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「海外拠点を作ったら、現地人材がノイローゼになった」社員に過剰な我慢を強いる日本企業の"異常性"

プレジデントオンライン / 2023年11月27日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/yamasan

仕事において「空気を読むこと」や「我慢すること」は本当に大切なのか。高千穂大学の永井竜之介准教授は「日本の会社には、海外から見れば異常なまでの勤勉や献身を求める面がある。働き方を変えていく必要があるのではないか」という――。(第3回/全3回)

※本稿は、永井竜之介『分不相応のすすめ 詰んだ社会で生きるためのマーケティング思考』(CROSS-POT)の一部を再編集したものです。

■「空気を読むこと」が重要なスキルになっている

× 言われた通りにやればいい

集団の一員として、集団のルールに従って、自分を周囲に合わせていくプロセスでは、自分自身に我慢させることが数多く出てきます。「こういうものだから」「うちでは、これが普通なんで」「言われた通りにやって」などと直接的に言われたり、言葉にせずとも感じ取ったりする中で、自分個人では本当はもっと別の考え方、やり方があったとしても、我慢して受け入れて合わせていくことが求められやすいでしょう。

分相応を良しとする意識は、こうした我慢を受け入れやすくなるための土台となります。「まぁ仕方ない」「郷に入っては郷に従え」と、現状を受け入れることは当たり前であり、我慢することが美徳とされる場面も少なくないはずです。

世界の中でも、特に日本では「空気を読む」ことが、人間関係においても、仕事においても、重要なスキルの1つとされている背景には、分相応と我慢を美徳にしやすい偏った価値観があるといえます。

空気を読んで、周りに合わせる。空気を読んで、自分の主義や主張を我慢する。それは、子どもの頃から大人になっても、学校でも会社でも、ときには家庭内においてさえ、重要なスキルとされています。

■非合理なルーティンワーク、社内の無駄な慣習…

学校において、とても合理的とは思えない校則、教師による理不尽な指導、部活動やクラス内での妙なヒエラルキー(上下関係)など、色々なことに疑問はあっても空気を読んで、我慢して、受け入れて馴染もうとした経験は、多かれ少なかれ、ほとんどの人が持っているものでしょう。

会社においても、余計な時間と手間がかかる非合理的なルーティンワーク、社内だけで当たり前化してしまっている無駄な慣習、暗黙のうちに「地雷」「タブー」として避けられ続けている課題など、さまざまなことが空気を読んで我慢されています。

■「従順でいること」が得をする日本社会

「大人なんだから」「もっと大人らしくさ」などと言われやすい大人の方が、子どもよりもむしろ、我慢することを当たり前や美徳とする価値観が支配的かもしれません。上に対して、文句を言わずに従順で、反抗せず、勤勉に、ちゃんと我慢していた方が得をする、という小さな成功体験が沢山積み重なっていくことで、我慢は「普通」になっていくのです。

「我慢する」や「空気を読む」は、役割を分けて、自分に割り当てられた役割を全うする意識といえます。アメリカでは子どもを「小さな大人」として扱うのに対して、日本では子どもを「大人とは別の存在」として扱うことが多いといいます(※1)

お盆やお正月に帰省したりすると、大人は大人同士、子どもは子ども同士で、分かれて食事をしたり、過ごしたりすることがよくあります。子どもは、成人して、お酒を一緒に飲めるようになると、大人側に参加できるようになるものです。

子どもという別の存在から、「人に成る」成人をすることで、大人に加わる感覚です。大人と子どもは異なる役割が分担されていて、それぞれの役割を全うすることが当たり前化しています。

※1 東洋経済ONLINE「「子供嫌い」の日本、アメリカと価値観が違う背景」を参照。

■「我慢して当たり前」は健全な状態なのか

こうした役割意識は、会社においても同様で、「指示する側」と「指示される側」がハッキリと分けられて、役割分担されていることが一般的といっていいでしょう。特に日本では、40代以上のマネジメント層が「指示する側」として権限を持ち、20・30代の若手や中堅は「指示される側」として実行に専念することを求められがちです。

対話する男性のイメージ
写真=iStock.com/maroke
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/maroke

「指示される側」は、その役割を全うできることを重要視されていて、疑問を持ったり、批判したりすることはなかなか歓迎されません。だから、ビジネスの現場に立って実行しているからこそ気づける疑問や課題があっても、我慢して飲み込むだけになりやすいのです。

役割が固定されていて、ある役割の人たちは我慢して当たり前で、我慢できることこそが重要……。それは本当に健全な状態でしょうか。長い歴史を持つ大企業や中小企業が数も多く、力も強い日本と比べて、アメリカや中国では新しいベンチャー企業が次々に生まれて、活躍を広げています。新しく作られるベンチャー企業は、シニア層がほぼいない組織であることが多く、従来の役割分担の垣根を壊すという意味でも重要な存在です。

■「35歳定年」と言われる中国のITベンチャー

米中のベンチャー企業では、平均年齢が20代という組織も珍しくありません。現場に立つビジネスパーソンが、我慢せずに、挑戦できる組織です。ただし、その代わりに責任も増えます。中国のITベンチャー業界では、「35歳定年」と言われるほど、特に技術者(エンジニア)は若いうちに挑戦をして、勝負をかけて、結果を出すことが求められます。ハードな世界ですが、だからこそ、ベンチャー企業が飛躍していける世界にもなっています。

もちろん、ベンチャー企業にも良し悪しがあります。大企業にも、中小企業にも、それぞれに良し悪しはあります。ただ、役割が固定化され、我慢が美徳になってしまっている環境を変えるという意味において、ベンチャー企業のような新しい組織が沢山作られ、急成長をしていくことによって、従来の会社の中でも現状維持に対する危機感が高まり、組織として新陳代謝や変革が起きていくのは、確実に大切な社会の動きです。

PCを持つ人のイメージ
写真=iStock.com/kk-istock
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kk-istock

■「我慢強さ」はすぐに「思考停止」へ姿を変える

× 嫌だけど、しょうがない

空気を読んで、我慢して、周囲の人々や物事の前例に合わせることばかりに慣れていく。また、そのように上手く合わせられることが、能力として評価される環境にいることで、どんどん染まっていく。そうした「我慢強さ」は、いつでも、すぐに「思考停止」へ姿を変えます。

「我慢できるでしょ」「察してよ」と言われ続けることで、自分のオリジナルで考えることをあきらめて、何かあっても、自分自身に「しょうがない」「どうせ、○○でしょ」と言い聞かせるクセがついていきます。我慢して、あきらめて、言われた通りにやるだけ、求められた通りにやるだけ、ルーティンや前例に従うだけ、になっていくのです。

「どうせ、こういうものでしょ」と割り切ったフリをして、「普通でいいから」とあきらめて分相応を良しとしていくと、次第に、自分のことなのにすべてが他人事のように思えていってしまいます。

仕事において、「空気を読む」や「我慢する」を選ぶことが有効な場面は確かにあります。波風を立てず、上手く立ち回ることで、周囲から気に入られる……。そうした「要領の良さ」を持てる人が評価され、出世していける場面や組織は多いはずです。

それに順応できる人はいいでしょう。自分が我慢することで下手に出ながらも、じつは自分が相手や周囲をコントロールすることを、ゲーム感覚で楽しめる人にとっては、特に問題はありません。しかし、そうでない人にとっては、仕事はどんどんつらくなっていきます。ある程度までは我慢できても、我慢するだけの日々が延々と続くことで、流石につらくなってしまう人は大勢います。

■日本のビジネスパーソンが抱える「過剰適応」の問題

近年、日本のビジネスパーソンが抱える問題として取り上げられているのが、「過剰適応」です。過剰適応は、周囲の環境から求められたり、期待されたりすることに対して、自分の気持ちを押し殺してでも、完璧に応えようとしすぎることです。自分自身で、自分らしさがないと感じていたり、自分に自信を持てていなかったりすると、その代わりに周囲に過剰に適応しようとして苦しみやすくなります。

『分不相応のすすめ 詰んだ社会で生きるためのマーケティング思考』(CROSS-POT)
永井竜之介『分不相応のすすめ 詰んだ社会で生きるためのマーケティング思考』(CROSS-POT)

また、周囲に過剰に適応しなければならない状況に身を置くことで、自分の気持ちが押しつぶされていって苦しむ場合もあります。こうした過剰適応になり、心と身体にダメージを負ってしまうことが現代病の1つとして問題視され始めています。

そもそも、身を粉にして会社のために尽くす「モーレツ社員」や「企業戦士」が良しとされていたように、日本の会社における働き方には、昔から異常性が少なからずありました。社員に対して、異常なまでの勤勉や献身を求めて、我慢を強いる日本の働き方は、国全体で進める「働き方改革」によって改善されてきていますが、まだまだ改革が行き届いていない部分も残されています。

■日本企業が海外に作った工場で、現地の人々がノイローゼに

日本の会社が、海外に拠点を作ったとき、その海外の工場で日本と同じマニュアルを採用したところ、現地の人々がノイローゼになってしまったという話を聞いたことがあります。日本の人にとっては我慢して受け入れられるマニュアルでも、海外の人にとっては細かすぎて、複雑すぎて、心が耐えられないものだったのです。そのマニュアルに対応できている日本は、良く言えば「人材のレベルが高い」ですが、悪く言えば「ストレスに対して心が麻痺している」状態でしょう。

働きすぎて命を落としてしまう「過労死」は、「Karoshi」として英単語になっています。それはつまり、自分の命が危なくなっても我慢を続けて、仕事を続けてしまうということが、英語圏では考えにくい概念であるということです。我慢しすぎて、思考停止に陥り、仕事を止めることすらできなくなってしまう事態は、世界共通のものではないわけです。

■「しょうがない」を止めて、打開する方法を探す

まずは、「しょうがない」を止めてみることから始めてみましょう。物事をあきらめたり、仕方なく受け入れたりするときに使われる「しょうがない」という単語もまた、英語にはないといいます(※2)。近い言い回しの表現はあっても、その一言であきらめて片づけてしまえる、多くの人が共通して使うような簡単な単語はないのだそうです。

業界における暗黙の常識、会社内や部署内での習慣、あるいは面倒な人間関係など、非合理的で理不尽な何かに出会ったとき、あきらめる理由を探して、すぐに「しょうがない」と言うのをやめてみましょう。その代わりに、打開する方法を探すクセをつけるのです。

打開するのが難しければ、回避する選択肢を選ぶ工夫をしてみるのもいいでしょう。我慢して、思考を停止させて、ただ耐え忍んでいては、心にも身体にも悪く、いつまでも待っても「面白い仕事」をすることはできません。

※2 Freshtrax「アメリカ企業が日本企業に勝るたった一つのこと」を参照。

【図表】役割意識が招く、「空気を読む」と「我慢する」
出典=『分不相応のすすめ 詰んだ社会で生きるためのマーケティング思考』(CROSS-POT)

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永井 竜之介(ながい・りゅうのすけ)
高千穂大学商学部准教授
1986年生まれ。専門はマーケティング戦略、消費者行動、イノベーション。産学官連携活動、企業団体支援、企業との共同研究および企業研修などのマーケティングとイノベーションに関わる幅広い活動に従事。主な著書に『マーケティングの鬼100則』(ASUKA BUSINESS)、『嫉妬を今すぐ行動力に変える科学的トレーニング』(秀和システム)、『リープ・マーケティング 中国ベンチャーに学ぶ新時代の「広め方」』(イースト・プレス)などがある。

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(高千穂大学商学部准教授 永井 竜之介)

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