10分で眠りに落ちる「絶頂睡眠」に50万人超が予約待ち…女性会計士が前例のない「頭ほぐし専門店」で成功の訳
プレジデントオンライン / 2023年11月24日 15時15分
※本稿は、永井竜之介『分不相応のすすめ 詰んだ社会で生きるためのマーケティング思考』(CROSS-POT)の一部を再編集したものです。
■「みんなが言っている」ように見える“誰かの正論”
今は、特にネットやSNSを中心に、「みんなが言っている」かのように見える、誰かの正論があふれています。しかし、それが「自分にとっての正解」になるとは限りません。
そもそも、「みんなが言っている」ように見えても、少数の声の大きな誰かが叫んでいるだけで、本当は多数派の意見でもなんでもないことも多いでしょう。また、多数派の意見だったり、かつての通説だったりしたとしても、それを、今の自分にとっての正解として受け入れるかどうかは、あくまで自分が決めていいことです。
当たり前、常識、前例、セオリー、普通、暗黙のルール……これらを安易に受け入れることで、単純化したり、思考停止したり、楽をしようとしたりせずに、しっかりと自分の頭で考え、自分にとっての正解を探して、作っていくマインドを身につけましょう。
■「頭のほぐし」専門店として誕生した「悟空のきもち」
日本で初めての「頭のほぐし」専門店として誕生した「悟空のきもち」は、創業者の金田淳美さんが、「自分にとっての正解」を作っていくことで成功を掴んだ事例として紹介できます(※1)。2008年に京都で創業した「悟空のきもち」は、サービスを受けると10分で眠りに落ちる「絶頂睡眠」が大きな話題を呼び、メディアでたびたび取り上げられて、50万人を超える予約待ちが続くほどの人気店です。
小さな頃から「社長になりたい」という夢を持っていた金田さんは、働きながら経営を学んでビジネスを考えられる仕事として、会計士の道をまず選びました。会計士の仕事をする中で、頭痛や、眠っても疲れが取れない症状に悩まされていました。
そこで思いついたのが、頭をほぐして癒すことに特化したビジネスでした。当時、頭の癒しに特化したサービスは存在しておらず、「ないなら、これは私にしかできない」と決意し、会計士をやめて起業したといいます。
「頭を癒す」というビジネスには前例がなく、何が正解か分からない状態からのスタートでした。当時あったマッサージやエステなどを片っ端から自分で受けてみながら、勉強と実践を積み重ね、ある程度の技術を身につけたところで1号店をスタートさせます。
そこで、お客からフィードバックを受けながら独自の技術を確立していき、21の手法を用いるドライヘッドスパを編み出しました。そうして2015年から始めたのが、心地よい睡眠に誘う「絶頂睡眠」を提案するサービスでした。
(※1)NEWSPICKS「【京都】予約殺到の頭ほぐし店は、経営計画も役職もない」、東洋経済ONLINE「悟空のきもち『51万人予約待ち』強烈人気の裏側」を参照。
■過去の成功例ではなく「自分にとっての正解」を探した
もともと「頭を癒す」ビジネスにも前例がないうえ、マッサージやエステで「睡眠」を売りにするのも常識外のことでした。「サービスを受けている最中に寝てしまったら、もったいない」や「寝るだけに、わざわざお金は払わない」といった意見を周りからも沢山受けたし、金田さん自身もそう思い込んでいたといいます。
しかし、金田さんは、「多くの会社が起業され、どの経営者も必死に勉強しているはずなのに、10年後に生き残れるのは5%ほどしかいない」という状況から、「同じことを勉強して、同じように頑張っても、平均的な『よくある会社』として消えていきやすい」と考え、思い切って、自分たちにしかできない発想や表現を打ち出すことを選択しました。「成功例があるかどうか」という基準で物事を決めずに、「絶頂睡眠」という他にない価値を追求することで、唯一無二のサービスとして人気を集めていったのです。
「当たり前でしょ」なんて言ってくる、誰かの正論に負ける必要はなく、「自分にとっての正解」を探し、自ら作る意識を強く持つことの大切さを、「悟空のきもち」は教えてくれます。
■業界のセオリーをくつがえすパッケージデザイン
2016年にリニューアルされた明治の「ザ・チョコレート」もまた、正論をはねのけることでヒットを実現させました(※2)。食品の新商品は、「1000に3つしかヒットできない」として「センミツ」と言われるほど、ただの前例通りでは通用しにくい分野です。「ザ・チョコレート」も、2014年に一度発売されるも、思うような成果をあげることができず、失敗を経験していました。
失敗を踏まえて、開発チームは、メインターゲットである女性を魅了できる商品とデザインに特化する形でのリニューアルに踏み切りました。カカオ豆の比率を上げた大人向けのビターな味わいにこだわり、板状のチョコを「ギザギザ型」「ドーム型」「ミニブロック型」「スティック型」の4つに分け、形の違いによって風味の変化を楽しめるようにしました。そして、中身以上に、業界のセオリーをくつがえしたのが、パッケージデザインでした。
![チョコレートのイメージ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/2/1200wm/img_720674b3b925ca2042ff8f6aee2e88e9469640.jpg)
セオリー通り、チョコの写真やイラストを出して、どんな商品なのかを分かりやすく具体的に伝えることはせず、カカオの実を象徴的に見せるデザインを選択したのです。この選択に対して、社内で不安視する声は多く、「中身が分からない」「売れるわけがない」と言われたといいます。しかし、年配の上層部に対して、「あなたの年代がターゲットではない」と言い切って説得し、リニューアルにこぎつけました。
その結果、デザインが大きな話題を呼び、220円前というプレミアム価格にもかかわらず、発売後1年で3000万個を売り上げる大ヒット商品になりました。
※2 withnews「『あなたの年代がターゲットではない』と反論 目標の倍売れたチョコ」、リクナビNEXTジャーナル「『あなたの年代がターゲットではない』上司へ放った“あのひと言”の真相|明治のチョコレート革命」を参照。
■リスクは「0にはならないもの」と考えた方が良い
何か新しい一歩を踏み出そうとするとき、周囲は「リスクあるでしょ」「本当に大丈夫?」と簡単に口にして、ストップをかけてきます。自分自身でも、同様の言葉を自問自答してしまい、決断を先延ばしにすることもあるでしょう。
もちろん、何をやるにしても、やるからには成功を目指します。情報収集や学習をして、避けられるリスクは回避できるに越したことはありません。何でもかんでもリスクを取ったり、事前に調べておけば避けられる失敗に陥ったりするのは、「勇気がある」とは言えません。
![「RISK」ダイヤルのイメージ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/d/1200wm/img_2d0f08850adb9237791f56210566955d112867.jpg)
しかし、リスクがまったくない選択は、そうそうあるものではありません。何か新しいことにチャレンジしようとすれば、失敗したり、悔しい思いや恥ずかしい思いをしたりするリスクは、0にはならないものと考えた方が良いでしょう。リスクについて考え、失敗したときのダメージを想定したうえで、「変えてみる勇気」を持つことこそが大切です。
人が何かを判断する場面では、「サイエンス」と「アート」という2種類の根拠があります。これは、仕事でも、自分の人生でも、同様です。
■「サイエンス」と「アート」のどちらで判断するか
サイエンスというのは、データに基づく根拠です。「前例ではどうだったか」「過去の成功者は、何をどうやったか」「成功できる確率はどれくらいか」などについて調べ、データを集めて分析したうえで、自分がどうするかを考えます。サイエンスは、ある程度の客観的なデータに基づくことになり、信用できる根拠になりやすいものです。また、「同じようにやれば、次もまた同様の結果が期待できる」と考えられることで、重視されやすいものになっています。
一方、アートは、直感に基づく根拠です。「感覚的に、こっちを選びたい」「直感だけど、今やるべき」「自分は、このやり方にこだわりたい」など、人の直感を重視して、意思決定をします。このアートは、一見すると、あやふやで、いい加減なもののように思えるかもしれません。しかし、じつは、アートも重要な根拠になります。
■ソニーの「ウォークマン」は“直感的な判断”から生まれた
例えば、かつて世界に衝撃を与えたソニーの「ウォークマン」は、創業者の1人、井深大さんの直感的な判断から生まれた商品です。まだ飛行機に映画や音楽を楽しむ機内サービスが存在していなかった時代に、「東京とアメリカを往復する機内で音楽が聞きたい」という井深さんの個人的な思いがきっかけになりました。そこから、いつでも音楽を楽しめる、持ち運び可能な小型オーディオプレーヤーの開発が始まったのです。
この商品について、事前調査をしてみると、ほとんどの人が関心を示さなかったため、社内からは不安の声が多くあがったといいます。
しかし、こうしたデータよりも、自分たちの「独自のビジネス勘」を重視することを選びました。また、当時の技術では、小型サイズに再生機能だけでなく、録音機能も搭載できましたが、これも「機能が2つあると、何に使う商品なのか分かりにくくなるから、再生機能だけでいい」と直感的に判断し、再生専用機として開発・発売することにしました。その結果、ウォークマンが世界的なヒットを記録したのは周知の通りです。
■サイエンスは万能ではない
このように、データに表れない真実に迫るために、アートは重要な役割を発揮することができるものです。データに基づくサイエンスが重要なことは確かですが、サイエンスは万能ではありません。
![『分不相応のすすめ 詰んだ社会で生きるためのマーケティング思考』(CROSS-POT)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/e/1200wm/img_6e4008346b81d9d84045bcd7d5c4ee53139265.jpg)
過去のデータは、あくまで過去のもので、未来を言い当てられるとは限りません。同じことでも、実行する人・環境・時期が変われば、結果も変わる可能性があるのは当然です。また、客観的なように思えて、データは意外に不確かなものでもあります。
サイエンスとアート。つまりデータと直感は、どちらも持ち合わせておくべきものです。「データを踏まえた直感」や「直感的に納得できるデータ」を根拠として、思い切った行動を取っていけばいいのです。サイエンスだけに頼りきると、まだデータのない、新しいことにはチャレンジできなくなってしまいます。日本から、イノベーションや起業が減っていったのには、このサイエンス偏重も原因の1つになっているでしょう。
■アート重視の判断が日本のものづくりを育ててきた
かつては、日本の人と組織も、アートに基づくチャレンジ精神を持っていました。例えば、サントリーは、創業者である鳥井信治郎さんの掲げた「やってみなはれ」精神のもと、「結果を怖れてやらないこと」を悪、「なさざること」を罪と定めて、冒険者として新しいことに挑戦し続ける姿勢によって成長していきました。
こうした、「やってみなきゃ分からない」から、「とりあえず、やってみよう」というアート重視の判断・行動によって、日本のものづくりは、自動車も、家電も、食品も、飛躍を遂げたのです。その「やってみなきゃ分からない」精神を、少し取り戻してみましょう。
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高千穂大学商学部准教授
1986年生まれ。専門はマーケティング戦略、消費者行動、イノベーション。産学官連携活動、企業団体支援、企業との共同研究および企業研修などのマーケティングとイノベーションに関わる幅広い活動に従事。主な著書に『マーケティングの鬼100則』(ASUKA BUSINESS)、『嫉妬を今すぐ行動力に変える科学的トレーニング』(秀和システム)、『リープ・マーケティング 中国ベンチャーに学ぶ新時代の「広め方」』(イースト・プレス)などがある。
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(高千穂大学商学部准教授 永井 竜之介)
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