絶対王者インテルの優位はなぜ崩れたのか…半導体業界で進む「自前で設計する」という想定外の大変化
プレジデントオンライン / 2023年11月20日 9時15分
■インテルの顧客だったアップルがライバルに
現在の世界の半導体業界の動きは、生き馬の目を抜くほど激しい。これまで半導体産業では、チップの設計、製造、需要が明確に分かれる分業体制になっていた。ところが、その分業体制に大きな変化が表れている。分業の棲み分けが曖昧になりつつある。
一つの象徴は米アップルだ。2020年の“M1”チップ発表から、アップルはパソコン向けCPU(中央演算装置)の設計開発を、それまでのインテルから自社に切り替えた。インテルは需要の一部を失った。
アップルが用いるCPUの設計図を提供するのは、ソフトバンクグループ傘下の英アームグループだ。M1以降、アップルは自社製品により適したチップの開発を強化した。それに基づき、TSMC(台湾積体電路製造)が回路線幅3ナノメートル(ナノメートルは10億分の1メートル)などのラインでチップを製造する。製造面でもインテルは需要を逃がした。
インテルの顧客は、設計面でライバルに変わった。かつての顧客がライバル企業に変身するのである。逆に、それまで取引がなかった企業から受託製造が舞い込む。半導体産業界での役割は大きく変化している。半導体メーカーは常に高いシェアを維持して、先端、次世代のチップ製造だけに集中すればよいとは言えなくなった。
■インテルのチップでは満足できなくなっている
そうした変化に対応するために、ラピダスをはじめわが国の半導体産業は、有力な半導体関連企業とアライアンスを組み、変化に対応するため選択肢を増やす必要があるだろう。そのためには、政府の積極的な支援がより重要になる。わが国は、今回の半導体産業復活のチャンスを逃すべきではない。
足許、世界の半導体産業では、これまでのチップ需要者が設計を自前で行い、既存メーカーと競合するケースが増えている。
かなり以前のことだが、半導体の設計・製造・需要は一社完結型だった。その体制を築いた企業のひとつは米インテルだ。同社はCPUの基本的な設計図を完成した。インテルは、設計図をもとにチップを生産するラインを自前で整備し、“インテル”ブランドで世界のパソコンメーカーに供給した。データセンタ向けのチップに関しても、インテルは同様の発想で提供を目指した。
しかし、インテルのチップによって、顧客企業が想定しうる最高のパフォーマンスを実現できるとは限らない。むしろ、自社の価値観により適したチップの設計図を手に入れ、その生産を専門企業に委託したほうが、デバイスの性能向上や事業運営の効率性向上の可能性は増すこともあった。
■「世界シェア99%」アームの技術を活用
スマホは、そうした発想の転換が勢いづくきっかけになった。米クアルコムなどは英アームのチップ設計図を用いて、スマホなどに用いられるチップの設計を強化した。アームはスマホ向けのチップ設計図市場で99%超のシェアを手に入れた。
2020年以降、アップルはパソコンのCPUである“M1”にアームの技術を用い始めた。2023年10月にアップルが発表した“M3”は、その3代目に相当する。エヌビディア、AMD、マイクロソフトなどもアームの設計図を用いて、データセンタやパソコン、ゲーミング、画像処理半導体(GPU)などの設計力を高めた。
台湾のTSMCは、最先端の半導体を中心に、世界のチップ生産のかなりの部分を担う。韓国のサムスン電子もロジック半導体の受託製造体制を強化している。TSMCは人工知能など新しい技術の利用加速にともない、柔軟かつ迅速に新型チップの受託製造ニーズにこたえなければならない。インテルは、TSMCやサムスン電子との最先端の製造ライン構築競争にも対応しなければならなくなった。
■顧客と競合し、ライバルと提携する時代
世界の半導体産業は、顧客が競合相手に、ライバルが提携相手になる時代を迎えた。つまり、既存の考え方が通用しづらい時代になったのである。米国のアップル、グーグル、アマゾン、中国のテンセントやアリババ、ファーウェイなどのIT先端企業は、自前で半導体の設計・開発体制を強化している。その勢いが強まったとしても、弱まることは考えづらい。
世界経済のデジタル化によって、データセンタなどの電力消費量は基本的に増えるだろう。電力消費を抑えつつ、データの保存や演算処理能力を高めるためには、自社の仕様にあったチップ開発力の強化は避けて通れない。
人工知能の利用によって、GPUの性能向上も企業の生産性により大きく影響する。今のところ、人工知能利用の有力なインターフェイスの一つに位置づけられるのはスマホであり、アームのソフトウェアへの需要も増えるだろう。
それに従い、インテルはこれまでの事業構造を抜本的に見直した。同社は、アームやTSMCとの協業を強化して、半導体産業の仕組み(構造)の変化に対応せざるを得なくなった。2023年9月にソフトバンクグループが実施したアームのIPOにインテルは参加した。インテルはチップの設計技術面でアームと提携し、互換性を持たせる方針だ。
■日本連合ラピダスはこの変化を活かせるか
TSMCなどの半導体製造企業も、最新のチップ設計技法に習熟しなければならない。今後のチップ設計の方向性を把握する。“GAA(ゲート・オール・アラウンド)”と呼ばれる新しい半導体の構造への対応力を高める。そのために、TSMCもアームのIPOに参加した。
足許、世界の半導体産業では、どの企業の守備範囲がどこまでか、線引きは一段とあいまいといってもよい。設計者と需要者が組む、生産者と設計者が組む、あるいは、設計・製造・需要の三者が連携する。多種多様な事業運営のパターンが出現するだろう。
世界の半導体産業の変化が勢いづく中、わが国ではラピダスが次世代の、回路線幅2ナノメートルのロジック半導体工場の建設に着手した。ラピダスは2ナノのチップ設計を実現した米IBMなどと連携し、2025年の試作開始を目指している。
![回路基板製造のライン](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/7/1200wm/img_679a7e55ce81b77f846d76cb57d2ba62486200.jpg)
■「いいモノを作れば需要がくる」発想は通用しない
今後、半導体の設計分野ではアームなどの技術を用いつつ、オープン・アーキテクチャな設計体制が目指される可能性もある。そうした変化を重ねつつ、半導体の設計・製造・需要の役割は、よりダイナミックに入れ替わることになるだろう。
わが国の半導体関連企業にはかなり大きな影響が出る。常に、先端のモノを作っていれば需要がやってくるとの発想は変えざるを得ない。
わが国の半導体関連企業は、微細化などの加速に対応しつつ、多様な事業環境の変化に対応するための選択肢を増やすべきだ。共同して事業を行う体制(コンソーシアム)を組む重要性は高まる。新しい製造技術の開発に必要な経済的な負担、期間の長期化などのリスクも高まるだろう。
リスクを分散しつつ環境変化への対応力を引き上げるため、より多くの選択肢を確保することは欠かせない。なるべく需要者が必要とするものを、タイミングよく製造し、変化に耐えられる体制を整備する。それが、わが国の半導体産業に求められる。
■EV化が遅れている今、半導体の成長が急務だ
必要な方策を経営と政策の面で考えると、わが国の半導体関連企業は、製造技術、ビジネスモデルの変容などに対応できる人材が必要になる。経営者が常に最新の情報を手に入れ、環境の変化に迅速に対応できる体制を構築するのである。
また、民間企業のリスクテイクをサポートする産業政策の強化も必要だ。過去30年程度の間、わが国の半導体産業の競争力が低下したのは、設備投資などの金額が大きいあまりリスクをとれなかったことが大きい。反対にTSMCやサムスン電子は政府の支援もあり、世界有数の半導体メーカーに成長した。
足許、世界の自動車産業界では、中国BYD、米テスラなどを中心にEVシフトが鮮明だ。わが国はEVの流れに遅れている。
経済の回復を支える産業として半導体関連企業の成長を目指すことは、中長期的なわが国経済の展開に大きく影響する。
加速する世界の半導体産業の構造変化に対応できないと、わが国が経済の実力向上を目指すことは難しくなる。
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多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
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