かつて世界シェア7割を誇った日本の半導体は、なぜ「韓国、台湾以下」に落ちぶれてしまったのか
プレジデントオンライン / 2023年11月15日 10時15分
※本稿は、宮崎正弘『半導体戦争! 中国敗北後の日本と世界』(宝島社)の一部を再編集したものです。
■日本の半導体産業は米国によって潰された
わが国の半導体産業の凋落原因は何ゆえか。
第一に、日米通商摩擦の犠牲となったこと。クルマの「自主規制」に続いて半導体が米国の攻撃目標とされ、「日米半導体協定」を無理矢理締結させられ、手足をもがれた。
ずばり言えば、日本の半導体産業は二十年前に米国によって潰されたのだ。議会に働きかけ日本の競争力を弱体化させようと水面下のロビィ活動を展開したのが1977年に設立された「米国半導体工業会(SIA)」である。この組織が黒幕だった。
第二に、米国が先端技術を日本の頭越しに韓国と台湾へ供与し、奨励したこと。明らかに日本の競争力を衰退させる目的だった。言いがかりに近いダンピング提訴もさりながら、日本が課せられた数値目標が大きな障害となった。米国はこれで日本は再び立ち上がれまいとほくそ笑んだ。まるで戦後GHQの日本非武装化と同じ発想だったのだ。
第三に、アナログからデジタルへの変換が起きていたが、既存の業績に振り回された日本企業の対応が遅れた。日本は高品質にこだわってデジタル方面の対応が後手に回った。
日本の電化製品が世界的ベストセラーとなっていて、経営者には「その次」を真剣に考える余裕もなかった。
■ビジネスモデルへの転換が大きく遅れた
第四に、ビジネスモデルの変更である。簡単な例を挙げればテープレコーダーの小型化とウォークマンの登場で関連の産業分野が広がり、磁気テープのTDKや3Mの全盛が一時期出現した。ヴィデオでもVHSかベータマックスかで熾烈(しれつ)な競争を展開している間に、ビジネスモデルはDVDへと移っていた。デジタルカメラのブームは忽然と去ってスマホの画像がデジタルカメラより高画素となった。
スマホとパソコンの商戦で日本がシェア拡大競争に明け暮れている間に生産方面はまったく乗り遅れた。アップルはほぼ全量を中国で生産していたのだ。皮肉なことにその組み立ての主力工場は台湾人経営のフォックスコン(鴻海精密工業)である。例えば、バブル時代に繁栄を謳歌したマスコミ、とくに新聞とテレビの凋落ぶりを見ればわかる。
インターネット、ユーチューブという新兵器が新聞の部数激減を招来した。大新聞各社は軒並み数百万部から数十万部も部数を減らし、保有不動産を売却して早期退職者を募り、それでも明日を知れぬ衰退傾向である。
出版界は老舗の月刊誌『現代』『宝石』や『週刊朝日』の休刊が象徴するように多くの雑誌が休・廃刊に追い込まれ、また単行本の初版部数は往時の三分の一以下となった。全国で書店数は半減し、とくに若者は新聞もテレビも見ない。スマホだけで用を足している。
■通信・メディアもめまぐるしく変わった
国際通信でも同じ傾向があり、電報も国際電話も廃れ、テレックスとワープロは無用の長物となり、書類は郵送ではなくネットで送り、メッセージは文字通信となった。そして画像も送れる時代、既存の新聞紙はいずれ淘汰される懼(おそ)れがある。
ワープロ一号機は畳一畳分だった。富士通のワープロを真っ先に外交評論家の加瀬英明がオフィスに導入し、しかも一週間講師が派遣され、ああだこうだと講釈していたが、とても操作方法が複雑だったので解約した。そのワープロが短時日で小型化され、卓上で操作してフロッピィに記憶させる。編集者とのやり取りは、「フロッピィで送ってください」となった。自筆原稿を速達書留で送っていた(あるいは編集者が取りに来た)時代から比べると「革命的な進歩」だった。ワープロをすぐに取り入れたのは悪筆で有名な石原慎太郎と、時代捕物帳で主人公たちの名前がやたらに長いのを簡略ボタン一つで済むと言っていた有明夏夫(直木賞作家)だった。
電話機はスマホになったが、その前はガラケー、その前は重たい携帯電話か、自動車電話だった。今日(こんにち)のスマホは機能がやたら多く、電話に録音に画像収録に万歩計、そしてグーグルの検索から飛行機のチケットまで代行する。
■エンジニア重視の伝統が希薄になった
第五に、「失われた二十年」が三十年となって、日本企業は新分野への開拓を怠り、内部留保の積み上げに明け暮れ、次の技術研究と開発に消極的だった。エンジニア重視の伝統が希薄となった。
国産ロケット「イプシロン」の打ち上げ連続失敗を見よ。令和四年に固体燃料ロケット「イプシロン6号」が打ち上げ失敗、同年、月面着陸を目指していた探査機「OMOTENASHI」が通信途絶、令和五年三月、大型ロケット「H3」が打ち上げに失敗、四月に「アイスペース」の月面着陸失敗、七月、小型固定燃料ロケット「イプシロンS」の二段目エンジンの燃焼試験が爆発と、失敗続きの醜態を続けている。
その上、優秀なエンジニアは外国企業に引き抜かれた。替わって躍進した台湾と韓国勢は米国にR&D(研究開発)センターを設立し、米国の大学の理工学部卒の優秀なエンジニアを高給で召し抱え、瞬く間にのし上がったのである。
エリクソンとノキアはかつて携帯電話の王者だった。もともと両者は通信施設、地上局設備など通信のインフラを担い、携帯電話にも進出したが、価格でサムスンと競合しているうちに中国製スマホに市場を奪われた。
ノキアはマイクロソフト傘下となり、往時の面影はないが、地上局設備などで欧州が中国のファーウェイ(華為技術)排除を決めたので基礎的なビジネスは維持されている。両社ともに半導体は製造していない。
■なぜ「世界の七割シェア」から半死状態に陥ったか
順番に見ていこう。
1986年9月に日本政府と米国は「日米半導体協定」を締結した。半導体に関する日米貿易摩擦解決をめざす条約レベルの約束で、第一次日米半導体協定(1986年~1991年)と第二次日米半導体協定(1991年~1996年)によってわが国の半導体開発の劣化が決定的となった。ブッシュ・シニア政権からビル・クリントン政権の時代である。
![ホワイトハウスのイメージ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/8/1200wm/img_3832c926bcf2a29902fcabedd4a3e4bb196517.jpg)
1981年に世界市場の七割ものシェアを誇っていた日本の半導体は半死状態に陥った。1970年代後半から日本の半導体の対米輸出が増加し、米国内に反日感情が醸成され、米産業界と議会には「日本脅威論」が強まって、全米に日本への嫉妬と反感と嫌悪が混ざり合った感情が広がった。
それ以前、世界ランキングの1位はTI(テキサス・インスツルメンツ)、2位がモトローラ、3位はフェアチャイルドといずれも米国企業だった。当時、筆者は貿易会社を経営していたので、米国へ輸出していた品目は弱電部品や電気雑貨が主だった。したがってTI、モトローラ、フェアチャイルドなどは巨(おお)きな存在だった。
この時期に日本が襲われたもう1つの要素は過度な円高である。
■トップ10に日本企業が7社入っていた
貿易業者、総合商社、輸出メーカーなどにとっては「想定外」の方向から経済上の交易条件が変わった。この通貨戦争も米国が巧妙に狡猾に仕掛けた。日本の雑貨、高級衣料、電化製品、電機部品など国内で製造してもコストが合わなくなり、機械ごと台湾、香港、フィリピンなどへ移した。筆者の取引先の多くは機械を海外へ移転するか、廃業した。政治家と官僚たちの無能!
1985年のプラザ合意に前後して、半導体不況で米国メーカーの業績が悪化し、多くが半導体事業から撤退した。米国半導体工業会が日本に言いがかりをつけた。米国半導体工業会(SIA)は1977年設立の業界団体、本部がシリコンバレーではなく、ワシントンDCにある。つまり政治ロビィイングの圧力団体の1つである。
このロビィスト団体が「日本の半導体メーカーが不当に半導体を廉価販売している」とダンピング違反をUSTR(米国通商代表部)に提訴した。
この時期(1986年)の半導体の売上ランキングでは世界1位がNEC、2位が日立製作所、3位が東芝、4位にかろうじて米国モトローラ、5位がTI、6位がフィリップス、そして日本勢に戻って7位が富士通、8位がパナソニック(松下電器産業)、9位が三菱電機で、米国のインテルは10位だったのである。
■労働者の勤務の質が悪いのを棚に上げ…
ところが2022年のランキングを比較すると次のように業界地図が塗り替わっていた。
半導体の世界シェア(売上高)ランキングは1位がインテル、2位がサムスン、3位がTSMC、4位がSKハイニックス、5位がマイクロン、6位クアルコム、7位ブロードコム、8位エヌビディア、9位テキサス・インスツルメンツ、10位にインフィニオンと、日本企業は十傑に入っていないのである。
「中国脅威論」が日本を巻き込む大投資作戦に転換した米国は貿易赤字を自らの努力不足や工場の非効率を無視し、とくに労働者に怠けものが多く、勤務の質が悪いのを棚に上げて「米国は競争力を持ちながら、日本市場の閉鎖性によって対日輸出が増加しない」などと論理的矛盾をかまわず声高に主張した。
あの頃、ワシントンDCへ行って親しいアメリカ人(多くが知日派だが、経済摩擦では反日的だった)に会うと、ウォークマンの新型、キヤノンのカメラを欲しがった。雑誌の取材で謝礼に(とくに著名人とのインタビューで米国では謝礼金を受け取らない)、ニコンかキヤノンのカメラが喜ばれた。
■米国にとっての半導体は「軍事技術の根幹」
米国にとって半導体の位置づけは日本のような「産業のコメ」ではなく「軍事技術の根幹」という認識である。それゆえ国内の半導体産業の苦境は国家安全保障上の脅威とする地政学的覇権を意識する発想に短絡する。
実際にジェット戦闘機、ミサイルなどの製造には高度な半導体部品が必須である。将来の無人潜水艦、超音速ミサイル、攻撃用ドローンなどに必須だからこそ欧米と中国は次期半導体開発に血眼(ちまなこ)となるのだ。
第二次半導体協定が日米間で締結され、「日本の半導体市場における外国製のシェアを20%以上にすること。日本の半導体メーカーによるダンピングの防止」が謳われた。この日本政府の安易な協定合意によってNECがまず失速し、米国インテルが1位に躍進した。
DRAMのシェアでは韓国のサムスンが日本メーカーを抜いた。日本の半導体産業は決定的に弱体化させられた。同時期にIC(集積回路)が高度化し、ビジネスモデルはパソコンに移行していた。ワープロは過渡的な技術に過ぎなかった。筆者の書斎からもワープロは消えた。中味のソフトはビル・ゲーツらのマイクロソフトが独占し、アイフォンやパソコンはスティーブン・ジョブスらのアップルが牽引した。
NECと日立製作所は合弁でエルピーダメモリーを立ち上げたが、奮闘及ばず経営破綻、米マイクロンに買収された。鳶(とんび)に油揚げをさらわれたのである。
■巨大企業が壮大な投資合戦を繰り広げている
舞台は唐突に変わった。いま、世界的規模で半導体製造企業の熱狂的な投資が展開されている。「一度にこんなに手を広げて大丈夫か」と驚くほど過激にして壮大な投資状況である。
というのも2020年に生産された半導体チップは1兆300万個だったが、2030年には2兆個から3兆個に膨らむと予測されるからだ。
![軍用機のイメージ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/f/1200wm/img_9fe9f43160f43c15816445b22656ed6975790.jpg)
インテルは米国内のニューメキシコ州リオランチョに35億ドル(700人雇用)、オハイオ州ニューアルバニーに200億ドルを投資し、3000人のエンジニアを雇用するなど二つの工場を新設する上、ドイツ、イスラエルに数百億ドルを投資すると発表した。
マイクロンはインドと日本に進出するほか、米国内ではオレゴン州グレシャムに8億ドル投資して工場新設、ニューヨーク州クレイに200億ドルを投下し、9000人規模の新設工場。マイクロンはカリフォルニア州に二ヶ所のR&D(研究開発)センターを持つが、これらに加えてテキサス州オースティンほか、ミネソタ州ミネアポリスにもR&Dセンターを持つ。
老舗のTI(テキサス・インスツルメンツ)もユタ州リーハイに110億ドル(800人)、テキサス州リチャードソンに60億ドル、同州シャーメンに300億ドルの新設工場を建設するといった具合である。
■安全保障の名目で米政府がバックアップ
半導体製造で世界一のTSMCは米国、日本のほか、本丸の台湾で新しく三カ所に新工場だ。韓国サムスン、SKハイニックスも負けてはいない。とくにサムスンはテキサス州オースティンの研究センターに加えて同州テイラーに173億ドルを投資して新設工場の投資拡大を決めた。
![宮崎正弘『半導体戦争! 中国敗北後の日本と世界』(宝島社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/4/1200wm/img_14241cc42cc0bc7c8678d5ed230bbbd6211813.jpg)
これらの大規模な投資は米連邦政府が巨額補助金を用立てするからだ。
補助金には①政府の直接的資金供給、②好条件での融資、③債務保証、④減税ならびに起業の社内保険料の減免、⑤出資形態の資金注入などの方法が取られる。本来なら補助金はWTO違反である。
だが、「安全保障を除く」とする例外規定があって、バイデン政権は10ナノ以下の半導体すべてを対中禁輸として、「安全保障上重要な戦略物資」という位置づけに変更した。
このチャンスを逃すなとばかりに各社がダボハゼのように補助金に便乗したのである。バイデン政権が提示している補助金は、向こう十年間で270兆円にのぼる。
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評論家
1946年金沢生まれ。早稲田大学中退。「日本学生新聞」編集長、雑誌『浪曼』企画室長を経て、貿易会社を経営。1982年『もうひとつの資源戦争』(講談社)で論壇へ。国際政治、経済などをテーマに独自の取材で情報を解析する評論を展開。中国ウオッチャーとして知られ、全省にわたり取材活動を続けている。中国、台湾に関する著作は5冊が中国語に翻訳されている。代表作に『中国大分裂』(ネスコ)、『出身地でわかる中国人』(PHP新書)など著作は300冊近い。最新作は『誰も書けなかったディープ・ステートのシン・真実』(宝島社)、『ステルス・ドラゴンの正体 習近平、世界制覇の野望』(ワニブックス)。
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(評論家 宮崎 正弘)
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