されているかもしれないと察した場合は「消毒」をするのである。消毒とは、尾行を撒くことだ。点検や消毒のためには、電車移動中に電車の扉が閉まる瞬間にホームに降りたり、逆に扉が閉まる寸前に電車に飛び乗るといったことをする。そうして、尾行を振り払うのである。

電車のつり革
写真=iStock.com/Jonathan Raditya Valerian
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Jonathan Raditya Valerian

その日、このS国人は、電車移動の途中で、扉が閉まる直前に急に電車を降りた。予想外の展開に、特命チームはまんまと撒かれてしまったわけだが、その日を最後にこのS国人は忽然と姿を消した。アパートにも一切戻ってこないし、大使館のロッカーもそのままで、完全に行方がわからなくなってしまったのである。

さらに入管記録を調べてみたが、出国した形跡もなかった。大使館には、職員が行方不明になったのだから捜索願を出すようアドバイスしたのだが、大使館はことを大きくしたくないと主張した。こちらからの説得に、結局、大使館は渋々捜索願を出した。捜索願が出ると、できる捜査の幅が広がるからだ。だが、いまだにそのS国人の行方はわからないままである。彼の身に何が起きたのだろうか。

■スパイに公安の自宅がバレると猫の死体が届く?

私は日本で外国人スパイから追われた経験がある。表向きは大使館の連絡担当という顔をしていたが、裏では情報機関の人たちとも会って情報交換をすることもあった。そんな活動の中で、強権的といわれる国であるZ国やL国の関係者と会うこともあった。ところがその場合には、その国の関係者と思しき人たちから尾行されることが多かったのである。尾行されているのに、そのまま自宅に帰ると家がバレてしまい、家族にも危険が及ぶ可能性がある。それを避けるために、点検と消毒は必ずしていた。

実際に同僚に起きたケースだが自宅が把握されると、猫の死体が宅配便で送られてきたり、便所から取ってきた汚物をポストに入れられたりする。もっと強烈なものとして、「お前の娘はヴァージンだろ」と書かれた手紙がポストに入っていたこともあったと聞く。また、私自身も脅迫めいた電話を受けることもあったが、そういう嫌がらせはたいしたことではなかった。

■日本が「スパイ天国」だと見られる理由

Z国やL国、M国などの大使館に行くと、やはり大使館を出てからその国のスパイに尾行されることがあった。実は、警視庁公安部には、場所がどこかはいえないが、通りかかることで点検を行えるポイントが存在する。尾行されていると感じた場合には、同僚に連絡をして、そのポイントで尾行がいるかどうかをチェックしてもらうのである。

Z国やL国の大使館を訪問した後は、その点検場所を通るようにした。そうすることで、尾行してくる相手の写真や動画を撮影できる。もっとも、日本国内の場合は、外事警察のホームグラウンドでの活動なので、怖い思いをすることはあまりない。

勝丸円覚『諜・無法地帯 暗躍するスパイたち』(実業之日本社)
勝丸円覚『諜・無法地帯 暗躍するスパイたち』(実業之日本社)

こうした尾行もそうだが、日本で活動するスパイは、日本でのスパイ活動を非常にやりやすいと感じている。スパイ防止法のような法律がないこともあるが、外国人スパイが日本をスパイ天国であると見ている理由のひとつに、日本人の国民性である「性善説」がある。日本では、外国の人には親切にしてあげようと考えている人が多いので、まさかスパイ活動をしている人だとは思いもよらないのである。

スパイ側は日本で活動するのにいろいろと下調べをしているので、日本では警察などがスパイを監視する防諜活動を行っていることを知っている。一方で、警察のマンパワーや能力もある程度把握しているので、少し足を延ばして郊外や地方都市に行ってしまえば、ほとんど追跡できないこともわかっている。少しの工夫でスパイ活動がばれにくくできるのだ。監視されやすい都市部は避ける。観光客然として、実はスパイとして入国して活動しているケースもあるのだ。

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勝丸 円覚(かつまる・えんかく)
元公安警察
1990年代半ばに警視庁に入庁し、2000年代はじめから公安・外事分野での経験を積んだ。数年前に退職し、現在は国内外でセキュリティコンサルタントとして活動している。TBS系日曜劇場「VIVANT」では公安監修を務めている。著書に、『警視庁公安部外事課』(光文社)がある。

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(元公安警察 勝丸 円覚)

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