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アイデアに詰まったら"超少数派"に聞け…商品開発の最終兵器「エクストリーマー・リサーチ」とは何か

プレジデントオンライン / 2023年11月18日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kotkoa

革新的なアイデアを出すためには、どうすればいいのか。マーケティングの世界では「市場調査(マーケティング・リサーチ)」という手法の存在が知られている。その方法は大きく2つに分けられる。一つは、大量のアンケートなどを使う量的調査。もう一つは、利用者に個別にインタビューなどをする質的調査である。

とはいえ、いずれの調査でも多数派の傾向や典型的な利用方法などを対象とすることが多く、それだけでは、なかなか画期的な製品やサービスは生まれないという悩みも聞く。そのような悩みにこたえるマーケティング・リサーチの手法が、エクストリーマー・リサーチである。

■山中の一軒家で暮らす人は何を考えているのか

エクストリーマー・リサーチとは、商品開発などの担当者が日頃接点のない特殊な人たちを対象に行う市場調査である。たとえば、ファッション誌の読者モデルや、山中の一軒家で暮らす人、ユーチューバーやブロガーとして活躍するティーンエージャーなどがその対象となる。

エクストリーマー・リサーチでは、普通の愛好家や生活者とは異なる、少数の極端な人たちの日々の暮らしや行動についての観察や聞き取りなどを行い、検討を重ねる。トップアスリートを集めての座談会で仮説をぶつけてみたり、コロナ禍を機にワーケーションにライフスタイルを切り替えた夫婦の日常を追ってみたりする。

そんな少数の限られた人たちを相手に、商品開発を進めて大丈夫なのか。販売量を確保できるのか、と思われるかもしれない。しかし、この懸念は杞憂(きゆう)である。エクストリーマー・リサーチの目的は、特殊な生活や活動から学ぶことによる、マーケティング上のインサイト(より広い人たちの購買をうながす核心となる要因)の掘り起こしである。そこではエクストリーマーは、販売のターゲットではなく、インサイトを生み出すきっかけとして活用される。

■大企業が知恵を求めに来る小さな事務所

伊藤崇氏は現在、MARL DESIGN STUDIOの代表として建築設計などにかかわる。商業店舗などの設計からマーケティングまでを手掛けるというのが、伊藤氏の仕事のスタイルである。伊藤氏は大学院で建築学を専攻したあと、複数の企業で建築設計やマーケティングなどの業務にかかわってきた。そのときの経験を現在の仕事に生かしている。

とはいえ、MARL DESIGN STUDIOは個人企業だ。伊藤氏は、企業勤務の経験があるとはいえ、そこでプロジェクト・リーダーとしてヒットを連発したわけではない。海外有名大学のMBAホルダーでもない。

ところが、この伊藤氏には大手企業などから各種の商品企画やマーケティング開発への助言などの依頼がたびたびあるのだという。そして依頼を受けて伊藤氏は、企業内のセミナーやワークショップの講師、あるいは開発のプロセスに伴走するアドバイザーなどをつとめる。

■「改良」のノウハウだけでは解決できないこと

筆者が、伊藤氏に取材を申し込んだのは、「なぜ、社内に多くの開発人材をかかえているはずの大手企業が、伊藤氏に助言や支援を依頼するのか」「こうした企業の開発部門には、どのような知見が不足しているのか」と、疑問に思ったからである。そしてそこから、問題が山積みの現在の日本の企業や産業の課題解決に向けた手がかりを得ることができるのではないか、と思ったからである。

伊藤氏の回答は明確だった。これらの大企業が社内に蓄積しているのは、市場に出回っている既存の製品やサービスを改良するタイプの開発における成功体験である。そのため、開発担当者は、「これまでにない画期的な製品やサービスを一から開発する」というミッションを与えられると、「どこから、どう手をつけたらよいか、わからない」という悩みに直面する。伊藤氏はこのような悩みの解消を支援しているのだという。

ブレインストーミング
写真=iStock.com/scyther5
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/scyther5

■ベースとなった小林製薬での経験

人口減が進む日本のような国では、これまでの延長線上で市場をとらえていては、事業が成長する見込みは乏しい。しかし目を転じれば、デジタル化や脱炭素などの各種の技術革新は止まらず、ワーケーションやシェアリングなど、働き方や暮らし方の見直しも進んでいる。今までの延長線上にはない新しい製品やサービスを提供できれば、成長のチャンスはまだ十分に期待できる。

伊藤氏が助言や支援を求められるのも、従前の延長線上にはない開発の新しいアイデアが、多くの企業や産業で必要となっているからである。この必要を見すえて企業の経営陣は、これまでにない新しい製品やサービスの開発を指示する。そのために開発部門では、先ほど述べたような「どこから、どう手をつけるか」問題が発生する。

伊藤氏はこれまで、複数の企業で建築設計やマーケティングなどの業務にかかわってきた。マーケティングについていえば、小林製薬での商品開発の経験が、現在手掛けている助言や支援に役立っているという。

■「小さな池の大きな魚」を狙うマーケティング

小林製薬では、商品開発には常に新しいアイデアが求められていた。伊藤氏が勤務していた当時の同社がリリースする新商品は、年間で80アイテムを超えていた。さらに、新しくリリースする商品は常に、新規性が高く、それまでの市場にないものでなければならなかった。

小林製薬は、「小さな池(市場)の大きな魚」戦略をとってきた企業である。これは、大きな市場に参入することは避け、まだ誰も見つけていない新規性の高い小さな市場に先駆けて参入し、そこで高シェアを獲得することで利益を確保するという戦略である。

釣り
写真=iStock.com/mel-nik
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mel-nik

小林製薬は小さな企業ではないが、競争戦略上の位置づけにおいては、花王やライオンなどの生活用品産業、武田薬品やアステラス製薬などの製薬産業の大手企業の狭間(はざま)に活路を見いだしていかなければならないというポジションにある。そのなかにあって小林製薬は、例えばコンタクトレンズを使う人専用の洗眼薬「アイボン」や、喉の乾燥によるトラブルを改善する「のどぬ~るぬれマスク」など、従前にはなかった商品を、次々と発売することで成長を果たしてきた。

小林製薬は、自社のホームページで以下のような考えを表明している。大きな池には、魚がたくさんいることがわかっている。しかし、釣りに来る人も多い。そのため、このような誰の目にもとまりやすい大きな市場は、競争が激しいレッドオーシャンとなりがちである。それならば、まだ誰も見つけていない小さな池(ニッチ市場)を見つけ出すことに集中する方がよい。そして、この小さな市場にいち早く参入する先発企業となれば、高いシェアを確保しやすく、利益につながる――。

■「見たことのあるような新商品」は却下される

このような考えを長年にわたって採用してきた小林製薬の商品開発にかかわれば、「見たことのあるような新商品」を提案しても、間違いなく却下されてしまう。伊藤氏をはじめとする小林製薬の新製品開発担当者は、新規性の高い商品のアイデアを考え出さなければならないというプレッシャーのなかで日々働いていた。

伊藤氏が属していた新製品開発グループも、アイデア生成のためのさまざまなアプローチを試みていた。そこで使われていたさまざまな道具の一つが、冒頭で述べたエクストリーマー・リサーチだった。なお、これは伊藤氏の体験であり、小林製薬方式といえるほど会社全体で共有された方法だったかどうかはわからないという。

■アイデア会議が行き詰まるとき

伊藤氏たちは常に新商品開発にあたって、エクストリーマー・リサーチを行っていたわけではない。むしろ、インターネットでの検索などから情報を集めるデスクリサーチ、あるいは開発者自身の日常生活のなかで行う観察などが、定番といえるアプローチだった。そしてそれらの結果を持ち寄って、アイデア会議を開き、討議を重ね、新しいアイデアを見つけ出していくという作業が主流だった。

しかし、時にはアイデア会議を開いても、見たことのあるようなアイデアしか出てこないことがある。これでは駄目だと、その場にいる誰もがわかっているのだが、これはというアイデアは生まれず、気まずい時間が流れていく。

伊藤氏たちはこのような場合に、エクストリーマーの観察や聞き取りを実施していた。日頃接点をもたない特殊な人たちと向き合うことは、アイデアの生成に新展開をもたらすことが少なくないことを、伊藤氏たちは実感していた。

■グランピング施設開発における応用事例

では、エクストリーマー・リサーチは、具体的にはどのようなかたちで、製品やサービスの開発にインサイトをもたらしてくれるのだろうか。その一つの事例として、独立後の伊藤氏がかかわった「GLAMP CABIN(グランキャビン)東条湖・丹波篠山」という観光宿泊施設の開発プロセスを見ていこう。

GLAMP CABINは、大阪市に本社を構え、デザイン事業やマーケティング、飲食事業を手掛けるENJOY TRUSTが、兵庫県加東市に2023年3月にオープンしたキャビン(小屋)タイプのグランピング施設である。

GLAMP CABINでは、宿泊者はテントや調理器具などを用意することなく、ホテルを利用するかのように、アウトドアスタイルの宿泊経験を気軽に味わうことができる。GLAMP CABINは5棟のキャビンと、スタッフが常駐するレセプション棟の、合計六つの建物によって構成される。

GLAMP CABINは開業に向けて、スタンダードなキャビンの他に特徴的なコンセプトのキャビンが欲しいと考えていた。この開発を伊藤氏が、GLAMP CABINから委託されることになったのである。

■ふと目の前に現れた「エクストリーマー」

2010年代のキャンプ・ブーム、そしてコロナ禍を経て、グランピング施設は今では、全国の各地に乱立している。どこかで見たことのあるようなグランピングでは、レッドオーシャンのなかに埋没してしまう。そこから一線を画する新しいキャビンを企画してほしい――。この難題が伊藤氏のもとに持ち込まれた。

「どうするか」と思いあぐねていた伊藤氏はある日、たまたま目にした友人の行動が「変わっているな」と感じた。そう、期せずしてエクストリーマーが、目の前に現れたのである。

伊藤氏の現在の事務所は、庭付きの古民家を改修した物件である。そこに以前から付き合いのあった照明メーカーのデザイナーのAさんが、「蒸留器」を持ってふらっと遊びに来た。この蒸留器で何をするのかと聞くと、伊藤氏の事務所の庭に生えている雑草を摘み取って、アロマオイルをつくりたいのだという。

伊藤氏によると彼女は、庭の雑草なのか、野草なのか、ハーブなのか、素人にはわからないものを一心不乱に摘んでは篭(かご)のなかに入れ、嬉しそうにしていた。その後、つんだ野草を蒸留器に入れて、ハーブオイルなるものを抽出しては瓶に詰めていた。「それをどうするの?」と伊藤氏が聞くと、このオイルを自分の顔や手に塗ったりして、自分流の肌のお手入れをするのだという。謎は膨らんだ。

■「自然のなかでナチュラルなお茶会を楽しみたい」

エクストリーマーが製品やサービスの開発に、今までになかった着眼を与えてくれることがあることを知っていた伊藤氏は、Aさんに追加のインタビューを行ってみることにした。そこからつかんだポイントは以下である。

・本当は、山のなかを自由に散策して、いろいろな野草を採集して、たくさんの種類のアロマオイルをつくりたい。しかし時間がかかるし、立ち入ってはいけない場所のような制約もある。
・住宅街の道路脇などに生えている野草は、犬のおしっこがかけられていたりするかもしれないので、さすがに使えない。
・自然のなかでリラックスしながら、ハーブを使ったナチュラルなお茶会を友だちと開きたい。

ここからコンセプト開発に移り、Aさん以外のナチュラル志向の女性たちにも意見や評価を求めながら完成していったのが、GLAMP CABINの5つのキャビンの一つ、「ハーブテラスキャビン」である。

■ここでしか得られない体験を提供

ハーブテラスキャビンには、ハーブ専門店を全国に展開する「生活の木」がプロデュースしたプライベート・ハーブガーデンが付属している。ゲストは自分で摘んだ新鮮なハーブを使って、森に囲まれたキャビンの庭でハーブティーを楽しんだり、ハーブ入りのお風呂にゆったりとつかることができる。「きっとここだけ」という時間を過ごせる、独自性の高いグランピング・キャビンである。

今春のオープン後は20~30代後半の女性同士、そしてハーブに興味のある奥さまのいるご夫婦がメインの利用者となっているという。「部屋の雰囲気とハーブ園とのつながりがとてもよく、気持ちよい時間を過ごせる」といった声が寄せられている。

■平均を離れたところに価値創造のヒントがある

エクストリーマー・リサーチは、市場の平均的な傾向をとらえる教科書的なマーケティング・リサーチとは異質な方法である。これまでにない画期的な価値の創造には、社会や市場の主流となっている行動や情報をいったん離れることが必要となることが少なくない。

もちろん、そこから商品開発をさらに詰めていくには、発見したN=1(極端な少数派)と共通する心理や行動特性を持った人たちが一定数いるかの確認なども必要となる。しかし、最初の起点はエクストリーマーとの出会いであり、ここから既存の製品やサービスとは一線を画する開発がはじまる。

このようなエクストリーマーとの出会いは、大がかりなリサーチを計画しなくても、皆さんの日常のなかにも潜んでいるかもしれない。そして、この出会いを活用すれば、ありそうでなかった、独自性に富んだマーケティングの企画につなげることができる。

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栗木 契(くりき・けい)
神戸大学大学院経営学研究科教授
1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

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(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契)

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