1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

世界最速の決済手段Suicaは生き残れるのか…ついに日本にも迫ってきた「VISA経済圏」のタッチ包囲網

プレジデントオンライン / 2023年11月14日 9時15分

「クレジットカードのタッチ機能」および「QRコード」に対応した改札機(画像=東急電鉄「『クレジットカードのタッチ機能』『QRコード』を活用した乗車サービスの実証実験を8月30日(水)から開始」より)

■改札に色々な読み取り部がくっついている

最近、東急田園都市線で、切符投入口の手前にQRコード読み取り部と新しいタッチ端末が張り出す、ものものしい自動改札機を見た、という人はいるだろうか。4種類の乗車券に対応したこの自動改札機、QRコード乗車券やクレジットカードのタッチ決済で入出場できる「Q SKIP」サービスの導入を見据えた実証実験のため、今年8月から設置されているものだ。

2020年以降、関西では南海電気鉄道、泉北高速鉄道、九州では福岡市地下鉄、JR九州でクレカ決済の実証実験が行われており、南海グループは昨年12月にタッチ決済乗車サービスを正式導入している。

一方、JR東日本は昨年末から首都圏の自動改札機の更新に着手し、一部の通路にQRコード読み取り端末を設置している。コストのかかる紙(磁気券)のきっぷを廃止するため、QRコードの活用が注目されていることはたびたびニュースでも取り上げられているが、同時にタッチ決済が続々と導入されていることは、あまり知られていない。

■タッチ決済が遅れていた日本でも1億枚を突破

今年4月には、前年から実証実験を行っていた江ノ島電鉄が、首都圏の鉄道事業者としては初めて正式にサービスを開始。万博を控えた関西では、今年夏に神戸市営地下鉄、大阪モノレール、神戸新交通(ポートライナー)が2024年春の導入を発表。そして11月2日には近畿日本鉄道、阪急電鉄、阪神電鉄が、2024年中にタッチ決済乗車サービスを全線全駅に導入すると発表した。

急速に拡大するタッチ決済とはどのようなサービスなのか。クレカは磁気ストライプを読み取り部にスライドさせるか、ICチップを端末に差し込む方法が主流だが、ヨーロッパやオセアニア、近年ではアメリカでもサインや暗証番号入力が不要のタッチ決済が広く普及している。

日本のタッチ決済インフラ整備はヨーロッパに比べて5年ほど遅れていたが、米決済大手のVISA日本法人によると、2013年に1000万枚だったタッチ決済対応カードの発行枚数は今年3月に1億枚を超えており、近年のキャッシュレス化の流れを背景に、利用も伸びつつある。

タッチ決済サービスはVISA、Mastercard、JCB、Diners Clubなど大手ブランドがそれぞれ提供しているが、先頭を走るのはVISAだ。日本ではカード発行会社の「三井住友カード」、交通用決済・認証プラットフォームを専門とする「QUADRAC」と組んでサービスを展開する。

■改札処理スピードはICカードと遜色ない

交通用タッチ決済の仕組みは、入場駅と出場駅から算出された運賃を後でカードに請求するという単純なものだ。しかし店舗でクレカを使えばわかるように、カードが有効か確認する「オーソリゼーション」に時間がかかるため、駅の改札やバスの車内のような滞留が許されない場面には不向きだ。

そこでQUADRACが構築したのが交通用の特別なシステムだ。入場時にクレジットカードの認証をすべて完了させるのではなく、改札タッチ時にクレカICチップのオフライン認証と、カードがネガリスト(無効なカード)に含まれていないかを確認する。

正式なカード認証は移動中にバックグラウンドで行い、カードが無効の場合はネガリストに追加されるため、出場できなくなるという仕組みだ。QUADRACのサーバを介して認証するため、VISA以外のほとんどのブランドカードも使用可能だ。改札処理は0.2秒以内に完結することが求められるSuicaなど交通ICカードに対し、やや遅い0.3秒で完了するが、実用性は問題ない。

このシステムは2014年に初めてタッチ決済を導入したロンドン地下鉄・バスで確立されたものだ。ロンドン交通局では2003年に非接触型ICカード「オイスターカード」を導入したが、利用者はカードにチャージする手間があり、事業者も対応する機械が必要になる。そこでロンドンオリンピックを機に、運賃を直接請求できるタッチ決済の導入を構想した。

■Suicaは将来なくなってしまうのか?

話を受けたVISAだったが、前述の認証の仕組み上、当初は交通機関へのタッチ決済導入を想定していなかったという。そこで対応可能なシステムを構築してロンドンに実装し、これをベースにバンクーバー、シドニー、ミラノ、シンガポール、ニューヨークなど世界の大都市に広げていった。現在、ロンドンの地下鉄利用の4分の3以上がタッチ決済に移行したという。

では、日本でもタッチ決済はSuicaに代表される交通ICカードに取って代わっていくのだろうか。QRコード乗車券にしろ、タッチ決済にしろ、この手の話題はどうしてもSuica陣営との対立軸ばかり語られがちだが、機能と役割に分けて考えると、少なくとも現状、両者は対立関係ではなく補完関係にあるといえるだろう。

スマホを自動改札機にかざしている手元
写真=iStock.com/chachamal
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/chachamal

最大の理由はターゲットの違いだ。タッチ決済は国際ブランドカードを保有する訪日外国人が入国後すぐに利用できることが最大の強みだ。日本で使える乗車券は、磁気券にしろICカードにしろ海外では購入できないため、訪日外国人は到着後に券売機や窓口で購入または引き換える必要がある。

だが両替や多言語対応の手間は交通事業者の悩みの種であり、手持ちのクレカでそのまま乗ってもらえるなら、ありがたい話だ。いちはやくタッチ決済の実証実験を始め、正式導入を決めた事業者のほとんどが空港連絡バスや空港アクセス路線を有する事業者だったのはそのためだ。

■今のところ日本人の日常使いにはなりえない

ロンドンのように紙の切符を倍額以上、バスは現金使用不可にすれば、利用者の多くをタッチ決済に誘導することはできるかもしれないが、クレジットカード普及率・利用率が異なる日本で同様のことはできないし、やるべきではない。現時点では、タッチ決済は日本人旅客の日常的な利用を代替する性質のものではない。

機能面から見ると、入出場記録をサーバに送信し、外部で運賃計算するタッチ決済は「オープンループ」と呼ばれるが、現行Suicaは、ICカードと自動改札機の通信で運賃計算が完結する「クローズドループ」のシステムを採用している。

Suicaも入場後、時間差で利用データをセンターサーバに送信し、記録を同期しているが、入出場処理をクローズドループとしたのは、Suicaが開発された1990年代のコンピュータ処理能力と通信速度、品質が発展途上だったからだ。

運賃計算をカードと自動改札のローカルな処理に絞ることで、日本の膨大な旅客数を捌ける処理速度を確保しつつ、通信トラブル時も改札機能を最低限維持できる信頼性の高いシステムを構築した。これを支えるのが高速通信と高セキュリティを実現したICチップ「FeliCa」だ。

■「Suicaがなければマヒする」も過去の話

技術的制約の中、誕生したSuicaが四半世紀近く都市交通を支えてきたのは驚嘆すべきことだが、前述のように技術革新でタッチ決済も今やSuicaに近い処理速度を実現している。Suicaでなければ改札機能がマヒするというのは過去の話である。

駅の階段を行きかう人々
写真=iStock.com/ooyoo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ooyoo

JR東日本もタッチ決済と同様、運賃計算を自動改札機ではなくサーバ上で行う「クラウド型Suica」を開発し、今年5月27日に青森、盛岡、秋田の新規3エリアに導入した。首都圏、仙台、新潟の既存3エリアでも2026年度までに順次、リプレイスする予定だ。

当面は運賃計算をサーバで行う以外の仕組みは変わらず、現行のシステムも当面は併存するようだが、将来的にはタッチ決済と同様、データのほとんどをサーバで保持、処理する形態に移行するはずだ。

具体的にどのようなサービスが可能になるのか。JR東日本はプレスリリースで、現在はまたいで利用できないSuicaエリアの統合、時間帯や曜日などの一定条件の利用に応じた運賃割引クーポンの発行、新幹線やバス、タクシーなど複数の交通機関を1枚で利用できるMaaS(Mobility as a Service)チケットの実現などを挙げている。

■「VISA経済圏」にSuicaが挑む

同社は2022年に、QRコードを使用した「新たな乗車サービス」を2024年度以降順次開始すると発表しているが、これはQRコード乗車券の購入記録を、クラウド型Suicaと同様にセンターサーバで管理・判定する仕組みで、明言はされていないがシステム的には同一と思われる。

導入時点ではインターネット上で購入した乗車券・特急券のQRコードをスマホに表示して利用する形態だが、将来的には駅の自動券売機で発行する紙のQRコード乗車券に発展するだろう。

だがJR東日本の狙いは乗車券システムの刷新のみならず、Suicaを交通利用に付随する少額決済に止まらず、同社のサービスの真の中核に位置づけることにある。同社は「新しいSuicaサービス」の特徴を、

・Webやスマホとの親和性が高く、いつでも手軽に商品を購入できる
・購入した商品などはSuicaをタッチして認証により手軽に利用できる
・会員向けサービスへの対応、業態をまたがる柔軟な商品設定などができる

として、具体的には鉄道利用と沿線商業施設・イベントを融合した相互の割引クーポンの発行などを想定している。

JR東日本が「IT・Suicaサービス」を「輸送サービス」「生活サービス」に続く経営の第3の柱と位置付けて久しいが、2016年から2021年にかけて施設・サービスごとに分立していたポイントサービスの統合・共通化を完了させ、加えてハウスカードやモバイルSuicaの乗降データ・購買データの紐づけを進めており、ようやく3つの柱が有機的に統合する段階に入りつつある。

■地方路線ほどタッチ決済がありがたい

だがタッチ決済がSuicaを追うのとは対照的に、こちらの分野ではJR東日本がVISAの後を追う形になる。クレジットカード事業の基本は、カード発行、加盟店開拓を通じて自らの経済圏を構築することだからだ。

VISAが目指すのは、タッチ決済が普及した都市からの旅行者が、出発地から空港までの移動や食事、目的地での移動、買い物、宿泊まで、国境を越えて「いつものカード」1枚でシームレスに過ごせる経済圏の構築だ。

これは利用者のストレスだけの問題ではない。乗車券の引き換えなどに費やされる時間は消費が生まれない「ロス」であり、それをスムーズに移動できていれば、カフェに入るなり、買い物をするなり新たな消費につながったかもしれない。つまり機会損失が生じているからだ。

実際、VISA日本法人によればタッチ決済を導入した路線では、周辺の加盟店の利用金額が増加するなどの波及効果が表れているという。乗車券購入のストレスから解放される旅行者、外国人旅客対応を省力化できる交通事業者、売り上げ増につながる加盟店、利用を増やしたいVISAのすべてにメリットがある。

タッチ決済が国内利用者にも広がればJR東日本も静観していられない。すでにSuicaを中心とする全国相互利用交通ICカードより導入コストが格段に小さいことを理由に、地方のバス事業者、中小鉄道事業者のタッチ決済導入が相次いでいる上、ICカードを導入済みの大手私鉄や地下鉄もタッチ決済の導入を決めつつあるのが現状だ。

■タッチ決済にできて、Suicaにできない弱点

そうなれば沿線経済圏は自然とVISAとの結びつきを強めていくだろう。一日の長があるクレカ業界に対し、JR東日本経済圏は利用者をはじめとするステークホルダーにどのようなメリットを示せるのか。

今後、外国人旅行者に加えて日本人旅客をターゲットにしていく上で、タッチ決済にはSuicaに真似できない強みがある。

Suicaが利用ごとにチャージから運賃を引き去る「プリペイド」型サービスであるのに対し、タッチ決済は後でまとめて請求される「ポストペイ」型サービスなので、利用実績をもとに後から割引が適用可能だ。タッチ決済を導入した海外各都市では、1日や1週間などの単位で請求額に上限が設けられており、自動的に最も得な運賃が適用される仕組みが導入されている。

日本でも今年3月からタッチ決済実証実験を進めている福岡市地下鉄が、7月7日から来年3月末までの予定で、何度利用しても請求額が1日あたり「1日乗車券」と同等の最大640円になる割引サービスを試行しており、注目を集めている。

また南海電鉄・南海フェリーは電車とフェリーを乗り継いだ場合に、鉄道運賃が無料になる割引サービス「スマート好きっぷ」を導入済で、これらは旅行者のみならず、地元の日常的な利用にもメリットがある。

■わかりやすく、「おトク」な仕組みを用意できるか

関西には約20年前からポストペイ型交通ICカード「PiTaPa」が存在するが、専用のカードを作らなければならない、割引サービスが中途半端で魅力がないといった理由で、発行枚数は「ICOCA」の10分の1程度とふるわなかった。これが手持ちのクレカでも利用でき、日本人利用者にとっても魅力的な割引が設けられるとなれば、どの程度利用が広がるのかは興味深い。

大阪駅のプラットフォーム
写真=iStock.com/patwallace05
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/patwallace05

現行Suicaは、カードの記録容量の制約から複雑な割引制度を組み込めないため、利用実績にもとづきポイントを別途付与して対応している。クラウド化で運賃計算の自由度は広がるが、ポストペイではないSuicaはタッチ決済以上にわかりやすく、「おトク」な仕組みを用意できるだろうか。

現状では沿線在住者をターゲットとしたSuica経済圏と、外国人旅行者をメインターゲットとしたVISA経済圏は直接、競合していない。VISAはあくまでもユーザー、事業者に選択肢を提示することが重要で、Suicaとライバル関係にあるとは考えていないというスタンスだ。

■日本を舞台に陣取り合戦が始まりつつある

JR東日本はタッチ決済に沈黙を貫いている。同社コーポレート・コミュニケーション部門に聞くと、各地でタッチ決済の導入が進んでいるのは承知しているとしながらも、「Suica1枚で、新幹線・在来線を含む鉄道、バス等の交通機関新幹線・在来線を含む鉄道、バス等の交通機関をご利用いただけるようにしてきており、現時点で導入する考えはございません」との回答だった。

確かに東日本エリア在住者にとって、Suicaの利便性、拡張性は一日の長があり、タッチ決済の追随を許さない。だが東急や東京メトロなど首都圏の大手私鉄まで実証実験に着手したことが示すように、JR東日本を除いてタッチ決済が普及し、外国人旅行者だけでなく国内旅行者、他社路線利用者から「空白地帯」とみなされる事態は望ましくないだろう。

お互いに「ライバルではない」と言いながらも静かに始まりつつある陣取り合戦の行方が注目される。

----------

枝久保 達也(えだくぼ・たつや)
鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家
1982年、埼玉県生まれ。東京地下鉄(東京メトロ)で広報、マーケティング・リサーチ業務などを担当し、2017年に退職。鉄道ジャーナリストとして執筆活動とメディア対応を行う傍ら、都市交通史研究家として首都圏を中心とした鉄道史を研究する。著書『戦時下の地下鉄 新橋駅幻のホームと帝都高速度交通営団』(青弓社、2021年)で第47回交通図書賞歴史部門受賞。Twitter @semakixxx

----------

(鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家 枝久保 達也)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事を最後まで読む

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事を最後まで読む

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事を最後まで読む

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください