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設備はアジア最大級、顧客は海外一流メーカー…島根・安来の金属研磨会社が「グローバル企業」になれたワケ

プレジデントオンライン / 2023年11月27日 13時15分

島根県安来市の工場地帯にあるキグチテクニクス本社 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

自動車や飛行機の一流メーカーから頼りにされる中小企業が、島根県安来市にある。「キグチテクニクス」は、金属疲労試験のトップ企業。いまでは確固たる地位を築いているが、2005年に金属疲労試験に参入した際には、社内が真っ二つになる激論があったという。テレビプロデューサーの結城豊弘さんがリポートする――。

■なぜ飛行機に安心して乗ることができるのか

飛行機が空を飛ぶ姿に魅了される人は多いだろう。優美な機体が青い空に舞う。計算されたフォルムと削ぎ落とされたデザイン。そこには、空を飛ぶという人類の“夢”と遠隔地へのスピード交通や輸送という現代社会の現実もギュッと詰め込まれている。

考えてみると、重さ150トン以上ある機体が数百人の客と荷物を乗せ、高度約1万メートルを飛行するというのは非常に恐ろしいことだが、私たちは安全性を信じて、機内で食事や映画を楽しみ、ときに熟睡するほど安心して乗ることができている。

その安全性を支えている企業が島根県にあることをご存じだろうか。日本で初めて世界3大エンジンメーカーであるGE(ゼネラル・エレクトリック)、ロールス・ロイス、プラット・アンド・ホイットニーの認証を受け、国内外から航空エンジンの検査や金属疲労試験を担う「株式会社キグチテクニクス」だ。

■「こんな田舎にグローバル企業がある?」

私の生まれ故郷である鳥取県境港市と米子市にまたがる米子鬼太郎空港から車で約30分。米子市を経由し、淡水と海水が混じる汽水湖・中海の淵を舐めるように着いたのは島根県安来(やすぎ)市の工場地帯「安来鉄工センター」。畑や山々の緑を抜け、キグチテクニクス本社に到着した。

平屋造りでシンプルなデザインの社屋は、サンフランシスコのシリコンバレーに点在するIT企業を彷彿させるオシャレなものだ。「安来市に世界を相手にするグローバル企業がある」。最初にキグチテクニクスの業務内容を知った時は「こんな田舎に、そんな会社があるはずがない」と真剣に思っていた。

会社玄関で迎えてくれたのは、同社顧問でグループ企業8社を率いるキグチホールディングスの木口順一郎社長だ。「この会社が何をしている会社なのか、分からないですよね」という木口さんのいたずらっぽい言葉が図星だった。

キグチテクニクス顧問の木口順一郎さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
キグチテクニクス顧問の木口順一郎さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■世界最高のヤスキハガネで培った加工技術

会社の沿革は、1961年に遡る。順一郎さんの祖父で、日本刀の研磨をしていた木口寿さんが安来市内に6人の従業員とともに木口研磨所を創業した。

島根県は古代から良質な砂鉄の産地で、たたら製鉄(日本の古代から続く製鉄技法。近代まで国内鉄生産の大部分を担った)でも名前を轟かせていた。日本刀の原材料となる純度の高い玉鋼(たまはがね)が作られ、安来はその中心として戦前から盛んに鉄鋼業が行われた。旧日立金属(現プロテリアル)が東洋で初めて電気製鋼を開発。高性能機器向けの特殊鋼「YSSヤスキハガネ」が作られる地としても名を馳せた。

世界最高の強靭(きょうじん)なヤスキハガネを通じて培った加工技術をベースにして、木口研磨所は、大手金属会社や関連会社の仕事を中心に素材加工や顕微鏡ミクロ試験用の材料研磨を行う会社として成長していく。1977年には従業員は50人を突破し、1991年には社名をキグチテクニクスに変え、試験部門を中心に会社は大きく飛躍していった。

■工場内には最新鋭の検査機器がずらり

「口で説明するより見てもらったほうが早いかもしれません」と早速、会社工場を見て回ることになった。オフィスの横には、金属の検査機器がずらりと連なる。銀色の円筒形の機器やコンピューターにケーブルが繋がった検査機械が整然と並び、まるで巨大な研究室のようだ。

クリープ試験機
撮影=プレジデントオンライン編集部
金属に一定の荷重を加え、破断するまでの時間を測定する「クリープ試験機」が約300台並んでいる - 撮影=プレジデントオンライン編集部

「なぜこんなに最新の検査機器があるのだろうか」。疑問はますます膨らむ。田畑が広がる自然たっぷりの外の景色と不似合いな近代的すぎる不思議な光景だった。

よく見ると機器には金属が挟まれ、高圧をかけたり、引っ張ったりと強度検査が行われている。1500℃以上に熱したものがあれば、逆に機器の外に氷がついているものもある。どのくらいで金属が破断するのか、あるいは曲がるのか、繰り返し試験しているという。

ここはさまざまなエンジンや建物、工業製品に使われている金属の化合物、複合材料、セラミックなどの構造評価や強度疲労試験を行う工場なのだ。

見た目では同じに見える金属も、実は中身はさまざまな加工が行われており、顕微鏡よりも小さな分子レベルで配列や劣化を調べると、金属の強さ、耐久度、疲労具合を把握できる。一度の説明では素人は理解できないが、非常に高度かつ繊細な技術を駆使しているということは分かった。

飛行機のエンジンの中は最高1700℃の高温でジェットを吹き続ける。また機体は高高度ではマイナス50℃もの低温で冷やされる。その中で壊れないで動き続けないと安全は確保できない。どのくらいで金属破断するのか、実際の環境よりもさらに過酷な試験を行ってはじめて安全担保が可能になるのだ。

■一流の航空機、自動車メーカーから受注

機器には「MTS」と刻印されている。MTS社は米国の材料試験の有力企業で、その分野での実績は世界のトップを誇る。そのMTS社の一台数千万円という精密機械が百台以上並ぶ圧巻。担当者から「これだけMTS製の金属疲労の検査機械を有する会社は、日本にはない。アジアでも最大級です」と説明を受ける。

国内でMTS社の試験機器をこれほどそろえているのはキグチテクニクスのみ
撮影=プレジデントオンライン編集部
国内でMTS社の試験機器をこれほどそろえているのはキグチテクニクスのみ - 撮影=プレジデントオンライン編集部

隣の工場では、金属の塊や試験用の金属ピースが無数にあった。「ここは何ですか?」「先ほどの検査機械にかけるために、金属を切り出して、検査できる形に加工、研磨し作り出しています」。そこには自動車や航空機のエンジン、機体、発電所のタービンやブレードなどこれから検査を待つ、金属という金属が並んでいた。

会社の守秘義務があり、詳しくは触れられないが、海外の有名な航空機メーカーやエンジンメーカー、国内の一流自動車会社、製造業からの発注製品が検査のための順番待ちとなっていた。

「ここで金属材料のテストピースを作り、評価試験を行います。外見の加工だけではなく、材料そのものが持っている特性をそのまま残して加工していく。マイクロ単位で金属を加工し、研磨をして検査をしないと正確な数値は出てこない。これがうちの独自技術です」と順一郎さんは胸を張る。

試験機器の規格に合うように金属を切り出し、加工する技術も必要となる
撮影=プレジデントオンライン編集部
試験機器の規格に合うように金属を切り出し、加工する技術も必要となる - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■下請け企業のままでは暗い未来しかない

キグチテクニクスが、今では会社の看板になっている難易度の高い金属の疲労試験に参入したのは、2005年のことだ。そもそもなぜ金属研磨の会社、しかも大手メーカーの下請けを担っていた小さな山陰の専門会社が金属検査で世界を相手にする会社になったのか。そのきっかけは、木口順一郎さんのある突拍子もない発想だったという。

当時、同社の総務部長だった順一郎さんは考えていた。これまで発注を受けてきた大手の日本の金属会社も時代の変化の中で海外勢にどんどんシェアを奪われて弱っていく。親が弱れば、仕事を受けている子供はもっとやせ細っていく。未来を見据え、新たなチャレンジをせねば将来はない。

そこで目を付けたのが航空産業だった。「最高の技術が集まるのはやはり航空・宇宙分野。一番手間のかかる産業だからこそ、付加価値のある金属加工ばかりやってきたという経験を事業の柱にすれば、誰もが真似できないもの作りが出来ると自負がありました。儲かるか儲からないかより、他がやらないことをやろうと考えたんです」

■航空産業への参入には高い障壁があった

2004年、「世界挑戦」という野望を胸に順一郎さんは、航空機の本場米国を目指す。業界とのパイプのあった当時の石井郁太郎専務が順一郎さんの話を聞き、オハイオ州シンシナティ市にある金属検査や構造評価のトップ企業、Metcut社を訪れる。この訪問は彼にとんでもないカルチャーショックを与えた。

営業をしなくても仕事の依頼がある。納期の決定権がある。何から何まで自分の会社で行い、検査結果は正確で発注者の信頼を裏切らない。発注した「お客様」からリクエストされた納期に合わせて、必死で仕事をするのが当たり前の日本ではありえない発想と会社だった。「世界をリードする、フルサービスのトップ企業は凄い」。

しかし、航空分野に参入するには、どうしても米国MTS社製の疲労試験機器を導入しなければならなかった。世界レベルの航空機エンジンの試験は、MTS社の試験機の数値でしか認定が下りず、正式な数値として認められないからである。

日本製の同様の検査機器は、確かに安価だが、航空機の世界的な公式数値としては採用されない。この数値がないとエンジンも機体も米国や世界の航空認可が降りない。新事業への参入には困難がつきものだが、こんなところにも高い障壁が存在していたのだ。

■高額な試験機器を購入し、国際的認証に挑戦

早速、順一郎さんは社内で「僕がホラを吹いていると思っているかもしれないが」と切り出し、「企画戦略」=「キグチテクニクスのブランド化」という考えを提案して、金属の疲労試験業務に足を踏み出す。1号機はもちろん世界最高のMTS社の試験機械。一台当時5000万円。日本製の約2.5倍だった。

社内では、「社長の長男のワガママ」と冷たい空気も流れたという。順一郎さんの夢、航空産業への参入という壮大な計画は、さすがに田舎の会社では理解できない。しかし、MTS社の機器でなければNadcap(ナドキャップ)という国際航空宇宙産業、防衛部品製造の世界的統一基準の国際的認証プログラムも取得できない。これを手に入れないと仕事はない。

航空宇宙製品の製造・試験に携わるために必須のNadcap認証
撮影=プレジデントオンライン編集部
航空宇宙製品の製造・試験に携わるために必須のNadcap認証 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

今では、日本でも少しずつNadcap認証を取得しようという企業が出てきたが、当時は異例だった。なにせ、日本でこの認証を受けた独立系会社はまだ1社しかなかったのだ(2023年現在は7社が取得)。まさに最難関だった。

■保守派と改革派の対立で会社が真っ二つに

当時のキグチテクニクスの仕事の主流は、国内の金属会社の研磨や検査が中心。そのままでも十分、会社は安泰だった。

「お得意様がヘソを曲げたらどうするのだ」「そんな山のものとも海のものとも分からないもの、道楽に付き合えない」と古参社員はこの改革案に大反発。順一郎さんは、改革派の急先鋒として針のむしろの毎日だったという。「すべてを否定される毎日に、眠れない夜が続きました」と振り返る。

「『創造とチャレンジの両方を忘れてはならない』。それが弊社の社風。世界で一番厳しい業界の認定を受ければその他の業界も網羅できる。厳しい国際基準の航空機産業の国際認証を手にいれることで他産業にも拡大の足がかりができるはずだ。やるなら一番を目指す」

順一郎さんらの進める改革の勢いに、反対派の古参社員は退職。しかしベテランの何人かは「時代を変えないと先細りだ」と賛同してくれ、応援も増えた。それが順一郎さんのパワーの源となった。明確な未来へのビジョンと計画実行が保守派と改革派の均衡を崩していった。

■「われわれは製造業ではなくサービス業」

そして遂に国内メーカーの機器も総動員し、2010年にNadcap認証を取得。2014年にGE、15年にロールスロイス、18年にプラットアンドホイットニーと、世界3大エンジンメーカーの企業認証も取得した。

2006年には5号機までしかなかった疲労試験機器はどんどん増えていった。国際基準機の米国インストロン社の引張試験の機器も導入し、金属試験に弾みと自信が加わっていく。

インストロン社の引張試験機器
撮影=プレジデントオンライン編集部
インストロン社の引張試験機器 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

「今までの製造業の考えや気持ちではダメ。われわれはサービス業。お客様と向き合い満足を提供するのだ」と副社長になった順一郎さんは檄を飛ばし続けた。

現在では電力不足や冷却水不足といったトラブルも乗り越え、顧客のニーズに応えて試験材料の切り出しから熱処理、加工、試験評価までの全工程を1社で提供している。2010年には14億円ほどだった売上高は、2022年には32億円に伸びた。

「試験できないものはない」と笑う順一郎さんの柔和な表情は、数々の修羅場の経験と嵐を乗り越えた自信の表れだろう。

2019年にはオハイオ州ダブリンに米国キグチテクニクスを設立。航空機分野の拡充と世界から信頼を獲得するために、順一郎さんの弟・木口貴弘さん(現・キグチテクニクス社長)が現地をリサーチし、交渉を重ね設立した。米国の試験需要、動向調査、試験業務も開始しているという。ここでも「世界挑戦」という壮大な夢を実現している。

■大学と連携し、「未来の社員」を育てる

人材育成でも面白い取り組みをしている。2017年に島根大学と産学連携で、構造材料共同研究講座を設置。金属研究や航空機のエンジンブレードの材料研究を皮切りに研究開発と人材育成を行っている。世の中にない新素材の開発やキグチテクニクスの加工技術、試験・調査技術を学生にも伝え、共同研究につなげている。

キグチテクニクスのような中小企業が大学へ食い込むことは異例だ。すでに島根大学から同社に就職する社員も続々と生まれているそうだ。

2022年に社長に就任した貴弘さんはこう話す。「キグチテクニクスの未来への想いは社員。社員の家族が安心して暮らせることがいちばん大切。ここの会社に入って良かったと思える会社づくり。これが一番大切だ」と。

それを裏付けるように働き方改革を実践し、離職率も低い。同社HPによると、年5日の有給消化率は100%(消化日数は20年9.23日、21年9.82日)。男性156人、女性28人の社員のうち3人に2人が勤続5年以上だ。思わず「岸田総理にここに視察に来てほしいですね」と返してしまった。

■疲労試験を制するものは、ものづくりを制する

「業界のトップをとり、売り上げ規模50億円を達成したい。そんなに難しい目標とは思っていません。従業員に任せて伸ばしたいだけ。事業戦略を柱にマーケティングを積極的に行い、この山陰から世界を目指しますよ」と順一郎さんは心意気を語った。

「うちの社員は仕事を受けるとき、『無理です』とは絶対に言わない」という順一郎さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
「うちの社員は仕事を受けるとき、『無理です』とは絶対に言わない」という順一郎さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部

金属疲労試験は縁の下の力持ちで、人目に触れることは少ない。しかし、安全のために絶対欠かせない唯一無二の技術だ。疲労試験は間違いなく伸びるという確信と、トップを目指すという挑戦、そして地元と社員を愛すという至極まっとうな考えが、この会社をオンリーワンに導いている。

航空産業に乗り出すという順一郎さんの「ホラ」は実現した。一気通貫のフルサービス体制と高品質、世界基準の検査体制は日本のものづくりを支え、同時に世界に安心・安全を売ることになる。「疲労試験を制するものは、ものづくりを制する」。順一郎さんの言葉だ。

航空産業、電気自動車、再生可能エネルギー、社会インフラ産業、エネルギー産業、空飛ぶクルマ……。まさに現代から未来の金属の安全性を担保する検査が、島根の片田舎を中心に行われている。何も都会に住まなくても、地方から世界を目指してもいいのだ。キグチテクニクスの世界的な展開と夢に、日本のものづくりの底力と希望を見た気がする。

都会に住む私たちが知らない、すごい人と会社がまだまだあるものだ。

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結城 豊弘(ゆうき・とよひろ)
テレビプロデューサー
1962年鳥取県境港市生まれ。駒澤大学法学部卒業。元読売テレビ報道局兼制作局チーフプロデューサー。「そこまで言って委員会NP」「ウェークアップ!ぷらす」「情報ライブミヤネ屋」の取材・番組制作を担当した。現在はBSテレビ東京「石川和男の危機のカナリア」の総合演出や、プロデューサーとして各局の番組制作を続ける。その他、鳥取大学医学部付属病院特別顧問と境港観光協会会長を務める。合同会社ANOSA CEO 。著書に『オオサカ、大逆転!』(ビジネス社)、『吉村洋文の言葉101』(ワニブックス)、共著に『“安倍後"を襲う日本という病』(ビジネス社)がある。

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(テレビプロデューサー 結城 豊弘)

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