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年金開始が「62歳→64歳」だけで火の海に…フランス人と日本人の「老後の感覚」が決定的に違う理由【2023編集部セレクション】

プレジデントオンライン / 2023年11月12日 7時15分

2023年3月23日、仏南西部トゥールーズで行われた抗議デモで、催涙ガスの中を逃げる参加者(フランス・トゥールーズ) - 写真=AFP/時事通信フォト

2023年上半期(1月~6月)にプレジデントオンラインで配信した人気記事から、いま読み直したい「編集部セレクション」をお届けします――。(初公開日:2023年4月12日)

※内容は掲載当時のものです。

フランス各地で大規模なデモ活動が続いている。政府が、年金の受給開始年齢を62歳から64歳に引き上げる年金制度改革を強行しようとしているからだ。評論家の八幡和郎さんは「フランスでは仕事に人生の価値を見いだす人はほとんどいない。だから受給開始年齢の引き上げに強く反発している」という――。

■英国王訪仏中止、パリ五輪も大丈夫か

来年夏にはパリ五輪・パラリンピックが開催されるというのに、フランスは年金制度改革をめぐって反対運動が盛り上がり、パリの中心部は大混乱に陥っている。暴徒化したデモ隊と警察隊との衝突が相次ぎ、ごみ収集や焼却場の従業員によるストの影響で街中がゴミだらけになったとも報道された。ムードとしては、1968年の五月革命に匹敵するような勢いで、革命前夜という趣だ。

タイミングの悪いことに、この4月はチャールズ英国王が、ブレクジットの傷を癒やすために最初の外交訪問先としてフランスを選び、ベルサイユ宮殿での晩餐会やシャンゼリゼでの式典も予定されていた。

だが、ホストであるマクロン大統領だけでなく、チャールズ国王までも攻撃すべき特権階級としてデモ隊の標的にされるのは避けがたく、うっかりすると人気低迷の英王室の廃止運動にまで火がつきかねない勢いであるために訪仏は中止され、ドイツが最初の訪問国となった。

それにしても、少子高齢化を受けて、どこの国でもやっている、年金支給開始年齢を2歳だけ上げるという程度のことで革命騒ぎとは穏やかでない。

どうして、フランス人たちがこれほど怒るのか、また、このフランスの騒ぎがもしかすると、世界的な大混乱の幕開けかもしれないという話をわかりやすく論じてみたいと思う。

※百年戦争の経緯からも分かるように、英王室はフランスのノルマンディー公がイングランドを征服したのが始まりだし、色濃くフランス王家のDNAも引き継いでいることは、新刊『英国王室と日本人 華麗なるロイヤルファミリーの物語』(篠塚隆と共著、小学館)で論じている。

■長寿化がもたらす深刻な悩み

よその国民なら仕方ないと諦めて受け入れそうなこの程度の制度改革が、フランスでこれほどの大騒ぎになるのは、以下のような理由による。

①フランス人は仕事に喜びを見いだす度合いが少なく、早く引退生活を好きなように過ごすのを楽しみにしている。

②週休二日や有給休暇など休日の増加、労働時間の短縮は、1936年に人民戦線内閣の政策が世界に広まったものであり、年金制度もフランスは先駆的で、国民の関心が強い。

③任期が長く権限が強い大統領や優秀な官僚機構などフランスの公権力は強力である一方、庶民にはデモやゼネストなどの直接行動でそれに対抗する権利があるとみなされている。

④マクロン大統領は高級官僚出身であるだけでなく、ロスチャイルド銀行で財を成したので20世紀末以来の格差拡大に肯定的すぎると考えられている。

⑤加速度的に延びる平均寿命とそれに伴う矛盾という人類にとって頭痛の種になる問題に、フランス人は世界の先端を切って議論を始めようとしている。おりしも、マクロン大統領が安楽死問題を国家的に取り上げる方向を打ち出した。

以下、まず、今回の大騒動の経緯について説明し、そのうえで、上記のような点について、少し掘り下げて論じたいと思う。

■フランスは労働者福祉の先進国

フランスでは、1936年に社会党や共産党などの人民戦線内閣が成立し、有給休暇の創設や労働時間の短縮を断行した。さらに、レジスタンスの余波で左派色が強かった戦後の第四共和政では、企業の国有化拡大も行われ、年金制度も中央集権で公的部門の割合が高い国であるから、非常に手厚く構築された。

凱旋門の中ではためく巨大なトリコロール
写真=iStock.com/olrat
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/olrat

さらに、1981年に大統領になったミッテラン大統領の下で、65歳だった年金支給を60歳からに引き下げた。若年層の失業を減らすために早期退職を促すのが得策という意味もあったので一応成功した。

だが、平均寿命が延び続ける状況を受け、保守派のサルコジ政権時代の2010年には62歳に引き上げられた。それをさらに、64歳に引き上げようというのが今回の改革の基本である。

■マクロンの年金改革は前向きなのだが…

マクロンの改革案の、主たる内容は以下の通りだ。

①一般的な年金支給開始年齢を62歳から64歳へ段階的に引き上げる。また、満額受給の条件は、現行の41年間でなく43年間保険料を納付することとする。

②年金制度には民間の一般制度のほかに、公務員、農業、電気・ガス企業、自由業者、交通関係などの特別制度があるが、船員、バレリーナなど高齢まで働けない特別の人たちを除き廃止され、一般制度に吸収される。

③最低年金を最低賃金の85%まで引き上げる。

④20歳以前から働いた人や、障害者、重い物を運んだり困難な姿勢や振動を伴うなかで働くなど苦痛を伴う労働者には特例を認め、育児休業期間も納付期間に含める。

⑤これまでフランスでは少なかったシニア雇用を促進する措置を取る。

フランスの政治家や官僚は、精緻な制度を作るのは得意で、消費税などでも軽減税率とか考え出して、細かく税率を変えている。ところが、細かく分けるほど不満は出やすいし、また、ごねると自分たちも配慮されるという気にさせてしまう。

だから、マクロンが制度を単純化しようというのは、方向としては正しいが、現行制度より損をする人は当然、不満を抱く。しかも、国が決める度合いが大きいので、不満は大統領や政府に向けられる。

■高級官僚・銀行幹部だったマクロンへの反感

さらに、マクロン大統領のキャラクターや経歴、政治的立ち位置の難しさも混乱が大きくなっている理由である。フランスでは1980年代から共産党が弱体化し、穏健保守(旧ドゴール派。現在は共和党)と穏健左派(社会党)が二大政党化する一方で、極右(かつてのFN、現在のRN。党首はマリーヌ・ルペン)が健闘し、中道派は不振という図式だった。

2022年6月、会談に臨むエマニュエル・マクロン大統領
2022年6月、会談に臨むエマニュエル・マクロン大統領(写真=PRESIDENT OF UKRAINE VOLODYMYR ZELENSKYY Official website/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

サルコジ(共和党)とオランド(社会党)の両大統領がもうひとつ冴えなかったあとに登場したのが、社会党から飛び出したENA(国立行政学院。私の留学先)出身の高級官僚でロスチャイルド銀行幹部として財を成したマクロン現大統領だ。2017年の大統領選挙で、中道派、環境派、社会党や共和党の一部を糾合して第三勢力として勝利し、2022年にも再選した(三選は認められていない)。

フランスではもともと新自由主義は不人気だが、グローバリゼーションのなかで一国だけの規制は難しいし、大企業や富裕層への課税強化は資本逃避をもたらす。そこで、マクロンは、フランス政府単独ではなく、国際的な枠組みでGAFA規制などの強化に取り組む一方、歳出をリベラル色に近いものにすることを基本戦略としている。

■国民の反対を無視して「伝家の宝刀」を抜いたものの…

そして、社会党出身のボルヌ首相(女性)に年金改革を託し、共和党も準与党として協力させて、議会を乗り切ってきた。なかなか賢い手腕だが、その経歴と上から目線の物言いがたたって、新型コロナ対策や経済、外交面で実績の割には人気がなく、年金問題では肉体労働者などのつらさが分からないだろうと批判されている。

さらに、タックスヘイブンだけでなく、EUではアイルランドが低い税率を武器に企業を集めているように、主要国同士でも税率は微妙に違うため、超大企業や富裕層への課税強化は思うように進んでいない。その責任もマクロンは問われている。

その結果、今回の改革案には、国民の70%が反対し、国民議会(下院)でも造反で可決されない可能性があった。そのため、審議を打ち切って、「24時間以内に提出された内閣不信任案が可決されない限りは法案は成立する」という憲法49条3項の強権措置を発動したので、ますます反対派は抵抗を強めているという状況である。

この条項は、総論賛成、各論反対で何も決められないという状況を許さないためのもので、ドゴールの遺産とされる「伝家の宝刀」であり、歴代大統領はなにかにつけ使ってきた。だが、今回は、やむをえないという演出がうまくいかず、とにかく評判が悪い。

■早く引退して余生を楽しみたいフランス人

フランス人に限らず、ヨーロッパの人たちは、仕事のなかに人生の価値を見いだす人はあまりいない。アフターファイブや、バカンスやリタイア後を自分らしく楽しくすごすために仕事は仕方なくしているのである。そして、本を読んだり、手紙を書いたり、スポーツしたりしながら時間を過ごすことに無上の喜びを見いだす。

働き者のドイツ人にしても、「ドイツ人は1カ月をイタリア人として過ごすために、11カ月ドイツ人として働く」といわれるほど休暇が好きだ。プロテスタントの人々には、勤勉主義の価値観もあるが、カトリック国のフランスにはそんなものは似合わない。

サイクリング中に自転車を降り、お互いの方を組むシニアカップル
写真=iStock.com/peakSTOCK
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/peakSTOCK

また、世界中で平均寿命が予想を速まる速度で延びており、年金や医療保険会計などへの重圧になっている。

フランスの医療政策は優れていて、平均寿命は、1960年に70歳だったのが、1992年には75歳、2004年に80歳、そして2020年には82.2歳になった。日本よりは2歳ほど低いが、ドイツや英国よりは高い。新型コロナでも、ワクチン接種を義務化に近いほど進め、その代わり接種者には行動の自由を認めて経済との両立も図った。この政策が成功し、平均寿命の低下も少なく抑えられたが、喜んでばかりもいられない。

■タブーを破って安楽死論議を推進

そうしたなかで、マクロン大統領は今年4月3日、安楽死や自殺幇助などを含めた終末医療の在り方に関する法案を今年夏ごろまでにまとめるよう、首相に要請した。

オランダ、スペインなどが安楽死を合法化し、スイスは自殺幇助を認めているが、フランスでは患者の意思を尊重して延命治療を止める「尊厳死」だけが認められていた。

これを拡大する方向で、市民会議で議論してきたが、4月2日に公表された報告書では、治療が難しい病気に苦しみ、個人の意思が確認できる患者は、薬物投与による「安楽死」や「自殺幇助」を認めることを76%の参加者が賛成した。いまのところ、難病などに限定しての話だが、これからは個人においても、家族においても、そして社会的にも、寿命の長さと余生の生活水準の高さとの選択を迫られていくのではないか。

なにしろ、かつては、平均寿命の延びも頭打ちがあるとかいっていたが、思った以上に延びそうである。米ジョージア州立大学の研究チームは140歳まで生きる人も出てくるだろうという研究を発表した。国の予算には限界があるため、長生きの人が多くなれば、社会保障や生活の質が低下することを受け入れなくてはいけない。

しかも、フランス人のように、年金支給の開始を寿命の延びに応じて遅くするのも嫌なら、悪魔の選択を迫られるしかないという意味でも、今回の騒動は興味深い。今後は、高齢者医療でも、細く長い「中程度」の医療を保証するか、ある年齢までは手厚く、それ以上は最低限にするか、を本人が選択することをある程度認めてもいいのかもしれない。

■暴力的なデモを嫌うフランス人も多い

一方、資本逃避など恐れずに、アンチGAFAとか、アンチ国際金融資本との戦いの火蓋を切るとしたら、フランスの動きから何かが始まるという予感もしないわけでない。なにしろ、フランス人には革命を世界に先駆けて起こす伝統があるからだ。

ただし、デモの勢力が今後も拡大するとは限らない。政治的には、マクロン大統領はもちろん、暴力的なデモや市民に迷惑をかけるストに訴える左翼(現在の最大勢力は社会党左派が分離した「不服従のフランス」)も不評だからだ。この法案について、4月14日に開かれる憲法評議会でおそらく合憲判断が出たあたりで収束に向かうのではないかとみられる。

この混乱のなかで、存外に常識的なことをいっている極右マリーヌ・ルペンのRN(国民連合)が支持率を伸ばしている。もし、いま大統領選があれば勝利間違いなしという世論調査も気になるところだ。ちなみに、ルペンとプーチンはもともと友好関係にある。

これまで説明してきたように、今回のフランスの騒動は単に年金受給開始年齢を2歳引き上げる、というだけの問題ではない。世界各国が直面する平均寿命問題に人類はどう対応していくのか、という重要な問いをはらんでいる。日本人にとっても、「遠い国の話」ではなく自分事として、動向を注視する必要があるのだ。

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八幡 和郎(やわた・かずお)
徳島文理大学教授、評論家
1951年、滋賀県生まれ。東京大学法学部卒業。通商産業省(現経済産業省)入省。フランスの国立行政学院(ENA)留学。北西アジア課長(中国・韓国・インド担当)、大臣官房情報管理課長、国土庁長官官房参事官などを歴任後、現在、徳島文理大学教授、国士舘大学大学院客員教授を務め、作家、評論家としてテレビなどでも活躍中。著著に『令和太閤記 寧々の戦国日記』(ワニブックス、八幡衣代と共著)、『日本史が面白くなる47都道府県県庁所在地誕生の謎』(光文社知恵の森文庫)、『日本の総理大臣大全』(プレジデント社)、『日本の政治「解体新書」 世襲・反日・宗教・利権、与野党のアキレス腱』(小学館新書)など。

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(徳島文理大学教授、評論家 八幡 和郎)

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