なぜ「繊細ヤクザ」と批判されるのか…心が疲れやすく生きづらい「HSP」が大ブームになったことの功罪
プレジデントオンライン / 2023年11月14日 9時15分
■コロナ禍でブームとなった「HSP」
新型コロナの感染が広がり始めた2020年。当時、マスメディアによって「HSP(Highly Sensitive Person)」「繊細さん」特集が次々と組まれていました。ロンドンブーツ1号2号の田村淳さんや、元でんぱ組.incの最上もがさんなどの有名人がHSPであると公表し、話題にもなりました。
HSPは心理学をルーツとする言葉です。1996年、アメリカの臨床心理学者であるエレイン・アーロンが、自己啓発本のなかで「HSP」という言葉を使用し始めたことに由来します。
HSPという言葉が急激に人々に知られるようになり、その様子は「HSPブーム」と言える状況だったように思います。このブーム下でHSPは「ひといちばい繊細で、生きづらさを感じやすい人」という意味で知られるようになりました。
Googleで「HSP」と検索すると、上位にヒットするサイトでは「心が疲れやすく、生きづらいと感じている人」「まわりに合わせようとして無理をして生きづらくなる性質」など、繊細さによる生きづらさに焦点があたった説明がなされています。
拙著『HSPブームの功罪を問う』でも論じましたが、当時、X(旧Twitter)でHSPを名乗るアカウントは、自身のプロフィールとして「生きづらさ」と関連する言葉を使用する傾向がありました。現在でもそうかもしれません。さらに、次々と出版されるHSP書籍のタイトルに目を向けると、「不安」「うつ」「引きこもり」「つらい」などの言葉を冠する書籍が多かったのも特徴的です。
このような事実からHSPという言葉に対するニーズが垣間見えます。
■なぜHSPは人々を魅了したのか?
繊細で「生きづらさ」を抱えてきた人々の中には、HSPという言葉を知って「今までの生きづらさの理由が腑に落ちた。救われた」と語る人々の姿があります。
彼らにとってのHSPラベルとの出会い。それは、言い表すことのできなかったこれまでの経験や、自己像に確かな輪郭が帯びる体験だったのかもしれません。人々がHSPの考え方に魅了されたのには、いくつかの背景があったと考えられます。
第一に、HSPが新しい「疾患名」ではなく「気質」を表すラベルとして広まったことです。
「繊細で生きづらかったり、他の人と違ったりしたのは、自身の努力不足だったり、病気ではなかったのだ。生まれ持った気質が理由だったのだ」という説明が与えられ、そこに救いを感じる人々がいたのかもしれません。ただし、こうした説明には、後述するように負の側面もあります。
第二に、繊細さによる「呪い」と「祝福」の両方を説明するラベルとしてHSPが広まったことです。
これは「繊細な自分は傷つきやすくて生きにくい。でも、繊細だからこそ、物事の良い側面にも気づいたり、それを味わったりすることができる」という意味です。「自分の特性は単にネガティブなだけではなく、ポジティブな側面もあるのだ」と励まされた人々もいるようです。
■「5人に1人いる」という絶妙な割合
第三に、直感的にわかりやすい「タイプ分け」が挙げられます。HSPブームでは、HSPをさらにいくつかのサブタイプに分ける診断テストが人気になりました。
例えば、いくつかの質問に回答すると、「HSS(刺激希求型)型HSP」「外向型HSP」「内向型HSP」のように診断してくれるテストがあります。ただし、こうしたタイプ分けに明確な学術的根拠があるわけではありません。HSP診断テストもそうですが、ネット上の「心理テスト」はどの項目を選んでも、誰でも少しは当てはまるような回答が用意されているので、あたかも「自分の性格が言い当てられた」かのように感じます。
その他にも、しばしば説明される「HSPは5人に1人いる」といった絶妙な割合、「生きづらさ」に「名前がつく」ということなどが挙げられます。それらの要素も、人々が自分を説明するラベルとしてHSPを取り入れる要因になったのかもしれません。
■「繊細ヤクザ」と呼ばれる場合も
3年前と比べれば、HSPブームは落ち着きを見せていると言えるでしょう。とはいえ、このブームの影響は、いまだにさまざまな場面で垣間見えます。書店の「心理学読み物コーナー」のラインナップはここ数年で大きく変わりました。今では「HSP」「繊細さん」といった名を冠する書籍が席巻しています。
ここで取り上げたいのはHSPをめぐる人々の軋轢(あつれき)です。ブームを通じて「自分はHSPである」と周囲に公言する人々が職場やネット上でも増えましたが、それをめぐり対立する人々の様子が現在もみられます。
特に最近注目されるようになったのが、一部のHSP自認者による過度に自己愛的なふるまいです。周囲にHSPであると公言している職場の同僚が仕事でミスをした際、あなたはアサーティブに(思いやりをもって)まっとうな意見を伝えるとします。すると、そのHSP自認者は「ひどく傷つけられた」と過度に被害者的な立ち位置をとり、攻撃的になったり、HSPであることを盾にミスを正当化したりするといったケースがあるようです。このような様子から、「繊細ヤクザ」といったネットスラングも生まれています。
また、一部のHSP自認者がもつ偏見や差別による軋轢にも注目が集まっているように思います。例えば「HSPは障害ではなく特別な才能」だと強く信じるHSP自認者の中には、いわゆる「非HSP」を無神経で理解できない人々だと蔑(さげす)んだりするような発信もみられます。
こうした発信に対して、発達障害や精神疾患のある当事者たちからは、「障害に対する偏見が垣間見えるし、差別されているような不快な気持ちになる」という声も聞かれます。
■怪しげな「HSPカウンセラー資格」が乱立
HSPブームにともなう問題には、資格ビジネスの参入が挙げられます。「HSPカウンセラー資格講座」と呼ばれているものです。
心理系の民間資格は以前から乱立状態にあるのですが、「HSPカウンセラー資格」はブームとともに参入してきた経緯があります。HSP自認者の中には、「これまでに自身がHSPで生きづらい思いをしてきたので、同じように生きづらさを抱えるHSPの気持ちが理解できる。だから、心理カウンセラーとして働きたい」というニーズをもつ人がいるのでしょう。
いくつかある「HSPカウンセラー資格講座」に共通している宣伝文句は、おおむね以下のようなものです。
「HSPだからこそ伝えられることがある」
「HSPの生きづらさを武器に変える」
「HSPの方限定」「講師もHSP」といった宣伝文句もあります。資格講座の料金は、1講座2万円程度のものから、複数の講座をセット価格として30万円程度のものまであります。
ノーマルコース(初級)→アドバンスコース(中級)→プロコース(上級)のように、ステップアップする形でプログラムが用意されているのも、「HSPカウンセラー資格講座」では特徴的です。
■資格と呼べるほどの専門性もない
気になる講座の内容ですが、専門家の一人として申し上げると、残念ながら疑念を抱かざるを得ない内容です。
例えば、「HSPタイプ診断」「自己肯定感を高めて自分を愛する」「アドラー心理学による勇気づけ」などのセッションが用意されている講座がありましたが、いわゆる通俗的な心理学トピックの内容に終始している印象です。
他の講座では「来談者中心療法」「認知行動療法」「マインドフルネス」など、一見すると専門的なセッション名もありましたが、いずれにせよ講師には「臨床心理士」や「公認心理師」など、いわゆる公的に広く専門性が認められた心理士資格がないのが気になるところです。
驚かすつもりはありませんが、心の問題は死に直結するケースもあります。本来であれば高度に専門的なトレーニングを大学と大学院で積み(臨床心理士や公認心理師の資格を得て)、ようやく臨床心理系専門職のスタートラインに立つのが一般的なルートだと思われます。
■根拠のないHSP診断ビジネス
これは精神医療の信用性にもかかわる問題なのですが、一部の精神科クリニックでは、自由診療のもとで「HSP診断」を行っています。「HSP外来」なる独自の外来を設置しているのも特徴的です。「HSPであることを、第三者に認められたい」というHSP自認者のニーズを利用しているようにみえます。
「HSP診断」のなにが問題かというと、HSPは精神医学的な診断名ではないので、そもそも「診断基準がない」ということです。診断基準がないのに、どのように診断するというのでしょう。
一部の精神科クリニックでは、定量的脳波測定(QEEG)によってHSPを診断すると謳(うた)っています。実際に、ブーム当時に検査を受け、診断書を公表するようなYouTuberもいました。検査料金は1万5000円程度とのことです。
このような治療を行っているクリニックのサイトでは、面談や診断の結果に応じて、TMS(経頭蓋磁気刺激)治療を勧める流れができています。何に対する治療なのか不明ですが、それがHSPに対する「治療」を指しているのであれば、脳波による「HSP診断」と同様になんら根拠に基づかない行為です。
こうしたクリニックでHSP自認者がTMS治療を勧められ、実際に高額な費用を支払ったという声も聞きます。料金帯は、回数や時間によってさまざまですが、30回セットを勧めるクリニックでは10万~70万円で実施しているケースもあります。もちろん、保険適用外です。
クリニックとは関係ありませんが、HSPである子ども(HSC)の「不登校克服セッション」なるセミナービジネスもあり、HSPをめぐる「生きづらさ」搾取ビジネスは、さまざまなところに現在もみられます。
■心理臨床や学校現場に入り込むHSPラベル
HSPという言葉は、ブームを通じて精神医療や学校現場にも影響を与えました。
「私の生きにくさはHSPが理由かもしれない」と精神科クリニックやカウンセリングの場に足を運ぶようになった方もそれなりにいると聞きます。医師やカウンセラーに対して「私はHSPだと思うのですが、どうでしょうか?」と尋ねる相談者の姿もあるようです。
また、学校現場では、うまく馴染めていない子どもに対して、一部の保護者や教員が「HSC」というラベルを使うようになっているとも聞きます。学校現場に限ったことではありませんが、定義不明瞭な形でHSPという言葉が使用されているので、ある意味で「生きづらさにかかわる経験であれば、なんでも詰め込める便利な言葉」になっているように思います。
HSPラベルが適切な支援に役立つのであればまだしも、「生きづらい理由は気質だから病気ではない」と自己判断あるいは他者判断し、むしろ状況が悪くなるケースもあるようです。
このように、HSPというラベルを通じて支援につながるケースと、むしろ支援を遠ざけるケースの両方が発生しています。
こうした状況に対して、現場の専門家も複雑な心境です。「こんなラベル、メリットなんて一つもない。害でしかない」と主張する専門家もいれば、「HSPを主訴に来談されるのは問題ない。このラベルを入り口にどんどん支援につながるとよいのでは」と話す専門家もいます。できるだけHSPという言葉に触れないようにすることで、この言葉がこれ以上広がらないように願う専門家もいるようです。
■救いに感じたとしても、そこに根拠はない
HSPブームを通じて、さまざまなHSP情報が世の中に広まりました。ブームは落ち着いたものの、言葉自体は消えることなく、通俗心理学の用語として定着したような印象さえ受けます。そして、ここまで論じたように、ブームの影響はいまもさまざまな場面で続いています。
専門家からみると、HSPにまつわる情報には、科学的根拠が薄いものが数多くあります。
「HSPカウンセラー資格講座」の宣伝文句のように「HSPは才能」「HSPのあなただからこそ伝えられることがある」といった甘美な言葉。「HSPは脳波によって診断できる」といった一部の精神科クリニックによる誘惑。藁をも掴みたい状況の人にとっては、それが魅力的にうつったり、救いに感じたりするかもしれません。たとえ、科学的な根拠がないといわれたとしても、です。
そして、HSPブームの負の側面を啓発する本記事のような情報は、おそらく一部のHSP自認者にとっては、直視したくない苦しいものであったと思います。せっかく手にしたアイデンティティーを傷つけられたような気持ちになった人もいるかもしれません。
それでもここまで読んでくださったHSP自認者の読者には、深く敬意を表したいです。この分野の一専門家として、HSPという言葉を扱う人々(自認者やその家族、支援者など)が不必要に搾取されないことを願っています。
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心理学者、創価大学教育学部 専任講師
1991年生まれ。茨城県出身。2019年、中央大学大学院博士後期課程修了。博士(心理学)。日本学術振興会特別研究員PD(東京大学)を経て、2022年より現職。専門は発達心理学。研究テーマは、思春期・青年期の環境感受性。心理学者によるHSP情報サイト「Japan Sensitivity Research」企画・運営者。主著に『HSPの心理学 科学的根拠から理解する「繊細さ」と「生きづらさ」』(金子書房、単著)、『繊細すぎるHSPのための 子育てお悩み相談室』(マイナビ出版、監修)。『HSPブームの功罪を問う』(岩波ブックレット、単著)がある。
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(心理学者、創価大学教育学部 専任講師 飯村 周平)
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