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国民から税金を吸い上げることしか考えていない…尾張の農民たちが告発した「1000年前の税金地獄」の異常さ

プレジデントオンライン / 2023年11月22日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Wako Megumi

平安時代の貴族たちはどんな暮らしをしていたのか。神奈川大学日本常民文化研究所特別研究員の繁田信一さんは「『源氏物語』に書かれた優美なイメージとは全く異なる。受領国司(地方行政の長)として地方に派遣される貴族のなかには、横領や増税に努めて私腹を肥やし、農民たちから訴えられるケースもあった」という――。

※本稿は、繁田信一『わるい平安貴族』(PHP文庫)の一部を再編集したものです。

■公的融資制度を悪用し、私腹を肥やす平安貴族がいた

「願わくば、ご裁断くださいませ。当国の国守である藤原元命(もとなが)殿は、本年を含む三カ年の間、税の名目で物品を奪い盗るという違法を行うとともに、暴力を用いた脱法をも行いましたが、それらの違法行為や脱法行為は、合わせて三十一カ条にも及びます。これが本状の趣旨です」。

尾張国の郡司や百姓が「尾張国郡司百姓等解」において最初に糾弾しようとした尾張守藤原元命の悪行は、不当な課税と見なされるべきものであった。

[第一条] 公的融資の利息を名目とした不当な増税を行った。

王朝時代、尾張国をはじめとする地方諸国の政府=国府は、われわれ現代人には少し奇異なものに見えるような公的融資を行っていた。

それは、毎年の春先、国内の百姓=農業経営者たちに対して一年間の農業経営の元資となる米を貸しつけるというものであり、また、その年の冬、新たに収穫された米の中から元本と三割ほどの利率の利息とを回収するというものであった。こうした公的な融資は、表面上、国府による農業振興策に見えるのではないだろうか。

■強制的に貸し付け、利息30%で荒稼ぎ…

しかし、これは、借り手の意思を無視した強制的な融資であった。つまり、農業経営に携わる百姓たちは、たとえ経営の元資に困っていなくとも、毎年、必ずや国府からの融資を受けなければならなかったのである。

そして、この融資をまったく無意味に受けた百姓であっても、融資を受けた以上、絶対に利息を払わなければならなかった。当然、豊富な元資を持つ百姓にしてみれば、右の公的融資の制度は、迷惑なものでしかなかっただろう。

結局、王朝時代の国府が行っていた公的融資は、農業振興策であるどころか、融資の体裁を借りた課税でしかなかった。当時の百姓たちは、正規の税を納めさせられたうえに、公的融資に対する利息を名目とする不可解な税の納付をも義務づけられていたのである。

ただし、そんな理不尽な負担を強いられていた百姓たちにも、多少の救いはあった。すなわち、国府が行う強制的な融資にも、貸しつけの限度額があったのである。

例えば、「尾張国郡司百姓等解」によれば、尾張国府が国内の百姓に貸しつけることのできる元本の総額は、一万二三一〇石ほどに制限されていたらしい。そして、同国の百姓たちが公的融資への利息の名目で徴収される税の総額は、例年、三七〇〇石弱に収まるはずであった。

■巻き上げた金は「農民の数百年分から千数百年分の年収」

ところが、寛和二年(九八六)に着任した尾張守藤原元命は、こうした従来よりの規定を平然と無視したという。

永延二年(九八八)までの三ヶ年に合計で二万一五〇〇石を超える額の強制融資を追加して、百姓たちから六四〇〇石以上もの米を利息として取り立てたのである。もちろん、この六四〇〇石は、その全てが元命個人の懐に入ったことだろう。

ちなみに、こうして元命が尾張国の百姓たちから巻き上げた米六四〇〇石は、王朝時代の大半の人々にとって、一生を費やしても稼ぎ出し得ないほどの巨富であった。当時、一般的な雑役に従事する労働者は、朝から晩まで働いても、一升(〇・〇一石)もしくは二升(〇・〇二石)ほどの米しか手にできなかったのである。そんな庶民層の人々にしてみれば、六四〇〇石というのは、数百年分から千数百年分の年収に等しい額であった。

だが、公的融資の制度を悪用する受領国司たちには、それだけの額を稼ぐことも、そう難しいことではなかったにちがいない。

日本の封建時代の衣装を着た男性
写真=iStock.com/Beatrice Sirinuntananon
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Beatrice Sirinuntananon

■着服のために大増税を断行

しかも、尾張守藤原元命が自身の蓄財のために悪用したのは、事実上の課税制度となっていた公的融資制度だけではなかった。尾張国の富を吸い上げられるだけ吸い上げるつもりであった元命は、本来的な課税制度をも、存分に悪用したのである。

[第三条] 朝廷の許可を得ずに税率を大幅に引き上げた。

違法な税率を用いて百姓たちから税を取り立てた尾張守は、けっして藤原元命だけではない。

実のところ、元命に先立つ歴代の尾張守たちは、一町(約一万四四〇〇平方メートル)の田地について九石もしくは十二石という税率を当たり前のように用いていたらしいのだが、それは、朝廷によって定められた一町につき四・五石という税率から大きく逸脱したものであった。

どうやら、王朝時代の尾張国においては、法定に倍する税率での課税が、慣例化してしまっていたようなのである。

だが、そんな尾張国に生きる百姓たちも、元命が寛和二年(九八六)に新しく採用した税率には、さすがに憤慨せずにはいられなかった。というのも、元命の提示した新税率が、一町につき二十一・六石という、あまりにも高いものだったからである。

それは、従来の違法税率の一・八倍から二・四倍の税率であり、法定税率と比すれば四・八倍にもなる高過ぎるほどに高い税率であった。

■農民が作ったものを不当に安く買い上げる

王朝時代の受領国司は、税として徴収した米を財源として、さまざまな物品の買い上げを行った。というのも、任国にて調達した多様な物品を朝廷に上納することもまた、当時の受領たちが帯びていた重要な任務の一つだったからである。

だが、尾張守藤原元命のような悪徳受領は、そうした公務としての買い上げの際にさえ、私腹を肥やさんとして、あまりにもえげつない不正を働いたのであった。

[第七条] 買い上げの名目で種々の物品を騙し盗った。

元命が尾張守として尾張国において買い上げたのは、絹織物・麻織物・漆・油・苧麻(ちょま)・染料・綿といった品々である。そして、これらの物品を生産して元命に売ったのは、尾張国の百姓たちだったわけだが、その百姓たちの不満は、元命が物品を不当に安く買い上げたことにあった。そうした不公正な買い上げが尾張国の百姓たちにもたらした損失は、絹織物に関してだけでも、数千疋にも及んでいたという。

こうした悪徳受領による公的な買い上げの最も恐ろしいところは、それが売り手の意思を無視した強制的なものであったところにあった。つまり、買い上げの名目で尾張守元命から絹織物を売るように求められた尾張国の百姓は、どれだけの損失を被ることになろうとも、必ずや元命が購入したがるだけの量の絹織物を売らなければならなかったのである。

それでも、元命から多少なりとも代価を支払われた者は、たとえ原価割れするような価格での売買を強いられていたにしても、まだ幸運であったのかもしれない。というのは、貸しつけというかたちで元命のために絹織物を用立てた百姓の中には、その貸しつけを踏み倒された者もあったからに他ならない。

■被害額は「農民の二万数千年分の年収」に上ったのに…

さて、以上に「尾張国郡司百姓等解」の内容の一部を詳しく見てきたわけだが、これによって明らかになったように、尾張守藤原元命がその任国において犯した罪は、あまりにも大きなものであった。

彼の数々の悪行が尾張国にもたらした損失は、経済的なものだけを見ても、十七万数千石にもなっていたのである。それは、王朝時代において、一般労働者の二万数千年分の年収に匹敵する額であった。

繁田信一『わるい平安貴族』(PHP文庫)
繁田信一『わるい平安貴族』(PHP文庫)

そして、国司の権力を振りかざして欲望のままに犯行を重ねた悪徳受領は、永祚元年(九八九)の四月五日、ついに尾張守を罷免されることになる。

同日の『小右記』に「元命朝臣(あそん)は百姓の愁ふるに依りて任を停む」と見える如く、これに先立って「尾張国郡司百姓等解」を受理していた朝廷が、藤原元命から尾張守の官職を取り上げたのである。

しかし、三カ年にも渡って尾張国の人々をさんざんに苦しめておきながらも、ただたんに受領国司の地位を失うだけですんだのであるから、藤原元命という悪徳受領は、かなりの強運に恵まれていたのかもしれない。
 

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繁田 信一(しげた・しんいち)
歴史学者、神奈川大学日本常民文化研究所特別研究員
1968年、東京都生まれ。東北大学・神奈川大学の大学院を経て、現在、神奈川大学日本常民文化研究所特別研究員、同大学国際日本学部非常勤講師、博士(歴史民俗資料学)。主な著書に『殴り合う貴族たち』(文春学藝ライブラリー)、『陰陽師』(中公新書)、『源氏物語を楽しむための王朝貴族入門』(吉川弘文館)、『下級貴族たちの王朝時代』(新典社)、『知るほど不思議な平安時代 上・下』(教育評論社)などがある。

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(歴史学者、神奈川大学日本常民文化研究所特別研究員 繁田 信一)

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