富士山を登るには「往復1万円の負担」を計画中…山梨県を二分する「富士スバルライン廃止」の是非
プレジデントオンライン / 2023年11月23日 10時15分
■富士山でも問題になる「オーバーツーリズム」
10月15日、全国で残暑が続くなか、富士山五合目はコートを羽織らなければ寒いほどの気温となっていた。既に登山道は閉じていたが、五合目は多くの観光客でごった返している。その中からは中国語や韓国語も聞かれ、訪日外国人観光客(インバウンド)が回復してきていることが感じられた。こうした富士山観光の光景が大きく変わるかもしれない。
現在、富士山五合目は登山道のほかに、「富士スバルライン」という有料道路を使うルートがあり、車でも到達することができる。そのため、富士の麓を見下ろす絶景を目当てに多くの観光客が訪れ、名所となっている。一方、その手軽さによって、富士山は「オーバーツーリズム」に悩まされている。
コロナ禍が明けて日本に来る外国人観光客が急増するなか、全国の観光地で過度な混雑やマナー違反、宿泊施設不足などが指摘されている。こうした事態を受け、政府も10月18日に「オーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けた対策パッケージ」を策定し、観光客を様々な観光地に分散させることや、環境に配慮した「エコツーリズム」の推進を支援すると表明した。
■世界遺産登録から抹消されてしまう可能性も
ただ、富士山が抱えている「オーバーツーリズム」の問題は、他の観光地より深刻だと言える。富士山は2013年の世界遺産登録時にユネスコの諮問機関・イコモスから、「収容力を踏まえた来訪者管理の実施が必要」「自動車・バスからの排気ガスが懸念される」と指摘を受けており、対策が求められているからだ。全国的に観光客が増加しているなか、富士山五合目の来訪者数も、世界遺産に登録された2013年には268万人だったものが、2019年には506万人まで増加している。事態はより深刻になっているのだ。
イコモスによると、改善が行われなければ、将来的には世界遺産としての価値が危機的状況にさらされている「危機遺産リスト」に登録されてしまい、それでも状況が改善されなければ世界遺産登録から抹消されてしまう可能性があるという。そこで、山梨県が先手を打って発表したのが「富士山登山鉄道構想」だ。
■地元・富士吉田市からは反対の声が…
この構想は「富士スバルライン」の有料道路としての運用を廃止し、LRT(次世代型路面電車システム)を道路の上に敷設するというものだ。LRTといえば、今年8月、コンパクトシティ実現のために宇都宮市で導入されたことでも話題となった。電気モーターで駆動するため二酸化炭素を排出せず、車やバスに比べて環境に優しい交通手段として注目されている。これを富士山に「登山鉄道」として導入することで、観光客の数をコントロールするとともに、環境負荷を低減しようというわけだ。
しかし、構想を巡っては地元から反対意見があがっている。スバルライン五合目の所在地である富士吉田市の堀内茂市長が「スバルラインを電気バスに限定すればこと足りる」と記者会見で主張したのだ。
実はスバルラインは繁忙期である7月中旬から9月中旬にかけて「マイカー規制」を行っており、期間中はシャトルバスが平日に26往復、土日祝に29往復して観光客の足を支えている。シャトルバスの多くは、二酸化炭素を排出しない電気バスだ。
![富士スバルラインを走る「電気バス」](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/1/1200wm/img_c1e920febb51f7ef9f089ad842f390f3476847.jpg)
■登山鉄道「往復運賃1万円」の衝撃
ただ、観光バスやタクシーは規制の対象外となっており、期間外であれば車で乗り入れることができるため、環境対策は完全ではない。そのため、スバルラインを完全に電気バス限定の道路として使用することで、新たな開発を行うことなく、LRTと同等の効果を得ようというのが富士吉田市の主張となっている。
この対立の背景には、観光客が支払う乗車賃が大きく変わることも指摘されている。山梨県は「富士山登山鉄道構想」について発表した資料において、LRTが敷設された際の収支を、往復運賃1万円として試算している。現在の電気バスの往復運賃が2800円(規制期間中のシャトルバスは2500円)であることを考えると、割高感は否めない。
富士吉田市の担当者も「電気バスの運行を充実させることで排ガスの問題はクリアできる。あえて今あるスバルラインを大規模に変えて鉄道を敷設する必要性が本当にあるのか」と疑問を呈する。
■「富士山を楽しむお客様を選別しかねない」
懸念は富士吉田市だけでなく、地元の観光関係者からも出ている。富士急行の社長で、富士五湖観光連盟の堀内光一郎会長は「1万円という高額な価格設定は、富士山を楽しむお客様を選別し、一定の『限られた豊かな方々のみが利用できる富士山』となりかねない」と主張している。一方、オーバーツーリズムの解消については「電気バスの技術革新により、環境面での登山鉄道導入の必要性がない」と富士吉田市と平仄を合わせる。
また、富士河口湖町観光連盟の山下茂代表理事は「まだ十分に説明を受けていないため賛否は示せない」としつつ、「オーバーツーリズムに対して交通手段を制限するなど物理的に観光客を減らすのではなく、周囲の他の観光地を周遊させて分散させるほか、観光客自身に環境問題に取り組んでもらうような創意工夫がもっと必要ではないか」と話している。
■「特別な時間を体験できる場所にしたい」
このように、反対や懸念の声もあがっている「富士山登山鉄道構想」だが、それでも電気バスを拡充するのではなく、スバルラインにLRTを敷設する意義はあるのか。山梨県の長崎幸太郎知事は、富士山五合目について「特別な時間を体験できる場所にしたい」と語る。
現在の富士山五合目は売店やレストハウス、冨士山小御嶽神社などが並ぶ「少し豪華な道の駅」といった具合だが、LRT敷設に合わせて駅舎などを整備する。ショッピングモールやレストラン、宿泊施設を新しく整備し、「10分や1時間ではなくて、2、3時間ゆっくり食事をして、場合によっては1泊するような体験ができる場に変えていきたい」というのだ。
その際には、現在ある駐車場などを埋め戻して、半地下に駅舎や店舗を整備することで、外から見たら現在よりも自然豊かな外観にする予定だという。
![「登山鉄道」敷設後の富士山五合目のイメージ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/d/1200wm/img_9d9c65ffae053b9c8c820b8f30a89d80504159.jpg)
■日本の「観光のあり方」が問われている
世界遺産に登録された際、イコモスからは「サービス提供施設が、景観のいくつかの箇所を支配しているように見え、山の神聖さや美しさという特質を損なっている」、つまり、人工物が多すぎるという指摘も受けていた。そのため、LRT敷設に合わせた五合目の整備によって、自然の景観を取り戻そうという意図もあるという。
往復運賃が高額になることについても、五合目をより上質な空間として整備することで「過ごす時間が、お金のコストを上回るような満足度のある、唯一無二な体験ができる場所にする」と長崎知事は強調する。つまり、山梨県は富士山観光をこれまでの「量」から「質」へ変化させる取り組みだとしている。
いずれにせよ富士山における観光のあり方が大きく変わるのは確かだ。観光地のあり方の変革は、地元の自治体や企業の理解を得て進めていくことも必要不可欠となる。
長崎知事は「スバルラインも高度経済成長に入って、モータリゼーションが始まる時代を先取りする形で作られた。それから60年経って、次はサステナビリティ、SDGsの観点からルートのあり方もデザインし直す時に来ている。これからの100年に富士山をどう繋いでいくかという視点で、みんなで知恵を出し合うような議論をしていきたい」と話す。
「富士山登山鉄道構想」は本当に実現するのか。富士山の観光のあり方はどう変わっていくのか。その行方は、各地でオーバーツーリズムが問題になっている日本の観光の指標となるかもしれない。
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ジャーナリスト
1992年生まれ。2015年に東京大学を卒業し、毎日新聞社に入社。宮崎、福岡で事件記者をした後、政治部で官邸や国会、政党や省庁などを取材。自民党の安倍晋三首相や立憲民主党の枝野幸男代表の番記者などを務めた。2023年に独立してフリーで活動。YouTubeチャンネル「記者VTuberブンヤ新太」ではバーチャルYouTuberとしてニュースに関する配信もしている。取材過程に参加してもらうオンラインサロンのような新しい報道を実践している。
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(ジャーナリスト 宮原 健太)
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