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「大谷翔平グラブ6万個寄贈」でハッキリわかる…「野球しようぜ!」に応えられそうにない日本の野球界の大問題

プレジデントオンライン / 2023年11月18日 10時15分

2023年9月30日、3年連続でチームMVPに選ばれたロサンゼルス・エンゼルスの二刀流・大谷翔平選手(中央)=カリフォルニア州アナハイム、エンゼル・スタジアム - 写真=Sipa USA/時事通信フォト

11月16日、米大リーグ・エンゼルスの大谷翔平選手はMLBアメリカン・リーグのMVPを満票で獲得した。大谷選手は、日本国内の全小学校に6万個のグラブを寄贈すると発表している。スポーツライターの広尾晃さんは「日本の野球界はこのグラブをどう活用するか真剣に考えるべきだ。このままではただの記念品になってしまう」という――。

■大谷翔平から贈られた推定6億円のプレゼント

まさに絶妙なタイミングだった。今季エンゼルスをFAになった大谷翔平選手は、11月8日、日本のすべての小学校に各3個ずつグラブを寄贈すると発表した。日本シリーズ、アメリカのワールドシリーズが終わって、野球ファンの気持ちが落ち着いたタイミングでの発表だった。

配布するのは国立、公立、私立の小学校に特別支援学校も含まれる。文部科学省によれば、令和5年度、国立の小学校は67校、公立は1万8668校、私立は244校、特別支援学校は1013校。合わせて1万9992校だ。

ここに、1校当たり3個(右用2、左用1)のジュニアグラブを送付するという。約6万個という数字になる。なお、14日配信の東スポWEBによれば、学校側が希望しない場合は、グラブを寄贈しませんという。

大谷翔平寄贈のグラブは“飾り物”じゃない!「ボロボロになるまで使ってほしい」と関係者が代弁(2023年11月14日 16:30 東スポWEB)

子ども用の軟式グラブは、2000円台から売っている。最も高いもので1万円程度。大谷のプレゼントは最大で6億円程度の費用がかかったと考えられる。今季の年俸が3000万ドル(約45億円、レートは当時。以下同)、FA移籍する来季は10年5億ドル(約750億円)以上とも言われる年俸を手にする大谷にとっても、決して小さな金額ではない。

■グラブの市場が激変する可能性

筆者がまず思ったのは、プレゼントの巨大さだ。

昨年度、スポーツ少年団に入って軟式野球をしていた小学生は全国で11万756人(4年生以上、女子9032人、男子10万1724人)、スポーツ少年団に入っていないチームもあるが、6万個というのは、野球をする小学生のおよそ半分に、グラブをプレゼントすることとなる。

かつては、少年団などに入ることなく、空き地で仲間と野球遊びをする小学生がたくさんいた。それらを含めてジュニアグラブのマーケットは、もっと大きかった。今はそういう小学生がほぼ絶滅したので、マーケットは縮小している。

そんな中で、6万個ものグラブが無償配布されることで、国内のグラブメーカーは大きな影響を受けることになるだろう。

大谷翔平は2022年までアシックスのグラブを使用していたが、今年から米ニューバランスと契約した。ニューバランスはグラブを作っていなかったが、大谷との契約を機にグラブを製作。そのミニチュア版を今回配布することにしたのだ。

大谷は、今季からバットもアシックスから米チャンドラー製に切り替えたが、チャンドラー製のバットの日本での販売数が急増していると伝えられた。

ニューバランスは今のところ、グラブの販売は考えていないとのことだが、将来的には計画があるようだ。だとすれば、今回のグラブ寄贈は、日本市場への極めて効果的なマーケティングだと言うこともできるだろう。

■活用法への懸念

懸念するのは、小学校がグラブをどのように活用するか、ということだ。

小学校のクラブ活動は4年生から始まるが、運動系のクラブ活動で「野球」を行っている学校は非常に少ない。前述のように、学校とは別にスポーツ少年団に所属する野球チームがある。多くは市町村や学区で紐づけられ、小学校の校庭を使用しているが、こうしたチームと小学校は直接のつながりがない。

小学校側がこうしたチームにグラブを貸与するようなケースが考えられるのかどうか。管理面を考えるなら、簡単にはいかないだろう。

文部科学省は、2011年度に学習指導要領を改訂し、小中学校の体育学習に「ゲーム及びボール運動」領域を導入することとした。体育学習において、「ベースボール型ゲーム」「ゴール型」「ネット型」を選択することになる。指導要領に拠れば、小学3年もしくは4年生以降は「ゲーム形式」を中心とした授業をすることになっている。

大谷翔平が寄贈したグラブが、学校の授業で活用される可能性はある。グラブの寄贈がきっかけとなって「ベースボール型」を選択する学校が増えることも考えられるだろう。

恐らく大谷翔平は、そうした現実的な使用法を想定して、小学生にグラブの寄贈を思い立ったのではないだろう。もっと、軽い気持ちで、グラブを手にした小学生が「野球やろうぜ」とばかりにキャッチボールを始めるような、楽しい気持ちになることを想定していたはずだ。

■ここ10年で進んだ野球離れ

しかし今の小学校に、そういう「空気」があるかどうか。

大谷翔平が小学校に通っていたのは今から十数年ほど前だが、そのころと比べても小学生の嗜好、意識は大きく変わっている。

筆者は近所の小学校へ通学する子供たちの姿を時折観察する。昭和の小学生なら、歩きながら投手の投球フォームをまねたり、傘をバットに見立てて振り回したりしたものだが、今の小学生からはそうした「野球のしぐさ」が抜けてしまっている。

昭和の時代、巨人戦を中心としたプロ野球中継は、視聴率が確実に稼げるドル箱だった。平均視聴率は20%を超え、各局がゴールデンタイムに巨人戦を中継した。父親とともにテレビ観戦をした子供は自然に野球ファンになっていったのだ。

それが2006年に平均視聴率が10%を割り込むと、地上波テレビの野球中継は激減する。

NPB球団はそれに対応して地元密着のマーケティングを強化したのだが、全国的なプロ野球への関心は、これを境に急速に衰えていく。

大谷翔平など日本人メジャーリーガーの活躍で、野球は人気スポーツの地位を保っているが、愛好者は各球団のファンなどヘビーユーザーに限定され、全体としての「野球ファン」は減少している。またそれに伴って野球の競技人口も減少しているのだ。

各種の機関から発表される「小学生の好きなスポーツランキング」でも、上位には水泳、バドミントン、サッカー、バスケットボールなどが並び、野球は10位前後になっていることが多い。ただし憧れのスポーツ選手は、ダントツに大谷翔平なのだが。

■野球を知らない教師たち

前述のように「ベースボール型ゲーム」の導入が決まってから、NPBは指導用教材を無料配布するとともに、各地の小中学校や球場で、教員を対象とした「ベースボール型授業指導研究会」を実施している。

子どもたちを集めて元プロ野球選手が野球教室を実施し、それを教員が見学するなど、いくつかのパターンがあった。筆者は何度か取材したが、驚いたのは、30代以下の教員のほとんどに野球経験が一切なかったことだ。男性教員であっても「サッカーは小さい頃にしたことはあるが、野球は知らない」という先生がほとんどだった。

ボールの投げ方、捕り方、打ち方も知らない。ルールもおぼろげ。そういう先生に、NPBの元選手なども含め、スタッフが一生懸命に指導するのだが、一度や二度の講習で、野球の楽しさが理解できるとは思えなかった。

また、教員の中には「なぜ野球だけ重視するんだ」と言う人もいる。「小さい頃、父親が野球ばかり見て、好きなテレビ番組を見ることができなかった」などの理由で野球に反感を持つ人も少なくないのだ。「野球人気が衰えたというが、他にもたくさんスポーツはあるのだから、このくらいがちょうどいいのではないか」という見方も存在するのだ。

小学校に届いた3つのグラブをどう活用するかは、学校側に委ねられているのだろうが、小学生にひととおり見せて、あとは職員室に飾っておしまい、ということになりかねない。

■サッカー界と野球界の決定的違い

スター選手が野球少年に向けてさまざまなプレゼントをするのは、オフの恒例になっている。例えばイチローさんは、毎年各地の高校で野球教室を実施している。今年も旭川東高校で行った。また、松井秀喜さんも今年、八王子市内で恒例の野球教室を実施している。プロ野球名球会も、各地で野球教室を実施している。日本のスター選手も野球教室を実施しているが、これらはすべて「点」で終わっていて、発展的な展開がない。

サッカー界に目を向けてみると、少子化の中で裾野の維持、拡大をめざすために、2002年に日本サッカー協会(JFA)は、「JFAキッズプロジェクト」を立ち上げた。翌年から47都道府県サッカー協会と共に各地の保育園や幼稚園でボール遊びなどを教える巡回指導をはじめ、キッズフェスティバルやファミリーフットサルなどさまざまな取り組みをスタートしている。サッカー界は全体が普及活動に取り組んでいるのだ。

しかし野球界は、プロ野球からアマチュア野球まで、また個人が個別に野球教室などをバラバラに行っている。

筆者撮影
2018年、メットライフドーム(現ベルーナドーム)で行われたNPB主催「ベースボール型授業」の研究会 - 筆者撮影

高校野球は2018年に「高校野球200年構想」を発表し、高校が主体となった普及活動を実施するとした。しかしこれは、各県高野連、各高校の自主性に委ねられ、大きな動きとはなっていない。また、NPB球団の中には、年間予算を組んでベースボールアカデミーやスポーツアカデミーなどを本格的に展開しているところもある。またエリア内のアマチュア球界と連携している球団もある。しかしNPBの場合、フランチャイズの縛りがあるので本拠地以外では原則として活動できない。

そしてプロ側はアマの普及活動に理解を示しつつも、共同での活動は行っていない。

■受け入れ側の姿勢が問われている

もし、大谷翔平がサッカー界の選手であったなら、グラブはJFAを通じて寄贈したはずだ。JFAはグラブの使用法などの手引きをつけて、各地のキッズプロジェクトの現場に届けただろう。しかし野球の場合、そうした組織はない。ただグラブだけが、小学校に届けられるのだ。

筆者は、大谷翔平が「寄贈された学校の使用法まで想定して、グラブを贈るべき」とは思わない。受け入れ側の大人が、この素晴らしいプレゼントをどう活用するか、真剣に考えるべきだと思っている。

大谷翔平の今回の動きは、かつてない大規模なものであり、インパクトは抜群だが、日本球界がこれを、退潮ムードが止まらない野球人気を盛り返す「起爆剤」にできるかどうかが問われている。

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広尾 晃(ひろお・こう)
スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。

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(スポーツライター 広尾 晃)

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