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無報酬で交通・滞在費も自腹…北アルプス山小屋「夏山診療」をした女医が担う"プリズンドクター"の意外な年収

プレジデントオンライン / 2023年11月13日 11時15分

おおたわ史絵さん[出所=『医学部進学大百科2024完全保存版』(プレジデントムック)] - 撮影=梅田佳澄

刑務所の受刑者を診る「プリズン・ドクター」。テレビの情報番組のコメンテーターとしても知られるおおたわ史絵さん(総合内科専門医・法務省矯正局医師)は2017年からこの職務を担っている。以前は「夏山診療所」での勤務経験もある。こうした仕事は敬遠されがちだが、なぜ引き受けたのか。『プレジデントFamily』編集部の取材に答えた――。

※本稿は、『医学部進学大百科2024完全保存版』(プレジデントムック)の一部を再編集したものです。

■刑務所内の医師は一般病院より安全!

「最近、テレビや雑誌などで取材していただくことが増えたのですが、そのたびに私が『とてもいい人』みたいに表現されるんですよね。そんなことないんです。これが私の仕事、私の『なりわい』なんです」

取材冒頭、おおたわ史絵さんはそう話し出した。

おおたわさんは内科医であり、2022年に出版され話題となった『プリズン・ドクター』(新潮新書)の著者である。テレビの情報番組のコメンテーターとしても活躍している。

「プリズン・ドクター」とは、法務省が雇う矯正医官、つまり、刑務所内のお医者さんのこと。著書は、おおたわさんが、塀の中の医務室での診療の様子や、それを通して感じたこと、考えたことを、時に軽妙なタッチもまじえながらまとめたものである。

まず、一般の人々はほとんど知る機会のない、刑務所内での医療について触れてみよう。

当たり前のことだが、刑務所に収容されている受刑者も、必要に応じて診療を受けることができる。風邪もひくし腰痛にもなるし、作業でケガをすることもある。

「悪いことをした人間に、一般人と同様に医療を施す必要があるのか」と抵抗を感じる人もいるだろう。刑罰を「懲らしめ」ととらえれば、その考え方にも一理ある。「懲役」には「反省」の側面もあるが、同時に、「償い」や「社会復帰のための支援」も大きな目的である。体調のすぐれない状態のままで収容していたのでは、これらの目的を達成しえない。刑務所内での医療とは、受刑のために不可欠なものといえるのだ。

■刑務所医務室の医師の机に置かれているモノ

一方で、刑務所内の医療のための費用は、税金によって賄われており、予算には限りがある。一般の病院並みの設備や機器、医薬品などが揃っているわけではない。しかも、患者はすべて「罪を犯した人」である。暴力事件や殺人を犯した人もいる。「怖い」と感じてしまうのも自然なことだ。

『医学部進学大百科2024完全保存版』(プレジデントムック)
『医学部進学大百科2024完全保存版』(プレジデントムック)

こういった事情から、刑務所内の医療を担当する法務省の担当官らは、プリズン・ドクターの確保に苦労し続けている。「何を好きこのんで、そんな過酷な仕事を引き受けなければならないのか」と考える医師が多いのだ。

「でもね、刑務所内の医師って、一般の病院やクリニックの医師よりも、よっぽど安全なんですよ」

おおたわさんはそう語る。

「診察の際、受刑者が座る椅子と私の席との間には『線』があり、受刑者はこの線を越えて医師に近づいてはいけないことになっています。刑務官も必ず立ち会っています」(おおたわさん、以下同)

刑務所の医務室では、医師の机の上もカルテと最小限の筆記用具しか置かれていない。そのほかの医療器具は使用するときだけ取り出し、使い終わったらすぐにしまう。鉛筆一本といえども、場合によっては武器になりかねないからだ。

「花粉症の受刑者はお気の毒です。施設によっては点鼻薬を本人に持たせないんです。そのボトルに何を隠すかわからないですからね」

(左)越えてはいけない「線」(右)「何も置かない」が基本のデスク
撮影=梅田佳澄
(左)越えてはいけない「線」。(右)「何も置かない」が基本のデスク。[出所=『医学部進学大百科2024完全保存版』(プレジデントムック)] - 撮影=梅田佳澄

■父と同じなりわいを当たり前に受け継いだ

おおたわさんがこの仕事を引き受けたのは6年ほど前。当時、おおたわさんは、父から引き継いだクリニックを閉院した後だった。

おおたわさんは小学校に入学する前から、将来は医師になるのを当然のことのように思っていた。父がそれを求めたわけではない。当時は「医者の子は医者になるもの」と当たり前に考えていたという。

「三つ上のいとこと仲がよくて、よく遊んでいたんです。2人とも歌が好きで一緒に歌っていたのですが、その子はその後、宝塚の男役になりました。今になって思えば、私にも別の道があったんですよね(笑)」

だから、おおたわさんは「医を志した」といった意識はほとんどないのだという。

公談禁止
撮影=梅田佳澄/出所=『医学部進学大百科2024完全保存版』(プレジデントムック)

プリズン・ドクターについても、使命感を持って引き受けたわけではないと、おおたわさんは語る。

「矯正医官の給料は、安くはありませんが、医師の世界では高くもありません(法務省のホームページには、平均年収1400万円ほどとある)。医師になるためには医学部の学費をはじめ、かなりの『先行投資』をしています。その『回収』のことを考えると、矯正医官を引き受けることに二の足を踏む医師が多いのもわかります」

そう言ったあとで、おおたわさんは続ける。

「だから、矯正医官を続けている私は『いい人』みたいに見えるかもしれませんが、そうじゃないのです。私はボランティア精神なんて尊いものは持っていません」

玄関から診察室に向かうわたり廊下。
撮影=梅田佳澄
玄関から診察室に向かうわたり廊下。[出所=『医学部進学大百科2024完全保存版』(プレジデントムック)] - 撮影=梅田佳澄

とはいうものの、おおたわさんはかつて、研修医時代にお世話になった先輩医師から「ボランティア」を勧められたことがあるという。北アルプスの山小屋での「夏山診療」、いわゆる「雲の上の診療所」での診療だ。体調を崩したりケガをしたりした登山者を診る。

「何が悲しくて、12kgもの荷物を自分で背負い、交通費も滞在費も自分持ちで、テレビもない、携帯の電波も届かないところに何日も行かなきゃならないの、とずっと断り続けていたんです」

ところが、父が亡くなった翌年の正月、ふと「今年は行ってみよう」と思ったのだという。

■なぜ、人が断る仕事をあえて受けるのか?

雲の上の診療所は別世界だった。いい意味ではなく――。限られた診療設備。ぎりぎりの医薬品。手に負えないからといって簡単に転院できない患者たち。「どうやって無事に山から下ろすか」に頭を悩ませ、工夫に工夫を重ねる毎日だ。

ただ、診療所にはたくさんの絵はがきが張られていた。この診療所で救われた人々からの「ありがとうございました」「無事、帰ることができました」というお礼のはがきだ。

「地上の病院では多くの医師が訴訟のリスクにおびえています。患者さんからのクレームがそれだけ多いのです。でも、山の診療所では、患者さんは私たちに頼ることしかできない。必ずしも満足な治療はできないけれど、医師はどうやって助けられるかを必死に考える。そして患者さんから感謝の言葉をもらう。医療の原点を見た気がしました」

使命感からではなく、医療の原点を感じたくてその後も10年近く続けた。足元に広がる雲や頭上の流れ星を今でも思い出すという。

原点については、矯正医官の仕事にも感じることがあるという。

「一般病院では途中で来なくなってしまう患者さんがいます。治ったのか、別の病院に行ったのかわからずに気になることもあるのですが、刑務所の場合、刑期を終えた人は別として、絶対に最後まで診ることができるので、医師としては幸せですね(笑)」

診察中のおおたわ先生
撮影=梅田佳澄
診察中のおおたわ先生。[出所=『医学部進学大百科2024完全保存版』(プレジデントムック)] - 撮影=梅田佳澄

また、おおたわさんは、聴覚支援学校(旧ろう学校)の校医も務めている。もう20年にもなる。

「これももともと、父がやっていたのを引き継いだだけなんですけどね」

障がいのある子供たちとのコミュニケーションは、それなりに時間がかかる。障がいの度合いや症状もさまざま。支援学校の校医もやはり、あまりなり手がいないのだという。

プリズン・ドクター、夏山の診療所、支援学校の校医……。語弊があるかもしれないが、「一般的」とはいえない選択を、どうしておおたわさんは続けているのだろうか。

しばらく考えた後、おおたわさんは口を開いた。

「それが私のなりわいだからです。仕事だから引き受ける、それだけですね」

そしてもう一度考えた後、続けた。

「父が、そういう人でした」

おおたわさんの経歴
1983年 筑波大学附属高等学校卒業
1989年 東京女子医科大学医学部卒業
内科医師の難関、総合内科専門医の資格を持ち、多くの患者の診療に当たる。

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おおたわ 史絵(おおたわ・ふみえ)
総合内科専門医/法務省矯正局医師
東京女子医科大学卒。大学病院、救命救急センター、地域開業医を経て2018年よりプリズン・ドクターに。医師と並行して、テレビ出演や著作活動も行っている。著書に、薬物依存だった母親との関係を描いた『母を捨てるということ』(朝日新聞出版)や、矯正医官として“塀の中の診察室”の日々をユーモアに綴った『プリズン・ドクター』(新潮新書)などがある。

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(総合内科専門医/法務省矯正局医師 おおたわ 史絵 文=金子聡一)

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