サイゼリヤの「安くて美味い」はいつまで続くのか…「大幅な増収増益」でも国内赤字が続いている根本原因
プレジデントオンライン / 2023年11月21日 13時15分
■業績低迷から「V字回復」を遂げたが…
低価格イタリアンレストラン・チェーン、サイゼリヤの決算に注目が集まっています。同社の23年8月期は、売上高が前年同期比27%増の1832億円、営業利益は実に前年同期比約17倍の約72億円(昨年同期4.2億円)を計上し、コロナ禍での業績低迷からのV字回復となる大幅な増収増益決算となりました。
サイゼリヤは2019年8月期に営業利益95億円という好決算を記録したものの、20年8月期以降はコロナ禍で客足が伸びず3期連続で業績が低迷し、苦戦を強いられていました。今回の好決算に市場も好感し、決算発表翌日にはストップ高を記録して年初来最高値を更新しました。
しかし決算の中身をよくみてみると、その実態には若干の懸念を覚えます。サイゼリヤは国内に1055店舗、海外に485店舗(いずれも23年8月末)の、合計1540店舗で運営されています。
今決算を地域別にみてみると、全店舗の3分の2を占める国内は約15億円の営業赤字を計上しており、残り3分の1であるアジア地域が約84億円の営業利益を上げてこれを埋め合わせているという、いびつな構図になっているのです(他にオーストラリアがあるが、同地域に店舗はなく製造拠点関連のみで約2億円の営業利益を計上している)。
■「値上げしない」方針が利益を食いつぶしている
すなわち国内では、コロナ禍は一段落したものの物価高と円安のダブルパンチ傾向が続く中で材料コストが上昇し、原則「値上げをしない」という経営方針の下で利益を食いつぶしているという状況にあります。
一方、昨年来の急激な円安傾向は、海外店舗売上の円換算で大きくプラスに働いています。さらに中国はじめアジア地域では賃金が上昇傾向にあることからメニューの値上げも実施され、この地域での営業利益が前年比で約4倍にも増加したことが今回の決算に大きく寄与しているのです。
サイゼリヤの歴史を紐解くと、1967年に創業者で現在も会長を務める正垣泰彦氏が、東京理科大学物理学科在学中に始めたイタリアンレストランがその発祥です。集客に苦しんだ創業当時、メニュー価格を一斉に7割下げたことで繁盛店に転じ、その後の多店舗展開の基礎を築きました。この経験から、「安い価格で美味しい料理を提供する」という基本方針を固めます。
以来、現在に至るまで、ミラノドリア300円やグラスワイン100円などの破格の低価格メニューを貫き、これを徹底して守ってきているのです。
■サイゼリヤを急成長に導いた2人の経営者
試行錯誤を経てチェーン展開を軌道に乗せた正垣氏は、株式の公開を機に同社の成長期に経営パートナーとして、外部人材をスカウトします。京都大学大学院農学研究科を修了し、味の素で開発を担当していた、堀埜一成氏がその人でした。
野菜を自社で育成する飲食と農業のタイアップにより事業の川上から川下までを一貫管理して、コストを抑えつつ良質なメニューを届けるという正垣氏の理想を実現できる人材として、正垣氏自ら引き抜いたのだといいます。堀埜氏は2000年にサイゼリヤに入社、09年には正垣氏の後を受けて二代目社長に就任し、二人三脚でサイゼリヤをさらなる成長軌道に乗せたのです。
コロナ真っ只中の時期に「ランチ外食も控えてほしい」とした時の大臣に対し、「ふざけるなよ」と発して一躍有名になった堀埜氏ですが、社長としての功績は決して小さくありません。その最大のものは、海外を含めた工場およびセントラルキッチンでの食材処理を進め、基本的に包丁やガスレンジを使わない店舗運営を実現し、キッチンスペースを半減させることで店舗内客席数を拡大したことです。
■独自の「理系型」飲食チェーンモデルの確立
同時に、顧客が手書きでオーダー票に書き込む注文方法なども導入して、少人数のパート・バイト人材中心で回る低コスト店舗オペレーションを確立。さらに2003年にスタートし当初苦戦していた海外展開を、オペレーションや価格の見直しにより黒字に転じさせ、これを積極的に推し進めることで為替ヘッジの効いた収益構造を作り上げたのです。
このように初代、二代目の2人の経営者によって、サイゼリヤは他の外食チェーンとは一線を画する、独自のビジネスモデルを確立しました。海外を含めた調達・加工・流通・提供の一貫管理体制の確立、キャンペーンに依存しないメニューの絞り込みと固定化、徹底した工場&セントラルキッチン活用による店舗調理の効率化、さらには海外展開によるヘッジを効かせた戦略――。
これらから感じられるものは、低価格で安定的な品質の製品を大量生産する“飲食の製造業化”とも言えそうな、至って理系的な戦略展開なのです。サイゼリヤのビジネスモデルは理系ど真ん中出身の正垣氏と堀埜氏が築いた、コスト・品質・リスク管理を徹底したデフレに強い「理系型」飲食チェーンモデルなのです。
■赤字の国内事業に襲いかかる「さらなる試練」
長らく続いてきたデフレ経済に加え最近時の円安局面でも功を奏しているこの「理系型」飲食チェーンモデルですが、この先の展望はどうなのでしょうか。
現状、実質2%超の物価上昇が1年半以上続く中で、さらにこの先2年、3年と上昇が続くことを日銀は認めています。また、市場では来春にはマイナス金利政策が解除され金利は上昇に転じる見通しと噂されています。そうなれば内外金利差が縮小し、円安傾向は緩やかに是正に向かうでしょう。企業経営は、デフレ経済対応から一転、インフレ経済への対応が求められることになるわけです。
サイゼリヤにとって円安解消傾向への転換は、海外売上にストレートにダメージを与えます。現状の1ドル=150円が120円まで円高傾向に転じるなら、単純計算で何もしないで2割の利益が消失するわけです。
一方、円高要因は物価押し下げに寄与するものの、政府・日銀が脱デフレをめざす国内経済は、金利上昇、人手不足も含めた賃金上昇傾向や世界情勢の不安によるエネルギーコストの高止まり等でトータルではインフレ傾向に推移することが予想されます。原材料費やパート・アルバイト賃金の上昇は、「値上げをしない」サイゼリヤにはボディブロー的に効き、赤字の国内事業にはさらなる試練となりそうです。
■「消費者ニーズの転換」を追いかけきれるのか
さらに、アパレル業界のユニクロと並んで、デフレ経済の申し子的に低価格戦略で成長を遂げてきた同社にとって、インフレ経済への転換による消費マインドの変化もマイナスに働く懸念があります。
低コストを守るためにサイゼリヤはメニュー絞り込みを徹底しており、ここ数年間その総数は約70前後で推移しています。最近時はさらなるコストの抑制目的で、一層のメニュー絞り込みが進んでいます。他のファミレスチェーンの約3分の1から4分の1のメニュー数のまま、インフレ経済への転換局面で所得増加による消費者ニーズの転換を追いかけきれるのか、このあたりも不安要素として浮上してきます。
昨年8月、正垣氏の後を受け13年間社長として腕を揮い、第二の成長期をけん引してきた堀埜氏が、突如「一身上の都合」で退任しました。詳細な退任理由は不明ですが、すべての役職から完全に外れていることから、何か思うところあってのことなのでしょう。
「経営は『思いつき』と『思い切り』がすべて」と言い切りつつも、理系らしい論理性に裏打ちされた戦略を積み重ねることでサイゼリヤの成長をけん引してきた堀埜氏を、この時期に失った痛手はことのほか大きいかもしれません。
■新社長はサイゼリヤ勤務39年のプロパー
23年8月期の好決算は、堀埜氏の過去における戦略的な打ち手が急激な円安傾向という外的要因によって功を奏した結果でもあります。そして、長らく続いたデフレ経済をベースとした時代が終焉(しゅうえん)を迎えようとしている今年度あたりまでが、堀埜氏の過去の打ち手の有効期限であるように思います。
この先、金利が上昇に転じ、円安傾向が解消し、デフレ経済からインフレ経済に転換していく新たなフェーズ入りをするならば、堀埜氏であれば「思いつき」と「思い切り」を元にどのように論理的に対処していったのだろうか、それを見てみたかったというのが企業アナリストとしての筆者の偽らざる気持ちでもあります。
後任の社長は、サイゼリヤ勤務39年のプロパー社員で主に資材やインフラ面を担当し、直近は総務本部長として運営管理を担当してきた松谷秀治氏です。学歴等の情報が開示されていないので詳しくは分かりませんが、サイゼリヤ一筋で主に総務的な畑を歩まれた経歴からは、正垣氏、堀埜氏とはだいぶ毛色の異なる人物であるように見受けられます。もちろん、堀埜氏をスカウトした正垣会長がその後任にふさわしいとの判断があっての抜擢でしょうから、そこに大きな問題を感じるということではありません。
■粉チーズの有料化は「画期的な打ち手」
松谷社長は、就任からこの1年は基本的には堀埜路線踏襲で経営の舵取りをしてきた印象ですが、粉チーズの有料化に踏み切ったことは、小さな施策とはいえ「値上げをしない」サイゼリヤとしてはある意味で画期的な打ち手であったように思います。インフレ経済到来に向け「値上げ」も視野に入れた基本戦略の見直しもありうる、という松谷社長からのメッセージなのかもしれないと受け止めました。
サイゼリヤにとって、円安傾向の解消、インフレ経済の進展という今後予想される展開の中では、アジア依存の収益構造の解消と、全店舗の3分の2を占める国内において稼げるビジネスモデルをいかに再構築するかが最大の課題です。創業者と二代目が築いたデフレ経済に強い「理系型」飲食チェーンモデルに対して、来たるインフレ時代に向け松谷社長がいかなる転換を仕掛けていくのか、大きな関心をもって注視していきたいと思います。
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企業アナリスト
スタジオ02代表取締役。1959年東京生まれ。東北大学経済学部卒。1984年横浜銀行に入り企画部門、営業部門のほか、出向による新聞記者経験も含めプレス、マーケティング畑を歴任。支店長を務めた後、2006年に独立。金融機関、上場企業、ベンチャー企業などのアドバイザリーをする傍ら、企業アナリストとして、メディア執筆やコメンテーターを務めている。
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(企業アナリスト 大関 暁夫)
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