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なぜ正式には「読めない」漢字を使うのか…「人気ドラマにちなんだ名づけ」に命名研究家が考えたこと

プレジデントオンライン / 2023年11月21日 10時15分

ドラマ『silent』で主人公の「紬」を演じた川口春奈さん=2023年7月4日 - 写真=時事通信フォト

子供にはどんな名前をつければいいのか。命名研究家の牧野恭仁雄さんは「有名人や物語の登場人物の名前をまねた『あやかり名』は安心感がある。ただし、その人物を心から尊敬できるならともかく、安易な感覚で名前をつけると結果が裏目に出てしまうこともある」という――。

■「人気の名前」から世相がわかる

名づけは社会の鏡である――。それは名づけの専門職がいつも痛感していることである。

子に名前をつける際の親の心理というのは人それぞれなので、名前だけを取り出して、どういう親だという一般論は作れないが、ただ大きくマクロの視点から見るならば、世の中全体の名づけの発想、そして人気の名前には、社会の姿が反映される。

名前は、呼び名(音)には名づけをする人たちの「好み」があらわれ、文字には「願望・欠乏感」が表現されやすい。そして最近の名づけの発想や方法には、スマホの普及が大きく影響している。

人気の名前というのは毎年いろいろな企業や組織から発表されるが、もちろんもとになるデータによって内容、順位は違ってくる。今回はベネッセの集計にそって名づけと社会の話を進めたい。

赤ちゃんの名前ランキング2023
赤ちゃんの名前ランキング2023。ドラマ『silent』の登場人物名「紬」「湊斗」「想」が人気急上昇(図表=PR TIMES/「たまひよ 赤ちゃんの名前ランキング2023」より)

近年の男の子の名前では「と」で終わる呼び名がずっと人気が高い。「と」の音は、「とっつく」「とっかかる」という言葉のように、勢いのある行動をあらわす。やはり男の子の名は、元気で活発な感じの音を好む親が多いのである。

一方、女の子は、ヒナ、メイなど2音の名が増え続けている。昔も例えばアイコという女の子をアイちゃんと呼んだりした。今、2音の名が年々増えているのは、はじめから愛称のように呼びやすい名にしたい、ということではないだろうか。

■なぜ正式には「読めない」漢字を使うのか

ベスト10の中で、陽葵(ひまり)、陽翔(はると)、湊斗(みなと)、結愛(ゆあ)は、辞典に記載のない、やや強引な読み方の名ではある。ただ翔の字だけは、「とぶ」と読む字だと思っている人も多く、最近は「とぶ」という読み方を載せた辞典もあらわれたので、トと読んでも間違いともいえなくなった。

いずれにせよ、読み方のわかりにくい名前というのも、はじめは音の響きが好きで思いついたはずである。ひまり、はると、みなと、ゆあ、なども呼び名としては人気が高い。

最近は、さすがに平成の時代にみられたギャグのような名前は無くなったが、呼び名としては普通の名でも漢字で書かれると読めない、という名前が増えている。正しく読める漢字があるのに、何でわざわざ正式に読めない漢字を使うのだろうか?

それは物理的には、名づけのサイトや本にたくさん載っている、ということもある。しかし、それを見る人が「正しく読める名前にしたい」と思えばマネはしないはずで、やはり名づけをする親たちが、読めない名前に抵抗がない、好きだ、ということになる。

その背景にあるのは、社会というものに対する警戒心ではないだろうか。

今は個人情報がやたらに人に知られると怖い時代である。友人知人にしか読めない名前のほうが何となく安心感がある、ということが多くの人の心の底にあるのではないか。女の子の場合は特に心配なためか、読み方がわからない名前は女の子のほうに多くつけられている。

■人気の名前には時代の「欠乏感」があらわれる

一方、名前の文字のほうは、マクロの視点でみると願望、言いかえれば欠乏感があらわれる。つまり人気の高い名前に使われる漢字は、その社会、その時代に欠けているもの、求めて得にくいものが表現される。多くの人が無意識にそういう字を使いたくなるのである。

例えばイトヘンの字である。もともと綾、紗、紀、絵、紫、緒、純、紅などの字は名前に多く使われてきたが、2000年ごろからは、「結」の字のつく名前が急速に増え、特に新垣結衣さんの影響で結衣は大人気の名前になった。そのほか紬(つむぎ)、紡(つむぎ)、絆(きずな)という名前も徐々に人気が上昇し、今回、紬がついにベスト10に入ったわけである。

糸はもちろんモノをつなぐもの、結ぶものである。

今の時代は単身世帯が増え、特に人と話をしなくても買い物もできるし、暮らしていける。一方で何十万人もの老人が行方不明になってもいる。そのように、人どうしのつながりが希薄になるほど、イトヘンの字は増えるのである。誰しも心の奥には、もっと人とつながりたいという願望、言いかえれば欠乏感があるわけである。

さまざまな色の糸
写真=iStock.com/lujing
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/lujing

■「自然」に関する名前が増えている理由

ソウという名前は、呼び名自体はもとから人気が高いが、これまでは颯の字が使われることが多く、想の字はあまり使われてはこなかった。今回それが急に順位を上げた。

もともと「心」を含む、愛、優、悠の字もみな90年代から現在にいたるまで、ずっと高い人気を保っている。そして「心」の字そのものも20年ほど前、つまり平成のなかばから急に人気が上昇している。

これは世の中が複雑になり、デジタル化が進み、人の微妙な心の動きがわかりにくくなり、違う世界、違う世代の人の間でコミュニケーションがとりにくくなっていることのあらわれかもしれない。

ベスト10の中にある「蓮」「蒼」の字は1990年から、「湊」「凛」の字は2004年から名前に使えるようになったのだが、その後すぐに爆発的に人気が出ている。しかし、それ以前に「使いたい」という要望が多かったわけではない。「今後使ってよろしい」という漢字のリストが発表されるやいなや、いきなり人気が出たのだから、多くの人が目で見て反射的に気に入ったのであろう。

この4つの字はいずれも自然界の植物や海、季節に関係のある字だが、ベスト10の他の字をみても、愛や律の字を除いては、みな自然界に関連の深い字である。

世の中の名づけ全体をみても、90年代以後につけられた名前は、自然界の何かをあらわす字が非常に多く使われている。この傾向は今後も続くと思われる。いかに多くの人が自然を求め、環境の破壊に不安を感じているか、ということがあらわれている。

■最近は男の子に「男女不明の名」が多い

聞いただけでは性別が判別できない「男女不明の名前」というのは、昭和のころにもあった。「一人暮らしの時に表札に書くのに安全だ」といって、女の子に男女まぎらわしい名前をつけようとする親がよくいたのである。それならば、表札は名字だけを書き、「猛犬注意」の貼り紙をしたほうがマシで、本名を男女まぎらわしくして表札に書く必要はない。

一方、最近では、性別が逆転した名前や「男女不明の名前」は男の子にばかりつけられる。女の子にもあることはあるが、それはつけられた時点では女の子によくつけられていた名で、のちに男の子につけられて流行し、結果として「男女不明の名」になってしまったケースが多い。

今回のベスト10の名前だけみてもそれはわかる。

例えば碧(あお)は、90年代にミドリと読む女の子の名前として人気が出てきた。暖(だん)は、2000年代にハルと読む女の子の名として人気が上昇した。凪(なぎ)は2020年以後に女の子に増えてきた。

これらはみな、はじめは「女の子の名」だったのである。

蒼の場合ははじめから、ソウと読んで男の子に、アオ、アオイと読んで女の子につけられた。朝陽(あさひ)、律(りつ)もはじめから男女両方につけられていた名前である。

ベスト10に入るような名前は当然人数が多い。そのうち男女不明の名は男の子の名には6つもあるが、女の子の名にはひとつもない。8位の葵(あおい)は最近は男の子にもつけられるが、もともとは「女の子の名」である。

公園でサッカーボールで遊ぶ2人の子ども
写真=iStock.com/TATSUSHI TAKADA
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/TATSUSHI TAKADA

■これはドラマ『silent』の登場人物名か?

今回人気順位の上がった「紬」「湊斗」「想」の名は、人気ドラマ『silent』の登場人物名からとった名づけではないかといわれる。この指摘は多分正しい。なぜなら、「紬」「想」は、以前は特に大人気といえるほどの名ではなかったのが、急にベスト10に入ったからである。

ソウ、ミナトは、呼び名自体は以前から人気はあったが、圧倒的に「颯」「湊」の1字でつけられていた。今回、「想」「湊斗」という書き方がいきなり上位にきたのは、明らかにドラマの影響と思われる。

ところで、このドラマの登場人物の名前は、みなその人が生まれたころに人気だった名前で、名前と年齢が合うようによく考えられている。

ちなみに想の字は、相(目で見た木のかたち)と心を合わせ、心に形を思い描くことである。偶然なのか、意識的にそうしたのかはわからないが、難聴のため目で見る形だけが頼りである主人公の生きざまと重なっている。

■ドラマの登場人物には「憧れ」が込められる

小説やドラマ、アニメの主人公や、歴史上の人物、有名人などの名前をまねる名づけは、いうまでもなくその人物の生き方に対する憧れからである。このようにつけられる名前は、ひとまとめで「あやかり名」と呼ばれる。

もともと、何かに憧れる名づけはいつの時代でもある。

例えば昭和の時代までは、女の子の名前には「子」をつけるのがなかば常識だった。これはさかのぼれば明治時代にステータスの高い女性に多かった「○子」という名前が、多くの一般市民にマネされて定着したからである。

また今でも男の子でヘイ(平)とか、スケ(介、輔)がつく名前は多い。これも明治のむかしに高い地位への憧れから広まった。兵、平の字はもとは兵衛(ひょうえ)という官職名から流行し、また助、介、輔などスケと読む字も、為政者を助けて補佐する人という意味で、官職の名として使われた字である。

特定の人物をまねた「あやかり名」は、つける親も気分が良く、他の人にもよい印象を与えるだろうという安心感がある。過去にも芸能人やスポーツ選手などの名前が一時的に流行した例はかなりある。

つけられた本人まで有名になったのが、西武ライオンズやレッドソックスで活躍した松坂大輔投手。早稲田実業野球部の荒木大輔をまねた名前である。まさかそっくり同じような生き方になるとは親も予想しなかったかもしれない。

ボストン・レッドソックス時代の松坂大輔投手
ボストン・レッドソックス時代の松坂大輔投手(写真=switz1873/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons)

■「あやかり名」が裏目に出ることも…

ただし有名人と同じ名前なら問題ない、というわけではない。中には正しく読めなかったり、聞いただけでは性別を判断できなかったりする名前もある。そういう名前は、有名人の場合、不便はないだろうが、一般人がマネをすれば社会生活で混乱は避けられない。

もっとも世の中の名づけの流れのほうが変わってしまったこともある。タレントの浅香唯さん、早見優さん、西田ひかるさん、宇多田ヒカルさんなどがその例である。それまでは「唯」はタダシと読む男性の名、「優」はマサルと読む男性の名、そしてヒカルという呼び名も男性の名だった。でもこれらの有名人の影響で名づけの傾向が逆転してしまい、今では唯、優、ヒカルは圧倒的に女の子の名である。

しかし、そういう逆転が起きるかどうかは、前もってわかることではない。

また「あやかり名」は、本人をよくわかっていて心から尊敬できるならともかく、ただ有名人と同じだとかっこいい、などと安易な感覚でやると、結果が裏目に出ることもある。昔、政治家の田中角栄と同じ名前をつけられた人が、田中角栄本人が逮捕されてしまったため、名前がイメージダウンして困って改名をしたという話もある。

その意味では、歴史上の人物とか、アニメやドラマの登場人物は安全かもしれない。

■影響は長い目で見る必要がある

歴史上の人物をまねた名前として最近多いのは、寧々(ねね)、龍馬(りょうま)である。

また数は多くないが、(宮本)武蔵、(勝)麟太郎(海舟)、(諸葛)孔明、(滝)廉太郎、(萩原)朔太郎、(芥川)龍之介、などの名前もある。直哉という名前もあるが、これは志賀直哉のファンがつけたかどうかは不明である。

アニメの影響としては、昭和の終わりごろにかなり大きな出来事があった。

「愛と誠」「キャプテン翼」「タッチ」などが連載された影響で、愛、誠、翼、拓也、和也、南などの名前が、昭和の終わりから平成のはじめに爆発的に増えたのである。

じつはドラマやアニメの影響というのは、このようにタイムラグがある。見た人がすぐさまわが子に同じ名前をつけるとは限らない。そのとき独身だった人が結婚してから青春時代を思い出してつけたりもする。つまり影響が長期間にわたって続くことがある。

今も人気のあるミオ、ハルカという呼び名は、やはり昭和の終わりにTVドラマをきっかけに急速に広まったのであるが、今ではそうとは知らずに多くの親が子につけている。それこそが本当に大きな影響だったといえるのである。

今回の「紬」「湊斗」「想」も、人気が何年続くかを見て、はじめて影響の大きさがわかるのである。

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牧野 恭仁雄(まきの・くにお)
命名研究家
早稲田大学理工学部卒。一級建築士。名づけの研究を40年以上続ける。これまでに受けた命名相談は12万件、鑑定した名前の数は100万以上。著書に『赤ちゃんの名前辞典』(主婦の友社)、『子供の名前が危ない』(KKベストセラーズ)などがある。

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(命名研究家 牧野 恭仁雄)

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