路上に置き去りのキャリーケースにはなにが入っているのか…2カ月路上生活したライターが突き止めた真相
プレジデントオンライン / 2023年11月19日 18時15分
※本稿は、『ルポ路上生活』の文庫化にあわせた再配信です。(初公開日:2022年1月22日)
■配給を求めて都庁と代々木公園を往復
七月三十一日。
翌朝、目を覚ますと黒綿棒(編注:著者の國友氏が作中でそう名付けた長身のホームレス)が白い腕時計をしている。また誰かが金を恵んでくれたのかと思い近づくと、日焼けの跡だった。これまで付けていた腕時計の紐が切れ、時計自体もどこかで落としてしまったらしい。
いくら路上生活とはいえ時間がまったくわからないのは不便だと嘆いているので、「私はスマホがあるので時間くらいいつでも聞いてください」と言うと、主従関係ができるので聞かないという。
オフィスビルに時計を見に行った黒綿棒が戻ってきた。一時間後に代々木公園南門でカレーの炊き出しがあるという。このカレーも肉が入っていないベジタブルだが、先週のクリシュナ(宗教団体のクリシュナ意識国際協会)とは別の団体のようだ。クリシュナは第二・第四土曜日開催なので、この日(七月三十一日)はお休みである。
この日の献立はこんな感じだ。
代々木公園でカレーを二杯食べる→十四時から都庁下で食料の配給→夜八時頃キリスト教系団体がパンを配りに来る→夜九時頃「スープの会」がスープを配りに来る
代々木公園でカレーを食べて食休みして戻ってくると、ちょうど都庁下の炊き出しが始まっているという。寝床にいても一日が長く感じるだけなので、今日も付いていくことにした。一体、都庁と代々木公園の間を何往復するのだろうか。
■「ホームレスは常に食べ物に困っている」という先入観
「この炊き出しには毎週行くんですか?」
「カレーと中華丼が隔週で出されるので、カレーのときだけ行くようにしている。できれば中華丼には当たりたくないので。ただ、不意に中華丼が二週続くことがあるんだよね」
黒綿棒が中華丼を避けるのは、ただただカレーのほうが好きだからという理由に尽きる。ホームレスは常に食べ物に困っているという先入観があったが、それは都内で生活するホームレスに限れば“完全な”思い過ごしであった。黒綿棒はこの日十四時から行われる都庁下の炊き出しにも苦言を呈する。
「トマトをさ、五個も六個もくれるでしょう。僕らは料理ができないのだからせめてプチトマトにするべきだとずっと思っている。どうかすると汁がほかの食料に浸食してしまう。でも捨てるにも捨てられないだろう」
たしかに、大粒のトマトを六個も渡されたところで保存も効かないので食いきれないのだ。
そして何より飽きる。恵んでもらっている立場で言うことではないが、これがホームレスの本音だ。公園で鳩にトマトをあげているホームレスもいた。しかし、鳩もトマトは口に合わないようで手を付けていなかった。
■一回、都庁下に住んでしまうと“定住”したくなる
すでに代々木公園南門前には行列ができていた。先頭には弁当が入ったダンボールが二箱あり、主催者が箱を開けると黒綿棒は中身を確認するために高校野球の伝令のように飛んで行き、「今日はカレーで~す!」と最後尾まで伝えに回っていた。さすがにお節介だろうと思ったが、黒綿棒と同様に「中華丼じゃなくてよかった」とホッとしている人が何人かいた。カレー弁当を二杯食べ、ベンチで食休みをする。
「一週間いると炊き出しのスケジュールがなんとなくわかってきます。わざわざ池袋まで足を延ばす必要はまったくないですね」
「そうでしょうとも。一回ここに住んでしまうとほかの場所に移ろうって気にはならないでしょう。雨風しのげて飯も食えて二十四時間ベースを張れる。ほかの場所がどうかは知らないけども」
私といえば、そろそろ都庁下を後にして上野に移動しようと考えているが、本当のホームレスだったらまず移動などしないだろう。上野に雨風をしのげる場所があるのか、飯は食えるのか、そういった情報がまったくない。そんなリスクを冒してまで移動するメリットが一つもないのである。
自転車がないホームレスであればなおさらだ。それなりに増えた荷物をすべて持って、上野まで歩いて移動する意味が一つもない。なんだか東京二十三区の西部と東部が、旧西ドイツと東ドイツのように分断されているような気になってくる。西部にいるホームレスにとって東部は未知の国である。
■置き去りにされたキャリーケースの謎
食休みをしてからベースに戻り、都庁下の炊き出しを受けると、たちまちすることがなくなった。「拾ったフリスビーがあるから島野君(編注:國友氏のとなりに寝ているホームレス)と三人でする?」と黒綿棒に提案されたが、働き盛りのホームレス三人がフリスビーをする光景など地獄でしかないので、二人で都庁の周りをぐるりと回ることにした。
これはホームレス生活をする前から気になっていたことだが、都内の路上にはキャリーケースが電柱に鍵でくくられていることが往々にしてある。新宿中央公園沿いを走る公園通りには、ブルーシート等で被われた荷物が固まっているが、これはふれあい通りに住むホームレスの荷物だったりする。
ではポツンと置き去りになっているキャリーケースは一体何なのだろうか。これらは、ホームレスたちが暮らす村からは少し離れた場所にあることが多い。
■生活保護からホームレスに出戻りする人も
「こういうキャリーケースよく見ますけど、一体何なんでしょうか」
「ホームレスというのは得てして入れ替わりが激しいからね。生活保護に移行したりシェルターに入ったり、路上から出て行った人がこうやって荷物を置いていくんだよ」
路上から生活保護を申請した場合、全員がすぐにアパート等に入れるわけではない。生活保護受給者など生活困窮者を対象とした施設である無料低額宿泊所にしばらく入り、そこからアパートを探すことになる。そして、この無料低額宿泊所には入居者を囲い込み、生活保護費を搾取するような業者も交じっている。いわゆる、貧困ビジネスというものだ。
ホームレスと生活保護というものは非常に密接な関係にある。施設の環境に我慢できずに逃げ出して再びホームレスになってしまう人もいれば、アパートを契約したりドヤに住み始めたりするも、ほかの住人もほとんどが生活保護受給者であるため金の貸し借りなどのトラブルが発生し、再びホームレスを選択する人もいる。
路上に置き去りにされたキャリーケースは、そういった人たちが路上に残していった残骸である。再び路上に戻る可能性を見越して、鍵をかけるなり、村から離れた場所に置き漁られないようにするといった対策を取っているのだ。
■なぜか登記されていない物件
日中はオフィスビルの吹き抜けで過ごし、夜は新宿駅西口地下広場で寝泊まりしている五十代くらいの女性も、つい最近まで生活保護を受けながらアパートで暮らしていたが、自分から打ち切り、ホームレスになったという。現在、収入はなく、私たちと同じように炊き出しに与りながら生活をしている。彼女が話す。
「生活保護はどうしても私に合わなくて。私はすぐにアパートに入ることができたのだけど、物件自体に問題があるのよね。その物件は登記がされていなくて。そんなところに住むのは怖いじゃない」
日本では建物を建てた場合、一カ月以内に登記をすることが義務付けられているが、登記をされていない「未登記物件」は多く存在する。厳密に言えば違法であるが、罪を問われるようなことではない。それは、登記という行為がそもそも、物件の持ち主を守るためのものであるからだ。社会問題に詳しい弁護士の大城聡氏が話す。
「日本では不動産は価値があるものだから、登記することによって“これは自分の物件です”と言うことができる。仮に第三者に物件を占拠されたときに、登記をしていれば自分のものだと証明ができる。となると、普通に考えれば皆登記をするわけで、分かりやすく言えば、登記もしていない人間が管理しているような物件には何らかの問題があるだろう、という推測は成り立つでしょう」
■「ピカピカの自転車に乗って、君はカッコイイね」
彼女はあまり多くを語りたがらなかったが、おそらく劣悪な環境の物件に嫌気が差し、路上に舞い戻ったのだろう。幡ヶ谷のバス停で女性ホームレスが撲殺されたように、やはり女性には男性よりも危険がつきまとう。
二〇二一年四月二十八日に公表された厚生労働省の調査結果によれば、全国のホームレスの内訳は、男性三五一〇人、女性一九七人、性別不明一一七人。この数値の信ぴょう性は不明であるが、女性ホームレスのほうが圧倒的に少ないのは、現場を見ても歴然である。それだけ路上における生活は女性にとってリスクがあるということなのだろう。彼女も一人で目立たぬように大勢がいる場所に寝たり、交番の横に寝たりしているという。
散歩を終え、ベースで黒綿棒と話すなり、まったりするなりしていると、ホームレスたちにスープを配って歩く「スープの会」の人たちがやってきた。大学生くらいの青年と中年男性の二人組が私の自転車(今回の取材用にドン・キホーテで買った最安値のママチャリ)を見て、こんなことを言い出した。
「この自転車、すごいねえ。こんなにピカピカの自転車に乗っているなんて、君はカッコイイね」
幼稚園児の頃、両親に初めて買ってもらった自転車を近所の人に褒められたときのような感覚だ。なんだか子どもをあやすような言い方で非常に癪に障る。
■ホームレスの癪に障った「綺麗ごと」の押し付け
中年男性がチラシを出し、普段している活動について話し始めた。となりの大学生くらいの青年は、「時間になったので戻りましょう」と小声で急かしている。青年は就職活動で「ホームレス支援をしていました」などと言うのだろうか。私がひねくれているような気もするが、そんな感情を抱いてしまった。
彼らが去ったあと、スープを拒否していた黒綿棒に聞いてみる。
「なぜスープを受け取らないんですか? NPOだからですか?」
「僕はスープの会があまり好きではないんだ。僕が唄を歌っているといつも彼らが集まってくるのだけど、その拍手や声援が子どもを褒めているみたいな感じに聞こえてとても不快なんだ」
私と一ミリも違わない感情を抱いている。聞くと同じようなことを思っているホームレスが黒綿棒の周りにも結構いるらしい。
上手く言葉には表せないが、「あなたも私たちと同じ社会で生きている」「あなたは一人じゃない」といった綺麗ごとのメッセージを強制的に受け取らされているような気分だ。何か一つでも認めてあげることで、「ホームレスのあなたも社会の一員である」ということを押し売りしている。私の場合それがピカピカの自転車だった。正直、「舐めるなよ」と思った。
■「物事は開かれるべきだ」という認識
スープの会とのやり取りもあってか、この都庁下でぬくぬくと過ごしている自分になんだか急に冷めてしまった。しかし、それが本当のホームレスたちにとっては「安住」という最も重要な要素であり、この場所から移動しない理由なのだろう。
それから数日経った八月四日の朝、私は黒綿棒にお礼と別れを告げ、自転車で上野へ向かうことにした。黒綿棒は最後、私にこう伝えた。
「君と僕は気質が同じだと感じている。お互いに物事は開かれるべきだという認識があるだろう。ホームレス社会と一般社会の風通しに対する考え方が近いので、ここまで気軽に話せる関係になったのだと思う」
黒綿棒、私もまったく同意見だ。社会に背くように塞ぎ込むホームレスであれば、私はあまりコミュニケーションを取ろうとしないだろう。もし将来、自分が本当のホームレスになることがあるとすれば、この考えのもと路上生活を送りたいと思っている。
上野に着いて一段落したら、まずはこの約二週間一度も洗わずに酷使した、雨に濡れたときの犬の臭いがするタオルを石鹸で洗うことにしよう。黒綿棒にそのことを話すと「僕のタオルは犬を通り越してカブトムシの臭いになっている」と笑っていた。
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ルポライター
1992年生まれ。栃木県那須の温泉地で育つ。筑波大学芸術専門学群在学中よりライター活動を始める。キナ臭いアルバイトと東南アジアでの沈没に時間を費やし7年間かけて大学を卒業。編集者を志すも就職活動をわずか3社で放り投げ、そのままフリーライターに。元ヤクザ、覚せい剤中毒者、殺人犯、生活保護受給者など、訳アリな人々との現地での交流を綴った著書『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』(彩図社)が、2018年の単行本刊行以来、文庫版も合わせて6万部を超えるロングセラーとなっている。そのほかの著書に『ルポ路上生活』(KADOKAWA)『ルポ歌舞伎町』(彩図社)がある。
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(ルポライター 國友 公司)
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