これがないと悲惨な老後が待ち受ける…老いと独居の寂しさを乗り越えるためにリストアップしておくべきこと【2023編集部セレクション】
プレジデントオンライン / 2023年11月13日 11時15分
※本稿は、和田秀樹『80歳の超え方』(廣済堂出版)の一部を再編集したものです。
■ひとり暮らしの高齢者は確実に増えている
国の2019年の世帯調査を見ると、65歳以上の高齢者では単独世帯が49.5%あり、つぎに夫婦のみの世帯が46.6%となっています。
統計上は単独世帯になっていますが、実際は子どもと同居している高齢者や敷地内に別々に家を建てているという方もいるでしょう。
それでも65歳を過ぎるとひとり暮らしが増えてくると考えていいと思います。夫婦のみで暮らす世帯もいずれ、どちらかが先に死に、ひとり暮らしになっていきます。
65歳以降の高齢者が「子と同居」という例は、確実に減っています。
その中でも「子夫婦との同居」は減っていますが、「配偶者のいない子」との同居は増えています。この配偶者のいない子も高齢者ひとり暮らしの予備軍だと思いますので、単独世代はますます増えていくのではないかと考えられます。
子どもがいても頼れないという方も多くいます。
いちばんの原因は、遠距離に住む子どもが増えたことです。しかし、これまでは地方の方が都会に仕事を求めて暮らすというのが多くのパターンでしたが、最近では都会で生まれて実家はあるが、地方や海外に仕事を見つけて移住してしまうというケースも多くあります。
どちらにしても、生まれた家に縛られず好きなところで暮らせるというよい面がありますが、親の老後に遠距離介護という課題が待っているでしょう。
■「親は元気でやっている」と思い込んでいる
そのうえ、働き盛りの子どもは忙しく、長時間労働で有給休暇消化もままなりません。結婚していれば、家のローン、子どもの受験、さまざまなことに忙しくて親のことを顧みている暇はないようです。
親のほうも子が大変なことは重々承知していて、子どもに対して遠慮して困っていることを言わないようになります。
本当は離れていても密にコミュニケーションをとっていればいいのですが、子どものほうは「親は元気でやっている」と思い込むことで日々をやりくりしています。
そこに親が突然倒れたと連絡が来るのです。
子どもはひさしぶりに帰って親の老いと実家の乱雑さに気がついて愕然とする、という事態はよくあることです。
遠距離に住んでも、いまは高齢者もスマホを使って子とやり取りをすることも多く、孫の写真や動画を見ることができます。
しかし、孫の入学式やピアノ発表会の写真を見るだけと実際に一緒に同じ時間を過ごすこととは全然違います。そのために、心理的距離が開いていきます。
■身体の健康だけではなく精神的なタフさも必要
東京都内の古い団地に住むM子さんは、認知症の診断は受けていますが、それほど進行はしていません。外出は膝が痛いのでデイケアへ行くくらいでした。
家の中では自立して過ごしていますが、買い物は不便です。宅配も頼みますが、衣服やもろもろ自分で買いたいときもあります。そんなときは、神奈川に住む息子さんが車で来て、買い物に連れて行ってくれるそうです。
そんな話を聞いて私は「いい息子さんですね」と言いました。ところが、M子さんは「でもね。買い物の荷物を玄関に置いて、忙しいからってお茶も飲まないで帰っちゃうんですよ」と呆(あき)れ顔で笑いながら話しました。
M子さんは笑っていましたが、そのさびしさはこちらにも伝わってきました。M子さんは、ひとりでお茶を飲み、たぶん気分を立て直してから、買ってきたものの片づけをするのでしょう。
ほかのひとり暮らしの方からも「子どもや孫が盆や正月には来てくれるけど、帰るとさびしくて一週間ぐらいは落ち込んでしまって」という話を聞きます。
高齢者のひとり暮らしが増えることを考えると、私たちは身体の健康だけではなく精神的にもタフでなくてはいけないのだと思ってしまいます。
ひとりでも楽しめるスキル、家族だけに精神的に依存しないスキル、他者と交流するスキルも必要なことだと考えます。
■男性は家事や精神ともに女性に依存している
65歳以上の単独世帯を男女で比較すると、全体では女性が約65%、男性約35%と、女性のほうが圧倒的に多いです。
女性は寿命が長く、妻の年齢が夫より下という夫婦も多いので、夫が先に逝き、妻がひとり暮らしになる流れが普通かもしれません。
ただ、当たり前の流ればかりではありません。妻のほうが病気で先に死ぬという事例も多くあります。
よく女性の患者さんが言うのは、「夫をおいて先に死ねない」「夫をおいて私が先にボケるわけにはいかない」といったことです。女性たちは、夫は家事能力がないことを心配しているわけです。
高齢者夫婦の片割れが亡くなったときに元気がなくなるのは、男性のほうだといわれています。
その原因として、家事を妻に任せっきりだったので、ひとりで暮らすスキルがないことや、男性は地域との交流がなくて孤立してしまうという問題が指摘されています。
男性が妻に依存しているのは家事だけではありません。精神的にも女性に依存している人が多くいます。妻に対して亭主関白に振る舞っている人こそ、依存度が高いかもしれません。
外ではいい人でも家の中で威張っていた人、会社にも地域にも心許せる友人がいなかったので愚痴のはけ口は妻だった人。そのほかにも、いい意味で妻がいちばんの理解者だったという男性もけっこう多いように思われます。
息子と夫が仲たがいしていても、「お父さんは、本当はあなたのことが心配なのよ」と、夫の気持ちを代弁してくれるのも妻です。
そんなありがたい妻ばかりではないと言われそうですが、一心同体でお互いを理解し合っている夫婦は多くいます。そうして精神的な依存は実は男性のほうが大きいようです。
■一人でものんびりと楽しく生きるスキルを
文芸評論家の江藤淳さんは「脳梗塞の発作に遭いし以来の江藤淳は、形骸に過ぎず、自ら処決して形骸を断ずる所以なり」という遺書を書いて自殺しました。
一部では前年に妻を病気で亡くしてから気力がなくなっていったという話もあり、うつ状態があったかもしれません。もし、妻が傍らにいたら、脳梗塞のリハビリだと文章を書き続けてがんばったかもしれません。
死の真相は誰にもわかりませんが、脳梗塞などの病気をひとりでリハビリしていくのは大変です。それが男性だとより孤独に見えてしまうのは、まだまだ男性は精神的な自立ができていないように見えるからです。
たしかに妻に先立たれ元気をなくす男性と、夫に先立たれなぜか元気になる女性がいることは事実です。
「夫より先に死ねない」という人の中には、「一週間でいいから未亡人をしたい」とこっそり話してくれる人もいました。ご飯の支度は考えず、好きなことが存分にできる自分の時間がほしいというのです。
いまの若い人はだいぶ男女平等意識は備わっているかと思いますが、現在の65歳以上は性別役割にどっぷり浸かっていた方々と言っていいでしょう。いまから、意識を変えるのは難しいかもしれません。
でも、妻から精神的に自立し、ひとりになってものんびりと楽しく生きるスキルは身につけておきましょうと、男性には言いたいです。
■妻に先立たれて「ただ歩く」ことの意味
NHKで「ほんたうに俺でよかつたのか」というドキュメンタリーを見ました。
ノーベル賞をとってもおかしくない業績をもつ生物学者で有名な歌人でもある74歳の永田和宏さんが、妻で同じく有名歌人の河野裕子さんを64歳で亡くした喪失感から立ち直ろうとしている姿が描かれていました。
永田さんは妻が亡くなったあとの遺品整理で、妻が独身のときに書いていた日記を見つけました。何年かは読むのをはばかっていたそうですが、2019年に日記を読んでみると、河野さんが永田さんともうひとりの男性との間で揺れている心情がつづられていました。
ドキュメンタリーの中で、永田さんは東海道を歩いています。いっきには歩けませんから、時間を見つけては続きを歩き、3年越しで京都から日本橋まで歩いたそうです。
番組スタッフに「なぜ歩くのですか?」と聞かれて、「達成感がある」と答えます。
永田さんは現役で研究所に勤務しています。短歌の世界でも認められて歌集も出しています。私から見ても「達成感を持てることはいっぱいあるではないか」と思います。
それでも歩くのです。歩きながら歌を考えるとかアイデアを考えるわけではなく、無心に歩くのです。「歩きとおすのが目的」と言って、デイパックを背負い歩きます。
歩くことは永田さんの修行なのかもしれません。妻に精神的に依存していた自分がひとりで歩いていくための道程です。
家事もほとんどやらなかったみたいです。生卵も割れなかったと言っています。いまは、味噌汁をつくり、洗濯を自分でします。ひとつひとつ家事を覚えていく男性の姿がありました。
永田さんはお子さんにも恵まれています。子どもたちも歌人となっているので、コミュニケーションも多いでしょう。
でも子どもは子ども、親の老いと喪失感は子どもの世代には通じないものです。
東海道を歩きとおして、「つぎは中山道を歩くかな」と言っていました。
永田さんほど恵まれた才能がなくても、歩くことはみなさんにもできます。
自分の精神安定に必要なものを考えていきましょう。
女性も夫が亡くなって落ち込んで気力がわかないという方もいます。ひとりでは家事をする気にもならないと聞くこともあります。
老いてもなお精神的にタフであれとは厳しいかもしれませんが、私自身も老後を考えると、自分の尊厳と自由を守るためにもタフでありたいと思っています。
■「これをやると元気になる」行動をリストアップ
歌人の永田和宏さんが歩くことで達成感を得られたように、みなさんも自分が元気になる行動を持っておくことをおすすめします。
精神障害を持つ人たちに「WRAP(ラップ)」という活動があります。Wellness(元気)、Recovery(回復)、Action(行動)、Plan(プラン)の頭文字を取ったもので、日本では「元気回復プラン」といわれています。
精神障害という病気の場合、しばしば気分の波が大きくなったり小さくなったりします。それにとらわれ過ぎると病気が再発してしまいます。
そこで、気分を立て直すために、自分の元気がなくなったときはこんなことをすればいいと、自分のプランを持っておくといいという提案が「WRAP」にあります。
精神の病気を持っていなくても、私たちは日々、落ち込んだり盛り上がったりします。
しかし、だいたいが落ち込みの原因がわかっていたりするものです。それを予防し、精神的にタフになる日課や、落ち込んだときに「これをやると元気になる」行動を自分でリストアップしておきましょう。
精神的にタフになるためには、普段の生活では得られない達成感を持てるものを探してみましょう。
一千枚の写経を目標にして毎日一枚書いている方もいれば、英語の勉強を始めて英検の試験を受けた方や、木を植え始めた方もいます。登山も達成感が得られる行動です。
でも、「日々の落ち込み」にあなたはどうしていますか。
あなたの落ち込み解決お宝箱には、どんなものが入っているでしょうか。
■面倒だけど老いを乗り越える元気が備わる
女性はお喋りがストレス解消になるといわれます。
Nさんは、夫が亡くなって落ち込み、さびしくなると娘や友達に電話して長電話をしていたそうです。はじめのうちはみんなが、夫を亡くしたかわいそうな母、もしくは友人として話を聞いてくれていました。
Nさんはその行為にすっかり甘えて朝夕と電話していたら、ある日、娘に「電話はいいけど、毎日は迷惑だ」と言われて、みんな迷惑だったのだと気づいたそうです。そして落ち込みました。
しばらくして、「傾聴ボランティア講座」のチラシを見ました。お喋りをせずに相手の話を聞くことを学んでみようと思い立ち、講座を受けました。
いまでは、傾聴ボランティアとして活動し、聞くことも覚えて娘や友達との関係も良好だそうです。
また、「ひとりカラオケ」で落ち込みを吹き飛ばす人、疲れたときは「自分にご褒美」作戦で、豪華弁当やスイーツを楽しむ人、映画館にひとりで行き、気持ちを落ち着ける人がいます。
人に頼ったり薬に頼ったりするだけでなく、自分の元気回復の素を「宝箱」に詰め込んでみましょう。元気回復の素はたくさんあったほうがいいのです。
それぞれ面倒と思えば面倒かもしれません。でもその面倒を乗り越えるたびに老いを乗り越える元気が備わっていきます。
あなたの元気回復ツールを書きだしてみませんか。
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精神科医
1960年、大阪市生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。ルネクリニック東京院院長、一橋大学経済学部・東京医科歯科大学非常勤講師。2022年3月発売の『80歳の壁』が2022年トーハン・日販年間総合ベストセラー1位に。メルマガ 和田秀樹の「テレビでもラジオでも言えないわたしの本音」
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(精神科医 和田 秀樹)
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