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本当のプロなら「賞味期限1週間」は可能…「無添加の手作りマフィン」が食中毒を引き起こした"3つの問題"

プレジデントオンライン / 2023年11月18日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/grandriver

無添加をうたった手作りマフィンを食べた人の健康被害が報告されている。科学ジャーナリストの松永和紀さんは「添加物や砂糖を減らせば食品は安全になるというのは幻想だ。手作り・自然派で食品を売り出すには、原材料に対する豊富な知識や調理場での入念な衛生管理、職人としての高度な技術と経験が求められる」という――。

■「砂糖少なめ・無添加なら安全」は幻想

東京ビックサイトで11月11日、12日に開かれたイベントで売られたマフィンが、ソーシャルメディアで大炎上しています。買って食べた客がX(旧ツイッター)で腹痛と吐き気を訴え、ほかの購入客も「腐った臭いと味。糸を引いている」などと投稿して、騒ぎになっています。

販売した焼き菓子店は、Instagramで「全て防腐剤、添加物不使用で市販の焼き菓子の半分以下のお砂糖の量で作っており、離乳食完了期のお子様より安心してお召し上がりいただけます」とアピールしていました。そのためか、個人のソーシャルメディア投稿でも炎上を報じたウェブメディアでも、「添加物不使用が災いした」などと表現されています。

しかし、添加物は、衛生管理のまずさを全部カバーするような効果は持っていません。そもそも、マフィンを保存料や日持ち向上剤などの添加物を使わず作り、安全に提供している店が多数あります。

今回の騒動は、添加物があるかないかという単純な話ではなく、さまざまな原因が重複して健康被害につながったようです。「添加物を抜けば、体に悪い砂糖を抜けば、食品は安全になる」というのは幻想。家庭でのパンや菓子作りの趣味が高じて店を開きたいと考える人は多いのですが、手作り・自然派の感覚のままではダメ。家庭で作ったものをすぐに食べるのなら問題は生じにくいでしょう。しかし、不特定多数に広く売るための 食品製造はもっと奥が深い。どこがダメなのか、解説します。

■微生物から食品を守るのは作り手の役割

そもそも、日本で使用されている添加物は、厚生労働省や内閣府食品安全委員会がリスク評価をしたうえで、ルールを守って正しく使えば安全、と認めたものです。

竹谷光司さん(写真=パンニュース社パンと菓子の専門誌B&C編集部提供)
竹谷光司さん(写真=パンニュース社パンと菓子の専門誌B&C編集部提供)

食品でもっとも気をつけなければならないのは、微生物の食中毒。保存料や日持ち向上剤などの添加物は、微生物の増殖を抑える効果は一定ありますが、殺菌までは望めません。したがって、添加物を使っていようがいまいが、微生物の混入付着や増殖は阻止しなければならない、というのが食品の衛生管理の基本です。問題の店はこれに失敗したようです。

プロ向けのパン作りの書籍を何冊も出版し、業界ではだれもが知るパン職人、竹谷光司さんに、この店のInstagramや客がXに投稿した「マフィンが糸を引く動画」などを見てもらいました。すると、瞬時に「これはロープ現象だね」という返事。竹谷さんは、ドイツでパン作りを修業し、帰国後は、製粉企業で小麦粉や製粉等の研究に携わりながら多数のパン職人を指導しました。定年退職後は千葉県佐倉市にパン工房をオープンし店頭で接客もし、他店のコンサルティングも手掛けています。

■糸を引くのは細菌による「ロープ現象」

ロープ現象というのは、パンや焼き菓子で細菌が増殖し腐敗し、糸を引くようになること。原因はBacillus(バシラス)属の細菌です。自然界によくいる菌で、枯草菌や納豆菌もこの仲間。マフィンの原材料の小麦粉や生のフルーツなどにもいます。これらの中には、「芽胞」を作って耐熱性を持ちオーブンで焼かれても生き残るタイプがいて、温度が下がると発芽し生温かな状態が続くと一気に増殖します。

枯草菌(こそうきん、Bacillus subtilis)
枯草菌(こそうきん、Bacillus subtilis)(写真=Y tambe/CC-BY-SA-3.0-migrated/Wikimedia Commons)

また、土付きの野菜やフルーツ、じゃがいもなどの調理場への持ち込みによりバシラス属の細菌が調理場に住み着いてしまうことも。消毒しても完全に殺菌するのは難しく、調理場の菌が食品に付き増殖することがあります。

こうしてパンや焼き菓子でバシラス属の細菌が増殖し、糸を引くのです。竹谷さんによれば、20年ほど前までは、原材料や調理場が細菌で汚染されていることがあり、時々ロープ現象を見たとのこと。

その後、製粉企業や原材料メーカーの管理レベルが格段に向上し小麦粉などに含まれる細菌が減ったことや、土付きの野菜やじゃがいもなどの調理場への持ち込みが危険であることが周知されたことなどもあり、めったに見なくなったそうです。くだんのマフィンの動画に「久々に見たよ」というのが竹谷さんの第一声でした。

■「具材ごろごろ」は見栄えはよいがリスク大

竹谷さんは糸引きの原因として、①栗やりんご、ブルーベリーなど具材の選択に問題があり配合量も多く、焼きが甘くなったのではないか、②マフィンを焼き上げた後の保存方法に問題があった、③砂糖の配合量が少なかったことで、砂糖の効果である保存性が大きく下がり、①②の条件が助長されてマフィン内での細菌の増殖につながった……という見方を示しました。

①の具材の問題は、竹谷さんがとくに注目した部分です。製品の表示ラベルを信用する限り、生のフルーツなどの具材を使った可能性があります。大きなフルーツをごろごろ入れると、見栄え、食べ応えはよくなりますが、実は高度な技術が必要。そもそも、小麦粉や卵などからできる生地の部分とフルーツでは、オーブンの中での温度の上がり具合がまったく異なるので、両者をしっかり加熱し、しかも生地部分は焼きすぎずしっとりと仕上げるのはとんでもなく難しい、というのです。

竹谷さんは、問題の店の製品の写真を見てこう話します。「どうも見た感じ、焼きが甘いようです。生き残った細菌が冷ました後に一気に増殖したのではないか」。

これから焼くマフィンにブルーベリーをのせる子供の手
写真=iStock.com/Strelciuc Dumitru
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Strelciuc Dumitru

■砂糖半減で、保存効果が失われた

②については、店が自らInstagramで、「5日間ずっと製造しないと間に合わない」「保管場所は18℃以下を保っていましたが、外気温が高かったため何個か傷んでしまった可能性がございます」と説明していました。

一般には、マフィンは焼いて粗熱が取れたらパッケージに脱酸素剤と共に入れて密封し、翌日に販売するのであればそのまま常温保存し翌日売り切ります。製造して2日以上経った後に販売しなければならない場合は、包装密封後に冷凍し、販売前日に解凍します。対応がまったく異なることがおわかりでしょう。

そして、③の砂糖について。砂糖は、単に食品を甘くするだけではなく、砂糖が水分を多く抱え込んでくれるため、細菌が利用できる水分が少なくなり細菌増殖を抑えるのに役立ちます。さらに砂糖は、でんぷんの老化防止、油の酸化防止などの効果も持ちます。問題のマフィンでは、こうした効果を持つ砂糖が半分以上減らされていたため、細菌増殖に好条件となった、と考えられます。

■プロでも試行錯誤する難しいマフィンだった

竹谷さんは「シンプルなマフィンを作る場合、普通に砂糖を配合すれば、保存料や日持ち向上剤を用いずとも室温で1週間ぐらいは軽く日持ちし、おいしく食べられるものを作れますよ」とこともなげに語ります。

「もし、砂糖を半量以上減らしてフルーツや栗がごろごろ入った自然派マフィンを作ってほしい、と依頼されたらどうしますか?」と尋ねてみました。竹谷さんはうーんと唸りました。「生のフルーツや栗がごろごろ入って、というのは断ります。毎回、同じように作れる自信がない。フルーツはジャムにしましょう、栗は甘露煮に、と交渉しますね」。そのうえで、具材を変えるごとに試作を重ね、加熱温度や加熱時間を決めなければならず、製品化に相当な手間と時間がかかります。

指導する立場の専門家ですら尻込みするような難易度の高いマフィンを、その難しさに気づかず作っていた、というのが、今回の食中毒事故の背景のようです。

■「重篤な健康被害、死亡原因になる可能性」

問題の店は、厚生労働省に14日、自主回収の届出をしておりその情報が公開されています。対象は、フェスで売った約3000個。健康への危険性の程度は、もっとも高い「CLASS I」です。これは、「喫食による重篤な健康被害又は死亡の原因となり得る可能性が高い場合」とされています。

厚労省が公開した食品リコール情報。「CLASSⅠ」に指定されている
厚労省が公開した食品リコール情報。「CLASSⅠ」になっている(出典:「食品衛生申請等システム」厚生労働省HPより)

ちなみに、この店は表示にも問題がありました。添加物であるベーキングパウダーを使っていたのに、無添加とうたっていましたし、原材料として水を表示していました。海外では食品表示に水を入れなければならない国が多くありますが、日本の制度では、水は表示しません。全体に知識不足であったことがうかがえます。

■「手作り・自然派」は高度な知識と技術が必要

とはいえ、これは特殊な事例とは思えません。問題となった店は住宅街にあり、ソーシャルメディアで「高校生の息子が手伝ってくれた」というエピソードを披露していました。多くの女性にとって、憧れのライフスタイルだったのではないでしょうか?

家庭での手作り趣味をもっと極めていつかはお店に……と夢を語る人は少なくありません。竹谷さんも「最近、女性からそういう開業相談をよく受けるんですよ」と語ります。

しかし、そう甘くはない。手作り・自然派で特徴を出していこうとすればするほど、原材料に対する豊富な知識や調理場での入念な衛生管理、職人としての高度な技術と経験が求められます。それがなければ、消費者に安全で品質のよい食品を安定して届けることができません。家庭の延長線上の意欲だけでは通用しません。

■工場で作ったほうが食中毒リスクは低い

買う側の消費者も、気をつけたほうがよいことがあります。

無添加とか手作りという言葉に惑わされていませんか? 小さなお店のほうが高品質、良心的、などと思い込んでいませんか?

食品衛生管理のレベルから言えば、概して大企業が上です。食品事業者には法律に基づき「HACCPに沿った衛生管理」が事実上、義務付けられているのですが、大規模事業者は高度な方法をとらなければなりません。一方、小規模事業者は、より簡便化した「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」をすればよいことになっています。

人間は雑菌だらけの生き物なので、機械化が進み人による作業が少ない工場のほうが、微生物の食中毒リスクは低くなります。また、冒頭で書いた通り「無添加だから安全」は間違い。消費者庁は「食品添加物の不使用表示ガイドライン」を策定しており、根拠がないのによいものと見せかける無添加・不使用表示は、優良誤認を招き基準違反となる可能性がある、としています。

消費者も見極めが必要なのです。購入したらパッケージに書かれている保存方法や消費期限・賞味期限を見て守りましょう。開封後は、これらの期限は無効となりますから、なるべく早く食べ切りましょう。

街場の小さなお店で、食品の製造と販売を同一場所で行なっているところは、個々の製品への表示はしなくてもよいことになっています。対面で詳しく説明できるためです。疑問があったら「これはいつまで日持ちしますか?」「どこに保存したらよいですか?」と尋ねましょう。

参考文献
日本パン技術研究所おいしいパンの百科事典・パンの微生物汚染とイーストによる日持ち向上効果
食品分析開発センターSUNATEC・Bacillus属細菌による食品の変敗と防止技術(愛知学泉短期大学食物栄養学科、内藤茂三教授)
厚生労働省・食品衛生申請等システム
消費者庁・食品添加物表示に関する情報

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松永 和紀(まつなが・わき)
科学ジャーナリスト
京都大学大学院農学研究科修士課程修了。毎日新聞社の記者を経て独立。食品の安全性や環境影響等を主な専門領域として、執筆や講演活動などを続けている。主な著書は『ゲノム編集食品が変える食の未来』(ウェッジ)、『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(光文社新書、科学ジャーナリスト賞受賞)など。2021年7月より内閣府食品安全委員会委員(非常勤、リスクコミュニケーション担当)。

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(科学ジャーナリスト 松永 和紀)

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