女性管理職が増えた大企業で男性社員の仕事満足度が急降下…経済学の研究が明かす「女性活躍の不都合な真実」
プレジデントオンライン / 2023年11月24日 13時15分
※本稿は、佐藤一磨『残酷すぎる幸せとお金の経済学』(プレジデント社)の一部を抜粋し加筆したものです。
■法律の思わぬ影響を考える
私たちが生きている社会には、さまざまな法律が存在しています。
法律は一定の目的をもって施行されるわけですが、中には思わぬ影響をもたらす場合があります。
今回はその一例として、2016年4月に施行された「女性活躍推進法」を取り上げてみたいと思います。この法律は、国、地方公共団体、労働者数301人以上(2022年からは101人以上)の事業主に女性が活躍できる行動計画を策定・公表するよう義務付けています。
狙いは労働力不足や男女間格差の解消、そして、女性のさらなる社会進出の促進です。
この法律では、管理職に占める女性の割合の把握・公表が義務付けられています。さらに、同法では「女性に対する採用、昇進等の機会の積極的な提供及びその活用」の実施が求められているため、対象となる企業、国、自治体で女性管理職が増加したと考えられます。
■女性活躍推進法で気になる2つのポイント
さて、ここで気になることが2つあります。
1つ目は、女性活躍推進法によって女性管理職の割合がどの程度増えたのか、という点です。
実は女性活躍推進法は10年間の時限立法であるため、その進捗状況の確認は重要です。女性管理職が増えるぶんにはいいかもしれませんが、女性管理職がぜんぜん増えていなかった場合、制度の見直しが必要となります。はたして法の施行以降、女性管理職割合は順調に増えているのでしょうか。
2つ目は、女性活躍推進法の男性への影響です。
管理職のポスト数は限られているため、女性の数が増えれば男性の数は減少します。つまり、女性活躍推進法の施行以降、非管理職の男性の昇進機会が制限された可能性があるのです。
これは、昇給及び昇進時期の遅れや、そもそも昇進機会の消失につながった恐れもあり、非管理職の男性にとってマイナスの影響があったと予想されます。また、日本の強い性別役割分業意識を考えれば、男性は家庭での稼ぎ頭であることが求められるため、昇進機会の低下は、男性に心理負担をもたらしたとも考えられます。
以上の点を考慮すると、女性活躍推進法の施行は、非管理職男性の満足度、特に仕事満足度を悪化させたのではないでしょうか。この点は気になるところです。
以下でこれら2つの疑問に答えていきたいと思います。
■女性活躍推進法以降、女性管理職は「ちょっとだけ」増えた
まず、女性管理職割合は増えたのかという疑問から検証していきましょう。
図表1は厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」を用いて、民間企業における女性管理職割合を見ています。女性活躍推進法は2016年の施行当初、301人以上の企業を対象としていたため、ここでは企業規模で女性管理職割合を分けてみました。なお、データの都合上、就業者が500人より多いか、少ないかで分類しています。
![【図表】女性管理職比率の推移](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/0/1200wm/img_900e8d65aeaafd31839a7f02209a0b4f273470.jpg)
この図から、女性活躍推進法の適用対象となっている企業で女性管理職割合が緩やかに増加したことがわかります。500人以上の企業では、女性管理職割合が2015年で7.5%だったのですが、2019年には9.2%へと微増しました。増加幅は1.8%です。これに対して、女性活躍推進法の適用対象外の企業の多い500人未満の企業では女性管理職はほぼ変化していませんでした。
この結果から、女性活躍推進法によって「ちょっとだけ」女性管理職割合が増えたと言えるでしょう。
■女性管理職の増加は大企業で
図表1から、女性活躍推進法の適用対象企業で女性管理職割合がやや増えたと言えそうですが、適用対象企業の中には従業員が1000人以上を超える大企業もあれば、中規模の企業も混じっています。これらの企業で法への対応が異なっていてもおかしくありません。特に、大企業は社会の目もあるため、比較的真剣に女性管理職問題に取り組んだ可能性があります。
そこで、図表2では500人以上の企業を500~999人と1000人以上に分けてみました。これを見ると、女性活躍推進法の施行以降に女性管理職割合が増えたのは、1000人以上の大企業だとわかります。
![【図表】企業規模別の女性管理職比率の推移](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/4/1200wm/img_e4ce1840ea466ced58a6f329d89be94d305569.jpg)
1000人以上の企業では、女性管理職割合が2015年で7.1%だったのですが、2019年には9.2%になり、この間に2.1%の増加となっていました。これに対して、500~999人の企業では、この間わずか0.3%しか女性管理職割合が増えていませんでした。
これらの結果から、女性活躍推進法によって女性管理職割合が増えたのは大企業のみであり、他はほぼ影響がなかったといえるでしょう。
■男性の仕事満足度は女性活躍推進法の施行によって低下
次に見ていきたいのが女性活躍推進法の男性への影響です。結論から言えば、女性活躍推進法の施行によって、男性の仕事満足度は低下していました(※1)。
図表3は、女性活躍推進法の施行前後の非管理職正社員の男性の仕事満足度の推移を示しています。これを見ると、女性活躍推進法の適用対象であった301人以上の企業及び官公庁で働く男性の仕事満足度は、2016年以降ガクッと下がっていました。これに対して、300人未満の企業で働く男性の仕事満足度は大きな変化を経験しておらず、法の影響がなかったと考えられます。
![【図表】非管理職正社員男性の仕事満足度の推移](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/6/1200wm/img_86d4ce04f2ce97e7ee4e9a21a142ecce308779.jpg)
ちなみに、統計的な手法を用いて年齢、学歴、世帯年収といったさまざまな要因の影響を除去しても、女性活躍推進法の適用対象であった男性の仕事満足度が低下するという傾向に変化は見られませんでした。
また、企業規模をさらに分けると、男性の仕事満足度の低下は1000人以上の大企業で働く場合で顕著に見られることもわかりました。やはり比較的女性管理職が増えた企業で働く男性ほど、昇進機会が制限され、仕事満足度が下がってしまったと考えられます。
この結果は、女性活躍推進法の副作用と言えるのかもしれません。
■女性の活躍推進は継続すべき
さて、この結果を男性の視点から見た場合、「けしからん!」となるかもしれません。これまで得ていたものを失い、不満が溜まっているからです。ただ、だからといって昔の日本の姿に戻るのは、難しいでしょう。
![佐藤一磨『残酷すぎる幸せとお金の経済学』(プレジデント社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/2/1200wm/img_f2076302aea7eeddcf11e6f34f230b9d304308.jpg)
もし企業や官公庁の管理職が男性で占められていた場合、イノベーションが起きないといった経営上の課題が解決されないことに加え、女性の賃金が伸びず、男女間賃金格差が温存されることになります。男女間賃金格差が温存された場合、出産・子育ての際に相対的に賃金の低い女性にその負担が偏る合理的な理由となってしまいます。
出産後に増える家事・育児負担を誰が担うのかと夫婦で話し合う場合、賃金が低くて世帯所得があまり減らないほうが担うのが得策となれば、どうしても女性に負担が偏るでしょう。それは男性の「大黒柱プレッシャー」や「男性のほうがポジションが上であるべき」という価値観が温存し続けることも意味し、結局は男性の仕事満足度へのネガティブな影響が残ることにつながります。
このように夫婦で合理的に考えた結果、女性の負担と男性の心理的プレッシャーが偏る状況が今後も続かないようにするためにも、女性活躍推進策を推し進めることが重要です。
![公園のベンチで頭を抱えている男性](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/c/1200wm/img_ccfc870a366f15ad65853b601d62cac7476685.jpg)
(※1)佐藤一磨, 影山純二(2023)「女性活躍推進法は非管理職男性の主観的厚生にどのような影響を及ぼしたのか」日本人口学会第75回大会(南山大学、2023年6月10日発表).
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拓殖大学政経学部教授
1982年生まれ。慶応義塾大学商学部、同大学院商学研究科博士課程単位取得退学。博士(商学)。専門は労働経済学・家族の経済学。近年の主な研究成果として、(1)Relationship between marital status and body mass index in Japan. Rev Econ Household (2020). (2)Unhappy and Happy Obesity: A Comparative Study on the United States and China. J Happiness Stud 22, 1259–1285 (2021)、(3)Does marriage improve subjective health in Japan?. JER 71, 247–286 (2020)がある。
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(拓殖大学政経学部教授 佐藤 一磨)
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